二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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双牙は奔る

(何が狙いだぁ………?)

 

蔵人もまた仁狼の狙いを測りかねていた。

向こうの体力も風前の灯火であるはずだ。

わざわざ状況を膠着させる意味がわからない。

───こっちが焦れるのを待ってんのか?

襲いかかってきた太刀を弾きながら蔵人は推察を進める。

だとすれば仁狼の狙いはカウンターだ。

序盤に放ってきた《濤切(なみきり)》の剣速と意識の間隙を突く長距離移動。向こうがどれだけヒットアンドアウェイを繰り返そうが、自分は常に仁狼の制空権の中に収められている。

様子を窺うような牽制の中、いつ刃が飛んできてもおかしくないだろう。

しかし、例え予測が外れていたとしても────

 

(それより前に俺が仕留めりゃ終いだ。藪を突つけば蛇が出るってなぁ!!)

 

人を超えた反応速度は伊達ではない。蔵人はもう仁狼の速度に目を慣らしていた。

横から間合いに踏み込もうとしてきた仁狼に向けて、蔵人は即座に反応。片手ではなく両手で二刀の大蛇丸(おろちまる)をけしかける。

右手で四回、左手で四回。合わせて実に八連斬。

これ以上ないタイミングで迫る鎌首を打ち振る八頭の蛇を前に、まさに攻撃すると思われた仁狼は……

………特に何もせず、蔵人から離れた。

 

「……、ん?」

 

一輝が眉根を怪訝そうに寄せる。

一見、仁狼が加撃を諦めて攻撃を回避しただけのように見えるが、違う。

下がるタイミングと、その時の蔵人との距離。

そして力の抜け具合から考えるに、本当にただ近付いただけ……何もする気が無かったことが明らかだった。

 

そして再び仁狼は動く。

動きの幅や力、その足捌きに一切の無駄はなく、空を滑る飛燕のように()く静かに仁狼は駆けた。

それを受けて蔵人は迎撃に移る。

今度は自ら踏み込んで回避に移れる間合いを潰しつつ、再びの八連斬。

二刀の軌道を複雑に絡ませたそれを一刀で受けるのは到底不可能()()()()()()

 

そのずっと手前で仁狼は急停止した。

 

何もない空間で空振った蔵人をからかうように舌を鳴らしながら、仁狼はまたも遠ざかる。

この辺りで様子がおかしいことに全員が気付く。

まるで駆け引きではなく、ただ相手をからかっているだけのようで。

そして。

 

「うわっ……」

 

それを見た一輝とステラが顔をしかめ、琉奈はこめかみを押さえて俯いた。

 

蔵人の腹の底から冷たいものが沸き上がる。

それはマグマすら生温い、凍りつくような憤怒。

 

昔の物語に出てくる悪役の狼はきっとあんな顔をしているのだろう。

蔵人を心底から馬鹿にした表情で、仁狼はべろべろと舌を出していた。

 

蔵人の顔から表情が消えた。

この突き上がる感情と衝動を表情として出力するには、人体のスペックは貧弱すぎた。

かつて宿敵を喜悦をもって迎え撃った。

執念をもって己を鍛えた。

憎悪によって限界を超えた。

そんな蔵人が初めて抱く───ただ明確な殺意だった。

 

 

(コロ)す」

 

 

「 乗 っ た な ? 」

 

 

歯を剥き出した仁狼が獰悪に笑う。

脳のリミッターが焼き切れた蔵人が、床を蹴り砕く勢いで迫る。

対する仁狼も、ただ真っ直ぐ全力で踏み込んだ。

『前へ』。揺るがない意思が二匹の獣を最短距離で結び付ける。

 

決着は直後だった。

 

 

 

互いが互いを間合いに収める一瞬前、蔵人は両手の大蛇丸(おろちまる)を限界まで背中に回して振りかぶり、自分の身体で仁狼の視界から武器を隠した。

その瞬間、蔵人は刃を伸ばして()()()()()

うねる鞭ではなく、剣の形を保ったままリーチだけを伸ばしたのだ。

そして放つのは、片手で同時に八回斬る彼の奥義《八岐大蛇(やまたのおろち)》──それを両手で行う()()()()()()

 

以前の彼は、大蛇丸(おろちまる)を片手剣サイズまで収縮させ回転を上げなければ《八岐大蛇(やまたのおろち)》は打てなかった。

七星剣武祭の時の彼は、刀を縮めずとも同レベルの回転を維持して《八岐大蛇(やまたのおろち)》を打つことが出来た。

そして今の彼は刀を伸ばしてリーチを拡大しても、同レベルの回転数を維持できる。

 

「《天羽々斬(あめのはばきり)》ィイッッッ!!!」

 

そしてそれは放たれた。

強靭な膂力を内包した防御不能の十六回同時攻撃が、死角で伸ばした刃で間合いを誤認させた上で牙を剥く。

その光景は、見ている者を完全に絶句させた。

人ならざる反応速度を持つ蔵人が。

必殺の名を冠すに相応しい技を。

 

───まだ誰もいない場所で、全力で空振ったのだから。

 

 

戦いとはただ武器をぶつけるだけのものではない。

視線や気配によるフェイント。

それによる制空権の奪い合い。

これらの駆け引きも総じて『戦い』と呼ぶ。

仁狼が行ったのもそんな『当たり前』の駆け引きだ。

だが仁狼が行うその駆け引きは、もはや一つの技として昇華されていた。

 

筋肉の震えも己の意思も、全てを殺し敵に情報を与えない幽霊の域にまで至る仁狼の脱力を、彼の()()では《無貌之相(むぼうのそう)》と呼ばれている。

何も感じ取れない()()()()()()を前に、必然相手は少しでも情報を得ようと仁狼に対する注意を深める。

敵の混乱効果や瞬間最大加速の鍵、その裏に隠されたそれこそが罠。

 

完全な無から放たれる駆け引きの気配は、暗闇で突如瞬く閃光のように突き刺さる。

そこいらの一流が行うそれよりも───遥か、遥かに鮮烈に。

 

仁狼は蔵人の刃圏のわずか手前で立ち止まっている。

倉敷蔵人が斬ったものは、「そこへ踏み込む」という仁狼の気配のみ!!

 

気配だけ(フェイント)を掴まされ我に帰った蔵人の背骨を寒気が駆け上がる。

そして仁狼はこの瞬間を待っていた。

常人を遥かに凌駕する容量の反応速度………蔵人がその全てを攻撃のみにつぎ込む、この瞬間を。

 

音が消えたような刹那の間。

仁狼は両手で高々と明月(めいげつ)を掲げた。

全身の関節の可動域を限界まで使った、大上段の構え。

その構えに一切の乱れはなく、踏み込みと共に振り下ろされ生まれる閃きにも一つの不純物も無く。

 

それは審判の刀華も。

黒鉄一輝とステラの二人も。

戦っているはずの蔵人でさえも。

 

思わず息を呑んで見蕩(みと)れるような───美しく、完成された一太刀だった。

 

 

「秘事の型一番─────《流星(ながれぼし)》」

 

 

その一閃は斬る過程が見えない。

構えた時には、コマの抜け落ちた映画のフィルムのように───微かな煌めきだけを残して刃は既に斬っている。

蔵人の頭頂から股下まで、血光の線が一直線に通り抜けた。

 

眼球が裏返り、蔵人の身体がぐらりと前に倒れていく。

しかし蔵人はその寸前で全力で足を踏ん張り、倒れまいと敗北を拒絶しようとした。

だが外傷もなく精神力で耐えられる幻想形態での攻撃とはいえ、とことん削られた体力で身体を左右に分割するダメージに耐えられるはずもなく────

 

「ちく、しょォ……………っ」

 

仁狼が残心をとる目の前で、蔵人の手から大蛇丸(おろちまる)が消え───猛き剣を支える身体がついに沈む。

胸に入れた髑髏の刺青が、石の床にキスをした。

 

「……こんな強くて、芯のある奴なら……もっと、大きな舞台で()りたかったな……」

 

とはいえ仁狼もガス欠寸前だった。

滝のような汗を流して荒い息を吐き、そうしたらもっと名前が売れたのに、と余計な一言を加えて独りごちる。

倒れ伏す蔵人に投げかけたその言葉は、どちらかと言えば今この場にいる全員に向けられたメッセージだろう。

明月(めいげつ)を納刀し───彼は己の剣を名乗った。

 

 

二天一流(にてんいちりゅう)───詠塚(よみつか)派。……名前だけでも覚えて帰れ」

 

 

「………っそれまで!勝者、去原仁狼!!」

 

 

刀華の審判によって、ついにこの戦いの幕は下ろされた。

少な過ぎる観衆からの歓声はない。

疎らな拍手の中、仁狼はきちんと流派の作法に則った礼をして蔵人に背中を向け、琉奈もそれについていくために観客席を立つ。

出口の向こうに消えていく彼の背中を、どこか哀しそうに見つめながら。

 

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