インフィニット・ストラトス 迷い龍は空を目指す 作:ガクジン
非常に欝な展開、さらに千冬アンチがあります。
あと超設定
凰鈴音たちを見舞った後、織斑千冬は積みあがった処理案件に追われ、一睡もせぬまま明け方をむかえようとしていた。ようやく一息つけると、関係各所への報告書などを書き終え、コーヒーメーカーからブラックコーヒーをカップに注ぎ、砂糖とミルクをぶち込んで流し込む。使いすぎた脳に糖分が染み渡り、長い息を吐くと千冬は職員室の椅子に沈み込んだ。
「お疲れのようですね」
その声と共に目の前にクッキーが入った缶が置かれる。見れば山田真耶がほほ笑みながら、その缶を差し出したところだった。
「……ありがとう」
どういたしまして、と真耶は返事をする。缶から一つとったクッキーを一口かじり、それから千冬は静かに訊いた。
「……連中の動向は?」
亡国企業のIS、今回の騒動でIS学園に侵入した敵機は二機。一機はサイレント・ゼフィルス、そしてもう一機は、アメリカから奪取されたアラクネと言う第二世代型。そちらは真耶が轟雷で応戦し、完膚なきまでに叩き潰したが撤退を許した。その後の足取りを追っていた真耶への質問である。
「煙に巻かれました。ハイパーセンサーをかいくぐるステルス技術、すでに保有しているようですね。搭乗者にもかなり弾をぶち込んだのでしばらくは来ないと思いますが、致命傷は確認できませんでした、また来ますね」
アラクネの装甲を残らず吹き飛ばし、八本の装甲脚をすべてへし折ったが、撤退を防ぐことはできなかった。時間稼ぎをしている節もあったので、その意味では敵の狙いに嵌まってしまったということだろう。
真耶はそう言うと、クッキーを小さくかじる。そう言う姿は昔のままでかわいらしいのだが、今日の戦いの映像を見ていた千冬はずいぶん変わったものだと寂しさを覚える。
戦場を見てきた山田真耶、その戦い方は冷酷かつ無慈悲である。轟雷と言う極めてバランスに優れた重砲撃機を巧みに操り、敵に何もさせぬまま圧倒的火力で叩き潰すという戦い方は、昔と同じように見えて昔あった甘さが完全に消えていた。入試で一夏を文字通り叩き潰した時にも感じたが、随分冷徹な戦士になったものだと思う。
今日も絶対防御すら貫通することもある轟雷の火力を全く加減することなく使用していた。完全に殺すつもりだったということだろう。
「……鯉淵はゼフィルスの搭乗者を完全に圧倒していた。捕獲もしたというのに………何故あいつは逃がすなんてことをしたんだ?」
おそらく一夏か自分のクローン、もしくは一夏と同時に造られた被験体であろう少女。それを完全に捕獲していたにもかかわらず、鯉淵龍は逃がしていた。あの少女からいろいろ聞き出せるはずだったのに、それを棒に振ったのだ。
千冬は苛立ちを覚えながらも、静かに真耶に聞いた。真耶は龍と付き合いが長い、あの行動の理由を知っているかもしれないと思ったからだ。
そして、確かに真耶はその理由を知っていた。悲しそうな声で言う。
「……それは、先輩。彼が最初から壊れているからですよ」
そう、つぶやくように言った。何かを耐えるように。そして疲れた声で。
「……………どういうことだ?」
千冬はいぶかしむように訊く。確かに鯉淵龍は暴走することもあるし、力を求めすぎているところもある。だが、普段は非常に面倒見のいい、気のいい青年だ。理性的に行動し、常に落ち着いているように見える。
狂っている、とRMや真耶はよく評するが、ごく普通ではないかと、千冬はこれまで思っていた。
「……先輩、彼の目的は、前に話しましたよね?」
「…………ああ。誰もたどり着けぬ高みに行くこと、それと私と束を殺すことだろう」
「先輩が仇の一人だということを、龍君は知りませんけれどね。私たちが意図的に情報を制限していますから。でも、その理由が、彼が父親のためにしている、そのことだということもご存じでしょう?」
「ああ。だから、あそこまで力を」
千冬がうなずいて言うと、真耶はそれを遮るように言う。
「では、先輩。龍君にとって、父親とはいったいどういう風に見えていたか知っていますか?」
真耶の質問に、千冬は顔をしかめた。
「……どういうことだ?」
「…………龍君の父親、鯉淵龍牙は、世界最強クラスの戦闘力を持った傭兵でした。その後、ある研究所の崩壊をきっかけに、そこで拾った二人の子供を自らの養子として育てるために日本に帰国、航空自衛隊に入隊し、その傍ら育児を行いました。実際は彼以外にも複数人の協力もあったようでしたがともかく。
龍君にとって、父親と言うのは絶対的な力の象徴です。もちろん、彼は父を愛していましたし、信愛の情も持っていましたが、それ以上に、唯一自分を超えられる人間、ナインブレイカーとして鯉淵龍牙を認識していたんです」
真耶は淡々と言い、それから、と続ける。
「龍君の頭の中には、今でも休眠状態の一つの人格が眠っています。ハスラー・ワンと呼ばれる、AI。開発途中だった、世界最強になるはずだった機動兵器、アーマード・コアを操るために生み出された最強の戦闘用AIであるそれは、龍君にとって最も忌むべき敵であり、同時に自分自身です。その時点で、龍君には一種の自滅願望が最初からありました。ですがその願望は、同時に自らを超えた人間、万が一の時には自らを殺してくれる人間がそばにいたことで抑えられ、彼はごく普通の少年としての人生を歩むことができ、人格も歪むことなく再形成されました。でも、龍君の自滅願望は完全に消えたわけではなく、抑えられていただけだったのです」
真耶はそこまで言うと、のどを潤すためにコーヒーを一口飲むと、また口を開いた。
「そして、あの事件が起きました。白騎士事件によって彼の父親は自衛隊を追われ、しかしそれまでの経験からくる忌避感で企業などに入ることもできず。空を奪われ、さらに完全な敗北による精神ダメージと、それまでの疲れが一気に噴き出し半ば廃人と化し、そのまま帰らぬ人となりました。
この時点で、龍君の自滅願望を抑えていた存在はいなくなりました。しかし、それまで形成された龍君の人格はその願望を認識していませんでした。気が付かないのです。妹を護り、自らの父を空から落とした白騎士と篠ノ之博士を恨むことで生きる理由を作り出そうとしていた龍君の人格と、自己の最大の敵を滅ぼすために自滅しようとする願望は完全に相容れないからです。結果として龍君は生きようとし、同時に父親の仇を討つために、父を倒した白騎士よりも強くなろうとするため、そして父がいた高みへと登るという願望、そして同時に自らを殺してくれる存在を探すという無意識化の願望と言う二つの目的ができてしまいました。ですがこれはまったく矛盾する目標です。世界最強だった父を超え、誰も越えられない最強と言う空を目指しながら、一方で自分よりも強い存在を求め、それに殺してもらうことを望む。それをつかむためには死ねないというのに、自らを殺してほしがっている。
この相反する目標を二つとも求めようとしたとき、龍君は完全に壊れました。結果、自らを殺してくれる強敵を探しながら、同時にそれを自らが高みに向かうために必要なものだと認識します。
おそらく、龍君にはあの少女がもっと強くなると思われ、そのために見逃したのでしょう。彼の目的のためには必要な存在ですから」
真耶はそこまで語ると、悲しそうに手に持ったカップを見つめる。
「遅かれ早かれ、鯉淵龍は死にます。あらゆる意味で。自らの手で強敵を作り出し、それを喰らうことで強くなろうとし、同時に殺してほしがっているから最後の最後で甘さを見せる。
そんな傲慢を、戦場が許すはずもない」
真耶がそう言って言葉を終えると、千冬は静かに言った。
「………それで君たちは、彼が狂っていると」
「………ええ」
自らの行動原理が完全に破綻しているのにも気が付かず、ひたすらに突き進む。それが、鯉淵龍と言う狂人である。その破綻した行動原理から見れば、確かに龍の行動は理にかなっていた。
「………龍君自身は、おそらく自分が矛盾していることに気が付いていません。気が付いていたらもっと言動がおかしくなります。でも、彼の中では整合が取れている。だからごく普通に笑い、嘆き、楽しむことができる。そして、時に暴走し、自滅願望を抱きながら同時に相手を殺そうとする。
ボーデヴィッヒさんとの相打ちがいい例です。あれが、龍君にとって理想の終わり。でも、ボーデヴィッヒさんは龍君の脳を破壊しなかった。それではハスラー・ワンが復活する。
無意識化ではそう思ったから、生きる気力を取り戻したんです」
見ている私は、とても見て居られませんでした、と真耶はぽつりと漏らした。
「………もう、どうしようもないのか?」
千冬が恐る恐る訊くと、真耶は頭を振った。
「もう、どうしようもありません。龍君は、もう変われない。あの町でたくさんひどいものを見て少しは変わるかと思ったけど、全然変わらなかったんです。まったく。これっぽっちも。
………第一、龍君にはもう時間がない」
千冬がぎょっとして真耶を見ると、真耶は薄く微笑んだ。
「あんなに何回も体を交換しています。それに、極光の操縦は脳に重い負担をかける。いくら龍君でも、もうこれ以上は持ちません。
断言できますし、RMも言っていました。鯉淵龍の寿命は、もうほとんど残っていない」
脳細胞の劣化と損傷は無視できないレベルに達している。精神状態も最近はかなり不安定なうえ、時たまナインボールの幻覚を見ることもあるという。
「もって一年。早くて半年。それが龍君に残された時間。それが過ぎれば、鯉淵龍は死にます」
戦場で死ぬ以前の問題なのだ、もう。
「私たちは、彼を使いつぶすんです。兵器として。彼の願いも、求めるモノもすべて知っていて、その上でそれらすべてを利用して、彼を戦いに駆り立てて、利用しつくして、殺すんです」
あまりにも悲しい笑顔で、真耶はつぶやくように言った。
「………鯉淵を、これ以上極光に乗せなければいいのか?」
「いえ。もうそんなこと関係ない。第一、龍君も自分の死期が迫っていることを知っています。それでも、龍君が此処に来たのは織斑一夏の周りなら、篠ノ之束が現れる可能性が高いから。
そして、織斑君にあれだけ戦闘技術を叩き込んだのは、彼ならナインボールを超えられるかもしれないから。そんなこと気が付いてもいなくても、織斑君を指導するとき、彼はもっともナインボールに対して有効な戦術を知らず知らずのうちに教えています。それを見るたびに………」
真耶は拳を握りしめる。
「私たちは、私たちだって………」
真耶はカップを握りしめながら、悲鳴のように言った。それを見かねて、千冬は声をかけ。
「………もういい、山田君。すまない、言いにくい」
「なにが言いにくいことですかッ!」
千冬がそう言った瞬間、真耶が立ち上がって千冬の襟首をつかみあげた。
「なにが、なにが言いにくいことですか!貴女のせいなんですよ、全部!貴女がばかなことをしなかったら、あんなものを、あんな方法で世に示さなかったら、束博士があんなものを作らなかったら……!」
鯉淵龍はこんなに早く死ぬことにならなかった。自分はこんなむごいものを、笑顔で見ることなどしなくて良かった。
こんな思いなどしなくてもよかったのに。
「あんなものを使って、たくさんの人の運命を狂わせて……!そして貴女はいつも自分は加害者だという意識もなく、弟のことだけ考えていればいい!何度龍君に言おうと思ったか?!貴女が白騎士だと!貴女を殺せと!龍君が織斑君と話をしているとき、オルコットさんと笑っているとき、そして、貴女すら思いやっているのを見るとき、私がどんな気持ちだったと思うんです?!それすらも理解しようともしないんですか貴女は!」
逆恨みに近いことなど自覚している。鯉淵龍を死に追いやっているのは紛れもなく自分達だとも。
だとしても、この女が当事者だというのにそれを自覚もせず、被害者顔するのだけは許せない。
奥歯を砕けそうなほどかみしめながら、真耶は千冬を怒鳴りつけた。
「わ、私は……」
「私たちは嗤わなければいけない!彼が矛盾した願いを抱えながら死ぬ瞬間を!誰よりも真摯に、ただ壊れた願いだけを抱いて死に逝く彼を!嗤いながら見送らなければいけない!
RMだって、好きであんな言動しているわけないでしょう?!彼も壊れたんですよ、耐えきれなくて!罪の意識に押しつぶされて、あんなに壊れた!
水姫ちゃんだって、昔は朗らかな子だったのに、自分の兄が死に向かっていくのを見てあそこまで変わってしまった!自分で自分の強化手術をして、脳をいじくって、無理やり体を成長させた!兄が死ぬ前に仇を討たせるために!
私だって、壊れられればその方がよかった!でも、私は、私まで壊れたら、誰が彼をおぼえているというんです?!彼が生きた証を、私だけは覚えていたいから、だから……」
千冬を離すと、真耶はゆっくりと後ずさりをする。そして、思いっきり千冬の頬をはり倒した。
「………私は、貴女が嫌いでした。何も知らないあなたが。のうのうと光の中だけを歩いていられる貴女が。
殺してやろうと思ったのだって、二度や三度ではないです。でも、そうしたら、龍君が貴女を殺せなくなる。
生きてくださいね。龍君が貴女を殺すまで」
そう吐き捨てると、真耶は静かに職員室を出て行く。残された千冬は呆然と張られた頬を抑えた。
「…………」
自分が、たくさんの人の運命を捻じ曲げたのは知っていた。自覚もしていた。だが。
その被害者にぶつけられた言葉は、あまりにも鋭かった。
おまけに、自分たちにたいした理由があったわけでもなかったのだ。大した理由もないまま、世界を変えて。
自分は、辛いこともあったが栄光の道を進んできた。
その間、鯉淵龍や、山田真耶は、どれだけ苦しんできたのか。どれだけ絶望したのか。
「………笑わせる。何が最強だ…………」
その称号の影で、どれだけの人間が命を落とし、人生を狂わせ、そして泣いていたのか。
それを、自分は本当に理解していたか?
そして、あまりにも無関心ではなかったか?
「……私は」
一夏は、人を殺すことを正確に理解している。理解しているだろう。ISに自らの親友二人を殺されかけたのだから。
自分は、教える立場でありながら、本当に理解していたか?
「…………死んだ方がましだな」
だが、鯉淵に仇を討たせるまでは死んではいけないらしい。なるほど。
「あの時、ラウラが言っていたのはこういうことか」
鯉淵龍には己を殺す権利が、私には殺される義務がある。まことにその通り。
「……はは、は。これが絶望か。久しく感じていなかった………」
考えなしに起こした行動の、これがつけ。そう言うことなのだろう。千冬は自らをあざ笑うと、ゆっくりと立ち上がり、机に置かれた缶からクッキーを一枚出して食べる。
さっきはあんなに甘かったクッキーは、今は何の味もしなかった。
何が文才だ、嗤わせる……それ以前じゃないか………
この作品、最初から千冬アンチの可能性がある作品でした。というか当たり前のように。今まではうまくスルーしてきましたが、一気に噴き出した回となります。
真耶が千冬のことを嫌っているのは、原作でもそうなんじゃね?と思うところがあったのでこんな感じに。もっとも龍の事情が事情なので相当悪化していますが。
殺意を覚えるほどに。
お付き合い頂きありがとうございました。では、またお目にかかれることを願って。