fate/cage 作:雨宮
(3)
アーチャーが残した剣をまだ少女は持っていた。
「さて、次は汝の番だ。アーチャーのマスターよ。」
まだ使う用があるようだ。
少女は黒人に剣を向け、黒人の左手を見据えた。
少女の目は人の心を芯から凍えさせるようなものであった。
アーチャーが死んでから黒人はずっと腰を抜かしている。先ほどからはずっと体を震わせていた。仰向けで倒れてしまいそうな体をかろうじて後ろの両の手で支えていた。
「遺言くらいは聞いてやろう、せいぜい朕を楽しませろ。」
少女はそういって、一瞬黒人の首元に剣を当てた。
黒人の顔は蒼白になった。
体の体勢をどうにか正座の体勢に戻し、頭を地面にこすり付けんばかりにしてどうにかこうにか声を絞り出して言った。
「何でもします。どうか命だけは助けてください。」
日本で言うなら土下座の体勢である。先ほどまでの威勢はなくなり蛇ににらまれた蛙のようになっていた。風が吹いたら吹き飛ばれそうなほど小さい声で言った。
「ほう、では何をする。」
少女は目を細めて続きを促した。
それを聞いた黒人は勢いを取り戻しまな板に水といわんばかりにしゃべり始める。
「皇帝陛下。俺を殺すのは間違いです。俺を殺したら陛下が不利な状況に陥ります。」
依然として黒人の顔は地面をなめられるほどに地面にくっついていた。
仰ぎ見るようにして少女へ言った。
「ほう、なぜだ。」
少し関心を持ったのか語調が柔らかくなる。
「考えてみてくださいこの状況を。あなたは何も分からない状況で呼び出された。そしてマスターは赤ん坊、味方はいない、孤立した状態です。せめて状況が分かるまで俺を生かしておくのはどうでしょうか。
俺はこの聖杯戦争に関して裏方で働いた人間の一人です。情報提供から始まりアシストまで役に立ちます。決して使えない男ではありません。」
「うん、なるほど、協力者は欲しいな。」
説得力はある。聞いていてもそう思った。
たしかに少女の状況は良くない。彼女は現時点で召還された事以外何も分からないのだ。休息場所から情報まで足りないものはいくらでもある。
「そもそも考えてください。あなたのマスターは誰ですか。赤ん坊ですよ。何が出来るんですか。魔力の供給以外何も出来ないし共に戦うことが出来ない。
あなたが聖杯に何を願うのか分かりませんが、少なくともマスターが赤ん坊では何も出来ない。勝ちたいのなら共に戦いましょう。」
確かに聖杯戦争を勝ち抜くにおいて重要な事はマスターとサーヴァントとの相性である。しかしそのサーヴァントが赤ん坊でコミュニケーションが難しいというのは致命的である。少女もそのとおりだと笑った。
黒人は依然として地面に顔を伏せている。しかしわが意を得たりとばかりに黒人は一気に畳み掛けた。光明が見えたということか。
「俺を信頼してください。決して損はさせませんから。」
黒人はそういって唾を飛ばしながら懸命になって弁解した。信頼してくれという部分に力をこめて。そして言い終わって顔を上げ少女を見た。
いや見れなかった。黒人が顔を上げたとき既に黒人の胴体と頭は離れていた。後に残ったのは血だまりと分断された首と体であった。
音もなく悲鳴も聞こえなかった。一瞬の静寂の後に遠くで車のクラクションが聞こえた。
どうやら黒人が言い終わった直後に少女は横一線に剣で首を飛ばしたようだ。
「ははは、つまらぬ話であった。」
少女はそういって剣についた血を振り落す。見た目からは想像できないほど残忍な表情で笑っていた。そんな中でも目は冷め切っていたが。
「汝を信頼せよだと。冗談でない。朕は何者も信じぬ。朕が信じるのは朕のみ。」
少女は落ちていた黒人の首をあさっての方向へ蹴り飛ばした。
「おもしろいことを言うか、もしくは有能な男であれば生かそうかとも思ったが、拍子抜けだった。まぁ朕を殺そうとした奴なぞ、そもそも生かす気もないがな。」
そういってその場で小さく笑った。
剣についた血はまだ少し残っているが、それを落とすつもりはないようだ。
上機嫌なのか少女は鼻歌を歌いながら赤ん坊の元へと戻り、再び赤ん坊を抱き上げた。
そしてこっちの方向を見て言った。
「そうだ。朕は役に立つ人物以外は生かす気がない。だからおぬしも役に立たねば先ほどの奴らと同じ末路をむかえるぞ。」
赤ん坊を左手で抱え右手で剣を持つ。剣の切っ先はこっちの方向へ向いている。
「とぼけても無駄だ、まして逃げることもな、そこな女魔術師、出て来い。」
さすがにもう隠れることは出来ないか。
若干のバツの悪さを感じながらも諸手を挙げて先ほどまでいた森から出る。
ゆっくりとしかし堂々とアーチャーの前に向かって歩く。
少女とわたしの視線が交錯する。視線をそらしたら殺されるだろう。見つめて言う。
「役に立つかって、冗談じゃないわ。わたしはこの白城市における聖杯戦争の監督役であり、ある意味ではフィクサーでもある。独自の思惑で動くし、そしてあなたの味方になる気はさらさらないわ。」
しっかりとした口調で少女に断言する。そして少女の目の前に立つ。
「第五次聖杯戦争から約20年、聖杯解体戦争からは約10年。聖杯戦争は起こるはずがないの。冬木の大聖杯は解体されたから。わたしの目的はなぜこの白城市で聖杯戦争が開催されたのか探ること、そして聖杯に願望を叶えさせない形で聖杯戦争を終わらせること、この二つよ。
ところであなた聖杯に叶えてもらいたい願いはあるの?」
わたしは挙げていた手を下ろし胸の前で手を組む。
「朕の願いか、特にないな、せいぜい不老不死と言ったところか。」
少女は依然として冷たい視線でわたしを見る。少しでも会話を間違えれば殺されるだろう。
しかし話を聞いてくれていることを考えればかなり脈があるだろう。
「なら好都合、あたしに協力しなさい。今回魔術協会と聖堂教会から二人のマスターが派遣された。だけど片方はおそらく腕はあるけど信頼できない、もう片方は頼りない上に魔術のド素人。正直わたしの手の内におけるサーヴァントがいくらでも欲しい。あなたはまさにちょうど良いわ。」
少女の顔に微笑が浮かび始める。あと少しだ。
「害を与えるつもりはない。逆にわたしの知りうるすべての情報を渡す。わたしを利用しなさい。信頼関係はいらない、ビジネスライクな関係で行きましょう。
せっかく現界したのに何もできないでぶらつくのは無粋でしょ。不老不死になりたいなら直前でわたしを裏切ればいい、もちろん全力で叩き潰すけど。」
わたしは開き直って言った。そして右手を差し出した
「それにあなたのマスターである赤ん坊も万全の体制で保護する。どう、お互いイーブンイーブンでやりやすいでしょ。」
そういってわたしは少女に微笑む。
少女は笑い出した。ひとしきり笑い終えた後に剣をその場に突き刺し右手を差し出した。
「なるほどな、確かにそういった関係なら分かりやすい。いいだろう、とりあえずそれで手を打とう。」
そういってわたしたちは握手を交わした。なぜかちょうど起きた赤ん坊は微笑んでいた。
握手しあっていた手をはなしバーサーカーは言った
「さてと汝、名は何という。」
いまさらのように少女は言った。
わたしは正直に答えた。
「わたしの名前は--凜。凜か監督役とでもよんでちょうだい。これからよろしく、えっと、バーサーカーでいい?」
一瞬険しい顔をしたがすぐに笑顔に戻る。
「まぁ良かろう、朕はバーサーカーとして現界した、秦帝国の皇帝嬴政である。始皇帝と言ったほうが分かりやすいか。さすがに始皇帝だの嬴政だのとよべとは言えないからな。」
そういってバーサーカーは笑った。
「まぁ、おそらく魔力量が足りないのだろうが、朕もこの聖杯に異常があることは分かる。それに帝である朕がバーサーカーというのも異な話ではあるしの。暇つぶしには良かろう、朕も汝に協力してやろう。」
そしてわたしへの協力まで約束してくれた。
どうやらわたしは奇跡的にもバーサーカーに気に入られたらしい。とりあえずは心配はないだろう。
しかし彼女の目は依然として笑っていない。どこまでも冷たいままだった。おそらく互いに利用しあうというビジネスライクの関係だから友好関係を結べたのだろう。
気をつけて接する必要がある、信頼をしすぎるのはまずい、改めてそう感じた。
今の時間になってふくろうが泣き出した。ようやく森はいつもの騒がしさを取り戻したのであった。
バーサーカーとわたしと赤ん坊はとりあえずわたしのアジトに向かっている。
「まぁ要するに、朕はあと協力者を含め5人のサーヴァントを殺せばよいのだろう。」
やっぱり不穏なことを言ってるし。まぁ敢えて指摘はしないが。
とはいえ根本的なところが違っているので首を振る。
「いいえ、バーサーカー、あと7人よ。今回の聖杯戦争では9人のサーヴァントが召喚されたの。」
冬木の大聖杯、20年前に命を懸けてそれのために戦い、10年ほど前に解体した物。
それが今になって白城市で現れた。どこかいびつな状態で。何もかもが手探りだがどうにかこうにかやっていくしかない。
信頼できないバーサーカーに、頼りないセイバーのマスターと腹が読めないセイバー、そして丸腰のわたし。こういうときに限って何であいつはいないのかなぁと思う。まぁそれが遠坂家に生まれたものの責務だろう。仕方がないがんばりましょう。
とはいえ白城市は寒い。冬木に早いとこ帰りたいわ。