二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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「ステラ」って打とうとしたら「ステラおばさん」が真っ先に予測変換の候補に上がるの何とかなりませんかね


去原仁狼の受難

 

 

 

「……あぁ、その、奇遇だな……」

 

「う、うん。そうだね」

 

「お二方も、その、ここへ遊びに?」

 

「そうね……」

 

……さてどうしよう。

素直に「偶然ですね」と会話の口火を切ろうとしても、そこから先の話題も、止まった空気を動かせるほどの親交もあるはずがない。

何よりもまず仁狼サイドが初会でやらかした挨拶が、意訳すれば『こんにちわ、死ね!』である。

ふ○の牛乳プリンが無ければ即死だった。

 

「……あの、すいません。確実にお邪魔ですね私達……」

 

「いやいや、お構い無く……」

 

二人きりで行動しているらしい一輝とステラを見て全てを察した琉奈は気まずさに縮こまっており、流石の仁狼も居心地悪そうにしていた。

実際に誰も悪くない話ではあるのだが、この状況と過去の経緯を踏まえてそうならない奴は多分、日本の社会には向いていない。

 

「私達もここからそう離れていない宿に泊まっていますので。この近辺で遊ぶのに一番良さそうな場所といえばここだろうと思って来たのですが……」

 

「殴り込みの為にここまで来たんだと思ってたけど、感覚的にはちょっとした旅行なのね」

 

「それはもう。もちろん目的はジンロウの遠征ですが、せっかくの遠出を犬の散歩で終わらせる気はありませんので」

 

キッパリと犬呼ばわりされた仁狼がそっと遠い目をした。

それでも何も言い返さない所を見ると、どうも常日頃というか昔からこんな扱いを受けているらしいことが伺い知れる。

最初に見た時は自由な仁狼に琉奈が引き摺られているようにも思えたが、こうなると振り回されているのは果たしてどちらなのだろうか。

……にしても、まさか街中で出くわすとは思ってもみなかった。

遊びに行こうという目的とその日にち、加えて活動の中心となる地域が被っていれば、まぁ、確かに起こり得る事態なのかもしれないが。

正面切って宣戦布告し、された相手同士が楽しかるべき時間のなかで遭遇してしまった心境はいかばかりだろうか。

 

「お待たせしました」

 

そうしてまごついている内に料理が運ばれてくる。

仁狼の前にはゴツいステーキ、琉奈の前には和風の定食。

一輝の前にはハンバーグが供され、ステラの周囲にはそれら全てを含む肉だ魚だご飯だのがズドンと置かれた。

仁狼に琉奈、双方ともに絶句である。

 

「ま、楽しい時間にお互いに気まずくてもしょうがないわ。せっかくだから皆で話ながら食べましょうよ。()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()

 

「「 は、はい 」」

 

気圧されたように頷く二人。

それでいい、とばかりに頷くステラだが、多分二人が気圧されたのは言葉じゃないなあ……と、テーブルの上をパズルゲームみたいに埋め尽くしている料理料理を眺めながら一輝は思うのだった。

 

いただきますの唱和は全世界共通の文化である。

 

マナーは崩さずに、しかしばくばくと美味しそうに料理を平らげていくステラの幸せな顔を眺めるのは一輝の楽しみの一つだった。

きっとここまで豪快に食べてくれれば作ってくれた側も本望だろう。

しかしあまり横ばかり眺めてはいられない。

一輝も自分の料理を口にしようと前を向いて、そして目の前の光景に思わず固まる。

それに気付いたステラも同じように前を見て、同じように一時食事という行為を忘れた。

 

いただきますの唱和が全世界共通なら、食事の様式は世界において千差万別である。

がしかし、どの国の誰が見てもあの去原仁狼を見れば目を疑ったことだろう。

右手にはナイフとフォーク。そして左手には箸。

仁狼の両手は、和洋折衷の歪な二刀流と化していた。

 

隣の琉奈は箸も何も持っていない。

彼女が口を開ける度に仁狼は左手で持った箸で白米や漬物を、さらに綺麗に魚の皮を剥き、小骨を取り、適切な大きさに切り分けて彼女の口に運ぶ。

そして右手。

人差し指と中指の間にナイフ、薬指と小指の間にフォークを挟んでいた。

薬指と小指のフォークで肉を刺し、ナイフを人差し指と中指で前後運動。二本の指の間でフォークを半回転させ、切り出した肉を口に運ぶ。

食品を処理する工業機械でも見ている気分だった。

琉奈がちょいちょいと仁狼の服を引っ張り、それで仁狼も二人の視線に気付く。

 

「……ああ、気にするな。訓練の一環なんだよ……毎度の事だ」

 

「訓練?」

 

「俺の得物は左右でサイズが違うからな……。扱い方も当然だが別物なんだ……。

並列思考に加えて、両手を同じ水準で指の先まで自在に操れないと……話にならない」

 

言われて見てみれば仁狼が左手の箸で切ってつまんだ冷奴は全く型崩れしておらず、魚が乗った皿も一切身が散らばっていない綺麗なものだった。

ステーキもテーブルナイフで切ったとは思えない程に見事な断面。

何も知らない状態でこれは礼法の権威が食事をした跡だと言われたら信じるだろう。

それらの全く別々の要素が求められる精密動作を左右同時に、平行した目的をもって、右手に至っては実質指二本のみで行うのだ。

純粋な力は勿論のこと。腕から指の末端にかけてのコントロール、感触から得る感覚、情報の同時処理など………なるほど非常に高度な技能を要求される。

両利き(スイッチハンダー)の騎士は数多くいるだろうが、仁狼レベルに器用な者はそういないだろう。

食事時も訓練であるという彼のスタンスには、一輝とステラも成る程と感心せざるを得なかった。

……見た目が少々いただけないのは難点だが。

 

「それだけじゃないですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

口内の白米を飲み込んで琉奈は語る。

 

「ジンロウの剣は『無』の剣です。

気配を消すには、まず気配というものが何なのかを熟知しなければなりません。目線や瞳孔の震えなど、微かな動きからでも相手の意図を推し量る……相手を知ることで己を知る。そのフィードバックこそが剣の根幹を作るのなら、常日頃から行わない理由は」

 

「あ」

 

唐突に仁狼が立ち上がった。

何があるんだと彼が見る方向を見てみれば、そこには両手に料理が乗ったトレーを持ったウェイトレスが歩いているだけだ。

しかし女性の筋力では厳しかったかそれとも繁忙ゆえの疲労か、彼女は唐突にバランスを崩し───そして転ぶかに思われた。

 

「きゃっ───」

 

彼女が料理を駄目にすることはなかった。

僅かに姿勢がぶれたと同時に、仁狼が傾いて落ちそうになるトレーを支えていたからだ。

ウェイトレスが転びそうになったのを見て一輝やステラも助けに入ろうとしていたが、それを脳が命令する前にもう仁狼はそこにいる───凄まじい早業だった。

 

「……大丈夫か?」

 

それは間違いなくウェイトレスの疲労などを案じてのものだった。

がしかし、それに対する彼女の返答は、

 

「ひっ……!?」

 

掠れるような悲鳴だった。

その反応に、仁狼はやや遅れて自分の尋常でない目付きの悪さを思い出した。

腰が引けている彼女の持つトレーからそっと手を離し、もう取り落とす心配はないと判断するとそのまま踵を返す。

そしてそのまま、無言でトイレへと引っ込んでいった。

 

 

「……あの、すいません。ちょっと励ましてきます」

 

「う、うん……」

 

……かける言葉も見付からない。

ひどくいたたまれない空気に、ステラも一時食器を置いた。

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