二年前ーー
私達、艦娘は深海凄艦と熾烈な戦いを繰り広げていた。少なくない犠牲、敗北を積み重ねての戦い。
しかし、それでもめげずに戦い続けた価値は後の反撃のチャンスに大いに使われ、そしてことごとくが身を結んだ。今では深海凄艦の占拠していた海域の九割を取り返し、深海凄艦の大規模攻勢を退けるまでに至った。
深海凄艦の終わりはもう間近。次の決定打で終わるのは誰の目にも明らかだった。
そして、その日は来た。
大本営による血眼の捜索により深海凄艦の本拠地が分かったのだ。
大本営は直ちに全ての鎮守府に通達。選りすぐりの艦娘達を厳選して迎え撃つように指示した。
一方、その頃私は……
「ひま〜」
自室で暇を持て余していた。
…
……
戦争が終焉に近づくにつれ、鎮守府は忙しくなる。工廠の明石や夕張組も徹夜で艦娘達の装備を点検し、できる限りの改良をしている。私達のあほ提督でさえも度重なる上からの書類をいつもの倍はこなしつつ、最終決戦の作戦を昼夜考えている。
しかし、私のような出番のない者はそんな中で暇を謳歌している。なんだったら、私は今のんびりと煎餅をかじっているところだ。
前にはこんなことがあるとは考えられなかったし、寧ろなりたいと思ったことはなくもない。だけど、なってみたら思いの外なにも感じない。
むしろなにも考えずにぐうたらする日々。ニートとはこういう感じなのか、とか思いながら。
そんな私に比べて、翔鶴姉はというと……部屋に篭って将来に向けての勉強をしている。
曰く『弁護士になるための』勉強とのこと。おそらく、昼にやっていたドラマに影響されたのだろう。よく食堂でやっているのを何回か見た。
私的にはいまいちだったのだが、翔鶴姉は初回から食い入るように見ていた。そう考えると翔鶴姉が弁護士に憧れるのも無理はないかもしれない。
だけど、そのせいで翔鶴姉と一緒にいる時間はほとんどないのも事実。
さらに私にとっての悪いことは続く。最近、出番がないのだ。
これは私(少なくとも私や翔鶴姉以外の艦娘も)が暇人になった原因だ。この鎮守府には、かの六人衆がいる。深海凄艦も恐れ、支援艦隊がいないにも関わらず最高難度の海域一つを解放した化け物級の彼女達が。だから私のような中途半端な強さを持つものに出番が与えられないのは当然だ。むしろ、あるのがおかしい。
翔鶴姉もその事を自覚し自分の夢に精進している。もちろん私には阻止する権利は与えられていない。
むしろなにも考えていない私の方がおかしいのだ。
将来やりたいことなんて私にはない。今まで一人の艦娘として頑張ってきて、いきなり未来のことなんて考えられるわけがない。
「あ〜!どうすれば〜〜!!」
地団駄を踏んでもしょうがないのはよくわかっている。けれど、そういう気分なのだからしょうがない。
「ねぇ、見た?『十年B組銅八先生』」
「見た見た。まさかあんな展開になるなんてね」
私の部屋の側を通り過ぎてゆく艦娘二人。楽しそうに話している様に思わず嫉妬の感情がでてくる。
あ〜、もう私らしくない!そうだ、さっき聞いたドラマを見たら心が晴れるだろう。
そう思い、外に出た。
…
……
………
「なるほど、その後に見たドラマの影響で先生になる決心をした、と」
「そういうことですね」
私、鶴見瑞の話に先輩はゆっくりと頷いた。一年先輩の彼は、この学校の美術の先生で年齢は最年少の二十三。目鼻立ちがよく身体もすらっとしている典型的な二枚目。性格もよく新人の私に色々と教えてくれるいい人だ。
ただ……
「自分ならそんな事できないな……楽して艦娘の道に止まりつづけますね俺なら」
コーヒーを一すずりして、ため息混じりに言う。
二枚目だが、目つきの鋭さや、ため息混じの発言が多々あるせいで怖い人だと思われやすい。かくいう私も彼に怯えたのは一度や二度ではない。
この人と仲良くなるなんてありえない、と思ったのは記憶に新しい。
「たしかに……ですね。けど、あっちに居続けたところでですよ。私みたいな人は他にもいましたし」
そう、結局はそこなのだ。艦娘として居続けるのもありだった。現に空母や軽空母の艦娘も何人かは軍に残っている。だけど、この職業の素晴らしさに気づいてしまった。提督に進路の話を持ち掛けられた時には頭のなかにその選択肢は消えていた。
「そういうもんなんですかね」
ふぅん、とそっけなく返事をする。ただ雰囲気的にはなんとなく察してもらえたらしい。
「そろそろ業務に戻りましょう。一ヶ月後に控えている中間テストに向けて頑張らないと」
めんどくさいですがね、と付け足して彼は机に向かう。
私もそれに倣い机に向かおうとした。
そんな折、ふと彼の机が目に入る。書類や自身が担当する美術の授業の教科書が氾濫しているお世辞にも綺麗と言えない机。そんな中に一通の便箋があるのを見つけた。
それはどうやら学校側の書類……というよりかは誰かからの手紙?
「あの柳原先生」
「はいなんでしょう」
不機嫌な声音で彼は答える。
「それは誰からのお便りですか?もしかして生徒の親御さんから」
「クレームではありませんよ。断じて」
……違うのか。
「じゃあ誰から」
「……他に候補思い浮かばかったんですか」
本日二度目のため息。
だけど、さっきよりは声量は大きくないから、そこまで機嫌を損ねていないみたいだ。
「弟からですよ。実家にいる」
その瞬間、思わず驚きの声を上げてしまった。
え、弟?この人に?
「意外ですか、そんなに」
「い、いえ別に……ただいるとは思わなくて」
「意外に思ってるじゃないですか」
あ、しまった。
私は慌てて謝辞の言葉を述べる。しかし当の本人は気にしていないです、と一言だけ入れて、
『まぁ、隠す努力はしてくださいね』
と言った。
それにしても、柳原先生の弟か……。
一体どんな人だろう。やっぱり兄同様に弟も相当の変人だろうか。
そんな風に思いつつ改めて便箋を見てみる。
宛名には柳原先生の故郷である土地の名と弟の性格を伺わせる綺麗な文字があった。
なんかこの話の瑞鶴めっちゃ大人びてますね。