fate/cage 作:雨宮
(1)
かろうじて月明かりは出ていた。その日の白城市南部の林は真っ暗闇であった。普段ならふくろうの泣き声以外の音が無く、静まり返っているが、この日はいくつかの声が聞こえていた。
今夜は人が良く動く。注意してみないと見失ってしまいそうだ。
一人の男が林の北側から逃げてきた。苦しそうに顔をゆがめながら走っている。とはいえ足が限界なのだろう。走る速度は普通の人の歩みとほとんど同じであった。
ズボンはぼろぼろで靴は片方脱げていた。脱げている方の足からは血が流れている。顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。正直見れた相貌ではない。年端もいかない子どもがいたら、泣いて怖がるか石を投げるかの二択だろう。
「求求你救救我、求求你救救我、救命」
中国語だろうか。男は必死にそう叫びつづけていた。命乞いだろうか。
しかし男の後ろから剣が飛んできて無慈悲にも男の右腕をきり飛ばした。
男は絶叫した。トンという音がして男の右側からシャワーのように赤いものが噴射する。しかしどうやら致命傷ではなかったらしく、男は走ることをやめない。それはそうだろう,
おそらく一歩でも歩みを止めたら今度は首が飛ぶのだから。
後ろから声が聞こえた。ゆったりとした足取りで二人の男が中国人の男を追う。
「おい雑種、あいつはこの我が手を汚してまでわざわざ殺す必要があるのか。」
おそらく剣を飛ばしたであろう男がぶっきらぼうに言い放った。高慢にして不遜な言い方である。言い方からみてマスターに対して不信感があるのだろう。
趣味の悪い学生服に金髪、金の腕時計と全身が金ピカで相変わらず趣味が悪い。ポッケに手を突っ込んで斜に構えていた。
「ははっ、ああ頼むよアーチャー。あれでもマスターの一人だ。」
20代なかばくらいだろうか。黒人の男がそういった。なかなかいい男である。
「頼むとは白々しい。貴様が令樹をもって強制させたのだろうが。」
アーチャーは憎憎しげに言い放つ。黒人は柳に風とばかりに涼しい顔をしている。
「ああくだらん、実にくだらん。もし我が今以上に不機嫌だったら貴様を殺しているところであったぞ。
そも何だこの中途半端な魔力は。我の持つ力が十全に出せぬではないか。だからこのような粗末な聖杯戦争はいやなのだ。」
そう言って背後の”王の財宝”から無造作に剣を抜き取った。
「まあまあ、何のことだか分からないがいいじゃないか。英雄王ギルガメッシュ殿。貴殿の圧倒的な力でこの聖杯戦争を全力で勝ち抜いてくれよ。ははっ。」
黒人の男は笑いながらそう言ってアーチャーから距離をとった。よく見ると彼の左手の令樹は一つなくなっていた。
「ふん。おい雑種、そう警戒するな。我は自らの手で主を殺したことはないぞ。
それにこの聖杯戦争、我が全力を出す必要はないようだしな。」
アーチャーは黒人の男の臆病さをあざ笑うように言った。
そしてアーチャーは手に持った剣を前方へ投げる。その剣は前を行く中国人の足を傷つけた。彼は再び絶叫し、歩く速度は更に遅くなる。
「ははっ、さすがだよ、アーチャー。」
黒人の男はそう言って手をたたいた。少しいやみを混ぜた口ぶりである。
「くだらない雑事で我の手を汚すな。」
そういってアーチャーは大きく舌打ちをした。近くにあった木の枝をむしりとって足で踏みつけた。そして黒人のいない方向へ目をやってつぶやいた。
「ふん、十年ほど前に解体された冬木の大聖杯がこんな道化を演じるとはな。原理や結果こそ似ているが、実質は贋作でありただのまがい物。本来の役目など果たせるわけがない。こんな事誰が考えたにかは知らんが、おそらく愚か者か聖杯に取り付かれた者であろう。
そんな偽りの輝きのためにこの我がわざわざ全力を出す義理はあるまい。」
アーチャーは聞こえるか聞こえないか微妙なくらいの小声でそういった。
昨日は元気よく鳴いていたふくろうは、今夜はいやに静かに鳴いていた。
そんな二人をよそに中国人の男は走り続けていた。しかし木の根で転んでしまい立てなくなってしまった。それでも這いながら林の奥へとゆっくりと進む。
黒人の男は歩みを止め、そして笑いながら自身の懐をさぐりだす。
「アーチャー見ろ、芋虫のようだぞ。傑作じゃないかあれ。ははっ。スマホ、スマホ、うわーやべー写真に残してぇ。サイコーだよ。ははっ。」
そう言って黒人の男は後ろ指をさし嘲笑した。その様はまるでサーカスを見るようでもあり、子どもをいたぶるいじめっ子のようでもあった。
しかしアーチャは笑わず、憮然としていた。
「おい、雑種。立ち止まっていいのか。」
アーチャーは中国人の男が向かおうとしている奥の光景に気づいていたのだ。
「あれを見ろ。どうやら、英霊召還するみたいだぞ。」
アーチャーは言った。そう彼は不様にのた打ち回っていただけではない。這い蹲りながらも一歩ずつ一歩ずつ奥の魔方陣へと進んでいたのだ。
「ははっ、ひーひー。ふへへっ。はははひー。ぷっうー、はははっ。
無理だろ。あの芋虫、死にあけてんだよ。英霊召還できるほどの魔力は残ってないよ。
まぁ、あれに味方でもいればそいつが代理になるんだろうけど、そんなやついるように見えるか。あの小汚いなりで、はははっ、ひー」
黒人の男は奇妙な笑い声を上げて腹がはちきれるとばかりに笑っていた。
「ははっ、それにさぁ、さっきあいつ右腕切り落とされてただろ、令樹もないのに英霊召還なんてそんな馬鹿なことするのかぁ。」
そして立ち続ける事が出来ず最終的にねっころがってのた打ち回っていた。
笑っている間に中国人の姿は既に見えなくなっていた。
「貴様の目は節穴か、雑種。もう呪文は唱え終わったらしい。英霊が召還されるぞ。」
アーチャーは忌々しげに黒人の男に言った。
「ははっ、えっ、な、馬鹿な、誰が召還したんだよ。あいつがマスターか。」
そう言って笑うことをやめ、急いで立ち上がり奥の魔方陣へと向かった。
アーチャーは相変わらずポッケに手を突っ込んだままゆったりと歩いていく。視線が一瞬魔方陣とは逆の方向へ向かったがすぐに戻り黒人を追いかけた。
これは逆転の芽が出てきたということだろうか。
いやしかし慢心しているといえど、アーチャーは最強クラスの英霊である。どの英霊が召還されたのか分からないがむかえる結末はおそらく敗北。
少なくともあの出血量を含めれば中国人の男の命が尽きるのは避けられないことだろう。
魔方陣の中央には聖杯戦争にはそぐわない情景があった。
長い黒髪の黒い着物のような物を着た小柄な少女が赤ん坊を抱えていたのだ。
赤ん坊は普通の黒髪の赤ん坊である。抱き方が上手いのか泣かずに眠っていた。
少女は美女というよりも美少女という表現が正しいだろうか。
黒髪で胸も小さく、顔に愛嬌があるわけでもかわいいわけでもない。また145cmほどだろうか、小柄であるため成人女性には見えない。言ってしまえば中学生ぐらいに見える。しかしどすの利いたきれいな顔であった。機械で作られたのではないかと思うほど精巧に整っていて、温かみに欠けた顔であった。
おそらくあの少女が召還された英霊で赤ん坊が彼女のマスターだろう。赤ん坊の右腕には赤い令樹が浮かんでいた。
先ほどの中国人は魔方陣の外側でどうにかこうにか息だけはしていた。
とはいえ召喚がスムーズに行っているところを見ると案外最初からこういう想定をしていたのかもしれない。父親が補助してサーヴァントを召喚し令樹をもってサーヴァントを支配する。さしずめ魔力の供給は赤ん坊からされるといったところか。
しかし父親が死にかけているため令樹を赤ん坊に譲り、赤ん坊の命ぐらいは助けようとした。そう考えるのが無難だろう。さすがに赤ん坊のサーヴァントという例は聴いたことがない。
これで少なくとも条件的には互角である。が、
「ははっ、おいおいこれは警戒する必要ないだろう。マスターは赤ん坊でサーヴァントはガキだってさ。アーチャー、びびらせんじゃないよ」
黒人は気が抜けたのかそう言ってその場でわらいだした。
「なんだよなんだよ、せっかくシリアスモードでやってきたのにこの体たらくかよ。ははっ。距離があるが、なぁアーチャーお前なら殺せるだろう。」
そう条件的にはだ。マスターとサーヴァント、両者に圧倒的に力の差がある。
25mくらいの距離がああるため今すぐ殺せるのか微妙なところであった。
「赤ん坊対俺、アーチャー対ロリっこサーヴァント。勝敗は明らかだろうよ。
なぁ、アーチャーなぶり殺すか、まずは足を痛め次に胸を噛み千切る、口は最後まで残しとくんだ、最後の最後まで悲鳴を聞き続けたいからな。へへっ」
黒人は下品な笑い方をする。そして同意を求めるように隣にいるアーチャーを突っついた。
しかしアーチャーは下品な笑いに乗っからず、殺気を放ち黒人をにらみつけ彼を黙らせた。
そして一歩前へ進む。
「我の名は英雄王ギルガメッシュだ。こたびの聖杯戦争ではアーチャーとして現界した。おい小娘。名はなんと言う。答えよ」
珍しくアーチャーは他者に興味を持ったらしい。赤ん坊を抱く姿に関心を抱いたのだろうか。両手をポッケに突っ込んだまま尊大に聞く。
「この我が興味を持って直々に聞いているのだ。小娘、名を名乗らんなら殺すぞ。」
分かってはいたが、相変わらず理不尽な男である。
アーチャーは手を上げる。”王の財宝”からいくつかの武器を発射する準備を始める。しかし未だによろいは着ておらず趣味の悪い制服のままだ。
「まだ名乗らぬか。我はか弱くいたいけな小娘を殺す趣味はないが名のらぬのならば仕方ない。」
本気を出すまでもなく一瞬で倒せるということだろう。
”王の財宝”から一本のまがまがしい槍が他の武具を押しのけて大きく前に出る。
「その心臓、もらいうけるぞ小娘、ゲイボルグ」
宝物庫からすさまじい速度で槍が発射される。時を同じくして砂煙が舞う。
砂煙が舞い終わった後そこには予想を裏切る光景があった。