インフィニット・ストラトス 迷い龍は空を目指す 作:ガクジン
真紅の機械人形の中で、少年はただの機械でしかなかった。
『―――誰であろうと――――――「私」を超えることなど―――――――――』
少年を通して、機械仕掛けの神がしゃべる。すべてを焼き払う「神」がしゃべる。それを、少年はただ黙って聞いていた。
いや、聞いてすらいない。少年はただの部品。ソレを構成する部品の一つでしかない。故に少年は、神そのものであり、それ以外の何物でもない。
『――――――ふざけるなよ――――――クソ野郎―――』
すべてが燃えていた。何もかもが。少年が引いた引金で。神が引いた引金で。そして、すべてが燃える中でそれの前に立ちふさがる影が一つ。その影が放った閃光の直撃を受け、真紅の神は初めて揺らいだ。
『――――――――――――大きすぎる――――――イレギュラー』
『―――「イレギュラー」は―――――――――てめえが使ってるそのガキだぜ―――』
目の前に立つ黒いヒトガタ。人にしては異形なその四脚。両腕に持つのはリニアライフル。左背部に大型レールガン、右背部にミサイルポッドを装備する。
≪アーマード・コア≫ 「プラス・イーター」。企業の試作兵器。頭が半ば埋まる巨大な胸部。そこから突き出す、エネルギー防御に特化した曲面装甲の腕。太く、力強いシルエットの四脚。そして、頭部に輝く、真紅の単眼。火力と機動力に特化した、重量四脚型AC。
誰にも使えぬと言われたその欠陥兵器は、今一人の天才とまで呼ばれる男の手によって命を吹き込まれた。人に動かせぬゆえに最強のAIを作り出した科学者たちをあざ笑うかのように。
『――――――レイヴン――――――』
『―――てめえに、その名で呼ばれるとはな―――――――――ハスラー・ワン』
そして、構築したはいいが起動すらできぬAIを起動するために部品にされた少年をあざ笑うかのように。
黒いACと天才と謳われる男は立ちふさがった。
誰のためでもなく、ただ自分が思うがままに。自由に空を飛ぶ、ワタリガラスと謳われた者として。燃え尽きる研究所も、その中から這い出してきた黒髪の少女も、その腕の中で眠る赤子も、そのそばに立つ東洋人の夫婦も。
一顧だにすることなく、己が望むがままに銃を掲げる。
『―――闘争の時間だ―――始めようぜ―――』
『―――――――――修正プログラム、最終レベル―――』
真紅の機械人形の推進器に火が入る。黒いACの構えるレールガンが、紫電の輝きを帯びる。
『――――誰のためでもない―――』
『――――――全システム―――チェック終了――――』
『――――――好きなように生き―――好きなように死ぬ―――そのために――――』
黒いACがコアの背部装甲を大きく展開。その中から巨大なブースターがせり出す。真紅の機械人形が腕の装甲から二連の砲門を引き出し、推進器に力を蓄えて。
『――――戦闘モード―――起動――――』
『―――だから――今この瞬間は―――力こそがすべてだ―――』
瞬間、二機から放たれた力は大地を引き裂き、そして猛烈な速度で機動した二機の足が大地を沈ませた。真紅の人形の中にいる少年は自らの脳にかかった猛烈な負荷にすら表情を変えずに耐えて瞬時に送られた信号を機体に伝達しながら。
黒いACを駆る男は体にかかった猛烈な負荷を受けながらも口元をにやけさせて。
お互いに叫ぶように告げる。
『――俺を、超えて見ろ――――!』
『――排除、開始―――――――!』
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「――――鯉淵――――おい!」
鯉淵龍は、やや苛立ったような少女の声で、白昼夢から覚めた。目を開ければ、見覚えのあるポニーテールの少女が、目を吊り上げてこちらを睨み付けている。
「……ああ、篠ノ之。悪いな」
どうもすっきりとしない頭を振ってから、龍は篠ノ之箒に謝りながら席を立った。
「なにをやっているんだ、お前らしくないだろう」
「……ああ」
箒のいぶかしむような声を生返事で返しながら、龍は周囲を見渡す。
場所は第3アリーナの第2ピット。学年別トーナメントが行われている当日。目の前にいる篠ノ之箒とパートナーを組んでいる。そして現在は―――
「一夏たちの試合の時間か?」
「ああ」
そうだ、俺たちの出番は2回戦。だからピットで待機していた。モニターで一夏たちの対戦は確認できるし、打鉄の最終調整も行える。そのためにここにいる。
「随分ひどい顔だぞ。顔を洗ってきた方がいいんじゃないか?」
「………そうだ、な」
龍は頭を振り、いまだ残る残滓を振り払った後でため息をついて席を立った。そして握りこまれた右手を見て、少し顔をしかめて拳を解いた。
「……チッ」
どうかしている。ここはアスピナではないし、己が駆るのはあの熾天使ではない。そもそも16年も前の話だ。物心すらついていなかったはずなのに、何故こんな夢を見るのか。体が当時の年齢に追いついたからだとでも言うのか。
いらだちながら鯉淵龍は洗面所に向かい、冷水を何度もかぶって頭を冷やそうとした。そんな行為など不要なはずだというのに。
「……阿呆が」
鏡の中にいる自分は、16年前にいた人形と全く同じ顔、同じ背たけ。それを罵倒して、龍は戻ろうとした。己の今いる世界、時間へと。
だが、鏡の中にもう一つのモノを幻視して、吐き捨てるように言う。
「もう俺は、「お前」じゃない」
鏡の中に浮かぶ真紅の機械人形に吐き捨てると、今度こそ龍は洗面所から出た。
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織斑千冬は、アリーナに浮かぶ織斑一夏を見つめながら不思議な感慨にとらわれていた。あの日、燃える研究所から脱出したときに抱いていた幼子が、ここまで成長し、自分の手の中から羽ばたこうとしている。
それが無性にうれしく、また悲しかった。
「………おかしなものだな」
血のつながらない姉弟。だからと言って愛していないわけではなく。唯一の家族として溺愛している自覚はあった。だが、その弟が今自分の足で歩きだそうとしているのを見ると、なぜかさびしく思う。
「私では親ではないというのだがな……親心、と言うのはこういう物か」
そう思い、いまだあらわれぬ一夏たちの対戦相手の少女のこともその範疇に入っていることに気が付いた。
D計画被験体№8、ラウラ・ボーデヴィッヒ。自分にまるで似ていない彼女も、しかし自分の妹なのだろう。少なくとも自分はそう無意識に扱っていた。
「………ラウラも、か」
2年前ドイツで教官をしていたとき。何かに追われるように生き急いでいた彼女。ナノマシンに適合できずに出来損ない扱いされた彼女を、同僚たちですら名前ではなくナンバーで呼んでいた。
「№8」と。それがかつてアスピナで「№2」と呼ばれ続けた自分と重なり、彼女は自然とラウラの世話を焼いていた。
考えてみればいろいろとおかしな話だ。自分より優れているはずのセカンドロットのラウラに、本来ならば出来損ない扱いされてもおかしくないファーストロットの自分がモノを教える、あまつさえ保護しているなど。
それに、彼女を軽蔑した目で見る同僚たちが、実のところラウラを親として生まれていることなどラウラを含めてだれも知らないだろう。
あの忌まわしい計画にかかわった自分たち以外は。あの計画の時に覚醒され、強制的に成長させられ実験体と化した自分と鯉淵以外は。
もう、誰も知らなくていいのだ。あのような忌まわしい計画など。
「―――先輩、始まりますよ」
ラウラ達のいるピットの扉が開いたのを見て、後輩のはずの山田真耶が静かに声をかけてくる。その当人は工業連から貸与されている専用機、轟雷弐号機を部分展開、ハイパーセンサーで索敵を行っている。
代表対抗戦の二の舞を避けるためだ。轟雷は実弾をフル装備。並のISならば軽くひねることなど造作もない火力を持っていた。
「ああ」
「………感慨深いようですね」
「……………そうだな」
見抜かれていたらしい。昔はもっとおっとりとして、少しドジなところもある、明るく優しい少女だったというのに。
今でもそうだと思っていたが、とんだ間違いだったようで。少なくない修羅場をくぐり、戦場を見てきた真耶はいつの間にか自分よりも厳しい眼をするようになっていた。
どこか陰惨で仄暗い、血と硝煙のにおいを漂わせる、そんな女の眼を。
IS学園で久しぶりに再会したときは待った気が付かなかったが。少なくない地獄を見てきたのだろう、彼女も。
鯉淵龍は何度か戦場に出ていて、人を殺してもいる。その龍から教官と呼ばれる彼女は戦場にも同行していたらしい。ISはなかったが、銃を撃ったことくらいはあると言っていた。
彼女が持っていた銃がおそらく人間に向いていただろうことは容易に想像できた。その話をしたとき、真耶の顔から表情が抜け落ちていたからだ。
後悔はしていないのだろう。だが、納得もしていない、そんな顔をしていた。
「………山田君」
「……なんですか?」
そんな顔をする真耶は見たくなかったから、千冬は無理に明るい声で話すことにした。
「このイベントが終わったら、飲みに行こう」
「……そうですね。休日返上で働いているんですし、そろそろ有給を使いましょう!」
「ああ。いい店を見つけてな。テキーラとワインがうまい」
「…………毎度思いますが、先輩、カオスなお店見つけるの上手いですよね?」
真耶が楽しそうな声で言うと、千冬は自分も笑っていることに気が付いた。そうだ、これでいい。
すべて終わったら、真耶と楽しく酒を飲もう。何もかも忘れて、年頃の女に戻る日があってもいいだろう。
織斑千冬はそう思いながら、開いたゲートから彼女の教え子が飛び出すのを待っていた。どれだけ成長したか、そんなことを楽しみにしながら。一夏と、ラウラ。二人がどんな勝負を繰り広げるかと。
まさか。
「………先輩、接近するIS反応を感知しました。亡国機業に奪われた、BFF、アクアビット共同開発機、サイレント・ゼフィルスです」
真耶が笑みをけし、無表情で告げる。
「……ああ、そのようだな、山田君」
織斑千冬も、表情を消してこぶしを握りこむ。そのまなざしの先には、黒い全身装甲と化した、シュバルツェア・レーゲン。見覚えのありすぎる刀を、見覚えのありすぎる構えで振るわんとする機体。
「…………VTシステム………」
忌まわしいシステム、接近するテロ組織に奪われたIS、そして。
「アリーナのシールドシステムに外部からハッキングが開始されています。シールド、及び出入り口隔壁、排除できません」
IS学園のシステムをハッキングして、自分たちを観客に仕立て上げたその技法。
「………偶然、か?」
「いえ。亡国企業が、博士の動きを察知したのでしょう」
真耶の判断。織斑千冬もそれに同意する。そして、遅れてゲートから飛び出してきた、ぼろぼろの甲龍。そして、それを追撃するように飛び出してきた、橙色のISと、それを纏った金髪の少女の表情を見て、織斑千冬は呻くように言った。
「………やってくれる……!」
何かに耐えるような表情で、アサルトライフルを凰鈴音に乱射するシャルロット・デュノア。斬りかかるレーゲンの刀を雪片で受けながら何かを叫ぶ一夏。セシリア・オルコットがビットを展開しようとしたところで、アリーナのシールドを突き破って現れた、サイレント・ゼフィルスを駆る少女の口元を見たとき、千冬は最悪の事態になったことを悟る。
「ここまでするか……どこまでも、どこまでも…………!」
歯噛みし、怨嗟の声を上げながら、無力な自分を憎み恨みながら。織斑千冬は呻くように言った。
「D計画は、もう終わったというのに………!」
その残滓は、いまだ消えず。
遅れて誠に申し訳ありません。実は、この話、非常に長くなりそうなので最初に序章を投稿させていただきました。
残りの話も近日中に投稿できるように努力いたしますので、どうかお許しを。