「擬態に乱撃に速攻に……最後のはフェイントかしら。色々とやり口の手管が多い奴だったわよね。受けるにせよ攻めるにせよ、『相手から今自分がどう見えているか』を完璧に理解してる動きだったわ。まるで相手に自分の目玉がついてるみたいに」
「敵の性格を読んだ上での誘い方も形はどうあれ的確だったよ。ああいう挑発は発想になかったな……あそこまでの老獪さは相当な場数を踏まないと身に付かない」
仁狼と蔵人の模擬戦から数時間後、一輝とステラの部屋。
模擬戦は昼休憩の時間を潰して行われたため、あの後はすぐに授業があった。
当然ながらあの戦いについて語る時間などあったはずもない。一日の課程が終わった後の自室で、二人はようやく存分に意見を交わせていた。
「特に最後の技……《
あの時蔵人は去原くんが構えた刀をはっきりと見ていた。
どんな攻撃が来るかもわかっていたはずだ……回避行動を見せなかったのは、《天衣無縫》でいなそうとしていたからだと思う」
「結果的に回避が間に合いそうな間じゃなかったものね。
その結果が真っ二つというということは、イヌハラの剣速がアイツの反射速度を追い越したからってこと?」
「伯仲していたね。それに剣速もそうだけど、何よりも特筆すべきは
蔵人の《天衣無縫》を相手にああも真っ直ぐ刃を通すには、刀線刃筋に
重く、速く、正確に……あそこまで純粋な一太刀はそう見ないよ。
言動とは裏腹に、彼は外連味の無い真っ当な剣士だ」
称賛混じりの分析が続く。
しかし一輝はそれに続く言葉を、「だけど」と否定の形で接続した。
「あの戦いで去原くんが本領を発揮できていたとは言えないな。正確には発揮させてもらえなかった、だけど」
「どういうこと?」
「蔵人は終始激しく動いていたけど、去原くんは距離を取ったりして極限まで自分の動作を削っていた。にも関わらず、最終的に去原くんは蔵人と同じくらいに疲弊している。
前に出て戦う速攻型にしては体力が少な過ぎるんだ。
あのスピードと乱撃の激しさに惑わされそうになるけれど、彼は明確に
「あの脱力は体力の消費を防ぐ役割もあったんだろうけど、それを許さなかったのがアイツの
自分の剣を貫かせてもらえないってそういえば言ってたわ」
「それにステラ。あの戦いには一つ、僕たちが最後まで見ることが出来なかったものがあるよね」
見れなかったものがある、という指摘にステラは首を捻った。
出し惜しみの余裕があったとは思えない。あの形相を見れば(片方はあまり誉められたものではないが)、二人とも手を抜いているようには到底見えなかった。
あの戦いを脳内で反芻して───ハッと思い当たった。
「イヌハラの
「そう。彼は不利な土俵にもかかわらず、自分の能力は晒さないまま技術だけで押し勝ったんだ。
敵の能力を掻い潜り、立ち回りを駆使して使用を牽制さえしてね」
彼の
もしかしたらランクが低すぎて能力が戦闘に応えうる代物ではないのかも知れないし、あるいは何かしらの事情で使えなかった……あるいは使わなかったのかも知れない。
それが理由なのかもわからないが、いずれにせよ彼は武術の有用性を理解していて───それをあの次元まで押し上げるだけの覚悟と努力が、彼にはあった。
「でもイッキ、イヌハラは本当に体力が無いの?あのラッシュに正面から打ち合ったら、多少の差はあっても同じくらい疲れるのは当然じゃないかしら」
「決着がつく直前の疲労は去原くんの方が上だったからね。その根拠は息の吐き方で────」
───自分が強いことを示す。
一輝やステラ。共に高き所に住まう怪物。
彼らのような人種に興味を抱かれたいのなら、戦えと迫るよりもそれが一番手っ取り早いのかもしれない。
二天一流詠塚派とは───それを最後の議題に、二人の夜はゆっくりと時計の針を回していく。
上半身裸で布団にうつ伏せになる男に、男よりも小柄な少女が跨がっている。
筋肉に沿って這う掌はほんの僅かな凝りを触知し、丹念にそこを揉みほぐしていく。
そこに無駄な力は入っておらず、患部以外の場所には一切の負担をかけていない。細い指先が固まった部分を優しく圧す度に、筋繊維の一本一本が絡まった紐がほどけるように………
なんて描写できれば格好がついたのだが。
「………ルナ。
「……うるさいです。練習中なんです」
まだ不馴れな手付きでぎゅむぎゅむと背中の筋肉を押し込む琉奈に、仁狼が小さく苦言を入れる。
小さく揺れる灰青の髪の毛先が背中をくすぐり、少しくすぐったい。
無くても特に困ったことはないが、いつからか始まったこの習慣。効果の程はともかくとして、こうして戦いの後の身体を労ってもらえるこの時間は仁狼は嫌いではなかった。
「……どうでしたか、倉敷蔵人は」
「………強かったし、それ以上に辛かった……。自分の特性と剣技と
「なぜあんな戦い方を?あなたの能力を使えばもっと楽に勝てたでしょうに」
「
「……そうですか」
戦闘狂め、と小さく呟く琉奈。
生来のシルエットはそのままに、異様に深く刻まれた筋肉の海溝。
指に触れるそれが自分と彼との隔たりのように思えて、琉奈はわずかに爪を立てる。
「……そろそろ休んでもいいんじゃないですか?
一度立ち止まって、他のことに目を向けてみては?
あなたの立場から言えば、少しくらい私の言うことは聞くものじゃないんですか?」
「それは出来ない」
少しだけ琉奈の呼吸が止まる。
高慢な口調とは裏腹にどこか懇願するような琉奈の提案を、仁狼は静かに、ハッキリとそう切り捨てた。
仁狼が無意識に握り締めた布団のシーツがぎちぎちと音を立てて軋む。
「親父の期待を────俺はもう、裏切る訳にはいかない………っ!!」
絞り出した返答は、血を吐くように震えていた。
全身が強張り背中が丸まる。聞こえる音は歯軋りか。
大声で吠えたくなるような抗いがたい衝動を必死に抑えているかのようだ。
ただの一言で脳裏に浮上した傷の記憶。
深々と心に突き刺さった楔は、今も仁狼を幽鬼のように駆り立てていた。
(……ジンロウ。あなたは、いつになったら自分を許せるんですか)
今もはっきりと思い出せる。
伏して泣き崩れる彼とその前に立つ自分。
ただ衝動に任せて言い放った言葉は、彼と自分との関係を決定的に歪めてしまった。
塞がることのない後悔の傷は、今も生々しく血を流し続けている。
(いつになったら────何をすれば、私は許されるんですか)
知らぬまに噛み締めた唇は、いつもの鉄の味がした。
むかしむかしというほどでもない、ほんのじゅうねんとそのはんぶんほどまえのあるところに、ひとりぼっちのおおかみの
おおかみの
ある
そのときからうんどうのにが
しゅぎょうはとてもつらくきびしいものでしたが、そのおかげでおおかみの
もう
やがてつよくなったおおかみの
なかのいいおともをいっぴきだけつれて、おおかみの
これはいっぴきのおおかみのおはなし。
とどかないものにねがってほえる、あるいっぴきのおおかみのおはなし。