二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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剥き出す牙

それに今の二人の会話の内容は、自分が生きるか死ぬかという作戦の成功か失敗以前のもっと切羽詰まったものだった。

今回のテロはそれほど成功する見込みが低いという事か?

もしそうだとして、そこまで難易度が高いその目的とは……しかし、要求の類はまだされていないと警官隊の一人は言っていた。

他者に何かを要求する必要のない目的。

加えて敵に急がれてはならない。

となると───……

 

(……まさか)

 

仁狼が全力で地面を蹴る。

特級の短距離走(スプリント)型という身体の特性を遺憾なく発揮させたその速度は、公式とされる世界の記録を遥か彼方に置き去りにしていた。

身体を地を這うように前傾させて空気抵抗を極限まで減らした本気の疾走で、目的の場所へと仁狼は急ぐ。

 

そうして辿り着いたのは、吹き抜けのある一階……ではなく、その吹き抜けに面した三階。

仁狼は手摺のついた胸より少し下くらいの高さがある転落防止の壁に、呼吸を正しながら張り付くように身を寄せていた。

立ち上がって下を覗けば、一ヶ所に集められた人質たちとそれを囲むテロリストがいる一階が見えるだろう。

雑貨店から拝借した手鏡を壁の上からそっと差し入れ、仁狼は吹き抜けの下の様子を窺った。

やはり人員のほとんどが集められているようで、武装したテロリスト達が大勢いた。

人質たちは全員が地面に膝を着かされており、親子らしき数人が互いに抱き合って震えているのが見える。

そして人質達の中央に、黒いフードの男が佇んでいた。

あれがユーゴ、とやらだろうか。

 

(人質のど真ん中にいやがるのは厄介だな)

 

黒フードを囲む人質たちは、そのまま絶対に傷付ける訳にはいかない肉壁になる。

さらに証言によれば、黒フードの能力は『爆破』だ。

ここまで人質が密集した状態で暴れられたら、勝敗に関係なくまず大勢が死ぬ。

人質救出の絶対条件として、まずはアレを真っ先に始末せねばならない。

頭の中でプランを組み立て、改めて鏡月(きょうげつ)の二振りを握り直す。

 

「行くか」

 

とん、と軽い動きで彼は跳んだ。

転落防止の壁を跳び越え宙に身を踊らせた仁狼が、重力の鎖に引かれて一直線に吹き抜けの底へと落ちていく。

 

テロリストとて警戒をしていなかった訳ではない。

だが()()()()()()()()()()()()()()()()()彼ら二流・三流が、真上からの奇襲に対応できるはずがない。

敵を推し量り、裏を突く。

基本中の基本にして、去原仁狼の真髄である。

 

斬られた事すら意識できはしなかったろう。

魔力の放出により落下速度にブーストを掛けた仁狼の鏡月(きょうげつ)二振りが、黒フードの身体を縦に三分割した。

 

「あえっ?」

 

右と左の肩から真下に向けて垂直に通った血光。

黒フードが頓狂な声を上げて崩れ落ちるより早く仁狼はまた前へと疾駆。テロリストの群れの中に自ら飛び込んだ。

声に反応して振り返ろうとしたテロリスト達の、手近な所にいた数人が()()()斬り落とされた。

あちらで、こちらで、目で追えない速度で刃が閃き、その度に何人かがいっぺんに倒れていく。

 

刀と脇差の重量差による重心の偏りを利用。意図的にバランスを崩すことで身体を振り回して回転し、その勢いで全方位を同時に斬り刻む。

一対多におけるそれはまさに、盤上を暴れまわる鋼刃の独楽(こま)だ。

 

(そう)の型四番───《禍津風(まがつかぜ)》」

 

台風のような動きと軌道で刀を振るう仁狼の動きに付いてこれる者などいなかった。

鍛え抜いた感覚は狂いに狂う視界の中でも正確に周囲の状況、敵の位置と動きを把握。

体質のせいで歩行すら(まま)ならず、常に身体の使い方を意識せねばならなかった彼だからこそ体得できた足運びの技術は、いかなる姿勢や動きであっても運動エネルギーを殺さない。

 

「クソッ飛び込んできやがった!どっから来やがった!?」

 

「いや囲めてる今がチャンスだ! 蜂の巣にしちまえ!」

 

「バカ野郎、同士討ちになるだけだ!! 囲まされてんだよ俺達は!!」

 

速度を緩めることなく駆け巡り渦巻く斬擊の暴風は、状況についていけず棒立ちになっている敵の群れをあっという間に稲穂のように刈り取っていく。

──が、一瞬の内に全体のおよそ四分の二ほどを無力化した時、急に仁狼は回転を止めて跳び下がった。

 

その直後。

仁狼がいた場所が、何の前触れもなく爆破された。

 

「……勘がいいな。あと少し踏み込んだら弾き飛ばしてやったものを」

 

「妙な気配が混じってると思った………。ユーゴってのはテメェか。服を交換して雑兵とすり変わるたぁ味な真似を……」

 

「こちらの台詞だ。通信機を奪って報告を偽装するとはな……。お陰で完全に慮外の襲撃だったよ」

 

忌々しそうに仁狼を睨む男。

回りの兵隊と同じ格好をしてはいるが、その気配は明らかに違う。

だらりと剣尖を垂らして立つ仁狼に向けて、ゆらりと男は掌を翳した。

 

「もっとも───私とて、揺らがない程度には手練れているつもりではあるがね?」

 

ドゴガガガガッッッ!!!と連続で爆発が起こった。

事前に気配を察知して退避していた仁狼の後を追うように炸裂する衝撃と爆炎がショッピングモールの空間を揺るがせる。

任意の空間に爆発を発生させる───それが解放軍(リベリオン)《使徒》ユーゴの伐刀絶技(ノウブルアーツ)らしい。

放出するのではなく指定した座標に攻撃する特性上、偏差射撃のような敵の動きを見越す技術と経験が必要だが、そこは手練れと自称するだけある。

仁狼の動く先を正確に予測し、空間を発破。

際どい所で逃してはいるが、するすると地を滑るように逃れる仁狼の進路を常に捕らえていた。

 

「ほう、ここまで読みにくい相手は初めてだ。随分と()()()()()()()に長けているな」

 

(……まぁまぁ対応してくるな。ただ能力にかまけた奴ではないって事か)

 

自己評価は誇張ではないらしい。

だが、仁狼としてもあまり様子見はできない。

ややプランは狂ったが速攻で終わらせるという絶対条件は変わらないし、何より自分の推測が正しければ、この場は速攻で鎮圧せねばならない。

 

「───じゃあ、読んでみろ」

 

 

一言告げて、仁狼は一気にギアを()()()

虚脱の極地《無貌之相(むぼうのそう)》。

気配、意思、存在感───仁狼の全てが、抜け落ちた。

 

「な」

 

瞬きの内に敵を認識できなくなり驚愕に固まるユーゴ。

意味のない音が口から漏れた時には、仁狼の刃は既に首筋に添えられている。

あとは喉笛を動脈ごと掻き斬って終わり。

そのはずだった。

 

「─────っ!!」

 

またも仁狼は直前で飛び退く。

その瞬間、爆発。飛び退いていなければ、接近していた仁狼を確実に呑み込んでいたはずの位置と範囲だった。

仁狼の動きを捕らえていたのか?

否。ユーゴは反応すらできていない。

 

「驚いた……備えはしておくものだな」

 

背筋に冷たい汗をかきながらユーゴは言う。

 

「《機雷爆陣(ランドマイン)》。名前の通り()()()()()()()トラップだよ。

気取られたのもそうだが……まさか触れた後に回避されるとは思ってもみなかったがね。君の速度と気配を読むのは、どうやら私には不可能らしい」

 

ユーゴは決して(おご)らず、常に最短距離の最善を選ぶ。

再び周囲の空間に《機雷爆陣(ランドマイン)》を敷設しつつ、どうしていいかわからず狼狽えている生き残りの兵隊にユーゴは指示を飛ばした。

 

「しかし務めは果たさねばならん。──お前達、ぼんやりするな。()()()()()()()()

 

一瞬、仁狼の呼吸が止まった。

ユーゴは仁狼の動きを捕らえられない。だが人質を利用すれば話は違う。

ユーゴに向かえばテロリスト達の銃弾が人質を蹂躙し、テロリスト達に向かえばユーゴがやるだけだ。

人質から死人を出す訳にはいかない───仁狼が人質全員を守るしか選択肢がない。

こうなるともう動き回ることは不可能。

責務という首根っこを押さえる形で、ユーゴは仁狼を縛り付けたのだ!!

 

「「「……………っ!!」」」

 

自ら人質を殺す意図は全く理解できなかったが、逆らえば殺される強者の指示にテロリスト達は夢中で動いた。

機銃の銃口を一斉に人質に向けて引き金を落とす。

立ち塞がらんと人質達の前に出る仁狼。

悲鳴の絶叫を覆い隠すように無数の銃声が鳴り響き、連鎖する爆轟が全てを塗り潰す。

伐刀者(ブレイザー)は自身の魔力によるバリアのようなものを無意識下で常に身に纏っており、銃弾程度の危害なら打撲程度の傷で済む。

だが、それが無数に重なれば?

そこに破壊力の高い伐刀絶技(ノウブルアーツ)が重なればどうなる?

───回避という選択肢を、最初から奪われた状態で。

 

その結果は、目の前にある。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「………、は?」

 

ユーゴの喉から声が絞り出される。

見えない結界のようなもので、弾倉が空になるまで撃ち尽くされた銃弾は全て何かに阻まれ、ユーゴの爆発はまるで術式そのものが内側から外側に押し出されるように弾き出された。

───これは別に、仁狼の能力という訳ではない。

伐刀者(ブレイザー)が常に纏っている、魔力によるバリア。

仁狼はそのバリアの範囲を、意識的に拡張しただけだ。

脱力により脳のリミッターを緩め、限界を超えた範囲と密度で。

 

「……同じ手を使ってきた奴なら過去にいくつもいたが……何度体験しても肝が冷える」

 

そうぼやきつつ仁狼は、展開しているバリアの余剰分……強引に増幅させた分の魔力に、己自身の能力を混ぜ混んでいく。

さながら絵の具を混ぜて別の色を生み出すように、無色透明のエネルギーは伐刀絶技(ノウブルアーツ)に変化。

仁狼は空を裂くように二刀を振り抜き、周囲のユーゴやテロリストに向けて、生み出した能力の具現を叩き付けた。

 

「《風勢(ふうせい)烈霞(れっか)》─────ッ!!」

 

それは形容するならば『風』だった。

逃げる場所などない広範囲に、暴風のような魔力の圧がテロリスト達を襲う。

ユーゴは咄嗟に自分の前方に《機雷爆陣(ランドマイン)》を複数展開。《風勢(ふうせい)烈霞(れっか)》と激突して起爆し、爆発反応装甲のようにその威力を減衰───()()()()()()()()

翳したユーゴの手に血光が刻まれる。

それも一つや二つではない───まるで、自分の手がフードプロセッサーにでも掛けられているかのような勢いで!!

 

「ぐぅぅうおおおおおおっっっ!!??」

 

苦悶の絶叫が迸る。

《幻想形態》による攻撃は身体的なダメージこそ疲労に変換されて無傷で済むが、痛覚はそのままなのだ。

腕をミンチにされてのたうち回らなかっただけ見上げた精神力だろう。

脂汗を流しながら慌てて周囲を確認すると、もう二本の足で立っているのは自分だけだった。

バタバタと倒れている仲間達は、『風』を受けた身体の前半分が、血光が重なりすぎて染料に浸したかのように真っ赤になっている。

 

(何、だ、今の攻撃は……!?)

 

必死に分析しようとするユーゴだが、そんな隙を与える程仁狼も悠長ではない。

狼狽するユーゴに向けて一直線に吶喊。魔力で身体能力をブーストし、全身の白筋をフル稼働させたその速度はもはや視認できる領域を超えていた。

急激な最高速に着いていけず障子紙のように突き破られた周囲の空気が、パンッ、と手拍子のような音を立てる。

()()()()()()()()()()()()()()

音すら超えて迫り来る仁狼を、しかしユーゴは感覚で確かに見据えていた。

空気を破ったその音が慣れ親しんだ銃声と似ていたからだろうか。

ほぼ同時に迎撃に移ったユーゴの反応は、目を見張るものだった。

 

「《破山爆砕砲(ハウザーブラスター)》ァァァアアアアッッ!!!」

 

建物が倒壊しないように抑えていた威力を完全に解放した、いわばユーゴの切り札だった。

大量の魔力を注ぎ込んだ全力全開の爆破、そのエネルギーに一方向の指向性を持たせた、破壊力と突破力を十二分に兼ね備えた伐刀絶技(ノウブルアーツ)

どんな危機もこれで打ち払ってきた。

自ら絶対の信頼を寄せる札を切ったユーゴの見る景色は────なぜか、スローモーションで流れていた。

 

(──これは………?)

 

二刀を振るいながら()()()()()ユーゴに迫る仁狼。

彼の進路にある、まだ起爆せず残っていた《機雷爆陣(ランドマイン)》が次々と()()()()()()

なぜそこにあると分かるのか……魔力を纏った彼の二刀が何もない空間を斬る度に起動するはずだった爆破の式が爆ぜるような音を立てて消えていくのを、ユーゴは呆然と見ていた。

 

(なぜ……? これは、どういう……)

 

そしてとうとう仁狼の眼前に迫る、指向性を与えられた強大な爆発。

硬い岩盤に大穴を開け、前方100メートルという広範囲を殺傷する破壊力を前に仁狼が取った行動は───

────直進。

回避も防御もせず、迫り来る爆風と衝撃に向けてただ真っ直ぐに斬り込んだ。

 

 

それだけで、ユーゴの切り札は真っ二つにされた。

 

 

刃を立てる質量などないはずの『爆発』が、仁狼が刀を通した所からまるでチーズでも裂くかのように二つの支流に分かたれる。

背後の人質はもちろん無傷。

当然、仁狼にも火傷どころか服に焦げ跡一つ着いていない。

もはや絶句すらしない。ここにきてようやくこのスローモーションの意味がわかったからだ。

脳の処理速度が上がったところで切り札すらまともに切れなかったこの状況を切り抜ける策など思い浮かばないため、いっその事ユーゴはまさに自分を斬ろうとしている少年の顔を記憶するのに専念することにした。

人を並べて策を弄して、全力で挑んでなお歯が立たなかったその実力。

悪魔の如きその眼は罪人に憤怒する鬼にも似ていて。

そう例えると罪人というのは私の事になるな、と思ったところで、ユーゴは理解した。

その顔に恐怖はなく、どこか穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

(ああ。そうか)

 

 

私の死神は───君だったのだな。

 

 

 

「────《祓魔之刀(ふつまのとう)》」

 

 

 

終局の声は静かなもので。

()()()()()を纏わせることで敵の伐刀絶技(ノウブルアーツ)に対しても絶対の攻撃力を得た仁狼の刃が、ユーゴの胴体を通り抜けた。

致命的な一撃を受けたユーゴは気絶。それをもって、この場に二本足で立っているのは仁狼のみとなる。

───急激な静寂。

目まぐるしく移り変わる状況に混乱している人質たちは、未だ状況に追い付けていない。

仁狼は剣を納め、しっかりとした声でそんな被害者たちに告げる。

 

「……安心しろ……もう、大丈夫だ。もう……敵は、いない」

 

その言葉から数秒。

───人質たちから、安堵の歓声と泣き声が一斉に溢れ出した。

事件発生から、およそ十三分。

数字にしてみれば意外と短い、されど苛烈な緊迫は終わりを告げる。

ショッピングモールのテロは今、鎮圧された。

 

 

 

奪った通信機に何度か話しかけたが、応答する者が一人もいなかったことでようやく敵組織の殲滅を断定。

警官隊に連絡を取り人質を保護してもらっている間、仁狼はただその時を待っていた。

その手に持っているのは、倒れたユーゴから奪ったまた別の種類の通信機だ。

予感に基づいてボディチェックをした結果発見した、明らかに毛色の違うそれに仁狼はさらに警戒を強めていた。

 

「おい。他の二件はどうなってる?」

 

「ステラ皇女は既に事態を収束させ、もう一件のカバーに入ったとの事です」

 

「ルナが付いてれば手こずる事もないだろうが……それならもうすぐ終わるな。他に異常は?」

 

「いえ、特に報告も来ておりません」

 

 

俺の考えすぎだったか?と仁狼が思おうとしたその時。

手にした通信機に着信が入った。

 

 

『おい、オイ! 聞こえるか!? 返事しやがれ!!こっちは手筈通りに済ませたぞ!!』

 

 

仁狼と周囲の警官たちに、二度目の緊迫が走った。

相手は十中八九解放軍(リベリオン)のメンバーだろう。

何か(コト)をしでかしたようだが、普通こうなればこちらにも報告が来ていないはずがない。

何らかの方法で警察への通報手段を()ったのだろう。相手は思っていたよりもずっと本気で、周到だったらしい。

 

やはりそうか、と仁狼は内心で唾を吐き捨てる。

───要求は無し。相手に急がれると困る。

この三ヶ所の同時多発テロ───それら全てが本命の目的を達成するための、時間稼ぎの陽動だったのだ。




やっと仁狼の戦闘シーンが書けました。
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