龍夜「計画性のない自分でほんとすいません・・・」
灰色の空の下で魂魄妖夢は鍛錬に励んでいた。邪神王の攻撃を受け重傷を負っていたが傷はすっかり良くなり屋敷の業務もこなせる程回復していた。
短く鋭い音と共に刃が空を裂く。それを何度も繰り返していく、居る筈のない敵に向かって一心不乱に振り続ける。祖父の教えを守り日々の鍛練に勤しんでいた彼女の心はとても沈んでいた。主である『西行寺幽々子』の事や主の知り合いだった『星屑極夜』の事、そして自分が相対した男の正体。
話を聞けば聞くほど雲の上の様な存在だということを思い知らされた。焦りと苛立ちがより一層高まる、次に相対した時に自分は勝つ事ができるのか、主を守り切れるのかと・・・
何かに集中しないと不安で押しつぶされそうだった。自分の実力が劣っていると分かっているからこそ焦りが消えようとしないのだ。
(こんなんじゃ、こんな半端な強さじゃ、また負ける。もうあんな無様な負け方ッ、だけはッ・・・絶対にしたくない!)
妖夢の剣技は素人から見れば強いと感じるだろうが、上級者から見ればただ教わった剣技を繰り返し練習しているだけに過ぎない。死地を潜ってきたレンや嘗ての極夜は剣の師から耳が痛くなる程ある事言われてきた。それは『状況に応じて型を変えろ』だった、常に殺し合いの中で生きていた二人にとって見れば『スペルカードルール』における非殺傷の戦いはただの甘えに過ぎない。その世界における掟に従って戦うのは当然だが掟を無視した殺し合いを仕掛けてくる輩もいる。特に小、中級の妖怪達はルール外の戦いを仕掛けてくる事が多い為本格的に『スペルカードルール』が制定されるまでは極夜は霊夢に妖怪退治の仕事をさせなかった。
妖夢も同様にルール制定前は師である妖忌に基本的な剣術を教わり後は独学のみ、死地の中で生きてきた神王相手に手も足も出せずに敗北するのも当然だった。
「実戦を積んでない彼女じゃ、流石にあれ以上修行しても伸びるのは難しいと思うが・・・」
妖夢の修行風景を眺めていたハデスは小さく呟き、湯呑の茶を啜る。封印式が機能していかの監視を含めレンから妖夢の修行を手伝ってやってほしいと個人的に頼まれた為現在ハデスは冥界に滞在していた。西行寺幽々子が本調子じゃない現在ハデスが実質冥界の霊達の統括を行っている。黄泉国程悪霊化した霊もいない為管理は概ね順調に進んでいた。
ハデスの心境はとてもいいと言えるものではなかった、状況が一向に良くならないというのもあるが先日のレンとの一件でより事態が悪化しているという事を思い知らされたのだから。
――レンも不器用な物だよ・・・あんな理由で妖夢の修行を私に頼むとはね・・・
◇
「ハデス、悪いが妖夢に修行付けてやってくれないか?」
アイと別れた後レンは話を終えたハデスを呼び止め、開口一番にそう言った。突然の事だった為すぐに言葉が出てこなかったが何とか口を開きハデスはレンに疑問を投げた。
「どうして私なんだい?剣の腕なら君のほうが上だろう、これから西行妖の封印式がちゃんと機能しているかの監視も行わなくてはいけないというのに・・・平行してやるのも流石に無理があると思うんだが」
レン自身何か考えがあって自分にこんなん無理難題を押し付けてきたのだろうがハデスは理解できなかった。確かにハデスはレンが創った妖神刀の一つを管理している為剣技を多少かじった事はあるがレンより実力は劣る。それにしたってアイのほうが自分より適任だろうとハデスは思った。
そんなハデスの疑問にレンは苦笑いを浮かべながら答えた。
「すまないな、だけどこんな状況だしお前しか適任者がいなかったんだよ」
「・・・一応、理由を聞こうか。どうして私なんだい?」
「俺は妖夢の師になる資格はない」
その言葉の意味が理解できなかったが、少し考えてハデスは思い出した。レンは以前居た別世界の幻想郷で妖夢の師として剣を教えていた事を、そして幻想郷を去る前に自分を知る者達全員の記憶を消している事を・・・。負い目を感じているのだろう、自分が知っている彼女達ではないにしろ当時の記憶を保有しているレンにとって彼女達と関わる事自体避けたいはずだった。
「・・・分かった、引き受けるよ。それで君はこれからどうするんだい?」
「天界に戻ってゼウスに現状報告、後『眼』の能力で過去の歴史を詳しく調べておくつもりだ」
「過去の歴史?確かにこの世界の歴史はレンが居た幻想郷と多少違うがどうして今更・・・」
「正直今回の『歪み』の原因が極夜だけだとは思ってない、別の要因も関係していると俺は考えている」
「別の要因?この世界において過去に『歪み』が発生した事例はなかったはずだ、調べるだけ無駄だと思うんだが」
「じゃあこの世界の『フランドール・スカーレット』が過去に『歪み』にも等しい改変をしていたらどうする?」
ハデスはそこで思い出した、『フランドール・スカーレット』はスペルカードルール制定のきっかけともなる『吸血鬼異変』の首謀者であるスカーレット郷を彼が幼少期の頃に殺害しているということを。
レンは溜息を一つ吐き、言葉を続けた。
「本来『歪み』というのは本来起きる歴史が何者かの介入で起きなくなったり全く違う形で起こるといったケースが多い、本来だったらこの世界は既に消えて無くなっている筈だったんだが極夜が行った『改変』が原因で歴史その物が変わってしまったんだ」
――まず一つは極夜が月の民になる前の『八意永琳』と出会った事
――二つ目は諏訪大戦の中心ともなる『八坂神奈子』『洩矢諏訪子』に関わった事
「そして、本来法界に封じられる筈だった『聖白蓮』を助けてしまった事だ」
「なっ!?歴史の中間点ともなる出来事を彼は変えているというのか!?」
『聖白蓮』、彼女は本来の歴史なら法界に封じられこの世界でも後の異変で復活する筈の僧侶。この世界においての歴史の中間点ともなる出来事を極夜は過去に解決してしまっていた。レンが嘗て滞在した幻想郷では既に異変は解決された後だった為当人も詳しくは知らないがどの世界の幻想郷においてもこの異変は重要な歴史の一つだった。
「まぁ、これだけならただの『改変』程度で済んだんだがな。歪みの原因ともなる異変が起きたのは極夜が転生の儀を行って二月程経った後の事だった、本来通りなら『吸血鬼異変』が起こりスペルカードルールが予定通り制定される筈だったが肝心の異変その物が起きなかった・・・」
『スカーレット郷の死亡』・・・幻想郷の勢力勢の中でも屈指の実力を誇り恐れられていた強者だった彼が死んだことによりスペルカードルール制定のきっかけともなる『吸血鬼異変』は起こらなかった。この時点で大きな『歪み』がこの世界に発生してしまっていたことになる。
「し、しかしそれでは邪神王が『星屑極夜』を狙った理由は分からない・・・歪みの原因が彼じゃないのは明白な上、証拠だってない筈だ」
「まだ分からないか?確かに極夜は『歪み』の根本的な原因じゃない。だが『歪み』の原因ともなる人物の肉体に憑依しているじゃないか・・・」
――この世界の『フランドール・スカーレット』に・・・
◇
(まさか私の取った最善ともとれる策がこの世界の歪みを肥大化させていたとはね・・・滑稽な物だよ・・・)
歪みの原因ともなるきっかけは様々だ、形は違えどすぐに気づけた筈だったのに自分でも気が付かない内にこの世界の歪みを進行させていたことをレンとの会話で気づかされた。神として犯してはいけない失態だった、もっと早くに気づいていればこんな事にはならずに済んだかもしれない。
――もうレンに辛い想いをさせたくなかったのに、どうして過ちを繰り返してしまうんだろうな・・・私は・・・
今回の異変で誰よりも傷ついているレンに自分は何もしてやれてない。私はいつも無力だ、人間として生きていた時も黄泉神として生きている現在も・・・
前の幻想郷でレンは誰よりも霊夢達と別れたくなかったに違いない、しかしレンの決断が揺らげばあの幻想郷は歪みの影響で消滅していた。『レン・リュウヤ』を知る者達の記憶を消し在るべき歴史へと戻す・・・ほかに選択肢がなかった以上あの方法でしか霊夢達を救う事ができなかった。
レンはめったな事では感情を表には出そうとしない。世界によって生み出され、世界の意志で『生』を強要させられた最初の神として弱気な姿を見せたくないと常日頃から思っているのだろう、故にレンは決して他者に対して弱さを見せようとはしない。だがレンが抱える闇は誰よりも深く誰よりも辛い。彼が世界に対して向けているのは慈悲や慈愛などではない同じ歴史ばかり繰り返す人間達に対する『呆れ』だ。記憶が戻ったレンは監視の為旅をしていた時と同様に今も世界を回っている。
しかし聞く報告はいつも『人は変わらない、繰り返してばかりだ』という言葉だけだった。生み出した世界が、人という生き物が過ちを繰り返す様を見る度にレンの顔から笑顔が消えていった。嘗て霊夢達に向けていた感情も笑顔も、レンは家族であるアイや私以外に向けなくなってしまった。
歪みの影響でこの世界は崩れ始めている、その原因の一端ともなった『創破神王』・・・彼の処遇を決める時は少なくともすぐに来る。それがこの世界の霊夢達が望まない結末だったとしても笑って終れる未来ではないのは容易に想像できた。だがやるしかなかった、私は黄泉国の統率神でもあり終始神の部下。レンが愛した世界を・・・愛した少女達を守らなくてはならない。
ハデスは立ち上がり、未だに鍛錬を続けている妖夢の元へ歩いていく、足音に気づくと妖夢は白楼剣を振る手を止め息を吐き出し額の汗を拭った。
「そろそろ本格的な修行に入るよ、レンからみっちり鍛えてくれと頼まれているのでね」
「は、はぁ・・・でもハデス様は剣は振った事はあるんですか?」
「触り程度だけどやった事はあるし、大体が実戦での剣技だから妖夢よりは経験は豊富だと自負しているつもりさ。それに・・・」
言葉を切りハデスは手に力を集中させた、すると一本の刀が握られる。白の刀身に蒼の柄のそれは明らかに普通の刀とは違うオーラを放っていた。その刀は『魂狼』妖神刀の一つでもありハデスが管理を任されているレンが創った妖神刀の一つだ。
「白楼剣や楼観剣を扱う君でも妖神刀の使い手とは一戦交えた事はないだろう?妖夢にとってもいい経験になる筈さ」
「分かりました、お手合わせお願いします!」
この子に剣を教えるのが私の役目でもありレンの願いだ・・・なら、私は今できる精一杯を妖夢にぶつけたい。現在の私ができる事なんてそれぐらいだ、だがそれでいい。
(これがレンの為になるなら、レンの笑顔を守れるというのなら私はこの刃を振おう。それが私の贖罪だ)
◇
場所は無煙塚、そこに佇む二人は穏やかともいえない表情で向き合っていた。極夜に似た面影を持つがその髪は白・・・同じ神王でありながら『死』を司る神王である邪神王【星屑白夜】。そして全ての世界の創造主であり『始祖』と『終焉』を司る神【レン・リュウヤ】いまにも戦いが始まりそうだったがレンは内心落ち着いていた
目の前の存在が決してこの世界の害となる存在だと無意識に分かったからなのかもしれないがそれ以上に彼の家族だからだろうか。
「何か用があって僕を呼び出したんでしょ・・・早く用件を言ったらどうですか?」
「まぁ、すぐに用件言ってもいいんだがまず一つ確認したい。助言した協力者はまだお前の中に居るのか?」
「・・・・・・」
「沈黙は肯定と受け取るぞ。お陰でこちらの手間も省けそうだ」
そのレンの言葉に白夜は顔を険しくさせるがレンは構わずこう続けた。
「今回の件、俺達でけじめをつける。お前は黙ってこの世界から立ち去れ」
「一度天界を捨て、ゼウス様を裏切った貴方にそんな指図をされて黙って立ち去るとでも思っているんですか?」
「天界を捨てた?まぁ、お前には俺が嘗てした行いはそう見えたんだろう。だが天界を抜け好き勝手引っ掻き回して『歪み』の進行を早めたお前にそんな事を言われる筋合いは無い・・・それに」
空を見上げ諦めた様な表情でレンは口を開いた。
「もう俺達三人で抑えるには限界まで来ちまっているんだよ・・・」
空は他者に見れば何の変化もないと思うかもしれないが、レンにはその進行具合が見えている。巨大な亀裂が入りそれは日に日に広がり浸食してくる。嘗ていた世界と同じ形で世界はゆっくり壊れていく、この世界の人間や妖達が異常に気付かず普通の生活を今も送っている・・・『終り』が近づいていることも知らずに。
「ガキ一人の我が儘でこの世界壊されるなら俺達だけでいい」
そう言った瞬間レンの首元に刃が付きつけられる、抜刀するにしてはやけに早いと感心していたがすぐに合点がいった。自分が懐に差していた相棒が奪われていることに。
「この刀なら貴方を殺せる・・・貴方が創った『氷狼』なら」
「その刀の本当の名も知らずに俺を殺すとは片腹痛いな・・・妖神刀は『管理』の為の刀だ。その状態の氷狼で俺を切っても殺せやしない。それに」
突きつけられている刀身を素手で掴む、すると次の瞬間氷狼は懐の鞘に収まっていた。白夜の驚いた表情を気にも留めずレンは掴んだ時にできた手の傷の再生が終わるのを見届けて再度口を開く。
「極夜に辛い役目を背負わす事になっても俺はこの世界を救う、神じゃなく現在を生きる一人の人間としてな」
同時投稿される二つ目の話に載せているので今回の話は後書きコーナーは無しです