二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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枯れ尾花

「失望の反動だったんでしょうね。《騎士学園》への入学は、強くなって名前を売ることしか頭にないジンロウにとって待ちに待ったイベントでしたが……入学した時点で、殆どの生徒が相手にならないという状況でしたから。

停滞を防ぐために知識と実績のある教師、あるいは既に頭角を現していた生徒に決闘を挑み続け、朝から晩まで修行に明け暮れていたんですよ。

………()()()()()()()()()()()

 

頭を抱えて突っ伏す仁狼。

小声でやめろやめろと呟いているのも聞こえているはずだが、よほど思うことがあるのだろう。琉奈の舌鋒は止まらない。

 

「目についた道場の看板に片っ端から喧嘩を売って、強い生徒の話を聞けば即座に殴り込んで……その相手から得るものがあると思えば転校までして決闘を挑み続け、経験値を吸収するだけしたら別の学園にまた転校。

《送り狼》なんて揶揄されてましたけど、相手からしたらちょっとしたホラーですよ。

───単位が出る訳ないでしょう、こんなバカみたいな脳筋生活で」

 

「け、けど、実力があればそういうのはあまり関係ないんじゃないかしら?ほら、《剣士殺し(ソードイーター)》だって同じような事してたじゃない」

 

「あのレベルまで礼儀を捨てさせてはいませんが、確かに、良くも悪くも実力第一の世界です。素行不良でも実力があれば出場が叶うのが唯一の救いだったはずなのですが……修行目的の放浪が(あだ)になりました。

仮にジンロウが出場したとして、そこで《七星剣王》になってもなれなくても、それでまたどこかに出ていかれたら(コト)なんですよ。

『《七星剣王》を擁する』というブランドが失われることになるか、 『有力な生徒が見限るほどに教育体制が悪い』と思われるか……いずれにせよ、学園の体面に大きく関わってくる。

学園側もそんな見えてる地雷に山を張る訳にはいかないという訳です」

 

全てに合点がいった。

同時期にあちこちに出没が確認された、というのはこういう事だった訳だ。一年もの間活動の話を聞かなくなったというのは、言った通りに一所で勉強にも注力していたからだろう。

確かにその説を考えないではなかったが、本当に短期間での転校を繰り返していたとは……本末転倒と言ってしまえばそれまでだが、それだけ直向(ひたむ)きに強さを求められる彼の動機とは何なのかが少しだけ気になる。

だがズルズルと椅子に沈み込み、今にも死にそうな呻き声を上げている仁狼を見るとちょっと質問とかできるカンジではなさそうだった。

 

「という事は、ヨミツカさんは普通に二年生なのね」

 

「いえ、同じ一年生ですよ」

 

「えっ?」

 

「私も同じく留年(ダブり)です。私もジンロウについて回っていたので、単位が足りてなかったんですよ。自主勉強はしていましたが」

 

あるいはこの反応にも慣れているのだろうか。

琉奈はやれやれと仕方無さげに笑う。

 

「ま、基本的な方針を全て任せているのは私ですからね。……()()()()()()()()。私が見ていなかったらこの男、色々と駄目なんですから」

 

───流石に耳を疑う台詞だった。

彼女は頭が冷静な側だ。学業を蔑ろにしていることに自覚がない訳ではなかったはず。

ここにきて二人は去原仁狼ではなく、詠塚琉奈に得体の知れない何かを感じつつあった。

それを共依存に陥った片割れの言葉だと字面通りに断じるのは簡単だ。

だが二人は形だけは笑みに見えるその瞳に、一瞬、気圧されるような重圧を感じた。

まるで波の隙間から、海中に揺らぐ巨大な影を垣間見たような──

 

「そんな訳で、今は禄存に腰を落ち着けて勉強中です。仁狼に修行と勉強を両立させるのは大変でしたが、なんとか成績の目処が立ったので、今回の殴り込みはそのご褒美といったところですかね」

 

「ルナの問題に口頭で答えながら訓練してるからな……並列思考はこれに鍛えられた節はある。

……おかげで、剣を振りながらじゃなきゃ勉強が頭に入らない身体になっちまったけど……」

 

「……+-ゼロでちょうどいいんじゃない?」

 

───母性かな……?

勉強の世話もしてもらっているようだし、仁狼の負い目はただごとではないはずだ。なるほどこれは粗雑な扱いにも文句は言えまい。

私が育てた的なそこはかとない琉奈のどや顔に若干の後光すら見えてきたが、それとは対称的に立つ瀬が無くなった仁狼が十字架を掲げられた悪魔みたいに縮こまっているのが少し笑えた。

蛮性の権化ともいうような当初の空気はどこへ行ってしまったのだろうか、完全に頭が上がらないらしいその姿に、一輝はステラの故郷で見た彼女の父親を思い浮かべた。

すると今のやりとりのどこかが何かの記憶に引っ掛かったのか、ああそうだ、と琉奈は思い出したようにぺちんと両手を合わせる。

 

「そうでした。ついて回るといえば、お二方は(かね)てよりお付き合いをなさっているという事で、この機会にステラさんにお伺いしたい事があるのですが」

 

「私に?何かしら?」

 

 

 

「その、黒鉄さんはどのくらいの性欲をお持ちになっているんでしょうか?」

 

 

 

淀みなく核弾頭を特攻(ブッコ)んできた。

仁狼が化け物を見る目で琉奈を見て、一輝の喉からゴギュッと変な音が鳴る。

 

「……へぇっ? せっ、せせ、性、性欲ぅ!? イ、イッキの!? 何で!? なんっ……何で!?」

 

「いえ、その……私たちはどこにいても二人暮らしなのですが、年頃の男の子にしてはジンロウは薄いというか。

わざと脱衣場に下着を放置してみても、お風呂上がりに裸で遭遇してみてもアクションがなく……。

私ジンロウ以外の男の子とあまり深く接したことが無いもので、ずっとそれが普通なのかなと思っていたのですが、やはりどうにも枯れていると人に言われまして。

実際どのくらいが『普通』かを知るには、やはり恋人がいる方に聞くのが一番だと」

 

「無防備過ぎると思っちゃいたが……お前あれもこれも全部ワナか……!!」

 

「こっちだって反応がしょっぱいと腹立つんですよ」

 

愕然とする仁狼に対して、つーん、と琉奈がそっぽを向く。

こうなると自分が取り付く島がないことをよく理解している彼は、ため息を吐きながらステラに助力を求めた。

 

「……皇女様。何とか言ってやってくれ……皇女というからには、お淑やかなんだろう……? その辺の嗜みというものをこいつにだな……」

 

仁狼の予想は正しいには正しい。

彼女は嫁ぐのが仕事と言ってもいい第二皇女。

皇室の名を貶めないよう、確かにステラは礼儀作法を高いレベルで身に付けている。

身に付けているが………

今までの自分の言動がお淑やかかと言われると……

そのー……

 

「…………、………」

 

自分を偽れないステラが目を泳がせて視線を逸らす。

 

「……。皇女様?」

 

「ふふ、アテが外れましたねジンロウ。破軍の生徒からの情報によれば、彼女は公衆の面前で自らを黒鉄さんの下僕であると公言して憚らない人。正真の(メス)といって良いでしょう」

 

「だ、だだっ、誰がメスですって!? ていうかそれを言うならあんたもやってる事は似たようなもんでしょうが!!」

 

「いや、私のは慎ましく待つタイプです。あなたみたいに肉欲全開のやつではないです」

 

「むぎぃぃぃいいいいいいいっ!!!」

 

ぎゃーぎゃーと一気に騒がしくなるテーブル。

つついた分が倍になって返ってくるステラが面白いのか、一輝の性欲云々を追及しないでいる所を見ると琉奈はどうやらイジる方向にシフトしたようだ。

ステラをからかって楽しそうにしている琉奈にちょっとだけ驚いた仁狼だが、元々厳格な父親がいない所ではこんな感じだったことを彼は少し久し振りに思い出した。

 

そういえば、彼女がこんなノリで人と話すのはいつぶりだろう。

仁狼はイジワルな笑みを浮かべている琉奈を横目で見つつそんな事を思った。

 

仁狼が見ている普段の彼女は、いつも彼の半歩後ろに付き従っている。

進む方向を整えて、やらかしをフォローして……そこまでしてくれた彼女を共に留年(ダブ)らせた時には、己の馬鹿さ加減を本気で呪った。

『もう俺に着いてこなくていい』───

幾度となく口にしてきた言葉だが、その時のそれは最早懇願に近かった。

しかしそれに対する返答はいつもと同じで、仁狼はその一言でいつものように黙らされる。

───『お断りします』。

 

ついぞ彼女は変わらなかった。

自分には欠片も得るものの無い従者のような役割を、今日に至るまでずっと果たし続けている。

そうする理由は、かつて聞いた。

だけど未だに納得できていない。

鉛のようにのしかかる負い目と何だかんだの有り難みに口を塞がれてこの状況に甘んじてしまっている。

 

ここまでしてもらう資格など無いのに。

 

 

全ては、(じぶん)のせいなのに。

 

 

「ふ、ふふふ……シズク以来よ、ここまでアタシに好き放題言ったおバカさんは……っ!」

 

「あっ、まずいやり過ぎました。黒鉄さん、止めて下さい。あなたの()(ひと)がご乱心です」

 

「どの口で言ってるのそれっ!?」

 

「あー、じゃあジンロウ、助けて下さい。《紅蓮の皇女》と戦えるチャンスですよ」

 

「オーケー乗った、じゃねえよ!!炎上させた後始末を俺に投げんな!!」

 

 

 

 

突如、危機感を煽る音の塊が鼓膜を叩いた。

 

 

道路を四輪の足で駆けるのは、白と黒に塗り分けられた車両の群れ。

大挙して押し寄せるサイレンが、レストランを通り過ぎドップラーを残して消えていく。

その数を見れば、今起こっている何かが尋常の事態でないことは容易に見て取れた。

その不穏さに会話を止め、パトカーが視界から消えた先をじっと見つめる四人。

───嫌な予感がする。

他人事ではいられない、何か大きな災いの予感が。

 

かくてその報せは来る。

一輝とステラの生徒手帳が、一斉に非常用の金切り声(アラート)を上げた。


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