その意味を語ることなく、琉奈は仁狼を追うように医務室を出る。
少しだけ追いかけようかどうか逡巡して、絢瀬は結局その背中に伸ばしかけた手をゆっくりと下ろした。
終われない、という言葉の意味はわからない。
ただそれが示す本当の意味は、他の誰もが触れられないような深い所にあるのだろう。
終われないのだと連れの男を語る彼女は、どこか逆に終わりを望んでいるようにも感じた。
去原仁狼はどこに向けて歩いているのだろう。
彼は何を果たす為に自分を研磨しているのだろう。
それは手の届くものなんだろうか?
強くなることで叶うものなんだろうか?
終われないという彼に───辿り着くべき場所はあるんだろうか?
「…………」
聞きたいことは多々あるが、それは会って間もない自分が踏み込んでいいことではない。
彼が歩いている道は、きっと自分が考えるよりももっとずっと辛く厳しいものだ。
立ちはだかる壁が強すぎて、どうやっても爪すら立てられない。
その先にある譲れないものに、どうやっても辿り着けない。
そんなものにただ一人で立ち向かわなければならなかった辛さならわかるつもりだけど。
その荒涼とした道程を、共に歩いてくれる人がいる仁狼のことを────絢瀬は、少しだけ羨ましく思うのだ。
ぺらり。
「………」
ぺらりぺらり。
「……………」
ぺらりぺらぺら。
「…………………」
「ねえイッキ。さっきから何読んでるの?」
寮の一室に流れる時間は静かだ。
時計の秒針が刻むリズムの中、黒鉄一輝は古びた紙のページを一枚一枚捲っていく。
古い書物だ。
筆で手書きしてある文章は達筆すぎて、古い文体や言葉遣いも相まって日本人でも内容の理解どころか判読すら難しそうだが一輝にとっては昔から読み慣れたもの。
文章を一つ一つ精査しながら読み進めていく。
一輝が書物に向き合ってから既に結構な時間が立っており、傍らにはここまで読破し直した同じくらい年代物の書物が積まれている。
同室のステラは集中している所を邪魔しては悪いとここまで話しかけずにいたようだが、最愛の人との時間がずっと無言なのにとうとう焦れたらしい。
「ああ、歴史書だよ。剣術の」
「随分と年代物ね。内容がさっぱり読めないわ……どこから持ってきたの?」
「いくつか資料室から借りたけど、だいたい僕のだよ。師匠なしで剣を学ぶには、歴史の知識は欠かせないからね」
積まれてある中の一冊を手に取り、その内容の(というか文字の)難解さにステラは唸る。
一輝はざっくり歴史書と言ったが、しかし見たところ剣術の流派の技術の変遷を記したもののようだ。
恐らくは一つの流派につき一冊位だろうか。
しかし、何でまた急に……
「……もしかして、イヌハラの『ヨミツカ派』ってやつ?」
「まあね。恥ずかしくない程度には知識を広めたつもりでいたから、聞いたことすらないっていうのがどうにも悔しくてさ。それでこうして調べてみてるんだけど……どれだけ遡っても、名前の一つも見付からなくて。
『いくら調べても出てこない』っていう日下部さんの言葉は間違いじゃなさそうだ」
高名な流派は時として有力な弟子によりいくつかの流れに分かれる場合があるが、二天一流もその例に漏れない。
病床の宮本武蔵の世話をしていた
それら枝葉から探していては時間がいくらあっても足りない。
豊田景英が著した宮本武蔵の伝記『二天記』から始まるトップダウン方式で情報を探していた一輝だが、どうも成果は挙がらなかったようだ。
ぱたんと本を閉じた一輝が、身体を軋ませながら大きく伸びをした。
「お疲れ様。甘いものでも食べて一息いれましょ?ヨミツカさんがくれたやつあるわよ、ふ◯の牛乳プリン」
「ありがとう。これ北海道の銘菓なんだよね、確か」
今日の授業が終わってしばらくした後、二人は仁狼と琉奈に
スプーンですくって口に入れれば、くどい棘のない深みのある甘い香りが鼻を通り抜けた。
脂肪分の多い層と少ない層、カラメルソースの三層が絡まって織り成す甘味とコクの調和は、適度な苦味をもって純粋な幸福感に纏められている。
これを貰えただけで彼らが破軍学園に来た価値がある、とステラは頬を蕩けさせながら言う。
………しかし、だ。
お世話になるかもしれない人に挨拶回りといえば聞こえはいいが、要するに意味する所は『喧嘩ふっかけるかもだけどこれで許してね』だ。
信頼の足掛かりというよりは手袋を叩き付ける行為に近い。
生徒会にも渡しに行ったようだが、どんな気持ちでこれを受け取ったのだろうか。
「でもそうよね。禄存学園って北海道だし、今は長期休暇中って訳でもないからヨミツカさん達もずっとここにいるわけじゃないし……結局誰に挑むのかしら」
「それに考えてみれば結構な距離をはるばる移動して来てる訳だからね。時間を無駄にはしたくないんだと思うよ。
そう考えれば最初のあの強引さもわからなくはないかな」
「……あ!それで思い出したわ!
アイツ、あっちこっちに同時期に出現してたって話だったじゃない!
アイツが北海道に帰る前に真相を突き止めなくちゃ!」
「ええー……」
全く違うところに燃え始めたステラに一輝が苦笑する。
しかし彼女はそれでこそなのだ。
確かにそいつは強いらしい。
だから何だ、自分の方がずっと強い。
平時でも見え隠れするその傲慢さに、一輝はステラへの愛情を強く自覚した。
その感情が叫ぶがままに彼は動いた。
海を裂き山を割る戦いぶりからは想像もつかないような柔らかく小さな彼女の肩を、黒鉄一輝はそっと抱く。
「そろそろいい時間になってきた。
「………ええ、そうね。お休み、イッキ」
二人は軽く口付けを交わし、最後に微笑み合ってからベッドに入る。
電気を消して暗闇を作り、睡魔を迎える用意は整った。
次の日の事を考えて、心を踊らせながら二人は目を閉じた。
それからおよそ三時間の間。
一輝は衝動的に口から出たこっ