二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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それぞれの戦い

テロリストに乗っ取られた三ヶ所の内の一つ、大企業の本社。

ステラはその屋上に立っていた。

静かに目を閉じ、徒手空拳のまま佇んでいる。

殴り込むなんて真似はしない。

彼女が今行っているのは、魔力による索敵だ。

己の意識を通した魔力を、気取られぬ程に薄く企業のビルの中全てに行き渡らせ、それを通じて彼女は全てを把握する。

それぞれの階にいるテロリスト達や、銃口を突き付けられ震える人達。

どこにどんな人間がどれだけいるか、武器や顔立ちに至るまでステラには全て見えていた。

そしてとうとう彼女が動く。

だが彼女は自分の固有霊装デバイスである大剣、《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を顕現していない。

理由は単純。顕現するまでもないからだ。

準備を終えて、合図するようにステラはパチンと指を鳴らす。

 

 

「燃え尽きなさい───《赫灼の心臓(アンタレス)》」

 

 

それで、おしまい。

 

ビル内にいたテロリスト達()()が、摂氏三千度以上の爆炎に体内から呑み込まれた。

 

薄く広げた魔力を操り、口や鼻などの穴から敵の体内に潜り込ませる。

そして広げた魔力のラインを通じて、潜り込ませた魔力を一気に増幅───敵を体内から焼却する。

罠としての性能もさることながら、対象以外の一切に被害を出さず、魔力による索敵から苦もなく繋がるため、こういう複雑な条件が絡んだ戦いで真価を発揮する伐刀絶技(ノウブルアーツ)だった。

《幻想形態》による刃引きは行っているが、太陽の黒点に比肩する熱に体内を蹂躙されているのだ───無傷とはいえ、向こう数日はテロリスト達が目を覚ますことはないだろう。

現場に到着してからおよそ2分程度で制圧を完了したステラは、次にどこのカバーに入るべきかを考える。

 

(やっぱりイヌハラかしら?)

 

やはり真っ先に浮かぶのは一輝だが、彼には既に詠塚琉奈によるバックアップがある。

となれば単身で事にあたっている去原仁狼の元へ向かうのが最善に思えた。

が詠塚琉奈は一輝に『能力的に一番不向きなのはあなた』と言っており、それはステラも同意するところだ。

一輝の伐刀絶技(ノウブルアーツ)は強力だが甚大な代償を伴うため、敵側の情報が不透明なこういう状況ではほぼ自分の技量のみで対処せねばならない。

だが、一輝が伐刀絶技(ノウブルアーツ)を使わなければならない手練れと対峙している可能性はもちろんある。

そうなればいよいよ人質の命が危うい。

彼の能力は尖っているが故に、使用できる状況に条件があるのだ。

そういったことを踏まえ、能力的に不向きだと琉奈は一輝の支援に回った。

裏を返せばそれは、去原仁狼の能力はこういった状況に生かせるものだということではないか?

 

「……よし。イッキのカバーに入って、イヌハラはその次ね」

 

とりあえず自分の判断と仁狼の実力を信じることにして、下の警官隊に制圧完了の旨を伝えてステラは再び空に躍り上がる。

何にせよ迅速に終わらせなければならない。

紅蓮の翼が残す軌跡が、一直線に空を裂いていった。

 

 

 

「ふっ────!!」

 

鋭い呼気と共に黒刀が閃いた。

背後の物陰から音もなく現れた刺客に反応など出来るはずもなく、武装した男のツーマンセルの背中に一続きの赤い線が刻まれる。

纏めて一刀で斬り捨てられたテロリスト二人の意識が絶たれている事を確認し、不気味な沈黙を保つ中を再び歩き始めた。

 

「よし、二人片付けた」

 

『お見事です』

 

ポケットの生徒手帳から聞こえてくる詠塚琉奈のナビゲーションに沿って、黒鉄一輝は百貨店の中を《隕鉄(いんてつ)》を構えつつ慎重に進んでいく。

こういう複雑な状況に臨んだ経験は過去に一度しかなく、鎮圧はしたもののハッキリ言って満足な過程ではなかった。

無論あの時とは実力に天と地ほどの差はあるが、今回は自分単機。

自分を含めて四人も伐刀者(ブレイザー)がいながらああも自由に動けなかったという苦い経験が、尚更に一輝を緊迫させていた。

しかし、今。

そんな余分な緊迫は、完全に雲散霧消してしまっている。

 

『三階のフードコート前に三人。気が緩んでますね、お喋りしてます』

 

『あっ、気を付けて。曲がり角から二人歩いてきてます。鉢合わせますよ』

 

『引っかかる巡回が少ないですね。どこかに人質と一緒に固まっているようです』

 

(これは凄いな……すごく楽だ)

 

彼女のナビの正確さに一輝は驚嘆する。

与えられる情報は全てをリアルタイムで、敵の所在や人数、時に武装の種類まで押さえてくる。まるでゲームを攻略本を見ながらプレイしている気分だ。

一輝はただマッピングするように足を進め、位置が明らかになった敵を気付かれないように不意討ちで斬ればよかった。

不意討ちで、というのも「バレない内に数を減らしましょう」という琉奈の指示によるものだ。

 

「ありがとう、本当に助かってるよ。……でも、『視界を操る能力』でどうやってこんな事をしてるの?」

 

『あなたにくっつけた私の魔力を中継地点にして、あっちこっちに魔力を飛ばして索敵してるんです。

その範囲に引っ掛かった人間の視界にアクセスして、そこから視覚的に得られた情報を伝えています。そう難しいことではないですよ』

 

いや難しいからそれ!!

と叫びそうになるのを我慢するのに少し努力した。

インターネットのサイトで見取り図を見て内部構造を把握したらしいが、それを現実の、しかも第三者視点……断片的な視覚情報を脳内のマップと擦り合わせ『何階のどこか』まで正確に判断するには、かなり頭を使わねばならない。

しかもかなり遠くにいる一輝まで魔力のラインを繋げ、そこから伐刀絶技(ノウブルアーツ)を遠隔で使用するなど、並大抵のコントロールと集中力では不可能だ。

そしてその上で一輝やテロリストたちの位置を把握し、あまつさえ雑談に応じる。

自分は戦闘に向いていない、と彼女は言うが、ここまでの後方支援ができるなら立派な一つの戦力だろう。

 

「だけど大丈夫? 僕としてはこの上なくありがたいけど……ステラは問題ないとして、去原くんも詠塚さんの支援が欲しいところじゃないかな」

 

『ああ、確かにジンロウの能力もあまり応用が効かない一点特化なタイプではありますからね。

ただ私がついていなくても、ジンロウには経験という武器があるので』

 

「経験?」

 

『私の父……当時のうちの流派の当主に、幼い頃から「実地訓練だ」とか言って散々テロの現場とか紛争地帯に引きずり回されてましたからね。

その実績と父が遺したコネで《特例召集》でも常連ですし、こういうのに場馴れしてるんですよ。

どう動けばいいかは多分この中で一番熟知してるはずです。

私の支援はあれば良いでしょうが、無いなら無いでどうとでもするでしょう。

……まったく、こういう時の為に私も訓練を重ねてきたというのに。

一番心配する必要がないのが一番危ない状況というのもおかしな話です』

 

古くから積み重ねていないと成り立たない、いっそ無責任なまでの信頼。

彼女はその幼い頃から既に仁狼の背中を傍で見続けてきたのだろう。

どうやら釈然としない思いがあるようだが、だからこそ彼女は迷いなく一輝の支援に回ったのだ。

二人はここまで、どんな人生を歩んできたのだろう……この非常事態の最中に、一輝はそんな事が気になってしまった。

そしてまた琉奈が状況の変化を告げた。

トーンの低い、警戒を促す声色で。

 

『黒鉄さん、いよいよ正念場です。侵入した事に気付かれました』

 

「!」

 

『巡回の一人に死体が見つかりました。見付かってはいませんが、伐刀者(ブレイザー)の仕業という事も察しているでしょう』

 

(死体って)

 

刃引きはしたから気絶しているだけなのだが、まぁそう表現した方が手っ取り早くはある。

 

『適当に引っ掛かった敵の視界にアクセスしていますが、どうやら人質のいる所に集合しようとしているようです。自分たちに有利な条件で迎え撃ちたいのでしょう。そちらに何かプランはありますか?』

 

「そうだね……集合場所に着いたら、最初から()()()行くよ。即座に《使徒》を落として、後の敵は何かする前に片っ端から倒していく。

それが最善、というか僕はこうするしかないからね」

 

『同意見です。では初擊はやはり不意討ちに限りますね。

集合場所がわかったら視認されにくいポイントを探しておきます。

《使徒》らしき風体の輩もいるでしょうから、それも同時に見付かるでしょう』

 

「……う、うん。お願いするよ」

 

徹底した頼もしさに段々と二の句が継げなくなりつつある一輝。

ここにはいない彼を「私がいないと駄目」と評していた彼女だが、何となく彼を駄目にしているのは彼女自身なんじゃないかという疑念すら湧いてきた。

───幼い頃から、か。

一輝は少しだけ目を細め、己の幼少期を思い出す。

試練を与え導いてくれる人がいて、それをずっと傍で支えてくれる人がいる。

それはどんなに幸せな事だろうか。

 

(よし。行こうか)

 

琉奈の偵察は、すぐに終わった。

 

 

 

 

「なあ。この巡回意味あんのか? 誰もいねえ事なんて分かりきってんだろ? 門番役も異常ナシっつってたじゃねえか」

 

「さあな、一応の用心って事だろ。ユーゴさんの指示だ」

 

不気味な沈黙に包まれたショッピングモールの中、一本道の通路を武装した二人が歩いている。

ボスと(おぼ)しき男の指示にあまり意義を感じていないのか、その表情には不満が見える。

 

「ったく、損な役回りだよなぁ。ユーゴさんや人質どもといた方が明らかに安全だってのによ」

 

「逆らえば殺されるのは俺達だ。それにいざとなれば……っ?」

 

「どうした?」

 

「いや……一瞬、人が向こうの角から出てきたように見えてな。

……それにいざとなれば、真っ先に投降するという手もある。日本の司法は()()()からな。抵抗さえしなければ穏便な対応になる」

 

「ハハッ、なるほどなぁ。檻の中で『保護』してもらえりゃ、俺らが生き残る目もまだあるって事か。いいぜ、それ乗っt」

 

会話の結びを迎えることなく、二人の身体が糸の切れた人形のようにばたんと地面に倒れ伏す。

曲がり角から《抜き足》で正面から近付いた仁狼が、すれ違い様に斬り捨てたのだ。

 

(……余裕のない話してたな)

 

ザザッ、と耳元にノイズが走り、通信機に連絡が入る。

 

『おい、警察(サツ)共の動きはどうだ。伐刀者(ブレイザー)は来たか?』

 

「今のところ動きは無いな。相変わらずメガホンでガタガタ言ってるよ。騎士学校もここからじゃ遠いし、伐刀者(ブレイザー)が来るまではまだもう少し余裕がありそうだ」

 

『人質は殺すなよ。まだストックはいるが、下手に急がせると目的が果たせん』

 

奪った通信機に嘘八百を吹き込みながら、吹き抜けのあるフロアを目指して仁狼は進む。

流石に声でバレると思っていたが、どうやら寄せ集めの兵隊達らしく今のところ騙しおおせている。

いたって順調だ。

だが彼は、この事件の全容に違和感を感じ始めていた。

───普通、要求を通すには急がせるものではないか?

 

 




たびたびの誤字のご指摘ありがとうございます。
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