インフィニット・ストラトス   迷い龍は空を目指す   作:ガクジン

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まことに、まことに遅くなりました。


17.4 黒い鳥、作られたモノ

 

 

 

 漆黒の全身装甲、大型のロケットエンジン。

 既存のあらゆるISよりも高速の超高性能機。

 そして、ISと言うモノの歴史を塗り替えた、一機の機体。

 のちに、第5世代型ISと呼ばれることになるであろう一連の機体群を誕生させる契機となった、その機体。

 日本重工業企業連合体が開発した、第2世代型にして強化人間専用インフィニット・ストラトス。

 名を、極光と名付けられたその機体の搭乗者は、脳以外の全てを人工物に置き換え、その機体の一部となることを自ら望んだ青年。

 今はまだ、実証試験中の機体であるだけのその機体。しかし、織斑マドカは知っている。

 その機体がひとたび目覚めれば、第3世代にすぎない自らのISは、何もできずに殺されると。

 サイレント・ゼフィルス。第3世代型兵装であるビット兵器、ソルディオス・オービットを運用するために開発された自らの機体。

 致命的な環境汚染と引き換えに絶大な火力を誇るソルディオス・オービット6機を従える彼女は、しかしソレが極光には全く通用しないことを知っている。

 どんな火力も、届かなければまったく意味はない。そして極光は、それを実現するだけの隔世ともいえるほどの機動力がある。

 故に、この作戦において最初に行ったのは極光の封じ込めであり、そのためのサイレント・ゼフィルスの投入であった。

 アリーナのシールドを無意味と化すソルディオスの火力があれば、観客席に数多いる観客たちの護衛のために、このIS学園において最重装甲機である極光は、その身を持って盾とならなければならない。

 アリーナのシールドを破ったが最後、観客席に猛毒のコジマ粒子が流れ込む。故に極光は観客席から攻撃もできず、壁となるために移動もできず、動けぬまま封じ込める。

 極光の封じ込めが成れば、あとはゆっくりとナインボールがラウラ・ボーデヴィッヒを侵食するのを待つ間、適当に代表候補生たちをあしらうだけの作業となる。

 至極簡単な話だ。彼女はソルディオスの火力を持って嬲るだけ。

 そして、織斑一夏を殺す。殺して―――を得る。

 それだけの作業のはずだったというのに。

 完全に無手となった白式、それを纏う織斑一夏の表情は、無。

 完全な、無。

 だがそれは、あらゆる感情を消し去り、完全な殺戮兵器となったことを示す、無。

 №13 織斑一夏。

 Dominant project の最終被験体にして完成体。

 人工的に作られた、先天的戦闘好適合者。

 二人目の、レイヴン。一人目と同じ、あの。

 誰もかなわぬ、最悪の。そして最強の人間。

 かつてアーマード・コアを駆った傭兵、鯉淵龍牙に続く、二人目の―――

 

「……ふざけるな」

 

 ライフルのグリップを折れるほどに握りしめる。そんなものは認めない。私は認めない。

 

「認めるモノか」

 

 この男を、私は認めない。あの苦痛も、絶望も、何も知らぬこの男が。何も得ようと努力もせずとも、すべてを最初から与えられ、そして得たこの男を。

 そして、血反吐を吐くような努力をして追いすがらんとする私すら超えて行こうとするこの男を。

 そして何よりも。

 

「貴様は認めん。貴様は存在していてはいけない」

 

 殺すためだけに生み出された人間。私と同じ、殺人が唯一の存在意義である人間が。

 私が手に入れられぬ幸福を手にし、私が持たぬすべてを持ち、そして私が求めるすべてを手に入れたこの男が。

 人形になって強さを、力を持つことを。認めるわけにはいかない。

 

「………ターゲット、確認」

 

 殺戮兵器が、しゃべる。

 

「脅威レベル……C-」

 

 私を見て、しゃべる。ただ死に逝くだけの存在が、与えられただけの力を都合よく発揮しただけの存在が、しかし確かな威圧感をもって私を金縛りにしていく。

 

「対応……手段確認」

 

 私が気おされている。本性をむき出しにしただけのただの人形が、圧倒的な殺意と言うモノをもってして私を縛っていく。

 

「排除……排除開始」

 

 認めよう。私を作った者たちは天才だと。人形でしかない。ただのプログラム人格でしかないはずの私たちに、これほどまでに人間としての自我と感情を与えた奴らは異端で天才だ。

 ハスラー・ワンがあれほどの戦闘能力を発揮するのも、ラウラ・ボーデヴィッヒがここまでシステムの浸食に抵抗するほどの自我を持つのも、鯉淵龍があそこまで人間として狂いきったのも、シャルロット・デュノアが此処まで父に愛を示し、今絶望したのも。

 そして、作り物の人形である織斑一夏が誰かを、真に愛するのも、そして、私が兄である一夏を殺したいほど愛しているのも。

 すべて、あいつらの掌の上であり、そして同時にまったく想像もしていなかったのだろう。

 

「ああ、大好きだ、大好きで大嫌いだ」

 

 人形がこぶしを構える。とびかからんと、私を殺さんと拳を構える。それを見ながら私は熱い吐息と共に、歪み切った笑みを浮かべる。

 殺したいほど愛し、誰よりも憎むこの男を前にして、私は歓喜に震え、怒りに身を焦がしている。

 異端が私だけではないと感じさせてくれたこの男が大好きで、だというのに私が持たぬすべてを持つこの男が、私は大嫌いだ。

 

「だから………私が殺す。私だけがお前を殺す。私は死神だから。私たちは死神だから」

 

 死神は死神だけが殺す。そしてだから私たちは死神だ。

 死神として作られ、死神として生きる。

 どんなに取り繕うとも、それが真実。

 

「私は死を告げる黒い鳥。お前は死を運ぶ黒い鳥。私たちはコインの裏と表。私たちはどうあっても」

 

 ブースターに光をため、地響きすら起こす白式をにらみ据えて私は謳う。

 

「それ以外にはなれず、それ以外ではない。そして私たちは死神。自らの意思を持って、死をもたらす黒い鳥」

 

 故に。

 

「感情をなくして戦うことを認めない。私たちは、人間なのだから」

 

 そうだ。プログラムに従うだけの力など。

 そんなもの、力であるはずがなく。

 そんなものが、私であるはずがない。

 そんなものが、イチカであるはずがない。

 

「私たちは人間だ。私たちは感情を持つ生き物だ。私たちは自らの意思を持って終わりをもたらさなければならない」

 

 だから、ただの人形に価値などない。殺戮兵器となっただけの人形など認めない。私たちは、自分の意志で人を殺す。それが死神だから。

 

「だから、死ね。そして起きろ。幻影に呑まれるものではない」

 

 残存するソルディオスを向ける。爆音とともに地を蹴った白式を見据え、すべてのトリガーを引き絞る。

 

「だから、私はお前を殺し、お前を生かす」

 

 放たれた砲を躱して突撃してくる白式、それを見ながら私は、歪み切った笑いの下に烈火のごとき怒りを隠して、言い放つ。まったく同様も見せぬ無表情の一夏、それを見据えて。

 

「死ね、人形」

 

 

--------------

 

 

 アリーナ内に轟音と暴風と閃光が満ちる。放たれたソルディオスのコジマキャノンに、ついにアリーナのシールドが崩壊する。

 その轟音で、鯉淵龍はようやく目を覚ました。

 

「……ああ、そうか」

 

 崩壊する天井から、避難する生徒のしんがりを務めていた布仏の姉妹をかばって崩落に巻き込まれたのだろう。極光の映像ログを見れば、助かったらしい姉妹がアリーナから脱出する様子が記録されている。

 

「………あの阿呆共、なにやってるんだ」

 

 アリーナを見れば、ドミナントの本能を中途半端に発現させたのか、無表情の一夏がマドカに拳一つで殴りかかり、歪み切った笑みの下に怒りを隠しているのが丸わかりの表情で、マドカがカウンターを叩きこんでいる。ぶっ放している砲撃の規模と、ISをつかった猛烈な格闘戦と言うことを除けば完全に兄妹喧嘩である。

 マドカを殺すつもりなのは相変わらずだが、鯉淵龍は微笑ましい光景にあきれ声を漏らすと、がれきを振り落しながら極光を立ちあがらせた。

 

『や、起きたかい?』

「まったく阿呆な状況だな。篠ノ之に凰、それに……オルコットまで死に掛けている。これがただの兄妹喧嘩だってのがどうにも救われない」

 

 RMの通信に、龍はそう返すと極光の状態を確認した。

 

「機体の半分が死んでるな。なんでだ?」

『コジマキャノンの余波をもろに喰らったのと崩落の影響だねぇ?FCSが死んじゃってるから戦闘なんかできないよ』

「それくらいは分かってるが………」

 

 幸い四肢は動くし、エンジンも無理させなければしばらくは持ちそうだった。とりあえず死に掛けの少女たちを回収するかと考え、龍は体を動かす。

 

「コジマ汚染は?」

『Bクラスだね。片が付いたら本格的な除染しないといけない。シールドも破れたしすでに汚染はIS学園敷地内に広がり始めている。さっさとゼフィルス止めないとやばいねぇ』

 

 このままじゃIS学園一帯に人が住めなくなる、と笑いながらRMは言った。

 

「………ま、どうでもいいが」

『それもそうなんだけどねぇ』

 

 正直どうでもいい。そんなもの知ったこっちゃない。それよりも、この胸糞悪い状況だ。どおっかの誰かの疑似システムを動かされたラウラが何かになりきってるわ、一夏とマドカはなぐり合ってるわ、惚れた女はそんなとばっちりを受けて死にかけてるわ。

 正直に言ってかなり龍は頭に来ていた。ただでさえ朝から機嫌が悪かったうえに、これである。

 

「あーもうどうでもいい。とりあえずぶちのめしてから考える」

『それがいいねぇ?なんだかマドカ君も一夏クンも無駄にシリアスやってるけど、正直そんなのどうでもいいし』

 

 シャルロット君のあれは、ただのヒステリーだよ、とRMは片つけた。

 

「救われんな。ISなんか持ってなけりゃ、ここまでことが大事にならなかっただろうし、一夏とマドカだってせいぜい二人で殺し合うくらいだっただろ?それを壮大な喧嘩にしやがって………」

 

 けがをした生徒も多いし、死にかけている少女たちも、RMが居なければ傷が残ったり、一生片腕で過ごさなければいけないレベルの深刻さである。学生の喧嘩の分を超えていた。

 それに亡国機業と篠ノ之束が便乗した、と言うのも腹が立つ要因である。ガキを自分たちの都合のいいように利用して動かしただけ。頭にくる連中だ、と龍は吐き捨てた。

 

『で?どうするんだい?』

「とりあえず一夏とマドカは〆る。シャルロットは叩き潰す。ラウラは引きずり出す」

『それでいいよ。お片付けはするからさぁ』

 

 RMが嗤いながら言う。先ほどまで焦っていた彼だったが、龍が復活した以上すでに最悪の事態は脱したと判断したのかいつものペースに戻っている。

 そして、鯉淵龍は極光の装甲の中で凶悪な笑みを浮かべ、エンジンに火を入れた。

 

「なら……さっさと片つけるぞ」

 

 そうつぶやき、推力を開ける。次の瞬間、黒い疾風と化した極光はアリーナに飛び込んだ。

 

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「………」

 

 一夏とマドカの死闘。ソルディオスの砲撃と、サイレント・ゼフィルスのレーザー砲、そして瞬時加速を限界以上まで酷使して音速を超え続ける白式の衝撃波。それを見ながらシャルロットは拳を握りしめる。

 

「………ボクは」

 

 一夏はどうやら、我を失っているらしい。繰り出す攻撃すべて、致命部位狙いの即死攻撃だ。もし生身なら、マドカはすでに6回以上死んでいるだろう。

 そして、そのマドカも周囲の被害を考えることなく、猛烈な攻撃を繰り出し続ける。余波に巻き込まれて、システムの浸食が続くラウラが吹き飛び、シャルロットは思わずラウラを抱きとめた。

 

「ッァァァァァ…………ガッッイァァァァァァッ!!!!!!!!」

 

 到底言葉にならぬ声がラウラの喉から漏れる。必死でVTシステム、そして今はNBTシステムに抵抗しているらしいラウラは、今肉体の制御の大半を喪失しているらしく声帯や肺が暴走しているようだった。

 そもそも、VTシステム発動したラウラが、体に合わぬ剣を使っているとはいえ一夏に圧されるということそのものがあり得ないことだと、シャルロットは思う。

 VTシステムは単なる歴代ヴァルキュリーの模倣だけではなく、ISの戦闘能力を大幅に強化するため、PICの制御配分のうち、搭乗者保護の機能の大部分をISの機能強化に回す。

 当たり前だが、その際のパワーは通常型ISの比ではない。いくら格闘戦特化型の白式と言えど、所詮競技用のIS。VTシステム発動時のシュバルツェア・レーゲンの前では、体格や業云々の前に完全に力負けするはずなのだ。

 だというのに、実際は白式が押し続けていた。と言うことはラウラが水面下でシステムに抵抗し続けていたのだろう、とシャルロットは推測する。

 そして今、肉体の制御権の大半を喪失し、地獄のような激痛を味わっているはずの彼女は、それでもあらがい続けている。

 何のためかは知らないし、どうやっているのかもわからないが、シャルロットはその事実だけでラウラを羨んだ。

 そして、そんな強さがない自分を軽蔑すらする。

 

「………ボクは」

 

 何のために戦ったのか。父からの愛を失ったと思ったから。

 何故失った?

 ボクが人間じゃないからか。

 何故?その言葉が頭から離れない。

 何故父は僕を助けた。

 母は本当の母親ではなかったの?

 何故、優しくしてくれる一方で、実験体みたいな扱いを。

 結局、ボクを見てくれる人なんて一人もいなかった。

 そう言うことじゃないの、父さん。

 

 父に真実を聞きたくても、父は入院していて、過労で死にかけている。

 ボクは、だからこんなことをしている。

 違う。

 ボクがしているのは、ただのやつあたりだ。

 鈴の左腕がほしかったんじゃない。

 ラウラの命がほしかったわけでもない。

 一夏は欲しいけれども。

 一番欲しかったのは、彼女たちが持っているように見えた、人並みの幸福。

 それが手に入れられないから、彼女たちのそれも奪おうと思っただけ。

 多分鈴もラウラも、必死に頑張ってそれを手に入れたはずなのに、ボクはそんなことも考えずにこんなことをしている。

 

「………でも、ここで止まったら」

 

 鈴の左腕も、ラウラの命も。

 箒のけがも、すべて無駄になる。

 この道を行くと決めたんだ。なら、行くしかないじゃないか。

 

「一夏………」

 

 つぶやきながら、武器腕を変更。スナイパーキャノンに。精密照準用のセンサーを引きだし、照準。

 狙うのは、ゼフィルスに殴り掛かる一瞬。白式が、予測軌道上に在る一瞬。

 そこを撃ちぬく。

 対IS用重徹甲弾。

 それを、レールガンで撃ち放つ重スナイパーキャノン。

 当たれば、一夏は死ぬだろう。

 悲しいけれど、自分の過ちだ。

 Dの末裔はすべて殺す。

 そして、自分はそれから解放される。

 そんなことはないとわかっていても。

 もう止まることなどできないのだ。

 

「さよなら、イチカ」

 

 好きだった、と呟き、トリガーを引き絞る。照準の中に移る白式に砲弾が突き進む。

 当たる。

 スローになった世界でシャルロットは悲しむ。

 あまりにもくだらない理由で殺してごめん。

 ごめん。

 ごめんね。

 一夏………

 

 

 そして、当たるはずの砲弾は、掻き消えた白式にかすることもなく虚空に飛び去り。

 次の瞬間、シャルロットは猛烈なGを受けて昏倒した。

 

 

 

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「まずは二つ」

 

 速度全開のまま一夏とシャルロットの首根っこをひっつかんで全開加速。一瞬で音速の二倍以上に達した機体、その滅茶苦茶なGをPICと言えども殺しきれなかったのか、一夏とシャルロットが気絶する。

 まあ、身体がバラバラにならないだけましか。

 さすがISと言うところだろう。

 龍はそんなことを考えながらシャルロットと一夏をアリーナの壁に叩きつける。

 まさに砲弾と化した二人はアリーナの壁に巨大なクレーターを作り、次いでISが解除された。

 

「寝てろ、二人とも。起きたら説教だ」

『説教の前に治療だね。あばら骨が結構折れたりしてるよ』

「さっさと治せよ」

『前向きに善処するさ。即死以外はどうにでもなるからねぇ』

 

 死んでいたって生き返らせる規格外の変態技術者がなに言ってるんだか。龍はそう思いつつ獲物を取られた形となったマドカが怒りの形相で自らをにらむのを見て笑った。

 

「よう、№14。ずいぶん派手にやってくれたな」

「………鯉淵……鯉淵龍!」

「ああそうだ、どうかしたか、ナニカしたか?ここまでやってくれたんだ、どうなるかわかってるだろうなぁ?!」

 

 龍が吼えると、マドカも叫び返す。

 

「だからなんだと?!その男は、私が殺す。私が殺すのだ………!だから………!!!」

 

 ソルディオスが動き、ゼフィルスの前に展開。咆哮がコジマの煌めきに満たされる。

 

「邪魔を………!」

「阿呆ガァァッ!」

 

 極光のエンジンが咆哮する。ソルディオスでは到底とらえきれぬ超高速でよけると、龍はそのままサイレント・ゼフィルスをひっつかみ、ソルディオスの一機に叩きつける。最後のソルディオスが破壊され、コジマ爆発を起こす中、極光はゼフィルスをつかんだままアリーナの天井に空いた大穴を貫け一気に大空に舞い上がった。

 

「き、さ、まぁぁっ!」

 

 かかったGにうめくマドカ、それを見ながら龍が言う。

 

「どうだマドカ、これが空だ、これが俺の世界だ」

 

 音速を突破し、さらに推力を上げる。二倍、三倍と垂直上昇だというのにまったく緩むことのない加速に、マドカが震える。

 

「だから……だからなんだ!」

「俺にはこれがある。一夏にだって芯はある。だがお前には何もない。だからお前はそうすることしかできないし、何も手に入れられない」

「………生まれながらに、すべて持っていた奴の言うことか、それは」

「ああそうだ。お前の事情など知らないし知る気もないからな」

 

 高度3万メートル突破。空が青から、黒へと変わっていく。地平線が丸みを帯び、大地がただの形へと変わる。

 ここからしか見れない、雄大な景色。龍はこれが大好きだから、なぜかマドカもここに連れてきた。

 別に説得する気もないし、助けるつもりも元よりない。だが、曲がりなりにも自らの妹たる女がこれも知らずに死んで逝くというのは少し悲しい気がしただけだ。

 やがてマドカが暴れるのをやめ、ゆっくりと眼下の景色を見始めたのを見て、龍は上昇を止める。

 成層圏。ゆったりとした風に乗って、ゆっくりと世界を見る。

 龍が一番好きな空。静かな空だ。

 マドカが、ぽつりと漏らす。

 

「………いいものだな」

「そうだろう。これを知らずに死ぬのは、ナポリを見ないで死ぬのと同じくらい損失だ」

「…………ナポリも見たことはない」

「そりゃ人生の半分を損してるぜ」

 

 何かを伝えたいわけでもない。何かしてやりたいとすら思わない。完全な身勝手で連れてきただけだというのに。

 マドカもまた、眼下に広がる、圧倒的な景色を見てようやく口調を緩めた。

 

「………何かを見てから、知ってから死ねとでもいうのか?」

「別に。どう感じようとどう考えようと、お前の勝手だろう。一夏を殺したいならそれもまたよし。もっともその前に俺がお前を殺す」

 

 ここに来たのだってただの気紛れだと、龍は言う。

 

「…………お前は」

「行けよ。まだラウラをあのまがい物から引きずり出さなくちゃならんし、お前にかかわっている時間はない。今回は逃がしてやるだけだ。次に会った時には、会い方によれば命はないと思っておけ」

 

 マドカすこし沈黙し、それから言う。

 

「会い方によれば、か?」

「場合によっちゃピッツァくらい奢ってやるさ」

 

 極端だな、とマドカは言って、極光から離されてからゼフィルスの推力でゆっくりと離れる。

 

「………感謝する」

「ナニカしたわけでもないがな。お前が何を感じたのかなんて俺は知らんし興味もない。さっさと帰って、次は俺に勝てるようになっておけよ」

 

 あばよ、と龍は言うと、推力を反転、一気に地上へと帰っていく。それを見送ると、マドカは一息つき、最後に景色を目に収めると、自らのアジトへと降下を開始した。

 

 

 

--------------

 

 

 

 極光が消えた空を見上げてから、打鉄に搭乗した織斑千冬はゆっくりと息を吐いた。

 アリーナ内部で倒れている一夏たちはすべて運び出した。高濃度コジマ汚染にさらされた彼女たちが助かるかどうかは分の悪い賭けだと思ったが、RM曰く即死以外ならどうとでもなるということだ、どうにかなるだろう。

 そして、最後に残った問題。ナインボールに侵食されたラウラ。

 アリーナの中央で頭を抱え込んでいるラウラを見て、千冬は大きく息を吐くと、手に持つ刀を構えた。

 Nine ball trace system。ドイツが何を狂ったのか、あの死神を再現しようとした悪魔の兵器。

 もっともISである以上、シールドを削りきれば解放されるはずだ。

 少なくとも、RMはそう言っていた。

 なら、徹底的に削ればいい。至極簡単な話であり。

 ゆっくりと頭を上げたラウラの濁りきった眼を見て、千冬は吐き捨てた。

 

「まったく届いていない。これがナインボールだと?」

 

 笑わせる。あの時見たアレは。あの死神は。最強は。

 到底こんなものではない。

 VTシステムも失笑ものの出来だったが、これはそれに輪をかけて使えない代物だ。

 そして何よりも。

 

「こんな物のために、ラウラをここまで壊したのか、束」

 

 見たいため、興味本位の行動だろう。亡国機業の動きを察知したのか、あるいは逆か。どうせ今頃、こんなことかと見切りをつけて後始末もしないつもりだろう。

 こんなものではないというのに。鯉淵龍と、ハスラー・ワンが乗ったナインボールは。

 こんなものではなかったのだ。

 

「片つけはすべて私任せか。いい加減殺したくなってきたぞ」

 

 この程度のものが、nineballであるはずがないのに。

 

「ラウラ、さっさと目を覚ませよ」

 

 起きたら、また話をしよう、そう言って千冬は大地を蹴った。

 

 

 

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「起きたか?」

 

ラウラ・ボーデヴィッヒがゆっくりと目を開けると、心配そうな表情をした、織斑千冬がそばに座っていた。だまって髪を撫でられる感触が心地よく、もう一度寝てしまいそうだったが、ゆっくりと口を開く。

 

「教官ですか?助けてくれたのは」

「ああ。最後は鯉淵も手伝ったがな」

 

 そのせいで肋が三本ほど折れている、数日は安静にしろとRMが言っていたと、千冬は言うと、ラウラは苦笑した。

 

「やりすぎたのですか」

「ああ。あいつに手伝わせるより、私だけでやった方がましだっただろう」

 

 折れたアバラはもう治っているようだった。つくづくどういう手法を用いているのか気になるが、ラウラはとりあえず千冬に言った。

 

「ありがとうございます、教官」

「礼ならRMに言え」

「もちろん言いますが。教官が助けてくれなかったら、死んでいたでしょう」

 

 ラウラが言うと、千冬は苦笑した。

 

「誰に似たのだろうな、お前は」

「教官だと思いますが」

 

 千冬はまた笑い、ゆっくりと席を立つ。

 

「まあ、数日はゆっくり寝るんだな」

 

 千冬はそう言うと、病室を出る。それを見送った後、ラウラはまた眼を閉ようとして。

 

「アンタも起きたの?」

 

 隣のベッドからの問いかけに再び目を開いた。

 

「………凰鈴音」

「お互いひどくやられたわね」

 

 ベッドに横たわる彼女は、そう言うと珍しく降ろした髪を左手で撫でる。

 

「左腕は」

「何ともないわね。少し痛むけど、ちゃんとついてるし動いてる。昔の傷があるから間違いなくアタシの腕みたいだし」

 

 ぶった切られたはずなのにね、と鈴はつぶやくと、ラウラは肩をすくめた。

 

「RMの医術は異常だ。そんなものだろう」

「なれって怖いわよね。そんなものだと思っちゃう」

 

 鈴はそうつぶやくと、ラウラとは反対側のベッドを見た。

 

「箒も生きてるわ。随分ひどいみたいだけど」

「………篠ノ之は、あんな無茶をやったからな」

 

 鈴がそう言うと、箒の声がした。

 

「…………オーバードウェポンを使ったんだ、仕方がない」

 

 どうやら起きていたらしい。かすれた声だが、間違いなかった。

 

「起きてたの?」

「ああ。体じゅう痛むし、頭もかなり痛むが、生きている」

 

 そう言いながら天井に向かって伸ばされた手をラウラは見た。包帯で白くなっている。

 

「腕……炭化したのか?」

「修復はされたらしいが。しばらくは動けん」

 

 グラインドブレードの後遺症だと、箒はつぶやいた。

 

「完全には治らないらしい。傷は残ると言っていた」

 

 腕を変えれば残らないと言われたが、さすがに拒否したと箒は言った。

 

「………すまない」

「ラウラのせいではない。私が好きにやったことだ。お前だって被害者側だろう」

 

 箒はこともなげに言うと、腕を降ろす。

 

「……オルコットは?」

「先に退院した。あいつは見た目より軽症だったらしい。ブルー・ティアーズのほうは全損に近いらしいが」

 

 最後までセシリアを護った結果、機体中枢まで損傷が及んだらしい。今頃本国と協議しているころだと、箒は言った。

 

「……」

「あんたのせいじゃないわ。ヒス起こしたシャルロットと、阿呆みたいなことやってくれた亡国機業を恨みなさい」

 

 鈴がそう言うと、ラウラも思い出したように言った。

 

「そのデュノアは?」

「あいつなら治療の後でIS委員会に連れていかれたわ。なんでも本国の指示であんなことやったらしくて、デュノア社も随分ヤバいらしいわよ」

 

 デュノアの社長が自白した、と鈴は言う。

 

「………泣きそうだったな」

「そうね。板挟みになった挙句暴走したんでしょ。あの子、ストレスに弱そうだもの」

 

 まあ、なるようになるわよ、と鈴は言うと、布団をかぶる。

 

「アンタたち、早く寝なさい。再来週は臨海学校だし、それまでに体治したいもの」

 

 箒も同意のようで、それっきり会話は途絶える。天井を見つめると、ラウラは少し思った。

 

(………結局、何が始まって、何がこれから起きるのかは、わからずじまいか)

 

 何かが始まったのは分かる。だが、いったい。

 

(なにが始まったというのだ………?)

 

 答えは分からないが、これから、何か良くないことが起きるのは分かる。そして否応なく、自分もそれに巻き込まれていくだろうことは。

 自分は軍人だ。ドイツの国民のためなら、死ぬこともいとわない。

 だが。何もわからないまま死んで逝くのは。

 

(勘弁願いたいな)

 

 そう思うと、ラウラも体を治すため、早々に眠りについた。

 

 

--------------

 

 

 

 あばら骨が痛むが、一夏はそれにかまわず、屋上で木刀を振っていた。

 

「八十、八!」

 

 無心になろうとして、木刀を振る。昼間の感覚は過ぎ去り、いつもの自分が戻ってきている。

 それが無性に苛立たしい。

 何もできなかったのだ。

 暴走して、相手を殺す気で攻撃した。

 黒い鳥だと?ただの暴走したガキだ。

 

「八十、九!」

 

 結局、全部片つけたのは龍だった。

 俺は、何もできなかった。

 大けがしたのは、鈴達だった。

 俺は、せいぜいこんな物。

 

「九十!」

 

 何のための力だ。何のための剣だ?

 殺すためか?殺さぬためか?

 殺せばいいのか、敵は。敵はすべて。

 

「俺は…………!」

 

 今日会った相手。敵。俺の、妹らしい。

 なのに、あそこまで違っていた。

 壊れていた。

 俺は何も知らない。絶望も、恐怖も、怒りも。

 あの妹が味わったすべてを味わわぬまま、安寧と過ごした日々。

 過去からの亡霊が目の前に立っただけで、ここまで動揺している。

 そして何よりも。俺は殺そうとした。

 また暴走した。

 なにも変わっていない。

 まったく成長していない。

 

「クソが、俺は…………!」

 

 木刀の柄を握りしめようとして、握力がなくなりすっぽ抜けた。吹っ飛んだ木刀を目で追うと、ちょうど開こうとした屋上に出るドアに飛んでいく。

 

「ヤバイ、伏せてくれ!」

 

 叫んだ瞬間、開いたドアの中に木刀が飛び込み、続いていつも通りの声がした。

 

「なんだ、随分物騒だな」

 

 現れたのは龍だった。いつも通りの顔、いつもの口調。右手で木刀をつかんで、屋上に出てくる。

 

「……お前か」

「俺じゃまずかったか?」

 

 龍はそう言うと、木刀を一夏に渡す。それから屋上の手すりによりかかった。

 

「……そんなわけじゃないさ」

 

 一夏はそう言って、これ以上素振りをする気もなくなったのか木刀を床に置くとそのまま転がった。

 

「………なあ、龍。あのマドカってやつ、どうした?」

「さあな。成層圏から突き落としたから、どっかに落ちてるだろ」

 

 要は生きてるんだろう。ISを着ていたんだ、助かっているはず。

 一夏はそう思うと、もう一つ聞いた。

 

「あいつ、なんだ?」

「お前の妹だ」

「………つまり」

「お前のクローンみたいなもんさ。あるいは双子か」

 

 そうつぶやくと、龍は一夏を見た。

 

「で?また悩んでるのか?」

「………あたりまえだ」

 

 一夏は吐き捨てると、こぶしを握る。

 

「これが悩まずにいられるか」

「お前の目的からすりゃ、そうだろうな」

 

 龍はそう言うと、星空を見上げる。

 

「どうするんだ?辞めるか?」

「できるのかよ」

「ま、今のままじゃぁ、無理だろうな」

 

 一夏は拳を開いて、手を見つめる。

 

「この手でさ、飯を作るのは好きなんだ。素振りするのだって、そうさ。強くなるのも好きだ。だけど」

 

 殺すのは、いやだ。そう一夏は言う。

 

「誰だってそうじゃないのか?」

「そうだろうな。それが普通だ」

 

 龍はそれだけ言うと、一夏を見た。

 

「いいんじゃないか、中途半端で。お前は人殺しがしたいわけじゃない。なら、無理にすることはない」

「……だけどさ、守りたいんだ」

「…………誰をだ?」

 

 龍が言うと、一夏は顔をしかめる。

 

「………おまえな、一人に絞らないと、みんな殺すことになるぞ」

「そんなことくらいわかってるさ」

 

 一夏は、仲間を見捨てない。見捨てられない。それは、両親を物心つく前に失ったという育ち方をしたせいでもあり、だから彼は仲間を、友人を大切にする。

 シャルロットだって、彼は助けたいと今でも考えているし、それを龍は指摘したのだ。

 

「…………俺も、壊れてんのかな」

「お前は正常だよ。それでいい。悩めよ、今は」

 

 その時間はまだある。その時間を俺が作ってやる、と龍は言う。

 

「………ありがとよ」

「ああ。ま、お前が死にかけたときは、俺が助けてやるさ」

 

 でも、俺が居なくなったら、ちゃんと決めるんだぞ、と。龍は意味深なことを言って、屋上を去った。

 

 

 

 




 難産というかなんというか。無茶苦茶な展開と化していた物語というのはまとめるのが至難の業ですね。
 つーかまとまったといえるのでしょうか。
 文才がほしい…………
 おまけにシャルロットは暴走するわ、龍は全部ぶった切るわ、マドカが壊れてるわ。
 キャラクターが暴走しすぎです。止められない作者の技量のせい。ごめんね、シャルロット。

 と、いうわけで2巻編最終話となります。この後後始末的な描写を兼ねた番外編を挟んで、物語の佳境となる福音編へと突入します。
 このあたりから原作かい離がひどくなり始めています。福音編は完全に別物になると思います。
 なにせ、極光という化け物が存在しているせいで世界の情勢がずいぶん変化してしまっているので。
 では、今回もお付き合い頂きありがとうございました。またお目にかかれることを願って。
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