二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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常在戦場

それから数分。

去原仁狼は琉奈に連れられ、どんよりとした空気を纏って戻ってきた。

慰めの言葉も見付からないが流石に無言でいる訳にもいかず、ステラがおたおたと口を開く。

 

「えっえーと、その、気にする事ないわよ。その、ホラ、アレよ。私たちは、その、わかってるから」

 

「いやいい。いいんだ、皇女様……。昔からこうだから、慣れてるからな……」

 

そう言う割には全く覇気のない声だった。

 

「お察しだろうが……生まれつきの目付きのせいで、店に入ったら、大体あんな反応されるんだよ……。

昔っから人には第一印象でコミュニケーションすら放棄されるし……友達もまともにできねえし、声をかけたら逃げられるし、(ヤカラ)だと思われるし……確かに昔はそうだったけど……ていうか今はそんな奴らからすら避けられて……」

 

「(ああちょっと、嫌な扉が開いちゃったじゃないですか。迂闊に触れないでください)」

 

「(えええっ?ご、ごめん……!?)」

 

慰めがナイフに変わる程度には堪えたらしい。

堰を切ったように浮かんでくる過去にどんどん心のヒットポイントを削られているようだが、一輝たちの側ももはや聞いていてつらい。賑わう店内の中で、一輝たちの席だけが異様に静かだった。

何とか話題を変えねばと焦る面々だが、流れを変えたのは一輝だった。

 

「……随分と回りをよく()()るんだね」

 

固い芯を感じさせる語気。

どこか遠くを乾いた目で見ていた仁狼が、その一言に反応した。

淀んだ空気は消え去っていた。

きろりと目を向け、無言のままに続きを促す。

 

「君が観たのは、ウェイトレスさんの肉体的な負荷や筋肉の活動状況だけじゃない。外的な要因も全て頭に入っていないと、あのタイミングで立ち上がって助けに入るのは不可能だ」

 

常在戦場───周囲の状況を自然に把握しておくのは一流の騎士として当然のこと。

確かに仁狼の速度は目を見張るものだったが、一輝やステラもウェイトレスを最初から目視していれば、同じタイミングで助けに入ることは可能だっただろう。

しかし仁狼は助けに入る前に、一度立ち上がったのだ。

仁狼がウェイトレスを認識してから助けに入るまでに、その分だけタイムラグが生じている。

つまり向こうを歩くウェイトレスが、あと数秒の内に転ぶのを予見していた事になる───あちこちに意識を緊密に走らせねばならない訓練の最中にだ。

 

「並列思考の広さと深さが尋常じゃない。正直、君の感じている世界がどんな物なのか、想像すら難しいよ」

 

「……自分を空っぽにすることを第一にしてるからな……自分の中に感じるものが無い分、他人の情報に鋭敏になるんだよ。

けど、言ってみりゃ俺のは回りをよく見てる()()だ………。誰ぞの()()()()()()()()()()()()()()なんて神業と比べたら、とてもとても……」

 

謙譲の皮を被った静かな鞘当てに二人の目が(にわか)に蛮性を宿し始め、二人の会話を聞いていたステラの背に軽く戦慄が走る。

外的要因と相手の状態の完全な把握───それは《七星剣武祭》決勝で、一輝が自分との決戦に向け、一晩かけて持っていったベストコンディションに匹敵するのだから。

そのレベルの洞察力を、仁狼は訓練の片手間で発揮していたのだ。

去原仁狼と倉敷蔵人の決闘で、その最後、蔵人が大蛇丸(おろちまる)をどれだけ伸ばしてくるかを正確に予知してのけていたのを思い出す。

 

「それともうひとつ。助けに入ったあの動きで、君の『天性(さいのう)』というものがわかったよ」

 

「……へえ?」

 

「詠塚さんの話によれば、去原くんは『脱力によるリミッター解除』と『反射運動による全身の連動』、この二つの要素であの剣速を叩き出しているんだよね。

だけど、これだけだと蔵人の神速反射(マージナルカウンター)による全力のラッシュに正面から対抗できた説明がつかない。

加えて《濤切(なみきり)》や二歩一撃……《無拍子(むびょうし)》のように、走るんじゃなくて点から点へと跳ぶような動きを主体とした技。

僕が見たところ、これらは身体を動かすタイミングが厳密に定められたものだ。

一度にワンアクションしか起こせない反射運動は利用することができない。

つまり、()()()()()()()()()()()()()()

 

あの時の状況的には弱いけどスタミナの少なさも根拠に挙げられるかな、と。

獣が獲物を値踏みをするような目で仁狼は一輝の考察を聞き続けている。

 

「以上の理由から、君の天性は───『全身に占める白筋の割合の高さ』だと見たけど、どうかな?」

 

身体を動かす骨格筋には二つの種類がある。

力は少ないが持久力に優れる『赤筋』と、(ちから)や瞬発力はあるが持久力のない『白筋』。

身体についたこれらの割合は先天的なものであり、赤筋が多ければ持久走、白筋が多ければ短距離走が得意という風におおよその運動の向き不向きに関わってくる。

つまり仁狼の身体は『短距離走型』なのだ、というのが一輝の結論だった。

 

「……成る程、流石は《七星剣王》。照魔鏡の看板に、偽りは無しか……」

 

面白そうに肩を揺らし、仁狼は笑う。

 

「その通り、俺の特徴はそれだ……。ただな、ひとつ訂正しよう……『割合の高さ』っていうのは、ちょいと間違いだ。……俺のは、割合もクソもない」

 

「……。まさか」

 

 

「そのまさかだ。俺の骨格筋は全て………最上級の白筋のみで成り立ってる。

白色総身(ホワイトカラー)》……それが俺の天性だ」

 

 

明かされた答えに、一輝とステラは思わず息を呑む。

道理で速いはずだ───道理で疾いはずだ。

理想的な型で筋力を正しく相乗させることにより剣速は増す。その筋肉が全て速度と力に特化した特別製であるならば、振るう太刀筋は悉く最速のその先に至るだろう。

何と稀有な体質であるか───

いくら努力を積もうがどうにもならない領域を与えられた、まさに天からの贈り物(ギフト)

しかし、羨まれるべき才を持つ当の仁狼は言う。

 

───この体質には、あまりいい思い出はない、と。

 

「こんなピーキーな身体なもんだから……ガキの頃は、歩く事すら難しくてな……すぐバテる上に、()()()()()()。足を動かしたら。それを馬鹿にしてきた奴とケンカになろうものなら、殴った相手に大怪我をさせた事も何度かある……。

ハハ……友達がいねえのは、目付きのせいじゃねえかもな……?」

 

「…………、」

 

自らを嘲って嗤う仁狼の痛みにより共感できたのは、一輝ではなくステラだろう。

強大な己の力を制御するために、間違っても他者を傷付けないために───その訓練の過程で、彼女は何度も死に瀕するような大火傷を負った。

もし自分の未熟さが人を傷付けたら、なんて想像するだけで背筋が凍る。

ましてまだ幼かった当時の仁狼には、それがどれだけ深い傷として残っただろう。

 

「(……本当、親父に拾われてなきゃ俺は……)」

 

微かに聞こえた独り言を、一輝は聞かなかった事にした。

父親というワードに反応しかけた心に蓋をして、一輝は己の疑問の核心に迫る。

 

「……とはいえ、君は生まれ持った才能を今、完全に自分のものにしている。蔵人との戦いでも、君は多分、氷山の一角程度の実力も見せてはいないだろう」

 

仁狼がなぜ剣の道を極めようとしているのかはわからないが、彼には持って生まれた天性があった。

そしてそれを鍛えるのはもちろん、維持するだけでも彼は誰よりも繊細な訓練を行っているのだろう。

白筋はトレーニングによって赤筋に変えることができるが、赤筋はどんなトレーニングを行っても白筋には変わらないのだから。

彼の実力と天性を霞むような高みに押し上げているのは、紛れもなく彼が積み重ねた血と努力だ。

……だからこそ。

 

「だからこそ気になるんだ。《七星剣武祭》は、去原くんにとっても重要な舞台だったと、そう聞いた。

君ほどの剣客が、学園の選考に落ちたとは正直考えにくいんだよ。

去原くん。君はどうして、《七星剣武祭》出場しなかった……いや、()()()()()()の?」

 

踏み込んだ質問だったのかも知れない。

言葉に詰まった仁狼が少しだけ目を伏せた。

口にするのも躊躇うその様に、一輝は己の浅慮を悔まざるを得なかった。

……ごめん、無理に答えてくれなくても───

一輝がそう謝罪しようとした時、口を開いたのは仁狼ではなく詠塚琉奈だった。

まるで身内の恥を話すように、眉間に皺を寄せながら───

 

 

 

 

「 留 年 が 決 ま っ た か ら で す 」

 

 

 

 

……瞬間、空気が止まった。

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