インフィニット・ストラトス   迷い龍は空を目指す   作:ガクジン

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13 シャルロット・デュノア

 

 

 ある夜のRMの日記より抜粋

 

 シャルル・デュノア、本名シャルロット・デュノア。デュノア社長と愛人の娘。現在は男装してIS学園に入学。織斑一夏のルームメイト。

 性格は穏やか。非常に心優しい、いい意味で一般人。

 まかり間違っても我々とは違う。

 身体能力、IS操縦能力ともに優秀。特に高速切替技能には目を見張るほどの適性を持つ。戦闘スタイルも基本を踏まえたうえで自らの戦闘技能を活かすスタイルが構築されており、非常に安定している。

 総じて優秀な操縦者と言える。

 

 

-------------------

 

 

 放課後のIS学園第3アリーナ。今日も織斑一夏が白式を纏い、打鉄を纏った篠ノ之箒と激しく剣を交えていた。

 

「腕を上げたな、箒?!」

「そちらもだがな……!」

 

 瞬時加速の速度を載せた一夏の一撃を、左手の逆手に構えた小太刀で受け流しながら箒が叫ぶ。そして右手の大太刀を、受け流しの反動を活かして白式に叩き込む。

 

「こいつは……!」

「受けきれるか?!」

 

 それを間一髪、空中で意図的にバランスを崩すことにより躱すと、一夏は白式の推力を活かして一気に離脱、構えなおすと、再び突撃をかける。

 

「チェストオォォォォォォォッ!!!!」

 

 大上段から、全身の力と速度をすべて載せて振り下ろす。その一撃は箒が咄嗟に掲げた小太刀と大太刀をただの棒のように叩き折り、そのまま打鉄に直撃する―――

 筈もなく。折れた二本の刀を身代りに箒は一夏の後ろに瞬時加速を使って回り込み、そのまま回転蹴りを叩き込む。

 

「うおぉっ?!」

 

 しかし無理な体勢で放たれた蹴りは十分な威力は持たず、一夏を突き放すことには成功するが、致命傷とまではいかない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……回し蹴りが流行ってるのか……?」

 

 一夏は荒い息をしながら箒に聞くと、箒は肩をすくめるだけで素早く拡張領域から引き出した刀を構える。しかし。

 

「そこまでですわ!」

 

 下から上がってきたブルー・ティアーズ、セシリア・オルコットが大きな声を上げて制止した。

 

「なんだよセシリア。まだ勝負は」

「今は訓練中ですわ。白式のエネルギーを使いきったら、この後の私の訓練を生身で受けて頂きますが」

「……了解だ」

 

 一夏は肩をすくめると、構えを解く。

 

「……セシリア、今日は上がるよ」

 

 一方、そのそばに上がってきたオレンジ色の装甲を纏うシャルル・デュノア――専用機ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ――は、すこし浮かない顔でそう告げる。どうやら今までセシリアの訓練相手を務めていたようだ。

 

「どこか具合でも?」

「ううん。ちょっと疲れてね。ブルー・ティアーズの相手は結構きついや」

「当然ですわ。第3世代の中では一番安定した稼働率を誇っていますから」

「安定性に欠ける機体相手なら僕のラファールは有利なんだけど、安定型同士だとやっぱりね……」

 

 シャルルは肩をすくめると、それから一夏に言う。

 

「あ、一夏。ボディソープ切れてるから帰りに購買で買ってきて」

「ん?ああ、分かった」

 

 そういってシャルルはアリーナのピットに向けて機体を飛ばしていく。それを見送ってから、一夏はセシリアを見た。

 

「じゃ、始めようぜ!」

「ええ、よろしいですわ。箒さんもまとめてお相手します」

「言ったな、今日こそ落とさせてもらう」

 

 白式と打鉄が刀を構える。その向こうでセシリアは長大なエネルギーライフル、スターライトMk-Ⅲを構え、装甲から4基のビットを展開。

 

「では、踊りなさい、私とブルー・ティアーズの奏でる輪舞曲で!」

 

 叫ぶと同時、レーザーの奔流が解き放たれた。

 

 

 

 

 

「いてて……火傷がだんだん普通になってきたぜ」

 

 訓練が終わり、男子用更衣室で一人着替える一夏は、そうつぶやいてところどころにある火傷に湿布を貼る。基本的にダメージは白式が防いでくれているものの絶大な火力を誇るブルー・ティアーズ相手では多少の負傷は致し方ないというのが実情だ。

 エネルギーを節約するために絶対防御の発動のタイミングを変更しているというのもあるのだが。

 湿布を貼り終え、制服を身に着けてから、ジャケットを着る前にホルスターを腰の後ろに固定。そこから手慣れた手つきで拳銃を引き抜き、軽く整備をする。異常がないことを確認してから、弾を装填して撃鉄を固定。確実にロックがかかったことを確認。

 

「……慣れたな」

 

 ホルスターに戻してからジャケットを羽織ると、拳銃を携帯していることなど悟られなくなる。しかし確かにある重みに少し嫌悪感を覚えると、疲れた顔で一夏は更衣室から出た。

 

「よう、箒、鈴」

 

 外では二人と、少し離れたところにセシリア・オルコットも待っていて、それらにバックを持っていない手を上げてあいさつをする。

 

「遅いぞ、一夏」

「私たちより遅いってどういうことよ」

 

 口をとがらせる鈴音と箒に悪いと返してから、一夏はセシリアを見た。

 

「悪い、待っててくれたのか」

「当然ですわ。夜道は暗いですし、女性のエスコートは紳士の義務でしてよ?」

 

 長い金髪をかき上げ、セシリア・オルコットはそう言う。その言葉に肩をすくめると、一夏は言った。

 

「龍は?」

「ええ。今日もトイレ掃除だそうです。今は第3アリーナのトイレを清掃していますわ」

 

 ラウラさんも一緒です、と不機嫌そうに言う。いつもなら龍がセシリアをエスコートするのだが、ここ数日一連の騒動の懲罰で学園中のトイレをラウラ・ボーデヴィッヒと共に掃除している。

 ちなみに、男の龍に女子トイレまで清掃させるのはマナーに悪くないかと言う意見もあったが、織斑千冬が強行したというのがもっぱらの噂だ。

 

「まだやってるのか」

「IS学園は広いですわ。まだ当分はかかるでしょう」

 

 セシリアはため息をついてそう言うと、一夏を見た。

 

「では参りましょうか」

 

 一夏は肩をすくめると、先導して歩き出す。その横をセシリアが、そして鈴音と箒が続く。

 

「そういえばさ、一夏。ずいぶん戦い方変わったね」

 

 歩きながら鈴音がそう言った。

 

「ん?そうか?」

「そうだな、最初の頃とも、昔のお前の剣からもだいぶ変わった」

 

 箒もうなずいて言う。

 

「そうですわね。最初の頃は手数で攻めたり、がむしゃらに突撃する傾向がありましたが、この頃は隙あらば一撃といった戦い方ですわ」

 

 射線もよく見ているようですし、死角の取り方もうまくなりました、とセシリアが言う。

 

「……そうだな。やっぱり実戦じゃ一撃必殺が必要だからか。速度と破壊力を極限まで載せるのが一番効率がいいんだよ」

 

 一夏はそう言って、無意識に拳銃をジャケットの上から抑える。

 

「……実戦か。確かに今の一夏の剣は日本刀の戦い方の基本だな。絶大な破壊力を活かした重い剣。だが同時に凄まじい切れ味もある。接近戦では無類の強さを発揮するだろう」

「接近するまでが一苦労だけどな」

 

 そう一夏は笑う。

 

「零落白夜を使用しなくても、一夏さんの一撃は絶対防御を発動させられることもありますわ。雪片は大型の刀ですし、それを推進力やパワーアシストまで込めて振り下ろしてくるのですから、たまったものではありません。接近の方は射撃兵装がありませんから厳しいところはありますが、機動力と防御力を十二分に生かした機動をよく練ってきていると思います」

 

 この短期間としては驚異的なほどです、とセシリアは言った。

 

「白式は機動力も防御力もバランスがいいからな。うまくいかせるようにはなっては来ていると思うんだが……」

 

 一夏は妙に歯切れ悪く言うと、少し思い込むような顔になった。

 

「……?どうしたのですか?」

「いや、さ。白式は倉持技研で開発放棄されたのを束さんが引き継いで作ってくれたらしいんだけど、あの人にしては、射撃兵装がないっていうのに火器管制システムは一級品が積まれてたり、明らかに射撃兵装用の補正プログラムがきっちり組まれてたり、少しちぐはぐなんだよ。俺が知ってる束さんはそんな、あえて言えば無駄な機能は潔く全て取っ払うような人だったんだけど……」

「たとえ装備できなくても、射撃用の武装に対応するのは普通ではありませんか?」

「いや。あの人はそんな常識は知らない。つくるものは極限まで尖ったものだけだ。確かに、あの人の性格からすれば白式に射撃用のシステムがあること自体おかしい。格闘戦専用のFCSだけが積まれているのが普通のはずだ」

 

 セシリアの意見に箒はそう断言すると、一夏を見た。

 

「お前もそう思ってるんだろう、一夏?」

 

 それに、一夏はしっかりとうなずいた。

 

「ああ。明らかに白式は射撃兵装を装備することが想定されている。でも、実際は雪片一本だけだ。零落白夜を発動させるのが白式の機体コンセプトである以上、射撃兵装は本来不要なはず。この機体はブルー・ティアーズと違って概念実証機だから、零落白夜を初期から発現できた時点でシステムの大幅な見直しとかも行われるはずなんだけど、実際は何もない。倉持からの技術者も来ない。実験機なのにデータすらとらないんだぜ?おかしいだろ」

 

 一夏は言うと、待機状態になった白式を見る。

 

「多分、白式にはまだ秘密がある。そう……二次移行だってコントロールされてる可能性がある」

 

 一夏の言葉に、鈴音とセシリアは驚くが、箒は忌々しそうな顔でうなずいた。

 

「ああ、あの人ならそれくらいはやるだろうさ」

 

 それにセシリアが口を挟んだ。

 

「待ってください!いくら開発者の篠ノ之博士と言えど、二次移行をコントロールできるなど……!」

「………それくらいするさ。あの人なら」

 

 箒はそう言うと、一夏を見る。

 

「……だが、一夏。だからと言って何か不都合があるわけでもないだろう?」

「………ああ、今はないさ」

 

 一夏は少し暗い顔で言う。

 

「だけどさ、だからと言って他人の掌の上で踊るのは、勘弁願いたいけどな」

 

 ぐっとこぶしを握る。その姿に、どこか不吉なものを感じて箒は思わず言った。

 

「……一夏、大丈夫か?」

「何がだよ、箒」

 

 一夏は真顔で問い返し、それから言う。

 

「……俺は正気だよ。だけどな、人をいつまでも操れると思ってるなら、それがあの人の限界だ」

 

 歯を食いしばってから、言う。

 

「どう考えたってさ、あの対抗戦の時の無人機、ありゃ束さんだろ」

 

 一夏が言うと、箒は驚くが鈴音とセシリアは忌々しく同意した。

 

「……そうでしょうね。篠ノ之博士と言う線が一番しっくりきます」

「世界のISコアはすべて所在が分かってるからね。あの無人機に使われたはずのISコアの紛失報告はどこの国からも上がってない」

 

 亡国機業とかに奪われたISが数機あるけど、それも出現報告から見る限り強奪された機体から大きく変わってないし、と鈴音は言った。

 

「いくら何でもやりすぎだ。鈴は死ぬとこだったし、極光だって、自爆に近いが大破した。その上人を操るっていうなら、俺にだって考えがある」

 

 その直後、一夏は何かを呟いたが、少し離れて歩いていた箒とセシリアには聞こえず。だが隣を歩いていた鈴音だけはそのつぶやきを聞き取った。

 

「………いつまでも、掌の中で飛ぶと思うなよ、篠ノ之束」

 

 それは、普段の一夏からは考えられない、昏い、殺意を秘めた声だった。

 

 

 

 

 織斑一夏にとって二人目の同性の同級生であるシャルル・デュノアはよくわからない存在であった。

 なんと言うか、外国人だからと言うことを差し引いても男っぽくないのである。龍と自分が裸になって着替え始めれば真っ赤になって後ろを向くし、シャワーがやたら長いうえシャワーから出たときにはきっちり服を着ている。ラフな格好をしようとしない。おまけにやたら小食である。

 そんな諸々の謎を差し引いても、どうも男には見えない。それがここ数日一緒に過ごしていてわかったことである。

 一夏は今鯉淵龍に訓練などを受けている。その中には戦術や戦略なども含まれており、さらにこの頃では今まで一夏が疎かった世界情勢などのことも含まれ始めており、織斑一夏はそれら、得た情報などを統合して考えるとどう考えてもシャルル・デュノアは男ではありえないという結論に至っていた。

 そもそも、IS学園の外ではフランスで新たに男性操縦者が見つかったなどと言う報道はない。IS学園と言う場所が名目上、どの国家からも独立した閉鎖環境であるということを差し置いても、これは異常である。

 もちろん日本がひた隠しにしてきた鯉淵龍という例はあるにしろ、厳密に言えば鯉淵龍はISを無理やり動かしているだけで、織斑一夏のような完全な適合者ではない、と言うのを理解している以上、完全に適合する前例ではありえない。

 最も鯉淵龍の行っているISコアを無理やりハッキングしてISを起動させている、と言うのは彼にとって若干理解の範疇にないのは確かであるが。

 さて、シャルル・デュノアが男ではない、と仮定した場合、ではなんであるのか、と言うのは大切な問題である。女である、と言うのはこの際問題ではない。もっとも同室の生徒が女である、と言うのはそれだけで問題と言えるがこの際おいておく。

 重要なのは、シャルル・デュノアが何のために男装までしてここに送り込まれたか、その一点である。

 しかしこれも、世界唯一の男性操縦者にして、篠ノ之束がかかわったとされる白式を扱っている自分と言うピースがあればたやすく解決する問題である。

 要は自らと白式のデータ取り、と言ったところであろう。

 実のところ一夏がこの結論に至るまで、そう長くはかからなかった。龍に相談したところ、二日目には工業連の情報部からの詳細な情報により裏も取れている。

 それによればデュノア社長に息子はおらず、愛人との間に作った一人娘が性別を除けば完全に一致するということが分かった。名はシャルロット・デュノア。現在は母と死別し、肉親は父ひとり。父との関係は良好ではなく、ここ数年はISのテストパイロットとして研究所で半ばモルモットのごとき扱いを受けていたとされる。

 専用機、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡは彼女の特異な才能である高い並列演算能力を活かし、豊富な拡張領域を活かした機動弾薬庫とでもいうべき機体であり、第2世代型としては工業連製の改造型打鉄勝るとも劣らない性能を誇るということである。

 なおデュノア社は第3世代型ISの開発が難航しており、今回の男装しての潜入も、学園に複数存在する第3世代型IS、特に初期から単一使用能力が発現している白式、及び搭乗者の織斑一夏のデータを取得することにある、と結論つけられていた。

 

 さて、織斑一夏は今日、シャルル、いやシャルロットと腹を割って話すつもりであった。龍にこそ相談したが、これは工業連こそ今回のデュノア社の暴挙とでも言うしかない行動を把握しているが、現在はまだ静観の構えであり、IS学園上層部はまだ把握していないためである。

工業連上層部にはこれを奇貨としてデュノア社を傘下に収めたいという計画もあるようであるが、とりあえず今は利用させてもらう、と言うのが鯉淵龍の意見でもあった。

 

 

 自室に入り、鍵をかけると織斑一夏はシャルロットがシャワーを浴びていることに気が付く。とりあえず鞄をベッドに投げ、片手に持っていたビニール袋からボディーソープの詰め替えを出した。

 

「シャル、ボディーソープ、ドアの前に置いておくぞ」

 

 そう言うと、中からシャルロットの返事が返ってきて、一夏は肩をすくめると、とりあえず着替えることにする。

 数分後シャワー室から出てきたシャルロットは、もう初夏に入りかけているうえに一夏の趣味でエアコンが入っていないためかなりの温度になっている部屋だというのに長袖のジャージのファスナーを襟まで上げた姿で入ってきた。髪はまとめて、バスタオルで巻いているあたりやはり男ではないのだな、と織斑一夏は改めて理解する。

 本人は気にしていないようだが。

 

「早かったね、一夏」

「ああ。少しシャルと話したいこともあったしな。具合は?」

「少し疲れただけさ。もう何ともないよ。ところで話って?」

 

 シャルロットは何でもないようにベッドに座ろうとして。

 

「ああ、話っていうのは………なんでそんな恰好をしてるかってことなんだよ、シャルロット・デュノア」

 

 直後告げられた一夏の言葉に、凍りついた。

 

 

 

 

 シャルロット・デュノアは、今聞いたことが信じられない、と言った顔で織斑一夏を見る。しかしそこには、今まで見たこともない、冷たい表情をした織斑一夏が、自らに古風な回転式拳銃を突きつけている姿だった。

 

「………いつから?」

「二日目には。確証を得たのは昨日だけどな」

 

 そう言って織斑一夏は、空いた手でシャルロットにカバンから取り出したバインダーに挟まれた紙を投げて渡す。それを数枚読んで、シャルロットは諦観した声で言った。

 

「はは、ここまでわかっちゃってるのか」

「ああ。工業連もすでに知っている」

「………鯉淵 龍か……工業連には話がついてたんだけど……案外早かったなぁ」

 

 シャルロットはそう言うと、織斑一夏を見て言った。

 

「で?これからどうするの?上層部に言う?それとも……」

 

 シャルロットは一夏が構える拳銃を見て言った。

 

「見返りでも要求するのかな?身体とか」

「そんなものはいい。なんでこうしたのか、それとどうしたいのか聞きたいだけだ」

 

 織斑一夏がそう言うと、シャルロットは肩をすくめた。

 

「別に。父さんの言うとおりにしただけ。悪くないなんて思わないけど、これと言った理由は……」

 

 シャルロットはそう言って、少しうつむいた。

 

「うまくいったら、父さんと一緒に住めるかもしれなかったから。だからやったんだ。こんな無茶苦茶も」

 

 そう言ってシャルロットはさびしそうに言うと。

 

「ねえ、一夏。すこし身の上話訊いてくれる?どうしてこんなことしたか知りたいんでしょ?」

 

 そう言って織斑一夏を見た。

 

「……いいぞ」

 

 一夏が言うと、シャルロットは肩をすくめてから、語り始めた。

 

 

 

「僕はね、デュノア社長の愛人の子なんだよ、一夏。ただ、僕自身は父親があのデュノア社の社長だなんて知らなくてさ、母さんが死ぬまで、何にも知らなかった。養育費は払ってくれてたみたいだし、毎年誕生日とクリスマスには、母さんが知らない人からのプレゼントを持ってきてくれてて、今から思えばそれが父さんからだったんだけどね。とにかく一回も会ったことがなかったんだ。でも……」

 

 シャルロットは言い淀み、それから少し顔をうつむかせて、続けた。

 

「2年、になるかな。母さんが死んじゃったんだ。反IS主義者たちのクーデターに巻き込まれてね。アレはひどかったなぁ。僕をかばって、蜂の巣に、なってね……」

 

 その時の光景を思い出しているのか、声を震わせながらシャルロットは言った。

 

「シャル……もう」

「いいんだ、一夏。言わせてよ」

 

 シャルロットはしかし、一夏の制止を退けて、顔を上げて笑った。

 

「……それでさ、母さんの遺体が家の中にぽつりと在って。親族も知り合いもほとんどいなくてさ、僕一人だけ、母さんと暗い家に居たら……あの人が来たんだ」

 

 シャルロットは悲しげに言った。

 

「父さんさ、母さんの名前を呼びながら家に飛び込んできて、テーブルの上の棺桶に入った、母さんを見つけてね、半狂乱だったよ。たぶん、すごく愛してたんだと思う。何度も何度も名前を呼んでさ、それから、僕を見たんだ……」

 

 

 

 

 

『シャ、シャルロットか?』

 

 暗い家の中、記憶の中で、ラウル・デュノアはそう言って僕を見た。

 

『誰、ですか』

 

 僕は知らない人、それも男の人が入ってきても、それだけしか言えなかった。もう、世の中の全てがどうでもいいって、そう思ってた。何もかも灰色に見えてたから。でも、その人が言った言葉は、僕の世界に色を付けたんだ。

 

『あ、ああ、アンリから聞いて、ないのか?ラウル・デュノアと……』

 

 涙で晴らした目だったけど、それでもその人はもう落ち着きを取り戻していて。その日との顔に、母さんからもらわなかった、僕の顔の特徴を見つけて。

 

『……父さん、なんですか?』

 

 僕は、ようやくそれだけ言えた。

 

『………そうか、聞いてなかったんだな。そうだ、私がお前の父親だよ』

 

 そう言って、父さんは僕のそばに来て、それから僕をゆっくりと、戸惑うように抱きしめた。

 

『すまん、シャルロット。私は、アンリを守ることができなかった……』

 

 父さんは、そう言って一回体を震わせる。その時、僕はこのぬくもりを覚えていることにようやく気が付いた。

 

『………父さん』

 

 僕が呼ぶと、父さんは僕を抱きしめてから。

 

『お前は私が守ろう。アンリの分まで。だから……』

 

 そう言って、僕の顔を見た。

 

『私の家に来なさい』

 

 そう言ってくれたんだ。

 

 

 

 

「………じゃあ、なんで親父さんと住むためにこんなことを?」

 

 織斑一夏は、怪訝そうな顔でシャルロット・デュノアに言った。

 

「はは、それがさ、父さん正妻との間に子供がなくてね。おまけにこの正妻の方は政略結婚で、父さんのこと愛してもいないのにプライドだけは人一倍高いんだ。それで、僕と一緒に住むことを断固拒否してね。裁判沙汰になりそうだったから結局父さんが折れるしかなかったんだ。仕方がないよ、父さんはデュノア社っていう大企業を背負ってるんだから。でも……」

 

 シャルロットは悲しそうに言った。

 

「そのあとすぐ、デュノア社は経営危機に陥ったんだ」

 

 それに、織斑一夏は疑問を呈す。

 

「なんでだよ?デュノア社のラファールは世界シェアの第3位だろ?」

「そうだけど、結局リヴァイブは第2世代型でね。フランスは欧州連合の統合防衛計画、通称イグニッションプランから外されてるから、新型機の開発は急務。なのに第3世代型と言ってもコンセプトも決まらなくてね、おまけに時間もノウハウも足らなくて、とうとう政府からの予算が大幅カット。次のトライアルで第3世代型の試作機を出せなかったら予算完全カットされちゃうんだ。そしたらIS製造に依存してるデュノア社は倒産間違いなし。だから……」

「………男装して、俺に近づいたうえで白式のデータを盗んで来い、か」

「そう言うこと」

 

 そう言うと、シャルロットは肩をすくめた。

 

「会社がつぶれたら、父さんと一緒になんかいられなくなる。そう、重役の一人にそそのかされてさ。僕は高速切替っていう、IS操縦の中でも特異技能にあたるんだけど、コレがすごく適正高くてね。フランスの代表候補生に選ばれるだけの力もあったから、この計画に最適だったんだ。それで、かねてより織斑一夏と白式のデータを欲しがってたフランスの諜報機関と、デュノア社の利害が一致したんだ。極東地域で大きな影響力を持つ日本重工業連にも、条件付きで黙認する確約がもらえたしね………」

 

 肩をすくめると、シャルロットは言った。

 

「でも、ここまでか。工業連との協定の条件の一つ、工業連関係者以外にばれないこと、っていうのが破れちゃったからさ。一夏は倉持技研の人間だしね………」

 

 ほんとはハニートラップもするつもりだったんだけどね、とシャルロットは冗談っぽく言った。

 

「………これからどうしたいんだ?」

 

 一夏がためらいがちに訊くと、シャルルは諦観した声で言った。

 

「まあ、これは立派な犯罪行為だからさ。おまけにスパイ行為。フランスはボクを切り捨てるだろうから、人権の保障はないし、よくて銃殺かなぁ」

 

 悪ければ、モルモットだろうね、とシャルロットは言った。

 

「デュノア社も潰れるし、こんなところだよ。ま、しょうがないよね」

 

 織斑一夏は、その諦観しきった声に、思わず声を荒くした。

 

「そんな、そんなんでいいのかよ!」

 

 それにシャルロットは平坦な口調で言う。

 

「言いも悪いもないよ。もう選択肢はないんだ」

 

 もともと詰んでた状況だったから、とシャルロットは言う。

 

「だけど、IS学園は独立した……!」

「そんなのは形骸だよ。並の操縦者ならいいけど、僕は代表候補生。第3世代型じゃないけど、僕のラファールも第2世代の粋を集めた機体だしね。どこの国もほっとかないし、大体スパイ対象の日本が黙っちゃいないよ」

 

 そう言うと、シャルロットはため息をついて言った。

 

「さあ、一夏。話すこと話したし、そろそろ行こうよ」

 

 それに、織斑一夏は訊き返す。

 

「どこにだ」

「織斑先生のとこ、かな?とりあえずは」

「………ダメだ」

「そう。じゃ、僕一人で行く」

 

 そう言うと、シャルロットは外に出ようとする。

 

「まてよ、シャル!」

「もう、どうあがいても無理だよ。明日には工業連からIS学園に通達が来る。犯罪者みたいに連行されるより、自首した方がまだ心象いいしね」

 

 さっきも言ってたけど、とシャルロットは前置きしたうえで。

 

「もともと詰んでた状況なんだ。こんな手に頼った時点で、デュノア社は終わりなんだ。ようやく頭が覚めたよ。もう、僕に道はない。だから、せめて終わり方くらい自分で決めさせてよ」

 

 そう言い切る。

 

「だけど……親父さんは」

「父さんなら過労で入院中。もう目を覚まさないかもしれないって。二日前に連絡が来たよ………正直、最後に話したかったけどね」

 

 もはや引き止める言葉もない。一夏が立ち尽くすと、シャルロットは綺麗にほほ笑んだ。

 

「一夏が責任感じることなんかないよ。悪いのは僕等だ。ただのバカな悪役だよ。だから……」

 

 そう言って、シャルロットは一夏に近づく。

 

「最後にキスさせて。僕は、一夏のこと結構好きだから。もうこの先、こんなことできないし」

 

 シャルロットは微笑み。そして、怪訝に思った。織斑一夏が、先ほどまでと異なり、にやりと笑っている。そして。

 

「間違ってるぜ、シャル」

 

 織斑一夏がそう言い切ると同時。

 

「はい、そこまでですよ、デュノアさん」

 

 ドアを開け、山田真耶が入ってきた。

 

 

 

 

「……え?なんで、山田先生が?」

 

 シャルロットは混乱して、山田真耶を見る。

 

「IS学園上層部、及び如月技研の決定を伝えに来たんですよ、デュノアさん。本日正午を持ってデュノア社は工業連のデュノア社の総株式の85%の保有を持って事実上子会社化されました。その後、工業連よりIS学園へ、貴女の転入時の書類に不備があったということで訂正申請が送られ、IS学園はこれを了承。と、言うわけで」

 

 山田真耶はそう言うと、シャルロットに一枚のカードを渡す。

 

「これは………」

「新しい学生証です。大事にしてくださいね、なくしたら大変ですよ?」

 

 そう言って山田真耶がほほ笑む。

 

「あ……うそ、でしょう?こんなにうまくいくはず、ない」

 

 シャルロットは信じられぬように、渡された学生証を見る。

 

「そうですね。こんなにうまくいくわけありません。当たり前ですが裏があります」

 

 そして山田真耶は笑顔でそれを肯定した。

 

「まず一つ。IS学園上層部はこの決定を通すため多額の金銭と、今後優先的な技術協力を工業連側に要求しました。工業連はこれを受諾しています。さらに二つ目。子会社化したデュノア社からはISコア2基が工業連側に無償譲渡されます。これにはデュノアさんの専用機、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡも含まれています。当然ですがフランス政府と日本政府は合意済みです。そして最後、三つ目ですが……」

 

 そう言って山田真耶は手に持っていた書類を出す。

 

「ようこそ、如月技研へ、シャルロット・デュノアさん。あなたの身柄は本日16時をもってデュノア社より如月技研IS研究課第2研究室に移されました。今後はIS関連の被験体として活動してもらうことになります。具体的には高速切替技能、及びあなたの脳に先天的に備わる、高い並列演算能力のシステムの解明に協力していただくことになりますね」

 

 笑顔で物騒なことを告げると、シャルロットは震えながらその書類を手に取る。

 

「…………工業連のモルモット、と言うことですか?」

「そうですよ?お給料は出ますし、休日もありますけど。社会保障も充実しています」

 

 いやに現実的ですね、とシャルロットは言って、渡された書類に目を通す。そして。

 

「……実質はテストパイロットですか。デュノア社の時と変わらないみたいですけど」

「やっていただくことは変わりません。ホルマリン漬けにしてしまえなんて意見もありましたけど、当分の間は、です」

 

 シャルロットが書類を読み終わると、山田真耶は言った。

 

「はい、と、言うわけで一件落着です。デュノアさんもあまり荒まないで、お父さんのお見舞いに行ってこられてはどうです?」

「………いいんですか?」

「いいですよ?休暇届は出して行ってくださいね?」

 

 山田真耶はそう言ってほほ笑む。

 

「………一夏、知ってたの?」

 

 そうして、シャルロットはそばに立つ一夏を見た。

 

「ああ、事前に龍から聞いてたぜ。山田先生が遅くて、少し焦ったけどな」

 

 一夏はそう言って肩をすくめる。

 

「………最初に、言ってくれたって」

「悪い。でも、お前の本音を一度聞いておきたかったんだ」

 

 そう言って、最初に渡したシャルロットの調査報告書を手に取る。

 

「親父さんとの仲は険悪だって書いてあったしさ。それに……お前を信用しきれなかったんだ」

 

 山田真耶も肩をすくめる。

 

「貴女が言われたことをやるだけの人間でしたら、こんな生易しい契約ではありませんでしたよ。ホルマリン漬けにされてたでしょうね。工業連はそう言うところです。あなたが有能と判断されたから、こういう契約なのです。それを、きちんと確かめたかったので、私が一夏君に頼んだんですよ」

「…………」

 

 シャルロットは黙り込む。

 

「まあ、詳しいことは明日来る直接の上司の人に聞いてください。では、今晩はこれで失礼します。織斑君は暫定的ですが、今夜は龍君の部屋に寝てください」

 

 山田真耶はそう言って部屋を出ていく。

 

「じゃ、俺も行くよ。これから大変だと思うけどさ、頑張れよ、シャルロット」

 

 織斑一夏も肩をすくめて、着替えと翌日の教材を持って部屋を出ようとした。

 

「………一夏」

 

 それを、シャルロットが呼びとめる。

 

「………ん?なんだ?」

「…………シャルって呼んで」

「………」

「お願い」

 

 一夏は肩をすくめてから。

 

「シャル」

「んっ………」

 

 一夏が優しく呼ぶと、シャルロットは少し顔を赤くして、一夏を見た。

 

「……ありがとう、一夏。また明日ね」

「………ああ。また明日」

 

 一夏がそう言って、今度こそ部屋を出ていく。

 

「………はあ、夢見てるんじゃ、ないよね」

 

 わずか数分前まで、死すら覚悟していたのが嘘のようだった。シャルロットはそうつぶやき、ベッドに倒れこむ。

 

「………一応、明日会社に連絡しよう。それにしても………」

 

 そう言って、胸に手を当てる。まだ、心臓が高鳴っていた。

 

「シャル、か。一夏は最初からそうやって呼んでくれたけど。前に呼んでくれたのはお母さん………やっぱり、僕って…………」

 

 ため息をついて。

 

「安い女、なのかなぁ………」

 

 そうつぶやく。先ほどの一夏の声が耳から離れない。あの声を、まなざしを思い出しただけで、体が熱くなった。

 

「……疲れた、寝よう」

 

 それを打ち消すため、そう言って、シャルロットは強引に眠ることにしたのだった。

 

 

 

 

-------------------

 

 

 

 

「…………疲れた」

「…………ああ」

 

 もう数えるのもおっくうになるほど便所掃除を繰り返し、ピカピカになった便所の中で鯉淵龍とラウラ・ボーデヴィッヒはため息をついた。

 

「これで何か所めだ……?」

「………26だな。あと13だ」

「………三分の二、か」

「……IS学園がどれだけ広大かよくわかった」

「……こんな形で分かりたくなかったぜ」

 

 龍とラウラはため息をつくと、モップとバケツとブラシを掃除用具入れにしまい、すっかり板についた便所掃除スタイル―――要はゴムの長手袋、エプロン、頭に三角巾とマスク、足元は長靴―――を取ると、忌々しそうにバックの中のビニール袋に押し込む。

 

「残りは明日だ」

「ああ」

 

 そう言って肩を落として人気がない廊下を歩く。そして。

 

「………ボーデヴィッヒ」

「ああ」

 

 声を出さずに、口の動きとアイコンタクトだけで意思疎通。そして。

 

「俺は右だ」

「私は左か」

 

 次の瞬間、龍が目も止まらぬ速度で拳銃を引き抜き発砲。ラウラも神速のクイックドローでナイフを投擲する。

 

「……篠ノ之束」

「ああ」

 

 その先には、貫かれた銀色のリスがいて、その中からショートした電子回路が薄く煙を上げていた。

 

「ずいぶんと、ご執心のようじゃないか。この俺に」

「いや、織斑にだろう」

 

 ラウラが言うと、龍はごもっとも、と言った顔で肩をすくめる。

 

「さてさて、今度の学年別トーナメント。ひと波乱あるか?」

「なんだろうと、シュバルツェア・レーゲンと私の前に出てくるのならば討つだけだ」

 

 鉄火場を期待して笑う龍と、不愛想に言うラウラ。その視線の先で、銀色のリスから青い炎が上がり始めていた。

 

 




 河原で無茶する→フロントショック破損→修理しようとしたらフレームにクラック発見→急きょ中古のマングース購入→今度はハードテイルじゃなくてフルサスだから無茶できるぜ!→リアショック破損→修理→今度はホイール大破→現在

 この2週間で15万くらいお金が飛びました。皆さん、MTBだからと言って過信は禁物です。3mから落ちれば壊れるときは壊れました………
 あと部品探しのために県内奔走したり、休日をMTBの修理に一日費やしたり………愛車ルイガノが成仏してマングースに乗り換えたらいきなりお金が消えました。フルサスはロマンだけど、壊れた時の金のかかり方が一味違った………

 と、いう恐ろしく下らない理由でお待たせして申し訳ありません。シャルロットの正体バレ編でした。プロットどうりに進む物語なんて存在しないんだ………!
 そもそも、ラウラと龍があんなかんじだと、原作2巻のストーリーをなぞることなど不可能です。と、いうわけで盛大に原作かい離しました。しかし予想以上にシャルロットが書きにくい。そもそもこのあたりのシャルロットの性格や内面をつかみきれず、結局ほぼオリキャラ化しました。デュノア社についてもここでしか触れられていないので、結局ほぼオリジナルへ。デュノア社長に至っては完全にオリジナルです。
 と、いうわけで原作2巻に発生するはずだったさまざまなイベントは消滅し、次回からは一気に学年別トーナメント編に突入します。あの天災も首を突っ込む予定。ますますカオスと化す作品ですが、読んでいただける読者様方には感謝しています。
 では、次回もお付き合いいただけることを願って。
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