二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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されど道は続く

そこは狭く薄暗い個室だった。

明かりは机に置かれた小さな電気スタンドが一つ。

そして個室には椅子に座らされた少女と、彼女を囲むように四人の屈強な中年が立っている。

男たちはいずれもが眉間に皺を刻んだ険しい表情で、前回にもまして怒鳴りながら少女を詰問する。

 

『貴様ぁ!今度は被害者・去原仁狼氏をストーカーしていたな!またしても同じ罪を犯しやがって!!』

 

『そしてまたしても現行犯逮捕!言い逃れが通用しないのはもう理解しているな!?』

 

問い詰める声。

顔に向けられる眩しすぎる電気スタンドの光。

二度目でも慣れる気のしない威圧に潰されながらも、少女は必死に言葉を作る。

 

『ち、違う!確かに誤解されても仕方ないけれど、そんなつもりじゃ決して……っ』

 

『また言い訳かぁああ!』

 

『ひっ』

 

『つけ回す手口は前と同じ!逃げる知恵を付けただけ!学ぶという事を何故しない!?』

 

『反省の色すら見せんのか貴様ぁぁあ!』

 

『もういい拷問にかけろ!自分の立場を思い知らせてやれ!!』

 

『い、いや~~~~~~~~っ!』

 

 

 

 

 

「──────はうあああっ!?」

 

目を開き二度目の天井を見る間もなく、ガバッ!とシーツをはね除けて少女は飛び起きた。

鼻腔をくすぐる薬品の匂いで、ここが医務室だと察する。

どうやら自分は医務室のベッドに担ぎ込まれていたらしい。

脳が状況に追い付いた少女は深く安堵する。

よかった。さっきのはただの夢────

 

「目が覚めましたか?」

 

どこか冷ややかな声が耳に滑り込んできた。

夢から覚めれば待つのは現実。

少女の負傷を治した者の声だ───四肢や臓器の欠損すら元通りに戻してしまうIPS再生槽(カプセル)は、戦いの後でしか使用許可が降りない。

この治療の為だけに()()呼び出された黒鉄(くろがね)珠雫(しずく)が呆れ顔で少女を見つめていた。

その隣には今(?)しがた自分が追跡していた男女二人組が安堵の表情でこちらを見ている。

 

「……何を思ってかは知りませんが、怪我の理由がお兄様に教えを乞おうとした時と同じらしいというのは呆れます。追いかける尻を変えたんですか? 思っていたより軽薄ですね」

 

「し、辛辣……っ!それにその、決して恋愛感情でつけてた訳じゃないし、軽薄というのは心外だ!ボクはね、初めて好きになった人と」

 

「いやいいです聞きたくないです。……それだけ叫べるなら大丈夫そうですね。私はもう行きますので」

 

「あ、うん……治してくれてありがとう」

 

己の名誉を守る弁明に速攻で蓋をする珠雫。

ステラやアリスならいざ知らず、珠雫にとっては特に親しくもない人間の恋愛観など新聞に載っている株価と同じくらい興味のない事だ。

椅子から立ち上がりそのまま出ていこうとした珠雫だが、その前にふと足を止めた。

 

「ああそうだ。去原と言いましたか……あなたの話はお兄様から聞きました。随分と熱烈な挨拶だったと」

 

「………それで?」

 

「あなたの行動でこちらが迷惑を(こうむ)らない限り、特に何を言うこともありません。誰に喧嘩を吹っ掛けるのもご自由に」

 

ですが、と。

 

 

「お兄様に不合理に噛み付きたいのであるならば──まずは、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それだけ言って彼女は医務室を出た。

しんと静かに底冷えのする、氷のような眼光だった。

若干の沈黙の後、仁狼が隣の琉奈に問う。

 

「……あの子は、確か…………」

 

「黒鉄珠雫。黒鉄一輝の妹ですね。

伐刀者(ブレイザー)ランクはB。

魔術師型のスタイルで、魔力制御ならステラ・ヴァーミリオンを上回るとか。

思い切り釘を刺されましたね……どうするんです?下手な挑み方したら彼女の横槍が入りますよ」

 

「……閃いた」

 

「やめてください本当に」

 

一石で二鳥を落とそうと画策し始めた仁狼を本気で止めた。

ここは彼を惹くものが多すぎる……ここまでは何とか制御してきたが、そろそろ独断で突っ走ってしまうかもしれない。

そもそも前回の模擬戦だって温情で棚から落とされたぼた餅なのだ。これ以上やらかして出入り禁止にでもされたら本末転倒にも程がある。

どこかで落ち着かせる時間を作らねばと琉奈は頭を悩ませ始める。

 

「そうだ……ボクは気絶してたんだよね。君たちがここまで運んでくれたのかな?ありがとう」

 

「ああ、いえ、当然の事ですよ。こちらとしても聞きたいことがありましたし」

 

「そうそう……あんたは結局、何で俺達をつけてたんだ……?顔見知りでは、ないよな……名前も知らないぞ俺は……」

 

「あぅ……ぼ、ボクは綾辻(あやつじ)絢瀬(あやせ)。3年生だよ。壁新聞で去原くんの名前を見て、話してみたいなって……そしたら見かけたから、それで……」

 

そんな事を言う割に絢瀬はさっきから仁狼と目を合わせようとしない。

というか首を限界まで捻って目線を顔ごと逸らしている。

それで何かを察した仁狼は、心持ちどんよりした顔で自分の両目を手で隠した。

 

「あっ、いや、そういう事じゃないんだ!ただボクがその、しらない男の子と目を合わせるのが恥ずかしいってだけで……!」

 

「……じゃあ、後ろをついて来てたのは?」

 

「お恥ずかしながら……どうやって話しかければいいのかわからず……」

 

その結果が尾行であるという。

流石に予想外の理由に二の句が継げなくなった。

控え目なんだかアグレッシブなんだか───しかもさっきの会話から察するに、どうやらこの流れは怪我をするところも含めて過去に一度あったらしい。

というか……

 

「待てよ。綾辻絢瀬……綾辻……《最後の侍(ラストサムライ)》の娘ってあんたか!?」

 

あっと声を上げる仁狼。

 

「えっ、ボクのこと知ってるの?」

 

「ルナから聞いてたんだよ……《最後の侍(ラストサムライ)》の愛弟子の娘が破軍にいるらしいって。

いや、びっくりだ。俺も話してみたいと思ってたが、まさかこんな形で話す事になろうとはな。

綾辻一刀流、ウチの道場にも文献や資料が置いてあるよ」

 

「いやあ、ボク自身はまだまだで……。そうだ、道場!記事で読んだよ、去原くんも剣を習ってるんだよね?二天一流ってすごく有名じゃないか!」

 

やや興奮しているのか穏やかに間を開ける仁狼の口調が素に戻り始めているが、『ウチの道場』という言葉に反応した絢瀬の反応も大きい。好奇心が羞恥に勝ったのか、逸らしていた顔がしっかりと仁狼の方を向いている。

名のある者に師事する者はいるが、どこかの流派の名を冠している者はこの学園にはいない(ステラの皇室剣技(インペリアルアーツ)を絢瀬は知らない)。

仲間意識というか同好の士というか、そんな連帯感のようなものを綾瀬が感じるのも無理なからぬこと。

しかもそれが────二天一流。

もはや『剣の代名詞』とすら言える宮本武蔵を開祖とする、剣術の世界の看板ときた。

ストーカー行為はともかく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を抜きにしても───話してみたいと思うのは剣客の端くれとして自然だろう。

 

しかし興奮に胸を弾ませる絢瀬とは逆に、仁狼は無言。

唯一返ってきたのは、琉奈の苦笑いだった。

 

「といっても……詠塚派(うちの流派)はもう、門下生なんてジンロウ一人しかいませんけどね。私の父は、(むかし)気質(かたぎ)の古い人間でしたから……」

 

「えっ……」

 

絢瀬の表情が強張る。

 

「与えるものが鞭ばかりで、およそ現代で教鞭を取れるタイプでは無かったんですよ。

それにウチは伝承のやり方が酷く曲者でして……。

しかも唯一受け継いだのがジンロウなので、事実上の流派の断絶────」

 

「そっ、そんなの駄目だよ!」

 

身を乗り出した絢瀬の大声に二人は目を丸くした。

さっきまでの控え目な顔や仲間を見つけて嬉しそうな顔からは想像もできないような、張り詰めた叫びだった。

 

「門下生がいないならまた探せばいいよ!

去原くんが駄目な理由も、その伝承のやり方がどういうものなのか知らないけど、考えればきっといい方法が見つかる!!

現に……現に去原くんはそんな厳しさを乗り越えて、その剣を追求して強くなったんでしょ!?

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

二人の事情を他人事と思っていないその必死な表情はまるで、何か忘れ難く重いものに背中を蹴られているような───まるで自分自身に訴えるように切実で。

僅かな沈黙の後、刺さるなぁ、と仁狼がこぼした。

 

「……ルナ、行こうか。無事も確認できたし……早くしないと、菓子が駄目になるかもしれない」

 

「………そうですね。では綾辻さん、私たちはこれで失礼します」

 

「あ……」

 

まだ何かを言いたげにしていた絢瀬に、長方形の箱が差し出される。

仁狼と琉奈が持っていた荷物、その中に入っていたものの一つだ。

箱の放送には北海道の銘菓の名前がデザインされている。

 

「え、これは……?」

 

「そういえば探す手間が省けました。

そもそも私たちがここに来た目的は、挨拶回りのようなものでして。

先の模擬戦でジンロウが面倒をかけた方や……これからかけるかもしれない方に贈って回ってるんですよ。

ですので、どうぞ召し上がってください」

 

……これからかけるかもしれない迷惑、というのはつまりそういう事だろう。

壁新聞の記事は加々美からの警告という意味合いで、仁狼が相当なバトルマニアであることも書かれている……最後の侍(ラストサムライ)の愛弟子に彼が挑もうとしない道理はないということは絢瀬も察するだろう。

美味しさが詰まっているはずの箱が有無を言わせない赤紙に思えて、絢瀬の顔が若干ひきつった。

それでは、と踵を返して医務室を出ようとした琉奈が、その出口でふと足を止めた。

 

「そうだ、少しだけ訂正させて頂きます。私たちは……いえ。ジンロウは、終わりが来るのを待っているのではありません」

 

何を背負えばあんな顔ができるのだろう。

過去から今に至るまで、彼女は何と向き合ってきたのだろう

絢瀬に振り向いた琉奈の笑みは、まるで(ひび)の入ったガラスにも見えた。

 

 

 

「───どうしたって()()()()()んですよ。彼は」

 

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