インフィニット・ストラトス 迷い龍は空を目指す 作:ガクジン
IS学園学年別トーナメントとは、一学期における最大のイベントであり、将来有望なIS操縦者を見つけるために企業も注目するため将来につながるとして学生の気合も入るイベントである。
全生徒が参加し、互いの力を競うのだが、著しい力量差などが発生するため学年別のトーナメント形式となり、特に一年は毎年ペアを組んでの2対2での対戦となる。
これは、連携能力や個々の性質などを計るのにつながると同時、基本的に有利とされる専用機を保有する代表候補生に対しても、上手く状況を作れれば訓練機を使用する一般生徒が勝利することも可能であるからだ。
これは、たとえ専用機を有する代表候補生と言えど、気が抜けない戦いになる。そのため特に一年のトーナメントは拙いながらも互いが全力を尽くし、初心者も初心者なりに奇想天外な戦術、戦闘なども見られる、観客としても最も面白い試合である。
さて、将来につながる重要な布石である学年別トーナメント。その重要なペアを組む生徒をそれぞれが探すのは当然であり、また戦力が高い、要は専用機持ちや実技の成績が高い生徒は複数の生徒からペアの申請が来るのは当然である。
しかし、そう言った事情を差し引いても織斑一夏が直面している状況はある意味異常であった。
「…………学年の半分以上が俺に集中してるんじゃないか?」
休み時間の彼の前には女子の大群ができる。すべて彼とのペアを希望する生徒たちである。確かに織斑一夏は専用機を保有し、先のクラス代表対抗戦では乱入してきた正体不明のISを破壊するなどの実績も持つ。故に申し込みが殺到するのは分かるが、それだけではないのが明白だ。
貴重な男性操縦者、そのネームバリューは絶大で、確かに企業などの注目も得られるだろうが、大半はもう少し単純な理由、要するに男の子と組みたいというささやかにして強力な欲求によるものであろう。
この年頃の女子は、男を敬遠する行動が多い筈だが、IS学園に通う生徒はIS関係者として幼いころから女だけの環境で生きてきたものも多く、それだけに異性に関する関心が高い。
そう言ったものが相まって、今の状況を作り出しているわけだ。
「ま、いいじゃないか一夏。誰からも誘いが来ないよりは」
軽く言う鯉淵龍の前には、対照的に生徒の姿は常にない。何せ代表対抗戦では恐ろしい威力を発揮する兵装を狂ったような笑いと共に使用し、先の二組との合同授業においてラウラ・ボーデヴィッヒと文字通り殺し合った鯉淵龍の名は恐怖と共に学園生徒に刻み込まれている。
さすがに彼と組もうなどと言う気になるものはいないということだろう。
それを理解している鯉淵龍は、それが当然と納得もしているし、どうせ極光の出場許可は出ないのだからと一夏の状況を面白そうに見物しているだけであった。
「あのなぁ……」
最も休み時間のたびに女子の大群に迫られる状況を見かねて、昼休みの鐘がなった途端、鯉淵龍は一夏の襟首をつかんで窓から飛び出し、強化人間の力を発揮して校舎の壁を屋上まで駆け上がるという人外の技を発揮。解放されてようやく息をついた一夏は、龍に愚痴を言っている次第である。
「あら、龍さん、一夏さん。こちらでしたか」
一息ついた一夏と龍が屋上の給水タンクの上で寝転んでいると、ふわふわとISを部分展開して浮き上がってきたのはセシリア・オルコットである。片手に昼食だろうか、紙袋を抱えていた。
「よう、オルコット」
「セシリア、ISの部分展開は……?」
「内緒ですわ」
給水タンクの上に自分も座ると、紙袋からサンドイッチと牛乳が入った瓶を出す。それをおもむろに食べ始め、なんとなくそれを見ていた龍の視線を感じたのか少し赤くなる。
「龍さん、見られていては食べ辛いですわ」
「ん、すまん」
龍は肩をすくめると、反対側に体を向けて寝転がる。昼食を食べる気にならなかった彼は、今日は彼用の超濃縮栄養剤を一本飲んで昼食としていた。
ちなみに織斑一夏は、いつも通り総菜パンを食らっている。
「しかし……どうするんだ、一夏」
背を向けたまま龍が言うと、一夏は焼きそばパンを飲み込んで牛乳で流し込んでから言った。
「お前じゃダメか?」
「極光は出場禁止だ」
「………だよなぁ」
鯉淵龍のIS、極光は強大すぎる戦闘能力故に公式戦への出場を禁止されている。日本政府などからは出場要請もあったが、織斑千冬以下一年担当の教員たちの猛反対によりあっけなく潰えた。
出場したが最後、待っているのは一方的な蹂躙なのだから当然だが。
「では、龍さんは出ないのですか?」
大口を開けて食べる一夏とは違い、上品に少しずつサンドイッチを食べるセシリアは、そう龍に尋ねた。
「一応、訓練用の打鉄で出るつもりだが……極光なしの場合、俺の適性はD-だからな」
本来ISを使用できない鯉淵龍は、AMSを通じてつながった極光経由で、無理やりほかのISにハッキングをかけて制御することにより通常型ISを使用できる。もっともその場合適性値はD-であり、とてもではないが実戦は不可能、とされている。
「そうですか……よかったらペアを組んでいただきたいのですが」
「一応イギリス代表候補生だろう。さすがに荷物抱えたまま勝ち抜けるほど甘くはないぞ?」
「………そうですね」
代表候補生であるセシリア・オルコットは、このトーナメントにおいてもある程度の成績を収める必要がある。異常なほど各国の専用機が多い今年の一年の状況をかんがみて、絶対に優勝せよとまでは言われなかったが、低い成績であれば今後にも影響する。何より祖国イギリスの威信を背負うこともあり、個人の感情だけで行動できるわけもなかった。
ちなみに、鯉淵龍が極光を使用する場合、逆にペアを組むことは明確に禁止されていた。極光とペアを組むと、何もできないためである。現状世界最強のISに、訓練機や、競技用の専用機が対抗できるはずもないためだ。
「ま、適当な生徒と俺は組むから、お前たち二人はきっちり勝ちに行け。専用機もち二人が初戦敗退なんてことになったら、さすがに恰好がつかん」
そのあたりも含めて、トーナメントの対戦カードは組まれるはずだ、と龍は言った。
「そうだな……セシリア、組んでくれるか?」
「一夏さんとですか……本国に確認を取ってからのお返事でも?」
「ああ。俺の方は倉持から勝ってこい以外には特に指示ないからさ。それに射撃型のブルー・ティアーズと組めれば、勝率も上がる」
勝つためには最善だ、と一夏は言った。セシリアも同意し、ISの通信回路を本国の担当部署に繋ぎ、夜中にもかかわらず仕事をしていた上司に連絡を取った。
「…………はい、ありがとうございます」
しばらく後、セシリアが通信を切る。
「かまわないそうなので。では一夏さん、よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそ」
意外とあっさりペアが決まり、一夏は安堵したような顔になる。それを見ながら、龍はつぶやいた。
「さて、俺は誰と組むかな?まあ、どうせあぶれた奴どうしの組み合わせになるんだろうが」
龍がつぶやくと、セシリアが疑問を持ったように言った。
「あぶれたと言えば……シャルルさん、この頃見ませんわね。一夏さん、何かご存知ですか?」
工業連のテストパイロットになったシャルロット・デュノアはその手続等のために学校を欠席している。そのため彼女の性別の件についてはまだ公表されておらず、セシリアはまだ男だと思っているのだ。
「あ、ああ。デュノア社が工業連傘下になったから、その関係でいろいろ忙しいみたいだぜ?」
一夏はシャルロットの性別には触れず、欠席の理由を述べる。それを聞いてセシリアは特に疑問に思わず、大変ですねとだけ言って話題を変えた。
「……龍さん、実際のところ誰と組むおつもりですか?」
セシリアの疑問を受け、龍は肩をすくめる。
「ま、いろいろと悪名轟いちまったからな。一般生徒のくくりならせいぜい組めるのは篠ノ之か、中条。もしくは布仏、4組の更識くらいだろう」
意外な名前が出てきて、一夏が言った。
「のほほんさん?なんでだ?」
「4組の更識さん……確か日本の代表候補生ですが、専用機が開発途中で頓挫したという……」
「ああ。白式の開発の煽りと、ただでさえ無理があるコンセプトのせいでな。そっちも改めてうちが開発することになりそうなんだが……まあ、まだ専用機なしだ。成績求められてもいないから、俺とでも組める。ちなみに布仏は工業連つながりで知り合いだ」
龍はそう言って携帯端末を出す。
「代表候補生組は、結局のところ互いで組むだろ?」
「そう、ですね。そうなるかもしれません」
届いたメールを見ながら龍が言うと、セシリアは少し考えてからそう答える。建前としては各自の戦力を近づけるための2対2だが、国から成績を残すことを求められる代表候補生たちは通常、互いで組むことがほとんどだ。互いの機体の情報もある程度集められるうえに互いの技量も高いため、どちらかが足を引っ張るということがあまりないためである。
現に、凰鈴音はすでにラウラ・ボーデヴィッヒとペアを組むことを宣言していた。中近距離に強い甲龍と、遠近距離に強いシュバルツェア・レーゲン。非常に脅威となる組み合わせである。すでに放課後のアリーナで訓練もしていて、急造ペアにしてはそれなりにかみ合った連携を取っているのを確認できていた。
現状あれに対抗できるのは、遠距離戦闘と僚機の援護に高い能力を持つセシリア・オルコットのブルー・ティアーズと、絶大な近距離格闘性能を持つ白式を保有する織斑一夏のみと思われている。ある意味、この二人が組むことは自然な流れと言えた。
「ま、お前達二人ならあの二人に対抗できるだろ。珍しく凰が一夏と組もうと言わなかったのは気になるが……また何か言ったのか、一夏?」
「………いや、多分」
「何かやらかしたんだな」
龍はあきれたように息を吐いた。
「いや、鈴の酢豚がなんか味が少し違うような気がしたからそう言ったら、作ってみろって言われたから俺が作った酢豚を翌日食べさせたらなんか怒り出したんだ」
「…………」
龍はあきれたように沈黙し、次いでため息をついて言った。
「お前なあ、そう言うときはもう少しオブラートに包んでいうモンだ。大体対抗してどうする」
「………やっぱまずかったかな」
「当たり前だ、ど阿呆」
龍は肩をすくめる。
「ま、お前を叩きのめしたらすっきりするだろ。ボーデヴィッヒもお前には含むところがあるしな。ある意味いい組み合わせかもしれん」
「ラウラが?どんな?」
「わたくしも知りませんわ」
セシリアも龍に向かって言った。
「大したことじゃないさ。織斑千冬がドイツに行って一年間、そこの特殊部隊の教官をしていたのは知っているだろう?その時ボーデヴィッヒの世話を随分焼いてな。それで、あいつは少し嫉妬してるのさ」
織斑千冬はいつも弟が一番大事だからな、と龍は言う。
「殺意に代わるような強い感情じゃないし、別にお前自身を嫌ってるわけでもないが、少し叩きのめしたいくらいは思ってるだろうな」
「……十分嫌われてると思うんだが。だからラウラは俺とあんまり話をしようとしないんだな?」
「お前が軽そうな性格に見えるから、と言うのもあるだろうけどな」
「軽い?俺が?」
「ああ」
龍は頷く。
「知り合いを誰でも名前呼びするのはまずいと思うぞ。ボーデヴィッヒはそのあたりきちんとしてる方だからな」
「………マジか」
知らない間に名前呼びになっていたことに気が付き、一夏は冷や汗をかいた。
「ま、拳の友情でも作ってくればいいさ」
「ボーデヴィッヒさんはそんな性格ではないようですが」
セシリアが肩をすくめて言う。
「ま、負けると決まってるわけじゃないし。一夏、お前だって負ける気はないんだろ?」
「ああ。勝負事で退く気はないよ」
一夏ははっきりと言った。龍はそれを聞いて笑う。
「ま、それならいいさ。オルコットのサポートをきっちりしてやれ」
近接格闘機が積極的に動くと、やりにくいからな、と龍は言う。
「特に白式の零落白夜は脅威だ。決まれば一撃。こいつはやばい。積極的にお前が動けば、相手はお前に注意しなけりゃならないし、そんな隙を見せたら」
「わたくしの前ではいい的ですわ」
自信たっぷりにセシリアは言う。
「そう言うことだ」
「ああ、分かった」
一夏も、自信を持って頷いた。
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工業連からIS学園に戻ってきて、シャルロット・デュノアは大きく息を吐いた。
「憂鬱だな……」
時刻は放課後。校舎の外では、複数の生徒がすでに出歩いている。アリーナに向かう行列も見え、よく見ればその先頭には織斑一夏たちがいた。
「あら、兄さんたち。ちょうどいいですね、テストに付き合ってもらいましょう」
横に立つ鯉淵水姫はそう言って、足早に一夏たちが消えたアリーナへと足を向ける。しばらく機体テストのためにIS学園に泊まり込むということだ。
足早に歩く水姫を見て、シャルロットは少しため息をついてから首元に下がるネックレスをいじり、自分も後に続いて歩き出した。
ここ数日付き合ってみてわかったことだが、鯉淵水姫と言う少女はやはり鯉淵龍の妹である。
開発コンセプトは極限の一点特化、突き抜けすぎた性能を求め、それをパイロットが扱えるかなど二の次。
テスト機ばかりを作っている部署のためか、それともおもに開発している機体があの極光だからなのか。とにかくぶっ飛んだものしか作らない。兄である鯉淵龍ほどの破滅的な感情はないが、マッド具合ではRMといい勝負だ。
故にRMと水姫が作ったのがなぜかあの霧積だというのが彼女にはいまいち理解できなかった。必要コストはぶっ飛んでいるが。
あの絶妙なバランス感覚は、到底この二人から感じられないものなのだ。
「兄さん!」
そんなことを考えながらシャルロットが歩いていくと、先行した鯉淵水姫はアリーナに入ろうとした鯉淵龍を呼びとめる。振り向いた鯉淵龍は、顔をひきつらせていた。
無理もないかな、などとシャルロットは思い、自分も近づいていった。
「と、言うわけでこの兄がいつもお世話になっています、妹の水姫です」
突然現れた少女はあろうことか鯉淵龍の妹だという。その驚愕の事実に一夏たちがざわめく。
「妹居たのかよ、龍」
「いなくて結構だ」
龍は即答。直後その足を水姫がハイヒールのかかとで踏みつける。
「痛いな」
「うるさいんです」
龍を黙らせて、水姫は微笑んでから自己紹介を続けた。
「工業連の第3開発課の武装開発班です。今回はシャルロット・デュノアの機体テストのために同行しています」
水姫が言うと、ちょうど到着したシャルロットが、水姫の後ろに立った。
「久しぶり、イチカ」
「ああ、シャル。帰ってきたのか」
「うん」
初めて見る女子の制服を纏ったシャルロットは華やかで、すこし一夏は緊張した。しかし。
「あれ?あんた女だったの?!」
「初耳ですわね」
「…………と、言うことは。一夏と同室で……?」
背後で凰鈴音が驚く声が聞こえ、次いでセシリア・オルコットが同意。最後に厄介な事実に気が付いたのか、徐々に殺気をにじませながら箒がつぶやいた。
「………一夏、申し開きは?」
「一夏?」
冷や汗をかきながら一夏が振り向くと。こめかみに青筋を立てた箒と鈴音が怒気を発しながら一夏をにらんでいる。
「………俺は知らなかった」
「信じられるものか」
「もう少しましな言い訳はないの?」
先程一目でシャルロットと判断していた事実がある以上、確かに下手な言い訳だな、と一夏も思う。一方詰め寄り始めた鈴音と箒を横目に、セシリアはシャルロットに近づいた。
「なぜ性別を偽っていたのかはだいたい見当が付きますわ。それでデュノアがいきなり工業連に吸収されたのですね?」
「う、うん。もともと無理がある計画だったしね……」
「まあ、無理しかありませんわね。確かに傍目から見ても不審な点はありましたし」
やっぱそうか、とシャルロットは思いながらセシリアを見た。
「まあ、なにはともあれ。本名は何とおっしゃいますの?」
「シャルロット。シャルロット・デュノア」
「シャルロットさんですか。セシリア・オルコットですわ」
セシリアは笑いかけると、次いで面白そうに状況を見ていた龍を見た。
「それで、龍さん。妹さんがおられたというのは私も初耳なのですが」
「言ってなかったからな」
「言わないでしょうね」
龍と水姫はそっくりのしぐさで肩をすくめる。そんなところからも兄妹だというのが分かった。
「ですがその齢で工業連の開発班所属ですか」
「兄さんの妹ですから」
事情をある程度知っている一夏は、鈴音たちに詰め寄られながらも、その言い方で彼女もD計画の生き残りだと察した。D計画で生まれた龍に妹がいて、通常ありえない年齢で工業連に所属しているとすれば、D計画の被験体という線が一番しっくりくるからだ。
「しかし……」
「ま、いろいろあるのさ。それより凰、篠ノ之。アリーナが閉まるまでそうやっているつもりか?」
龍が言うと、鈴音と箒は声を上げた。
「だが、鯉淵!」
「あんたもまさか?」
龍は肯定した。
「まあな。だが一夏は知らなかったぞ。デュノアも頑張って隠していたし、こいつは知っての通りかなり勘が鈍い」
そう言い方はないんじゃないか、と一夏は少し顔をしかめるが、最初のうちはまったく気が付いていなかったのは事実なので頭を抱えるだけにとどめた。
「ほら、その辺でやめて行くぞ。凰はボーデヴィッヒが先に行って待ってるんだろう?一夏とオルコットも急造ペアだ、連携訓練しなきゃならんしな」
ちなみに龍は一夏とセシリアの教官役兼仮想敵である。
「………そうだな」
「そうね」
箒と鈴音は矛先を収める。もっとも完全に納得したわけではないようで少し荒々しく歩いて更衣室に消えた。続いて一夏も、男子用更衣室に向かって歩き出す。
「しかし、篠ノ之はペアが決まってないんじゃなかったか?よく訓練機の使用許可が下りたな」
「そう言えばそうですわね。ですが、龍さんもペアは?」
「決まっていないな。さてどうするか」
龍はそう言ってから、シャルロットを見た。
「なんなら組むか?俺はまともな戦力にはならんがな」
「え?トーナメントに極光は……ああ、そういうこと」
極光は出場できないが、基本的に全員が出場を義務付けられているため、鯉淵龍は訓練機で出るのだろう。そして極光抜きの場合鯉淵龍の適性がD-であることを知っているシャルロットは納得したような声を出した。
「うーん……もう少し考えてみるよ」
「やれやれ、振られたか」
対して残念そうなそぶりも見せずに龍は言うと、自分も足早に更衣室に向かって歩き出した。
一夏が白式を纏ってアリーナに飛び出すと、すでにブルー・ティアーズが浮かんでいて軽く動作確認を行っていた。その向こうでは鈴音とラウラがコンビネーションの確認をしているのか、軽くアクロバットをしている。一方打鉄を纏った箒と、ずいぶん形を変えたラファールを纏うシャルロット、そして黒の全身装甲を纏った龍は、地面に降りて何やら話をしていた。
「よう、セシリア」
「一夏さん、少し遅かったですね」
「悪い。白式の調整をしていたら遅れちまった」
一夏の反応速度が急激に向上しているため、すこしPIC周りの反応速度を上げていたのだ。それを説明すると、セシリアはそれならばと納得する。
「じゃあ、基本的な連携をやってみるか?」
「その前に軽く戦闘機動を。ペアでの機動パターンなども複数ありますし、使いこなせれば有利になりますわ」
「そうだな……」
一夏も同意。それを確認してセシリアがブルー・ティアーズを動かした。
一方箒は龍から基本的なアドバイスを受けていた。入学するまではほとんどISに乗っていない箒は、実質一夏とそう変わらない初心者であり、龍との戦闘訓練やもともと持つポテンシャルで急激に実力をつけている一夏に対し、箒の方はごく普通の成長速度であるため水をあけられているせいだ。
箒はこれに少し焦っているようで、見かねた龍が少しアドバイスをすることにしたのである。
「ISに乗り始めてまだ日が浅いし、一夏は異常なのは理解しているな、篠ノ之?」
「あ、ああ。それくらいは分かる」
「よし。それを理解したうえで、お前がまともに戦闘できるようになるには、IS操縦能力の向上なんかよりも、戦術戦略を少し考えたほうが、効率がいい。トーナメントまで2週間を切っているし、今から操縦能力を上げようにも代表候補生レベルは不可能だからな」
少し厳しいようだが、この短期間で代表候補生であるセシリアや鈴音たちと張り合えるほどの力を身に着けた一夏が異常なだけで、そう言った才能を持たない箒にはそれほどの力を得るのは不可能だ。故に、操縦能力ではなく、どうやったら勝てる状況に持っていくか。そう言う戦術戦略を考えるしか勝機はない。
最もこういった思考は代表候補生であるセシリアたちはあたりまえのように持っているから、こういう思考を箒ができるようになったところでかろうじて渡り合える程度と言うしかないのだが。
「……ああ、それもわかるが……」
「まあ、素人で戦闘慣れしていないお前だ。こないだの俺とボーデヴィッヒの戦闘で、大体の空気は感じたと思うが、実際に銃を撃って撃たれて、敵が斬りかかってくるという状況は想像以上に厳しい。こういう物をしっかりと体験しておく必要がある。幸い、お前は剣道をやっているから、こういったことに対する耐性は多少あるな?なら同じ土俵に昇れる程度までなら、短期間でも持っていくことができるはずだ」
極光の左腕に在る巨大なガトリング砲を展開する。シュバルツェア・レーゲンを粉々にした武装を見せられて、箒は少し怯えた顔をした。
「まあ、怯える気持ちは分かるが、よく見て置け。さすがにこの火力に近い武装は、ボーデヴィッヒのレールカノンやオルコットのレーザーライフルくらいしかないが、だとしてもトーナメントではこれが自分を狙って飛んでくるんだ。お前はそんな銃弾の雨の中で一夏に肉薄して、あの白式と切り結ぶんだぞ?」
近接特化型の白式。それと打鉄で渡り合う。それがどれだけ無茶なことか、箒に再度認識させる。
「………ああ、分かった、理解した」
「よし」
少し引きながらも、箒は頷く。
「なら、まずワンステップだ。白式は格闘戦では無類の強さを発揮するが、致命的な欠点として射撃武装を一切装備していない。今回のトーナメントではそれを、BT兵器を有し、援護や射撃戦に多大な能力を持つブルー・ティアーズと組むことによってある程度克服するだろうが、基本的には二対二で、お前の相方がセシリアとうまく渡り合えればお前の相手は射撃兵装を保有しない白式だ。そうなると、純粋な格闘戦で打鉄はどう抗っても白式に対抗できない以上、白式に対して有利な点である射撃兵装をうまく使うしか勝機はない」
そう言って、箒が左腕に持っているマシンガンを指す。
「さて、お前の射撃はISに乗っていても精度が低い。何故かわかるか?」
「………いや」
「お前が基本的に銃に慣れていないから、ISの能力に頼ったそんな持ち方をするんだろうが、ISも基本的には人体の延長で、と言うことは反動があるマシンガンを使用するときは基本的には両手で保持しなきゃ精度なんかでない。ISのパワーで反動をおしこめてくれるから左腕一本で撃っていても大丈夫なように錯覚しているんだろうが、それが精度が出ない原因だ」
言われて初めて気が付いたように、箒は己の左腕を見た。
「ストックをうまく使って、銃をしっかりと安定させる。そいつは左利き用の銃で、排莢が左にでるから、右利き用の……ああ、それだ」
箒がそれまで持っていたマシンガンを格納し、同じ形だが右用のマシンガンを呼び出し、龍に言われた通りの射撃姿勢を取る。
「接近戦では腰だめに構える。そして真正面から向かうと前面投影面積がでかくなるから、左に向かって構えるんだ……よし。とりあえずこれが基本的な射撃姿勢だ。空中だろうが地上だろうが、マシンガンをばらまくときはこの姿勢だ。逆に……」
龍は今度は肩で構えるように言う。
「この姿勢は精密射撃をする時の姿勢だ。反動は多少殺しにくいが、精密な射撃が可能になる。中距離からマシンガンを使うときはこうやって撃て」
そう言ってから、アリーナの端に在る射撃専用のスペースに移動する。
「撃ってみろ」
言われて箒が的に向かって発砲すると、今迄とは比べ物にならない精度で銃弾が的に収束する。
「………すごい」
「わかったな?こうやって撃つんだ」
次いで、龍は打鉄での、近距離射撃戦での機動パターンを二つ三つ教える。基本的に剣道での勝負では無類の強さを持っている箒は呑み込みが早く、すぐに近距離戦の基本的な動き方と、自分が持つ知識と経験を合わせてうまく動けるようになっていた。
「さすがに呑み込みが早いな、羨ましいよ」
敵機の死角に回り込みながら銃弾を撃ち放つ機動パターンをやってのけ、箒が一息つくと羨むように龍が言った。
「だが、お前は強いだろう?」
「残念ながら。俺に戦闘に関する才能はない。機体を制御することはできても、性能任せに強引に押し切るだけだ。一夏や、篠ノ之のような高い対応力はない」
血反吐を吐くような長い訓練と、幾度にも及ぶ肉体強化。それによってようやく戦えているにすぎず、軽々とその領域に足を踏み入れてくる一夏や箒を、彼は内心少し羨んでいた。
彼の持つ絶大な戦闘力は、もって生まれた情報処理に特化した脳と、搭乗機の絶大な戦闘力からくるものであり、訓練を続けてはいるが、強化人間の力を除いた、体術や射撃などはいまだに二流ないし三流程度であった。
「ま、俺の愚痴はさておき。近接格闘に関しては、お前は十分強いから訓練する必要はないだろう。覚えるのは、近距離での射撃戦から格闘戦へ移行するタイミングや、相手に撃たせない斬らせない戦術だ」
「……先手必勝、と言うことか?」
「ああ。開幕一撃で決まるならそれが一番早い。相手に何もさせずに勝つ、と言うのが一番だ」
撃たせる前に撃つ、斬られる前に斬る。
「もっとも、相手だってそれを考えて来るから、先手を取られた時の対応、それにどうやったら先手を取れるか、そう言ったことも考えながら戦うわけだ」
敵が突っ込んで来たら、引きながら撃つ。壁を背にしてしまったら回り込む。機動兵器の戦闘において止まることは死であり、常に次の動きを見据えながら動く。そうして初めて、まともな戦闘が可能になる。
「動いてから次の動きを考えていては遅い。動く前に、その次の動きを考えながら動く。滑らかな曲線を描くような軌道が一番狙いにくいからな」
直線的な動きはどうしたって狙いやすい、ただの的だ、と龍は言う。
「なるほど……実践あるのみか?」
「ああ。基本的に思った通りに動くと言ったって、PICを上手く制御したり、重心移動をしっかり使えばそれだけ効率的に、無駄なく動ける。ISは特に、性能任せでもスムーズに動けているように見えるから、より一層そう言ったことを考えながら動かす必要がある」
例えば、と上空を飛ぶ一夏を指す。
「今右に滑り込むような動きをしたが、どうやってあれほどスムーズに動いているか今のお前なら見えるだろう?」
「………ああ。右足を出して、左足を引く。右腕を振り出して、左手を引いて。体位を鮮やかに変化さえている」
「PIC任せじゃ、あの動きはできないな?」
「ああ」
あんな動きを目の前でされたら、消えたように錯覚するだろう。そして致命的な隙をさらすことになる。
「……そう言うことか。性能任せではなく、性能を使うというのは」
「ああ。あるものはすべて使う。使い切って、今ある性能を組み立てて、限界まで能力を引き出す。ISは恐ろしく複雑な兵器だ、その組み合わせ次第では開発者すら想定できない戦闘力を発揮する」
大体、限界があるのかすら未知数だがな、と龍は笑った。
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アリーナが閉まる時間が来て、訓練をしていた生徒たちがアリーナから出ていく。更衣室で少しぼーっとしていたシャルロットは、誰もいなくなったのに気が付いてゆっくりと廊下に出た。
廊下に出ると、人気がなくなった長い廊下はうすら寒いものがある。そんなことを考えながらシャルロットが歩いていると、バックを下げていないほうの肩に銀色のリスが飛び乗った。
「………チカラを、くれるんですか?」
それを見ずに、歩きながらシャルロットが言う。
『あげるよ?すべて壊せるチカラ。君の世界に不要な物、全部を』
銀色のリスは若い女の声で言う。
「………ください」
『フフ……じゃあ、君のISに頃合いを見てアップしとくね』
狂気をにじませた声で、シャルロットが請うと、リスは楽しそうに笑う。
「………いらない。D計画も、その産物も」
僕の世界には、必要ない。狂った少女は、そうつぶやく。
『そうだね……いらないよね』
イレギュラーは、みんな消えればいい。リスを通してしゃべる兎も、そう言って嗤った。
遅れに遅れて16話です。いろいろ難産だったり、ゴジュラスHMM発売されたりと大変でした………言い訳になってないですね、ハイ。でもゴジュラスかっこいいです。
シャルロットが病んでます。アイデンティティーが崩壊しているからですが。気になる方もいるとは思いますが、個人的にはシャルロットは原作でも危ういなぁ、と思うところがあったので、より強調した感じです。
あと、箒は噛ませ犬じゃなくなりつつあります。2巻の箒の扱いがひどすぎると思っていたので。せっかくトーナメント出て、一夏と対戦してるのに活躍らしい活躍してないじゃないですか。
なので少し成長してもらっています。打鉄だってやればできる子なんです。工業連関係者は酷評してますが、あれは轟雷つぶされた恨みから来てるものもありますので。
では、次回もおつきあいいただけることを願って。