インフィニット・ストラトス   迷い龍は空を目指す   作:ガクジン

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注意!注意!注意! 
 この小説にはきわめて強い厨二成分が含まれています。
 もはや厨二そのものといっても過言ではありません。
 体がかゆくなるような表現が含まれています。
 少しでも違和感を感じた時は直ちに閲覧をやめ、適切な処方を受けるか、心を落ち着けてモーツァルトでも聴いてください。
           byガクジン


2 セシリア・オルコット

 

 

 

 

 

 翌朝、IS学園。

 

「ん、日の出か」

 

 俺は体を伸ばすと、ゆっくりと起き上った。結局夜半、織斑たちが寝付くまで監視をしていたので、寝たのは実質3時間ほどだ。

 

「頭が……痛い」

 

 つぶやいて、俺はテーブルの上に置いてある缶コーヒーを一気に飲んだ。練乳にコーヒーが混ざっているのかと思えるほど甘いそれは、しかし疲れた脳細胞を覚醒させる。

 

「よし」

 

 脳内レーダー起動。生体反応センサも使う。どうやら織斑はまだ寝ているようだ。

 

「さてと。少し早いが、定時報告と行くか」

 

 パソコンを立ち上げ、キーボードに指を走らせる。報告の先は工業連ではなく、この護衛任務の依頼人である日本政府のIS委員会事務局。この時間からでも、起きて仕事をしている職員がいるはずだ。

 ひょいひょいと文書を作成して、送信。それを確認した後パソコンを閉じ、それから制服に着替える。

 

 

「腹が減ったな」

 

 強化人間でも腹は減る。正しくはそうできている。エネルギーを直接体内に摂取すればいいと思うのだが、うちの課長にして開発主任であるRM曰く、そういった日々の生活リズムが脳細胞や思考にいい影響を与えるということ。故に俺の人口器官は人間の機能をほとんど再現している。食事をとればそれを消化してエネルギーを生み出すし、だから腹も減る。

 機械仕掛けではなく、生体部品をたくさん使っているからこそだが。

 もっとも、強力な出力を誇る生体部品を多用している関係上、必要とするエネルギーも普通の人間の比ではない。具体的には、朝飯にご飯1升は食べる。

 その程度で済むのが、驚きだが。

 

 

 

 

 食堂が開く時間になり、俺はすぐに入った。人より食事時間が長いため、早く来なければ間に合わなくなる。

 

「おばちゃん、例のメニュー頼む」

「ああ、お前さんが鯉淵君かい?わかったよ、待ってな」

 

 俺の食事の量はあらかじめ食堂に通達済みだ。人口器官の関係上普通の生徒よりも食事の量が多いと。昨晩は諸々の事情で食堂を利用しなかったので、来るのは初めてだ。

 間を置かず出てきたのはご飯が入ったおひつと、どんぶり。ご飯を勝手によそえということか。さらに常人の8人前ほどもあるカツの山と、キャベツの山。味噌汁もどんぶり入りだ。

 

「ありがとう」

「たくさん食べるねえ。事故なら仕方ないけどね。頑張りなよ」

 

 がらがらの席に座り、食べ始める。自分でいうのもなんだが、量が量なだけに自分の食べるペースはかなり早いはずだ。あっという間にご飯を減らしていく。

 残り3分の一ほどになったころ、食堂に織斑と篠ノ之が入ってきた。後ろにぞろぞろと女生徒の行列ができている。

 

「おはよう、鯉淵」

「おはよう、織斑」

 

 織斑が頼んだのは和食Aセット。今日はアジの開きに味噌汁、ほうれんそうのおひたし、納豆にお新香と言った内容だ。

 

「また、ずいぶん食べるんだな……」

 

 一方の篠ノ之も同じ内容だが、さすがにご飯の量が織斑の8割ほどだった。それでも普通の女子よりは多いだろうが。そんな篠ノ之は、しかし俺の広げている朝飯の量に慄いているようだ。

 

「人口内臓のエネルギー消費量が高くてな。これくらい食べなきゃ持たないんだよ」

 

 箸を休めて言う。

 

「そ、そうか」

 

 なるほど、対応に困っている。まあ、そうだろう。

 

「それより、鯉淵。今日から頼むぜ、特訓」

「ああ。例の装備も今日の夕方には届く。最後に慣らし運転くらいはできるだろ」

 

 織斑とそういった会話をしていると、篠ノ之が口を挟んできた。

 

「なんだ、一夏。鯉淵と何をするんだ?」

「ああ。来週の月曜のオルコットとの試合に向けて、特訓するんだよ。鯉淵が打鉄用の装備貸してくれるんで、ついでに訓練頼んだんだ」

 

 そういうと篠ノ之はあからさまにがっかりした表情で、味噌汁をすすり始めた。それを見かねて、俺は声をかける。

 

「なんだ、篠ノ之。お前も来るか?」

「え?い、いいのか?!」

「まあ、お前に隠すようなことでもないだろ。なんせ特別な訓練をするわけじゃない」

「ん?じゃあ何やるんだ?」

 

 これは織斑の疑問だ。そういえば昨日は訓練の内容を話してなかったな。

 

「ただの射撃訓練だよ」

「ああ、そういえば」

 

 織斑が頷くと、篠ノ之が口を挟んだ。

 

「まて。剣の訓練をするんじゃないのか?」

「剣?」

 

 俺が聞き返すと、篠ノ之は自慢そうに言う。

 

「一夏はこう見えても剣道をやっているから、剣はなかなかのものだぞ。千冬さんも剣一本で世界最強になったんだし、当然一夏も剣を使うべきだ」

 

 なるほど。剣か。しかし、俺はそれには反論したい。

 

「剣か。しかし、いくら経験があっても、セシリア・オルコットに今の一夏が剣一本で勝てるとは思えない」

「な、なんだと?!」

 

 篠ノ之が少し顔をしかめて語調を荒くする。

 

「なあ、篠ノ之。なんで銃が強いかわかるか?」

「そ、それは当然、間合いが」

「そう、射程距離だ。いくらISの機動性が圧倒的とはいえ、銃の圧倒的な射程の前に、近接格闘だけで挑むのは自殺行為なのはわかるな?まして織斑はIS搭乗時間20分。対してオルコットのIS、ブルー・ティアーズは中、遠距離を得意とする射撃型。おまけにオルコット自身、代表候補生である以上高い操縦技能を持っていると考えたほうがいい。そんなやつ相手に剣一本で挑むのは無謀を通り越してただの自殺だ」

「し、しかし」

「俺も剣を否定するわけじゃない。だが、その剣を確実にあてられる状況に持っていくためには、射撃兵器に対する理解、さらには中距離戦でも確実に反撃できる装備を持った方がいい。そのためには、まず織斑に銃と言うものに慣れさせる必要があるわけだ。織斑が剣主体の戦闘スタイルを確立するならそれもいい。だが、まず銃と言うものを知っておかないと、それすらままならない。まして、今回の試合、プライド的な意味で負けられないのだから、素人の織斑が高い実力者であるオルコットに勝つための方法をとるべきだ」

「……」

 

 篠ノ之が黙り込む。対して織斑は静かに味噌汁を飲み干し、箸をそろえて置くと、口を開いた。

 

「なあ、箒。そりゃ、俺だって慣れ親しんだ剣で戦いたい気持ちもある。だけど、今回は敗けられない。俺は勝ちたいんだ。そのための一つの方法を鯉淵は示してくれて、俺もそれが妥当だと思ったからその案に乗った。それに、鯉淵の言ったことは確かだ。千冬姉だって、剣一本で戦っていたけど、実際は射撃訓練だってやっていた。銃に対する理解がなけりゃ、銃には勝てないんだ。それは剣だって同じだろ。まして、今の俺はそんなことを言えるだけの経験すらないんだ。とにかく、今はやらなきゃならないんだから」

「一夏……」

「はは、これだけ大口たたいて、負けるのも嫌だしな」

 

 篠ノ之が呆けたような顔で織斑を見ている。その横顔を見て、俺は篠ノ之のことがよくわかったような気がした。

 まあ、それは置いておこう。篠ノ之には、織斑がオルコットを叩き潰した後にでも、機会を見計らってやるくらいがいいだろうし。

 それ以上の世話は俺がしても悪いようにしかならないだろう。

 

「篠ノ之、何でもいいが、そろそろ食べ終わらんと、遅刻するぞ」

 

 俺はそういって、食べ終わってからになった食器を返却棚に返すと、食堂を出ることにした。

 

 

 

 

 朝のSHR、担任の織斑先生は、開口一番爆弾を炸裂させた。

 

「あー織斑。貴様の専用機だが、少し待て。開発が少し遅れているんだ」

 

 その一言で教室は騒然となった。

 

「専用機!」

「専用機?!織斑君専用機もらえるの?!」

「いーな、男性操縦者だからかな!」

「これで我がクラスは専用機もち3人か~」

「私も専用機ほしぃ……」

 

 女三人寄れば姦しいとはよく言うが、ここはその比ではない。よってすさまじいまでの騒がしさである。

 

「静まれ!まったく……」

 

 それを、教壇をたたいた音一発で鎮める織斑先生はやはり気迫が違うのだろう。一方の俺は、昨日の山田先生の情報から大体予測していたので、一人冷静に情報を整理していた。

 そしてもう一方の当事者である織斑も、やはり予想していたのか意外と冷静で、手を上げて発言を求める程度には落ち着いていた。

 

「俺の専用機と言うのはどういった機体になる、んですか?」

 

 最後に無理やり敬語を付け加えなければならない程度には混乱しているようだが。

 

「開発データがさっぱり上がってこなくてな。まったくわからん。まあ、あてにしないで待っていろ。オルコットとの試合だが、間に合わなければ当初の想定通り学園の訓練機を使え。以上だ」

 

 この話題は終わりらしい。それから本日の注意点を2,3あげると、織斑先生は教室を出て行った。その途端金髪が立ち上がって織斑のもとに向かったのは想定外だったが。

 

「あなたも専用機もちとは。さすがに弱い者いじめは気が引けましたし、これで遠慮なくあなたを負かせるというものですわ!」

「言ってろよ。やってみなけりゃ結果はわからねえだろ。俺はとにかくやるだけだ。あんただってそうなんじゃないか?」

「何を言ってますの?わたくしが勝つのは確定事項ですわ。ただ、その過程がこれで少しは楽しめるものになったというだけです」

 

 相変わらずの余裕のようだ。しかし昨日あれだけ低い沸点を見せた織斑も、今日はそれなりに冷静だ。やはり昨日は慣れない環境でストレスがあったんだろう。しかし、いい加減助け舟を出してやらないとまたまずいことになる。オルコットの物言いも、少しむっとは来るしな。

 

「その辺にしとけ、オルコット。そうじゃないと万が一負けた時に恥かくだけだぞ」

「な、わたくしが負けるとでも?!」

 

 俺が言うと、オルコットがむきになって反論する。

 

「可能性はゼロじゃない。互いにIS、むしろ確率的には高いだろ。確かにお前は水準以上の腕のようだが、お前の乗機、ブルー・ティアーズは試作機ゆえの不安定さもあるようだしな。それに」

 

一息つく。

 

「織斑はお前に勝とうと必死で努力している。だがその対象のお前がそんなんじゃ、努力する意味もないと思えてくるよ、俺には」

「どういう、ことです?」

「そのままの意味さ。お前に勝っても、このままじゃ何の意味もないだろ。慢心したバカに勝ったって、そんなのが何の誇りになるんだ?」

 

 このままじゃ、こんな奴に勝とうと必死になる織斑が哀れだ。だから。

 

「聞こえてます?織斑先生」

 

 俺が教室のドアに問いかけると、その陰から織斑先生が出てきた。

 

「今日の放課後、第3アリーナあいてますよね。あいてるはずだ、使用申請を出したのは俺たちだから。そこで、俺とオルコットの勝負、先にやらせてもらいます」

 

 オルコットには、織斑が越えるに足る壁になってやってほしい。護衛対象とはいえ、織斑はいいやつだし、いい友人としても付き合っていきたいから。

 

「ほう?ま、私は構わないが。オルコットはどうだ?」

「わ、わたくしはいつでもお受けいたしますわ!」

 

 だから、そろそろ目を覚ましてもらわないとな。セシリア・オルコット。

 

 

 

 

 

 放課後、第3アリーナ。俺はそこのピットで、俺の直接の上司、RMと久しぶりに会っていた。ちなみに本来RMは織斑のための有澤製防御パッケージを届けに来たのだが、急きょ決まった試合のために俺のIS、極光を調整してくれている。

 

「ひひっ、ひひひひぃっ!いやぁやっぱり君は最高だなぁっ!コレ届けるだけかと思ったら、こんな最高な素材や、最高なシチュエーションまで用意してくれるとはねぇっ!」

 

 超ハイテンションなこいつ、ビン底メガネにぼさぼさ頭、白衣のポケットには用途不明の工具を挿し、いかにもマッドサイエンティストなこいつが、日本重工業連合の第3開発課の課長にして開発主任なのだから世の中イカれている。

 ちなみに言動からもわかるとおり元如月だ。ちなみに最高な素材と言った時見ていたのは不審な目つきでRMを見ている織斑だった。

 

「織斑、気に入られたらしいぞ。よかったな。タダで改造されるかもしれない」

「何をだよ?!ナニをドウ改造されるんだ俺?!」

「ドリルとロケットパンチだねぇ。頭の上にドリル、両腕ロケットパンチ、もちろんパンチからドリルへの変形も大丈夫さぁっ!」

「俺はまだ人間やめるつもりはないんだよッ!」

「今ならこのモテ×2回路も」

「いらんッ!」

「目からビームもサービスしちゃうんだけどねぇ」

 

 残念そうに得体のしれない機械とサングラスを白衣のポケットにしまうRM。それから気が付いたように織斑に言った。

 

「ああ、そういえばそこの打鉄、君用に一次移行しておいたからねぇ、これで君専用だよ。ま、一時的なものだけどねぇ」

「…………」

 

 いつした?さっきのわずか数分、防御パッケージを訓練用の打鉄に取り付けてる間にか?確かにサイズを合わせるために一夏が一分くらい乗ったが。

 

「お、おい、それは本当か?!」

 

 焦ったように一緒にいた織斑先生が詰め寄る。一方、もう一人の先生、山田先生はRMのことをそれなりによく知っているのでただ頭を抱えていた。

 

「本当さぁ。それくらいしなきゃ、打鉄じゃあのパッケージ使えないしねぇ。見た感じあの打鉄はいろんな子が乗っているみたいだけど、一時的にその記憶を織斑君が乗ったものとして認識させて、そのうえで織斑君のパーソナルデータを打ち込んであげたのさぁ。さっき計測したデータと小学校の頃の剣道の試合データから織斑君の基本的な身体能力は推測できるしねぇ」

 

 さっきのサイズ合わせはその最終確認さぁ、とこともなげに語るこいつは、下手しなくても多分あの篠ノ之束と同クラスの天才なのだろう。なんでこんな化け物が工業連の開発課なんて言うところにいるのか。本人曰く居心地がいいからと言っていたが。

 

「どうするんだ、この打鉄。こいつは明日は別のやつが乗ることになっているんだが」

「別の機体を当てましょう、織斑先生。この人がやっちゃったと言うことは、ほかの人に解除なんてできないです。少なくともオルコットさんとの試合が終わるまではそのまんまですよ」

 

 RMを良く知っている山田先生はあきらめたように織斑先生に言う。一方、織斑は意味がよくわからないように首をかしげながらも、打鉄に触れる。

 そして一瞬。打鉄が光る。まるで織斑と通じ合ったように。

 

「ああ。よろしくな、打鉄」

 

 そして、納得したように織斑は言った。それを見た織斑先生が納得したように頷く。

 

「……認めるしかないようだな。あの打鉄、確かにあいつの専用機になったようだ」

 

 そういわれてようやく気が付いた。あれは俺が極光と感じる、つながりのようなものなのだろう、と。

 ISのコアには一つずつ違う知能があるうえに、それは搭乗者や、経験によって少しずつ差異が出てくる。それが専用機にもなると、搭乗者と文字通り対話するようになるものもあるという。

 俺も極光と、深くシンクロするとたまに話しているような錯覚を覚えることがある。多分それは錯覚ではなく、俺の意識と極光の意識が触れ合っているのだろう。

 

「さて、極光も完全さぁ。燃料も満タン、制限付きなのが惜しいけど、弾薬も満載!あとはいいデータを持ち帰るだけさぁ!」

 

 そんなことを考えていると、RMが完了を告げる。俺はふう、と一息つくと、極光に歩み寄った。

 俺のIS、極光は第2世代型IS。しかし第2世代型では珍しい全身装甲で、しかも直線的な装甲のラインで構成されている。その背部には巨大なロケットエンジンのノズルが付きだしており、その先に巨大な推力変更装置の三枚羽がある。

 これが極光の最大の特徴。サターンV型用ロケットエンジン、F-1ロケットエンジンを目標に開発されたIS用液体燃料式ロケットエンジン[KRE-T000]。最大発生推力450tの、極光を極光足らしめている最大の要因。カタログスペック上は単体で衛星軌道に乗ることすらできる極光の性能の要である。

 極光はこのモンスターエンジンを前提に、有澤製の重装甲を施し、有澤製重榴弾砲や叢雲製の高性能な手持ち火器、如月製の特殊兵器を満載した。その結果は一発や二発程度なら艦砲にすら耐えられる装甲を持った機体が、一撃で空母を撃沈する火力を持ち、音速の3倍から5倍で突撃してくるという悪魔のような機体と化した。全身を漆黒に塗装されていることもあり、模擬戦闘を行った相手からブラック・デーモンなる通称すら頂戴したほどである。

 欠点は継戦能力が極めて低いこと(燃料の制約上、戦闘機動を全開にすると約15分)と、PICの制御をフルに使っても通常のISの操縦方法では操縦しきれないこと。イカれた加速力からくる最大GはPICで軽減しても最大で62Gにすら達し、軽すぎる機体重量に対して強力すぎる推進器の制御はとても思考制御程度では間に合わない。

 故に、俺はこれに乗るために通常のIS操縦系ではなく、専用に開発したシステム、AMS(アレゴリー・マニュピレイト・システム)と言う、機体と脳を直結するというシステムを使用した。これは本来特別な適性がなければ使用できない。幸運にもAMS適性が極めて高かった俺は脳内に補助電脳、脊髄に直結用のコネクタを増設してこれに対応しているが。

 さらに全身の器官を人工の生体臓器に変更、骨格をカーボンに。皮膚も特殊技術ですさまじい強度を持つ物に代わっている。

 ここまでの強化を経て、ようやく俺は極光の操縦を行えるようになった。

 ちなみに本来ISに乗れないはずの俺がISを使えるのは、このAMSを利用したシステムでISの制御に無理やり割り込んでいるからだ。故にその場合はISがあまり思うように動いてくれるわけではない。真の意味で俺が乗れるISは、このコアにまで改造を施されたIS、極光だけなのだ。

 そう、極光のコアはRMによって完全に解析され、AMSを受け入れるよう改造すら施されている。だからRMは本当はISコアを作れるはずなのだが、本人いわくその気はないらしい。

 ちなみに改造と言っても、RMは元在った機能を殺したわけではなく、ただそこにAMSを追加しただけだという。故に追加と言うべきかもしれないが、それはISコアを完全に理解しなければ不可能な芸当であることは言うまでもない。

 

 

 俺は極光の開いた胸部装甲に乗り込み、足を脚部の装甲内に空いた穴に入れる。すぐに締め付けられるような感触があり、次いで胸部装甲が閉鎖。手を腕部に入れて、システム起動。うなじに在るコネクタに、電極が挿入される。一瞬脳に膨大な信号が送られて負荷で頭が重くなるが、すぐに俺の脳はそれに適応して信号を処理し始めた。

 

「AMS、接続完了。第一次コンタクト、正常。第二次コンタクト、正常、第三次コンタクト、正常」

 

 装甲の外でRMのチェックリストを読み上げる声が聞こえる。それに従い、極光の機能が解放されていく。全身の神経が極光とリンクし、次第に俺の意識は極光そのものになっていく。

 

「全回路接続。AMS完全起動。搭乗者と完全リンク確立。ここまで大丈夫だねぇ?」

『問題ない』

 

 極光のスピーカーが俺の口の代わりに話す。

 

「よーし。じゃ、続いて。FCSコンタクト。全兵装解放。リンク……確認。」

『第一から第六までの兵装のロック解放。大丈夫だ、RM。問題ない』

「よし!じゃ、今回も問題ないねぇ」

 

 RMがそう言ったのを確認して、俺は先生に言った。

 

『織斑先生、いけます』

「あ、ああ……よし。オルコットの方も準備できたようだ。アリーナで待っている。じゃあ、鯉淵、行ってこい」

『了解』

 

 それを聞いて、俺は最後に織斑を見た。

 

『織斑』

「な、なんだよ」

『見ておけよ。セシリア・オルコットを。そして考えろ、どうやって勝つかを』

「……ああ!」

『オルコットが腐ってなけりゃ、この戦いで目を覚ますはずだ。お前が戦うときは手ごわくなってるだろう。それと、お前は戦う。そして勝たなきゃならない』

「わかってるさ。ありがとな、鯉淵。勝ってこいよ。そしてセシリア・オルコットを手ごわくしてきてくれ。俺が乗り越える壁は高い方がいいに決まってるからな!」

 

 織斑がにやりと笑って言う。いい貌だと、俺はまた思った。目標に向かって燃える男の顔は、こうでなければならない。

 今の男達が忘れてしまったこの顔を。これ以上失うわけにはいかないのだ。それに何より。

 久々に俺はムカついているし、わくわくしている。

 何せ久しぶりだ。極光に乗るのは。

 戦場は残念なことにコンクリートの穴倉だが。

 相手は傲慢な高飛車女だが。

 それでも風を切って飛ぶ感覚を再び味わえるし。

 ムカついた相手を。俺の前にふさがるモノを。

 久しぶりに叩き潰せる。

 久しぶりに空を飛べる。

 OK、スカした顔もここまでだ。

 OK、物わかりのいい青年の仮面はここまでだ。

 ここからは偽らない狂気を持った。

 そのままの鯉淵龍で行かせてもらう――――――!

 

 

 

 

 

 

 

 俺はあふれ出る狂気に従って、極光とともに吼え猛る。すさまじい咆哮。それは背部で直視できないほどの光を吐き出すロケットエンジンの咆哮であり、俺自身の歓喜の咆哮でもあった。

 背中を押す力は常人なら失神するほどのものだが、俺にとっては心地いい。

 毎秒9500回の速度で推力を補正し続ける推力偏向装置と燃料ポンプの制御は常人ならそれだけで脳が炸裂するだろうが俺にとってはこれくらいの疲労が心地いい。

 イカれているのでも、特殊な性癖なのでもない。ただ、そうできている。

 生まれ持った脳は無理無茶無謀を制御するために在り。

 全てを捨てて作り上げた強靭な体は無理無茶無謀を実現するために在る。

 そう。なぜならその先に在る、誰も体験したことのない速度へ、誰も体験したことのない高みへたどりつく、ただそれだけをこの体に宿る魂が求めているから。

 もっと速く。もっと高く。

 それが飛行機乗り、そして飛行機を捨ててまで手に入れた鯉淵龍と言う男の生き様なのだ。

 そして、目の前にいる金髪のこいつは、俺の友人の壁になってもらわなきゃならないし、俺自身ムカついているから。

 別に俺は女を馬鹿にしているわけでも、見下すわけでもない。ただ、男と言うものを馬鹿にされたことが気に入らないだけだ。

 確かに今の世の中の男どもは、そのほとんどが情けない。

 牙を貫かれたくらいで、屈して自分では起き上がろうとも、手を伸ばそうとすらしない。

 だが。牙がなければ爪があるだろう。爪がなければその体が。

 別に誰かを傷つけろと言ってるわけじゃない。ただ、なぜ牙を貫かれた程度で理不尽に対して抵抗しようともせず。

 理不尽をただ受け入れてしまうのか。

 そしてこの女も、そんな男どもを見下しているのだろう。だけど。

 今でも少ないが、堂々男をやっている奴らはいる。

 たとえばISに無残に圧倒されたにもかかわらず、それでも飛行機を作る奴ら。

 奴らは、要は自分で空を飛びたい飛行機莫迦たちなのだ。もっと早く、もっと高く。自分が同じだからなおさらわかる。

 たとえば、今でも海に命を懸ける奴ら。

 波にまかれればそれだけで沈んでしまうような小さなヨットで、エンジンも使わずに大洋を横断するレースに挑む。自分の限界に挑むために。

 たとえば、鋼鉄の馬に、四輪の獣に命を懸ける奴ら。

 陸上最速を求めて、ソルトレイクで行われるスピードレースに命を懸ける奴。

 ひたすらに自分との戦いと言われるラリーで、文字通り公道最速を求める奴。

 奴らを動かすのはただ一点。誰が一番速いのか。それを知りたいがために。今日もハンドルにしがみつき、アクセルを床まで踏みしめ、ブレーキとクラッチを蹴り飛ばしている。

 例えば、自分の肉体で勝負する奴ら。

 猛吹雪の中でひたすら岩に張り付いて登り続けるクライマー。人類最速を求めて自転車のペダルを回し続けるライダー。人間の足がどこまで走れるのか知るために走り続けるランナー。

 そんな、無理無茶無謀に命を懸け続ける奴は、今でも確かにいる。女も男も関係なく、本当に自分の命を懸ける場所を、命を燃やすモノを見つけた奴らは、それだけで最高に輝いている。

 だから、ただ男であるというだけでそういうやつらを切り捨てる、認めないこいつみたいな女が俺は心底嫌いだ。

 だから。あふれ出る、再び飛べるという歓喜。そして己の心から漏れ出るどす黒い怒気に従って。オルコットの言葉を遮って俺は口を開く。

 

「ようやく来まし」

『覚悟はいいか、セシリア・オルコット』

 

 つぶやくように言った、その言葉にすら随分殺意が乗っていたらしい。オルコットがびくりと震えたのがわかる。だが、気にしない。俺の本性はジェントルではなくバーサクだからだ。

 

『叩き潰してやる。殺さないように気を付けるが、まあ』

 

 右腕の55ミリガトリング、左腕の短砲身の88ミリカノン。

 ともにISに装備するにしては少々大きすぎる装備だが、それを軽々と取回すのが極光だ。

 

『死んだら、自分の傲慢を恨むんだな』

 

 試合開始のブザーとともに、俺はエンジンを50%ほどで吹かす。残像を引きそうなほどの速度で地表すれすれをかっとんだ俺は推力を思いっきり変更し、足りない力は足を振り出すようにして無理やり姿勢変更、直角に曲がり音速でオルコットの背後に回り込む。

 しかし、ブルー・ティアーズが射出したビットはそんな速度に追随してきた。正確には反応していた。的確に主の前でフォーメーションを組み、レーザーの弾幕を作り出す。すぐにブルー・ティアーズ本体もその弾幕に加わる。

 

『さすがに、守りは厚い』

 

 しかし、この程度の火力なら極光の装甲なら防ぎきれる。正確にはものともせず突撃して致命的な一撃を叩き込める。

 だが。

 それでは、こいつの目は覚ませないだろう。だから。

 俺は機動力にモノを言わせることにした。

 推力偏向装置と足などの振り出しを使って稲妻のような速度と軌道でレーザーをかいくぐり、接近。

 

「そ、そんなっ!」

 

 焦ったオルコットが手に持つ大型エネルギーライフル、スターライトMk-Ⅲを発砲。しかし頭部を狙ったその一撃をバレルロールして回避、ビットの網を貫けブルー・ティアーズの絶対防空圏を突破。

 要は肉迫した。そして、そのままオルコットの胸に短砲身の88ミリ砲を押し付け、発砲。シールドエネルギーがはじけるように消える光を見せながら、ブルー・ティアーズが吹き飛ぶ。俺はそれを追いかけず、自立モードに切り替わったのか妙に鈍い動きで俺を攻撃するビットをすべてガトリングで片づけると、ようやく立ち上がったブルー・ティアーズをにらみつけた。

 

「私の射撃をすべて躱した……?」

 

 呆然とするセシリア・オルコット。しかし、それは戦場では命取りだ。

 エンジン半開。咆哮するロケットエンジン。オルコットが顔を上げたときはすでに極光は近距離に迫っている。

 しかし、先ほどより早い反応を見せるオルコット。腰に在る切り札だろう、二機のビットからミサイルを発射。

 そして俺の右腕のガトリングですべて撃墜され、誘爆でビットと、オルコット自身を吹き飛ばす。

 それでも今度は倒れず、残ったブースターを全開にして上空にとび上がりながらスターライトMk-Ⅲを乱射してくる。射撃はなるほど正確で、おまけに一発一発が次の弾を確実に当てるよう計算されている。

 しかし、それは通常の機動力を持つ機体の話。俺はロケットエンジンの推力を大胆に変更してすべてある意味オーバーアクションに、実際のところ速度任せに凌ぎきる。

 

「そんなっ!」

 

 セシリアがさらに焦る。それはそうだ、開幕以来一発たりとも極光に当てられないのだから。

 

「そんな、私の適正は・・・?!」

 

 無駄口をたたこうとしたから、推力を偏向して直角に曲がり、上空に突撃をかける。オルコットは間一髪、ブースターをすべて切って自由落下でよける。俺はそれを通り過ぎて、アリーナの天井近くで停止、振り向くと。

 地表でスターライトMk-Ⅲを構える、オルコットと目があった。

 最大チャージの砲撃が今度こそ極光にせまる。しかも下方向を遮るような軌道で。これでは自由落下は使えない。

 しかし。推力を再び開く。極光の乗機を逸した機動力は、とっさに重力を振り切っての上方向へ回避すら可能なのだ。

 そして、高火力砲撃後の隙で動けないオルコットに向かって突撃しながら装備変更。両腕の重火器を捨て肩に在るハンガーから射突型ブレードと物理ブレード、ムラクモを装備。右腕の射突型ブレードをそれでも回避しようとしたブルー・ティアーズに容赦なく叩き込む。

 膨大な量の炸薬が炸裂し、杭を押し出す。凄まじい反動を極光の腕は当然のように抑え込み、結果としてそのエネルギーはすべてブルー・ティアーズに突き刺さる。

 さすがに絶対防御は抜けなかった。炸薬量を抑えていたから当然だが。しかし吹き飛んだブルー・ティアーズは今度こそ立ち上がらない。いや、立ち上がれない。

 

 

そのはずだった。

 

 

「……認め、ませんわ……」

 

 

 だが。ゆっくりとブルー・ティアーズが立ち上がろうとする。血を吐きながらセシリア・オルコットが立ち上がろうとする。

 やはり。腐っていない。こんなショックを叩き込まれれば、普通は立たない。立てない。心が折れる。なのに。

 この少女は立ち上がろうとする。

 それに瞠目して。そして金髪の間から除いた、まるで寂しさで泣いているような目に驚いて。

 

『もう終わりか』

 

 だから、俺は静かに問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 男は嫌い。

 あの卑屈な男が嫌い。

 男が憎い。

 私を汚した男が憎い。

 男は弱い。

 だって、男は母を止められなかった。

 男は卑怯。

 だって、男は私に痛みしか与えなかった。

 でも。一番嫌いで、一番好きだったものは。

 どちらも父の姿だから。

 

 

 だから、私は男がキライ。

 

 

 

 

 そう、私、セシリア・オルコットの父は優秀で優しい男だった。オルコット家の婿養子として、私の家に入った父は優秀なビジネスマンではあったけれど、オルコット家の事業を一手に切り盛りする母とはよく対立し、次第にやつれて行った。

 子供のころ、覚えているのは母の顔ではなく、私を抱き上げる父の顔。それがだんだん疲れを見せて行ったのは、子供心にも焼き付いている。

 そう、父は母と事あるごとに対立した。手段を問わず事業を急拡大する母を留めようと必死だった父は、しかし婿養子故に意見を聞き入れてもらえず、次第に疲れて行った。

 そして、とうとう死んだ。自殺とされていたけど、私は思った。母が殺したと。

 母が新たに伴侶にしたのは、父と似ても似つかない卑屈な男。母の言うことには何でも追従するだけ。母は何でも自分に従う男がほしかっただけなのだと、そのとき思った。

 だから、私は母になつかなかった。母も、父の面影を色濃く残す私を嫌っていた。だから、なのか。

 私にIS適性があり、その中でもBT兵器に対する適性が高いことを知った時、母の対応はシンプルだった。

 私を、研究所に売ったのだ。

 その前に、私を、汚して。

 汚された理由は簡単。逆らった私が、大人に逆らわないようにするため。そして、母に逆らわないようにするため。

 そのために、12歳の私は、母の見ている前で義父に裸にされ、組み伏せられて、犯された。

 母に助けを求めても、泣き叫んでも、まるでゴミを見るかのように見る目が、私を絶望させるだけだった。

 そしてそのあとの私は、母に逆らえなかった。逆らえば、また犯されるとわかっていたから。

 そして、14の時。

 母が、死んだ。義父が、殺した。

 何故だ、と思った。何故義父が、母を殺したのだろう。

 母が死んだのに、感じたのはそんな疑問だけだった。

 そして、私に残されたのは、オルコット家の膨大な負債。母は、その手段を問わない事業拡大に失敗し、行き詰っていた、と知った。

 男のせいだ。

 あの男が、義父がいなければ、こんなことにはならなかった。父が、あそこまで対立せず、生きていてくれれば、こんなことにはならなかった。

 その時の私は、目の前の現実に、そう呪詛を吐くしか、できることがなかった。

 男なんていなければ。

 その考えは、女にしか動かせないISという力を手に入れたからだと、遠い思考の彼方でだれかが言う。

 でも。あの卑屈な義父を。母を止められずに、自ら命を絶った父を。

 私を犯した、汚した男を。

 認めるわけには、行かない。

 

 

 

 なのに、何故、私は今男の前で膝をついているのだろう。

 

 

 

「……かはっ」

 口の中に熱いものがこみ上げる。吐きだして、それが血だとわかった。おそらく、内臓を痛めたのか。

 目の前に立つ鋼鉄の塊。ISとは思えない、ソレは、禍々しい殺気だけを載せて私の前に在る。

 中にいるのは、男。私の嫌いな、男。

 ひょうひょうとして、どこか失ったあの父を思わせる、男。

 どこまでも余裕をかまして、私を一方的にあしらって、私が指一本触れられないのに、圧倒的な力で私を叩きのめした、男。

 

「……認め、ませんわ……」

 

 ブルー・ティアーズはボロボロだ。象徴ともいえる四基のビット「ブルー・ティアーズ」もすべて失っている。腰に在る切り札のミサイルビット二基も流れ弾で誘爆して私を痛めつけただけだった。

 

『もう、終わりか』

 

 傷一つない巌のような装甲の奥で、男が言うのが聞こえる。

 

『その程度か、セシリア・オルコット』

 

 動かそうとする。この男には負けたくない。負ければ、大事な何かが、私をここまで駆り立てた何かが、壊れる。

 それだけは嫌だった。嫌だから、私は吼えた。

 優雅さなど、どこにもないような声で。

 

「ア、 アアアァァァァッッッッ!!!!」

 

 スパークが散り、今にも砕けそうなブルー・ティアーズの手を無理やり動かし、スターライトMk-Ⅲを向ける。

 限界まで出力を上げ、発砲。放たれた青白いエネルギーは、しかし男にあたることもなく、ただ残像だけを撃ち抜く。

 すさまじい咆哮。大出力ロケットエンジン。旧世代の遺物と馬鹿にしたそれは、視認できない速度で男を覆う鎧を私に向かって飛ばす。

 衝撃。殴り飛ばされたと、宙を舞ってから気が付いた。

 地面に転がり、砂ぼこりにまみれる。私の自慢の、父から受け継いだ金髪が視界の隅をよぎり、それだけで得体のしれない力がわいた。

 何のために戦っているのだろう。義父のような男たちが憎いからか、それとも、父を思い出させるこの男が憎いからか。

 何故私を捨てたのですか。

 何故私を守ってくれなかったのですか。

 一緒にいるといったのに。

 なんで。

 そんな、行き場のない思いが私に壊れそうなほどの力を出させる。

 上がるはずのない手を掲げる。砲身が曲がっているスターライトMk-Ⅲに、限界までエネルギーを押し込み、目の前の男に突きつける。

 発砲。

 エネルギーが暴走し爆発する。そしてその隙をついて、呼び出した刺突直剣を叩き込んだ。

 そして、それすらも通じない。爆発は男の装甲をわずかに傷つけるだけで終わり、突き出した直剣は装甲された手に掴み取られた。

 そのまま引き寄せられ、腹部に重い衝撃を感じ、吹き飛ばされた。

 アリーナの壁にたたきつけられ、今度こそブルー・ティアーズが消える。

 私の、力の象徴が。

 男から私を守るための、鎧が。

 消える。

 心が、折れそうになる。

 でも。

 それでも、折れない。

 私は、セシリア・オルコット。

 この身に流れる、父の血に懸けて、折れることは―――

 そこで、気が付いた。

 なぜ、私は、父を。

 誇りに思っているのだろう。

 母と対立するだけだった、父。

 正しいことをしても、主張しても、受け入れられず、自分ができる範囲で物事を良く変えて行っても、すべて母に否定された、父。

 それに疲れ、最後には自ら命を絶った、父。

 それでも、あの背中は。あの笑みは。

 確かに心に焼き付いていたのだと。

 襤褸雑巾にされて、初めて気が付いた。

 何故、男をあそこまで憎んだのか。

 あの父と、義父があまりにも違いすぎたからだ。

 ISが現れた後の男たちが、父とあまりにも違いすぎたからだ。

 あの、気高い父と。

 あの卑屈な男たちの差を受け入れられず。

 私は、男を憎んだのだ。

 男たちを、軽蔑したのだ。

 なら、今私の前に立つこの男は。

 私よりはるかに強い力を持つこの男は。

 誰も見下そうとしない、私がしたように女を見下さない、追従しないこの男は。

 私が軽蔑する必要など、どこにもない。

 むしろ、私の言動が軽蔑されるに値すると。そう思った瞬間。

 足元がなくなるような絶望が、私を襲う。

 この男に、軽蔑されたくない。

 ただ、その一心で。

 ブルー・ティアーズが遺したとも思える一振りの直剣を握る。

 構える。

 心は静かに。相手を見据えて。最速の構えを。

 剣は苦手だけれど、昔父に遊び半分に教えられた。

 

 どこかで大きな鼓動が聞こえた。その瞬間、父の言葉がよみがえる。

 

ただ一撃、それ以外を考えるな―――

 

 気が付いたら走っていた。全身をばねのようにたわめて、力をためて。

 一点に、剣先の只一点に力を集中して。

 巌のような装甲にたたきつけた。

 

 

 

 

 

 殴り飛ばして。倒れて。それでも、目の前の少女は立ち上がる。

 本当にこれが。あの傲慢な女かと。そう思えるほど、まっすぐな剣だった。まっすぐに俺に向かって構えられた剣は、どこまでも美しい。

 身を覆う鎧はないのに、そんなものは必要ないとばかりに。ただ一本の剣を構えてまっすぐに立つ。

 その立ち姿だけで、どこかで大きな鼓動が聞こえた気がした。

 その瞬間。俺が心を乱した瞬間を狙ったかのように。

 セシリア・オルコットが走る。上半身のばねをぎりぎりまで引き絞って。

 そして放たれた剣は、まるで矢のように一直線に胸部装甲に突き立つ。

 こともあろうに。

 有澤の精魂込めた装甲が。

 少女の剣で傷ついた。

 いや、それに驚いたのではない。驚くのはそこではない。

 俺が動けなかった。あのまっすぐな剣を、妨げてはいけないような、そんな気がした。

 たとえ俺がISをまとっていなくても、俺は防がなかっただろう。

 そんな確信を持たせる剣だった。

 限界を迎えたのか、剣が量子化して霧散する。

 最後に、主に意地を貫かせたのだろう。いい機体だと思った。

 そして、その主はもう目の焦点もあっていないようだ。今にも倒れそうになっている。

 倒れれば、この綺麗な金髪は地に落ちて汚れるだろう。

 それは駄目だと思った。

 

 

 

 

 

 倒れる。それがわかる。でも、それをどうにかする力は体のどこにもない。

 やるだけやった。多分。最初は確かに慢心していたけれど、中盤からは本気だった。

 本気以上だったかもしれません。

 でも、届かなかった。まったく。

 それがたまらなく悔しく。慢心していた自分も悔しく。

 最初から本気でやっていれば。

 だったら、もう少し違う戦い方を見せられただろう。

 そして、それよりも悔しいのが、自分。

 無意識に、自分が蔑んでいた者たちと同じことをしていたことに気が付いた。

 気づかされた。

 男に。

 あれほど憎んだ男に。

 それが悔しい。

 だから、なぜか自分を抱きとめた温かい腕を感じたとき、ほとんど無意識に呟いていた。

 

「ありがとう、ございます」

 

 そしてもう一言。

 

「次は、わたくしが勝ちます」

 

 どこか苦笑の気配が伝わってきて、それから返事を聞く前に私はゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 

「負けるかよ」

 そう、俺は返す。

 思わず極光を装備解除して抱きとめてしまったが、冷静になって考えるとかなり恥ずかしいことをしている。

 まあ、今日はある程度飛べたし、いいものも見れたし。

 しかしふと思えば俺がやったことって年下の女の子を余裕カマしてフルボッコにしただけじゃないか、と思う。

 まあ、試合前のこいつにはムカついていたし、まあこれでいいんだろう。

 しかし、女は化けるとよく言うが、こんな化け方もありなのか。

 最後の時のこいつは純粋にきれいだった。思わず見惚れるくらいには。

 もともとは素直な娘だったんだろ。それが変に歪んでああなったんだったら、まっすぐになればまたきれいになるのか?

 いや、思考が混乱してるな。

 とにかく、かなりひどく痛めつけたから、さっさと医務室連れてかないとやばいな。

 そう思ってから、極光はこういった人を運ぶということがとても苦手な機体だと気が付く。

 片手で武器を使うようになっているので、両腕でモノを持てない。

 じゃあ片手でつかんでいくか?

 絶対、触っちゃいけないところ触るだろ。いくら2つ下の子どもとはいえ、それはまずい。

 しょうがない。俺はため息をつくと、コアネットワークを使って織斑を呼んだ。

 

「織斑、来い」

『ん?もういいのか?』

「なにがだ」

『いや、ずいぶんいい雰囲気だなと』

「こいつ大怪我してるぞ。阿呆なこと言ってないでさっさと来い!」

『あ、ああ。わかった。悪かったよ』

 

 数秒後、ピットの出入り口から防御用パッケージを装備した打鉄が飛び出して、俺たちのそばにつく。

 

「大丈夫かよ、セシリア」

「今のところはな。内臓を少し痛めてると思うが。さっさと医務室に運べ」

「おう」

 

織斑は初心者とは思えない動きで手を動かし、オルコットを抱えるとそのままとびあがる。俺も極光を再展開し、まだたっぷり残っている燃料を使って、ロケットエンジンの推力を最小限に絞って飛ぶ。

この飛び方、出力効率が恐ろしく悪い。メーターが目に見えて減っていく。しかし、まあ医務室までは持つだろう。

 しかし、結局今日は織斑の訓練できそうにもないか。

 そいつは少し残念だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると、おそらく医務室の個室だろう天井が見えて、私は数瞬、今どこにいるのか、と言う情報すら頭に浮かばなかった。

 それからようやく、先ほど?の試合が頭に浮かぶ。

 

「わたくし……敗けたのですね」

 

 手も足も出なかった。文字通り叩きのめされた。でも、どこかすっきりしている。

 まあ、おそらくストレスが少し晴れたのだろう。

 試合前までの私の思考は、多分それ自体がストレスになっていたと思う。

 要は、感情の制御ができなかったのだ。そして、それを無理やり制御するために、ああした思考をした。

 でもおそらく、あんな考えでも感情を制御しなければ、自分で命を絶っていたとも思う。

 それだけのことをされてきたという、変な自信ならある。

 男を憎むのも、父を憎むのも、すぐには消えない傷だと思うけど。

 これからは少し前向きに生きてみよう、そう思った。

 とりあえず恋にでも生きてみれば、前向きと言えるんじゃなかろうか。

 都合のいいことに、そう言った対象になり得る人物ならできたことだし。

 と、言うかたぶん恋というのだろう、この感情は。

 もしくは純粋な恐怖か。

 どっちでもいい。

 前向きに生きてやる。

 オルコット家の体裁とか、負債とか。

 こんな年からそんなこと考えてたら、禿げる。

 男の禿は様になることもあるけど、女の禿はただの無様。髪は女の命。

 この綺麗な金髪が抜けたら多分人類の損失です。

 卒業までは気にしない。

 それくらいの気持ちの方がいいんです。

 

 そう思ったら、今きれいな月明かりが差し込んでいることに気が付いた。どうやらこんなことに気が付く余裕もなかったらしい。

 そしてもう一つ。窓際の椅子に座って足を汲んで腕を組んで。頭を落として寝ている長身。

 昼間自分を叩きのめした、彼。

 どうやら、こんな時間まで付き添ってくれていたらしい。

 月の角度から考えて、今は深夜の3時過ぎ。

 部屋にも帰らず、居てくれた。

 鼓動が速くなったのは、多分気のせいじゃないでしょう。

 顔が赤い自信だけはある。そしてどれだけ自分が大胆なことを考えているという、変な思い。

 でも、勇気をもって顔を近づける。そして。

 がしりと頭をつかまれた。

 

「お前は何をやっているんだ」

「い、痛い、痛いですわ!」

 

 じとっとした目で言われながらアイアンクローを決められる。ようやく離されて、涙目で後ろを見ると担任の織斑先生だった。

 

「寝ている男の唇を奪うか、普通。最近のガキはずいぶん肉食だな」

「あ、あのいえ、ちがうんですの、こ、これにはイギリス海峡より深いわけが!」

「どう見ても皿より浅いな。まったく」

 

 織斑先生はあきれたようにベッドに腰を下ろした。それから私に座るように言ってから、おもむろにしゃべりだす。

 

「しかし、その様子だとけがは大丈夫のようだな。随分ひどく強打していたんだが」

「あ、そ、そうでした」

「まったく……この男も大人びていると思ったんだがな。女の腹を殴るか、普通」

 

 そういって眠っている彼の頭をはたこうとして。

 

「……まあ、いいか。しかし、オルコット。ずいぶん憑き物が落ちたようじゃないか」

「え?……ええ。すっきりしました」

 

 本心から言える。ずいぶんすっきりした。お腹の奥に澱のように溜っていた重いものがなくなったような気がする。

 

「……ふん。ま、いいだろう。さっきまでのお前は正直見るに耐えなかったが、今のお前はなかなかいい。それなら安心だ」

 

 そういって先生は立ち上がり、個室を出ようとして。

 

「オルコット。来週の月曜までには治せよ」

 

 そんな言葉を残して言った。

 

「……ふう」

 

 私はため息をついて外を見る。窓ガラス越しに見える月は美しく。その前で眠る彼は今も少し顔をしかめている。

 しかし、織斑先生は結構弟には甘いのだろう。まあ、たった一人の肉親だろうから、当たり前か。

 

「肉親、ですか……」

 

 私の肉親と言えるのは、もういない。いるとすれば、これから私が産む子供だけでしょう。

 

 そう考えて、その考えにひとしきり赤くなってから、私は観念して寝ることにしました。

 月がきれいだから少しもったいないのですが。

 今度はここで眠る彼と一緒に見たいものだと思います。

 

 

 




 

 書いてから、あまりの厨二病に悶絶したくなった。
 だが私は押しとおる!
 でも感想が怖い。チキンな作者です。
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