二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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狼煙

 

 

 

『話は聞いている。そちらはどうなった?』

 

「破軍と禄存の学生騎士合わせて三名が現着しています。()()実績に申し分無し、遠からず鎮圧するでしょう」

 

色の入った眼鏡をかけたロマンスグレーが執務室で受話器を手に取っていた。

電話の相手は風祭晄三(こうぞう)───《風祭財閥》総帥にして《解放軍(リベリオン)》の《十二使徒(ナンバーズ)》、表と裏双方の世界に君臨するエコノミックモンスターである。

そんな世界の操舵手と会話しているこの男も無論並大抵の人物ではない。

そんな大物同士が話し合わなければならないほど、今回の事件は根が深いものだった。

 

「しかし三ヶ所で同時にテロ……ですか。規模だけで言えば、日本国内では前代未聞ですな」

 

『こちらの()()がどうにも荒れていてな。私としても全く意図していない動きだ。無視できない混乱の芽が急速に育ちつつある』

 

「混乱の芽、とは?」

 

そう問いはすれど、男にはそれが何であるか大体の見当が着いている。これはただの確認作業だ。

そして晄三の答えはやはり男が予想した通りのものだった。

 

『新たな《魔人(デスペラード)》だ。それが誰なのかはお前も把握しているだろう』

 

「……やはり、ですか」

 

溜まった憂いに押し出されるように、男は重く息を吐く。

 

『悪徳組織を制裁するかのような鏖殺の数々で度々話に上る男ではあったが、《覚醒》を境にさらに暴れるようになった。

解放軍(リベリオン)》本部の壊滅の後、残っていた各地の人員や使えそうな人材を持っている組織が次々と踏み潰されていてな。

無論彼らも全力で抵抗したし、何度か始末するために動いたが、その全てが返り討ちだ。

覚醒(めざ)めたばかりとはとても思えん。そこいらの強者では相手にもならんらしい。

今回のテロは、そうやって立ち行かなくなった組織が徒党を組んで博打に走ったものと思われる』

 

「つまりは金、ですか。その彼との交渉は可能ですか?」

 

『やるしかない、が損得では釣れんな。あれは思想犯の類いだ。奴の価値観や主観に合わせて落とし所を探すしかない。

近い内にこちらから出向くことになる。準備しておけ───他の《十二使徒(ナンバーズ)》が動き始める前にな』

 

「承知しました」

 

それで会話は終わった。

脳内でスケジュールを調整しながら、男は椅子を軋ませて顔に深く皺を刻む。

《連盟》と《同盟(ユニオン)》、そして《解放軍(リベリオン)》。

世界のパワーバランスを保つには、この三役のどれも欠けさせてはならない。

だが、《解放軍》の本部は既に悪逆の人形師の手により壊滅している。

速やかに組織を立て直さねばならない……そんな時に、このイレギュラーの出現だ。

もはやこの星の流れは既に破局へと決定付けられているではないか、そんな事すら男は思う。

───あの学生騎士たちの祭典で、新たな希望の可能性を見た。

しかし直後に混沌の芽は現れた。

さながら強い光の下により色濃い影が生まれるように。

ならば、一国の長として座視している訳にはいかない。

 

「……一にも二にも、まず情報だな」

 

若い未来に希望を託し、自分は一線を退(しりぞ)いた。

だが、自分の戦いはまだ終わっていない。

心と表情を締め直し、日本総理大臣・月影漠牙は椅子を立った。

奈落の淵に立つこの世界を、それでも元に正す為に。

 

 

 

 

「……やっぱうるせぇなコレ……」

 

かつてはイケていると思ったものだが、冷静になった今となってはただの公害でしかない。

明らかに過剰なエキゾーストノートを空気に叩き付けながら仁狼は全速力でバイクを駆る。

仁狼の向かう先は大型のショッピングモール。

法定速度を行動をもって無視している内に、数分でそれは見えてきた。

何台もの警察車両がバリケードを作るように並び、大勢の武装した警察官がその周囲を固めている。

特殊部隊の類いが到着するにはまだかかるだろう。

つまり自分が全て片付けねばならないという事だ───

排気音で仁狼の接近に気付いた警官たちが駆け足で近寄ってくる。

 

「学生騎士の方でよろしいですか?」

 

「連絡は来てるか? 禄存の(もん)だ。生徒手帳見るか?」

 

「いえ、お話は伺っておりますので!感謝します!こちらへ!」

 

敬礼して迎えた警官の後ろについて、仁狼は騒乱の中心へと近付いていく。

 

「状況は」

 

「人数は不明、利用客を人質に取って立て籠っています。要求の類いはまだありません。……そして、あちらを見てください」

 

警官の指し示す方向を見た仁狼は僅かに目を見開いた。

石やコンクリートの地面に、まるでアイスクリームディッシャーで抉られたように巨大な穴がいくつも開いていたのだ。

地表を埋める残骸から、この穴が爆発により開けられたものだということがわかる。

パッと見タコ焼き機みたいだな、と仁狼はやや呑気な感想を抱いた。

 

「一応聞くが……ありゃ発破(ハッパ)じゃないよな」

 

「目撃者の証言によると、『黒いフードの男が手を翳した瞬間に爆発が発生した』との事です。

───恐らくは《使徒》、かと」

 

そりゃいるよな、と仁狼は思う。

解放軍(リベリオン)》の構成員は《信奉者》と《使徒》の二つに分類される。

組織の大半を構成する《信奉者》は武装したタダの人間。

そして《使徒》───《伐刀者(ブレイザー)》だ。

相手にする上で一番厄介な要素である。

これのせいで警察はどこにでもいる訳ではない公的機関の伐刀者(ブレイザー)を呼ぶしかなく、その間に彼らは好き勝手やっていく。

幸いな事に今回は仁狼や一輝が近くにいたが、状況はまだ好転したとは言えない。

人質の人数も不明、敵の人数も不明。

《使徒》と《信奉者》の割合も不明。

こんなもの当たり前すぎてもはや前提条件ではあるが、面倒なことに変わりはないだろう。

 

「ん……」

 

賊の侵入経路を考えていた仁狼は、警官たちの頭の隙間からショッピングモールの入り口を見た。

透明なドアの向こうに武装した男が二人。

それぞれ人質を連れており、恐怖の涙を流す彼らに銃を突き付けこちらを睨んでいる。

───近寄るな、という事か?

 

「あの通り、全ての出入口にはああやって人質を連れた兵が張り込んでおり、突入は困難かと。今まで説得を試みてはいますが……」

 

 

「わかった。じゃあ行ってくる」

 

 

「えっ、ちょ……、っ!?」

 

ふらりと歩きだした仁狼を慌てて追おうとした警官だが、追おうしていた仁狼の背中がいきなり目の前から消えた。

()()()()()()()()()()()()()()

仁狼はそのままスルスルと警官たちの隙間を通り、人質を持ったテロリスト二人と警官隊が睨み合う狭間の空白地帯に抜けた。

ゆらり、ゆらりと彼は歩く。

メガホンを手に説得を試みる側も、人質を盾に動かない側も、誰もそれを見咎めない。

誰にも認識できていないのだ。

彼は今、この場にいる数十人全員の意識の狭間にいる。

───固有霊装(デバイス)鏡月(きょうげつ)》。

いつの間にか右手に刀、左手に脇差を顕現させた仁狼は、とうとうドア越しにテロリストの前に立った。

そこでようやく、テロリストは異変に気付く。

……いや、気付く暇はあったのだろうか。

 

脳がオーバーヒートを防ぐために不要と判断した感覚情報の中に自分の身を滑り込ませ、自分を認識できなくする技術。

《抜き足》。

周囲の気配を感じ読み続ける事を日常とした仁狼にとって、それは自力で発見し、しかし名前すら着けていない当たり前すぎる技術だった。

 

こん、と軽い音。

テロリスト二人が《幻想形態》の刃で額から上を斬り落とされた際、一緒に斬られた入り口のドアが立てた音だ。

 

「かぺっ?」

 

おかしな声と共に崩れ落ちるテロリスト。

取り落とした銃は地面に落ちる前に、適切な箇所をまた鏡月(きょうげつ)によってドア越しに切断され暴発を防がれた。

自由の身になった人質二人は、何が起きたのか理解できていない。

混乱する彼らを前に仁狼は刀二振りを鞘に収め、その場に屈んで(髪で目元を隠しながら)目線を合わせる。

 

「助けに来た。大丈夫か?」

 

「え、あ………、え?」

 

伐刀者(ブレイザー)だ。助けに来た。大丈夫か?」

 

「あ、ああ……ああ!ありがとう、本当にありがとう……!」

 

「怖かった……怖かったぁ……!」

 

一言ずつハッキリと繰り返すと、ようやく彼らの混乱は解けた。

恐怖の涙が安堵の涙に変わる。

励ましの言葉の一つくらいかけてやりたいが、残念ながら時間がない。聞かねばならないことがある。

 

「知っているなら教えてくれ。お前らの他にも人質はいるか? パッと見でどの位敵がいた?」

 

「ひ、人質? え、っと……俺達の他にも、三十人くらいいた、かな……。吹き抜けのある一階の真ん中……かな? に集められて……俺達はその中から適当に選ばれて、ここまで連れてこられたんだ……」

 

「向こうの人数は……ごめんなさい、わからないです……。けど一人、回りと違う黒いフードを被ってた人がいて……」

 

「! 他に回りと違いそうな奴はいたか?」

 

「いえ、他には、多分……いない、かな?って……ごめんなさい……」

 

「いや、二人ともありがとう。助かった。

……ほら、行って保護してもらえ。もう自由だ」

 

「「 は、はい! 」」

 

警官隊の待つ外へ駆け出していく二人。

思っていたよりもかなり有益な情報が聞けたことに、仁狼は内心でガッツポーズをした。

これでおおよその戦力の判断がつく。

転がっているテロリストも外に蹴り出し、ついでに片方から頭と胸に付いている通信機を奪って自分に装着。

既に仁狼の頭はフル回転を始めていた。

戦力差、敵の能力、懸念事項など全てを脳内でリストアップして考察、結論をまとめて仮想の全体像を組み上げていく。

 

「さぁて………始めようか」

 

一言己を鼓舞すると、仁狼はショッピングモールのさらに奥へと足を進めていく。

日常を乗っ取った悪意の巣窟に、一匹の狼がその爪牙を突き立てんとしていた。

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