二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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余談ですが『二歩一撃』は実在する技術です。


エンカウント

 

 

「……なあオイ、あれって」

 

「えっ、うわ本当だ」

 

「さ、サインとか貰うか?」

 

「馬鹿やめろって」

 

街行く人々が一様に振り返り、カップルも隣にいる存在を一時忘れて見入る。

雑多な会話の喧騒は二人が通り過ぎた側からただ一色の話題に塗り替えられていた。

注目と好奇心は絶えず、さりとてあの幸せそうな空気に割って入れる猛者がいるはずもなく。結果として二人の世界は守られている。

 

「……流石に視線を感じるな」

 

「気にしなきゃいいのよ。戸惑ってると逆に目立つわ」

 

落ち着かない様子の少年と慣れた風な少女。

徴収される有名税に対する反応の違いは双方の生まれによるものか。

少年が少女と同じレベルの平常心を保てるようになるのはどうやらまだ先になるようだ。

 

「それより行きましょ、イッキっ。デートはまだまだこれからなんだから」

 

弾む心を体で表し早く早くと急かす彼女が、少年にはまるでもう一つの太陽のように見えた。

その輝きに目を(すが)めるように少年は微笑み、伸ばされたその手を握り返した。

 

「そうだね。今日は目一杯遊ぼう」

 

その言葉に嬉しそうな顔をして、少女はその手を引っ張っていく。

ときめきを込めた目線や囁きも二人には届く余地も残ってはいまい。

しかし彼らに対する周囲の注目も無理なからぬ事だろう。

黒鉄一輝とステラ・ヴァーミリオン。

往来が目撃したのは、この世界に存在する恋人同士の中で、世界一有名な二人組なのだから。

 

 

彼等は学生騎士。

与えられた権利と、それ以上の義務を果たすため日夜研鑽を積まねばならない身の上。

ただ能力に任せ高給取りになるという平坦な安定を求めているならまだしも、二人は暇が無くとも自己の研鑽を怠らないタイプだ。

それ故にもともと二人で遊びに行くというイベントをあまり体験できておらず、その上この所大事件が重なったこともあり、今日のデートは久方ぶりの水入らずだ。

久方ぶりになるのはどこかへ出かけようとする度に珠雫の横槍が入るからでもあったが、《七星剣武祭》以降彼女の干渉は減っている。

それは珠雫なりの───肉親でありながら兄を異性として愛した彼女が引き始めた境界線なのかもしれない。

そんなこんなでやっと生まれたデートの時間が今日で、こうして街へと繰り出したのだ。

あちこちの店が家族連れなどでごったがえすお昼時、レストランで注文した食事が運ばれてくる間に二人が話しているのは、さっき見た映画の感想である。

 

「ゲームの中ってだけあってスケールの大きいバトルシーンも凄かったけど、世界観が緩やかに退廃してるだけにストーリーもかなりハラハラしたわよね。ミスリードが上手かったわ。あの男、明らかに主人公を狙う悪役だと思ったもの」

 

「物語の設定が現実の延長線上にあるだけに真に迫るものがあったよね。僕が印象的だったのは日本出身の仲間が初対面のヒロインに向けて会釈したシーンかな。国も人種もバラバラな登場人物の中で、『日本人』を端的にわかりやすく表現してると思ったよ」

 

二人が見たのは仮想現実のゲームを主題にした映画だった。

本来はラブストーリー系でもと思っていたが、生憎R-15+指定の『ほとんどポルノ』と噂の作品しか無かったのだ。

恋人との貴重なデートにそんな生々しいモノをチョイスする勇気は、流石の二人にもまだ無かった。

そんな時に恐竜やら近未来的な乗り物やら巨大ロボやらが所狭しと並んだポスターに釣られたのだからしょうがない。

こうして楽しく感想を話せれば成功だ。

 

「でも最後のワイヤーに吊られてキスするシーンは、いいシーンだったけど少し笑っちゃったわ。『飛んでみせる』って比喩と絡めたのはわかるけど、あそこは普通のキスでよかったと思うわね」

 

「ああ、そこは確かに……。でも何て言うのかな、外国の映画のキスシーンって過激だよね」

 

「お国柄というか、感覚の違いは確かにあるわよね。ああいうの情熱的で私は好きよ」

 

戦いの中で結ばれた主人公とヒロインを思ってか、出された水を飲むステラの頬は緩んでいる。

それを聞いた一輝はこれまで自分が起こしてきた行動を脳内で反芻して、

 

「………ステラも、ああいうのが良いの?」

 

「んぐっっ!?」

 

いきなり放り込まれた質問にむせなかっただけ頑張った方だろう。

気管に入り込もうとする水を必死で押し止めて飲み下し、いきなり何を言うのかと一輝を見て思わず言葉を飲み込んだ。

一輝の目があまりにも真剣だったからだ。

そこでステラはようやく気付く。

自分の返答如何(いかん)によっては、今後自分は完全に被捕食者の立場になってしまうかもしれない、と。

 

「い、イッキ()……あんな風に、したいの?」

 

「……そ、その返しはずるいな……」

 

持っている国語力を総動員したステラの反撃に一輝も怯んだ。

予想外に追い込まれてしまった一輝はどう答えればいいかの判断が咄嗟に思い付かず、いっそ誤魔化して終わらせるべきかとも考えて───

 

いや、待て。

考えてもみろ。

───自分が握っているのだ。目の前の愛しい(ひと)を、如何様(いかよう)にでもする主導権を。

 

そう思って見てみれば、頬を赤らめ上目遣いにこちらを見るステラの顔は、何かを期待しているようで。

一輝の本能が脳の内で大声で怒鳴る。

 

『手に入れるだけでは生温い!』

『心の根すらも支配せよ!!』

『自分以外の存在を認識すら出来なくなる程に!!』

 

ここまでの感情があったのかと自分自身に驚いた一輝だが、その時の彼は果たしてどんな顔をしていたのだろう。

びくりと身体を震わせたステラに、一輝はまさに己の支配欲を解き放とうとして───

 

「あの、お客様」

 

「「っっっ!?」」

 

ウェイトレスの声に座ったまま数センチ飛び上がった。

バネ仕掛けのオモチャみたいなリアクションをされて戸惑ったウェイトレスだが、今は昼のピーク時。すぐに己の職務を思い出した。

 

「申し訳ありません。現在席の空きがございませんので、差し支えなければ、二名様相席させていただいてよろしいですか?」

 

「は、はははははいっ!どうぞっ!」

 

思い切りテンパった返事をするステラと苦笑いして了承の意を示す一輝。

二人が座っているのは、混雑し始めると同時に滑り込むことができた四人用のテーブルだ。

少しばかりの抵抗はあるが、少ない人数で独占するのは気が引ける。それに見知らぬ人と同じ席で食事をせねばならないのは相手も同じ事なのだ。

ウェイトレスが去った後、少ししてその二人組らしい会話が一輝たちのテーブルに近付いてきた。

 

「運がよかったですね。都会の混雑がまさかここまでだとは」

 

「のんびりしたい所だったが、そうは出来そうにないな……」

 

「仕方ない事です。あとあなたは可能な限り目を隠すこと。相手がご飯どころじゃなくなりますから」

 

「無茶を言うなよ……」

 

ん?と二人がある予感を抱く。

それが確信に変わる前に、彼等は現れた。

他のテーブルと隔てる仕切りからひょこりと顔を出した少女は灰青の髪をしていた。

 

「こんにちは。相席失礼しま………」

 

そう言いかけた少女と、他の三人に流れる時間が僅かに止まった。

そして同時に口を開く。

 

「「「「 あ 」」」」

 

 

去原仁狼と詠塚琉奈。

休日の街中、レストランでまさかの遭遇であった。

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