だが、それがわかったならまだ対処は出来る。
仁狼と同じ結論に至り思わず声を上げそうになった警官隊に、『静かにしてろ』と目とジェスチャーで合図した。
応答を求めてがなり続ける相手を前に頭を回転させること数秒。
声の調子を整えて、仁狼は通信機に向けて声を張る。
「あぁ……ああ、無事だったんですか? 成功したんですか!?」
『!? てめぇユーゴじゃねえな! どこのどいつだ!!』
「ユーゴさんならとっくにやられちまいましたよ!! 駆けつけてきた
『はぁ!? そっちもやられたってのか!?』
(───そっち
どうやら既に他の二ヶ所も鎮圧されたらしい。
それにこの焦りよう、明らかに想定外の状況が起こっているのだろう……口振りからして可能性が高いのは、
──なら、そっちの方向から攻めてみようか。
言葉の内容や勢いから分析を進めつつ、平行して仁狼は演技を続けていく。
「お、俺も今ヤバいっすけど、何か、あの人が助けに来てくれるって……!
国道の132号線で合流する手筈だって! ユーゴさん俺に端末渡して、最後にあんたにそう伝えろって!!」
『あぁ!? あの人って誰だよ!!』
「俺だってわかんないですよそんなの!! そうとしか言われてねえんだから!!
お、俺も今なんとかそこに……ひぃっ!?」
『お、おい、どうした!?』
「きっ、来た、来たぁあ!! やめろ、来るな!
こっ降参、降参するから!!
だからやめろ、やめてくれ!! 嫌だ、嫌───」
『答えろコラ!! 何だ、何が起きてんだよぉっ!?』
「ぎゃあぁあああああぁぁああっっっ!!!」
───絶叫の直後に、通信機のフレームを握り潰しながら通信を切った。
逆探知などが出来なくならないよう中身の基盤などが壊れない程度に加減はしたが、『強い力を受けて破壊された』と向こうに思わせる位の勢いと音は出せただろう。
可能な限り演出までこだわってこその演技だ。
だが、演技の内容自体は目的こそあれ、そんなに緻密に考えられたものではない。冷静に考えればいくつも穴が見つかるはずだ。
だが相手は明らかに焦っており、冷静に物を考えられる状況ではなかった。
そこに今の状況がいかにまずいかを説明し、危機感と焦燥感を煽り立てる。
思考の幅が狭まったところで、現状を打開できる有益な情報を一つ渡す。
答えられない質問は怒鳴り返して有耶無耶に。
そして仕上げに、危機的状況だとさらに念を押す。
まるっきり詐欺の遣り口だ。
だが、仁狼はそれがいかに有効かを知っている。
もちろん、活かすべき所もだ。
「さて、と」
ここから先も時間との勝負になる。
いきなりの芝居に面食らっている警官隊の一人に向け、仁狼は問答の手間を省くため、有無を言わせないように強く指示を出す。
「おい、パトカーでも白バイでもすぐに一台貸せ。これから網に掛かった魚を獲りに行く。同行は好きにすればいいが、運転するのは俺だ。お前ら運転が丁寧なせいで遅いし」
「り、了解しました! どちらまで!?」
「うん?さっき言ったろ」
まるで狼のように計算高く。
同行するらしい警官隊の男を置き去りにしない程度に走りながら、仁狼は口の端を曲げながら答えた。
「国道132号線」
「クソッ、クソぉ………っ!」
大型のトラックが猛スピードで道路を走っていく。
法定速度無視はもちろん、逆走だろうがお構い無し。
直角のカーブにも速度を落とさずに突入し、慌てて脇に避ける車が巻き込み事故を起こしていた。
明らかに正気の沙汰とは思えない運転で、事実乗り手の精神は極限まで追い詰められている。
フロントガラス越しに見える顔色は蒼白だった。
『触れた物を命令通りに動かす』。
それが今トラックを操っている
ただし物を動かすと言っても
例えば、車に触れれば燃料が無くとも思う通りに走らせる事ができ。
電話線やアンテナに触れれば任意で通信のオン・オフが可能で。
金庫に触れれば、どんなに厳重なロックでも自動的に解除させることができる。
決して強力な能力ではないが、しかしこの上なく悪用に向いた特性ゆえに
まずは三ヶ所でテロを起こし、警官隊や
能力によって連絡手段の一切を絶ってから、現金その他の資産全てを強奪して大型トラックで逃走。
敵側の戦力を縫い止めて時間を稼ぐためにテロの現場には相応の手練れを用意してはいるが、彼らがどう脱出して逃げ延びるかは完全に彼ら次第。金を奪う以外の全てが考慮されていない作戦だった。
そんな馬鹿な作戦を実行せねばならないほど、オスカーがいる
とある狂人の標的にされた。それだけだ。
それだけでオスカーの組織は、狂人にルートを辿られ見付かる事を恐れた全ての
裏の社会でも金は力だ。
悪の道に堕ちた者は、つまりそうすることでしか食べていけない者………金と後ろ楯を失うことは、手足をもがれる事に等しかった。
だから、生きる為に行動を起こした。
騎士学園はもちろん、警察などの治安維持機関の場所と人員の質を時間の許す限り入念に調べ、すぐには応援が来ないと確信の上で実行した。
なのに。
「何でっ、何でこんなに早く
偶然遊びに来ていたから、なんて知ったら憤死するかもしれない。それほど切実な叫びだった。
二十分も掛からずに鎮圧されては時間など稼げているはずもない。その上でこんな逃走を続けていたら、遠からずロックオンされるのは目に見えている。
もはやこの組織は終わりだとオスカーは考えていた。
ならばせめて、自分だけは生き残りたい。
────国道132号線。
今のオスカーにとって、それが頼みの綱だった。
(誰だ、誰が来てくれてるってんだ……!?)
こういう時に頼れる『あの人』に該当しそうな人物をあまり知らない。
あるいはユーゴ……あの男ならばもっと顔は広かったはず。そちらのコネクションだろうか?
いや、そもそもそんな人が来てくれる手筈なら最初から周知しておくべきでは……?
(いや。とにかく、とにかく今は言われた場所に!それしか無え!)
戦いとなれば自分はどうにもできない。
通信が切れる間際の断末魔と破壊音がオスカーの背中を蹴り続けていた。
事前に調べておいた地図を脳内に広げて道を曲がること数回、やがて目的の道路に出た。
道幅の広い国道に侵入し、そのままスピードを上げて『あの人』と思わしき人を夢中で探す。
(畜生、国道132号線のどこだよ!? あの野郎伝えるなら正確に─────、??)
必死で視線を動かしていたオスカーは、対向車線を走っていた車両が急に道の真ん中で停車したのを見た。
その運転席から降りてきたのは、大小二本の刀を提げた少年。
それを『あの人』だと思うほどオスカーも馬鹿ではない。
なぜならその少年は、そのままオスカーのトラックの進路のど真ん中に立ったから。
そもそもその彼がパトカーから降りてきたから。
そして何より───見るもの全てに噛み付こうかというその眼光が、真っ直ぐに自分を射抜いていたから。
そこでオスカーは理解した。
───自分は、嵌められたのだと。
「クソッタレがぁぁぁあああああああっっ!!!」
絶叫を上げてオスカーは
操っているトラックを魔力で強化。さらに頑強さを増し、本来のスペックを凌駕した速度で鋼の箱が少年に向けて突っ込んだ。
「……想定より速いな」
パトカーから降りた仁狼は少しだけ驚く。
仁狼も全速力で移動したが、こうして出会したタイミングは間に合わずすれ違っていてもおかしくない位に際どかった。
普通の車を借りた方がギリギリまで騙しおおせて楽だったかと思っていたが、やはりサイレンの音などで他の車を脇に退かせてスピードを出せるパトカーは偉大だと仁狼は思う。
とその時、走行する
それを受けて仁狼は何かしらの
一気にスピードを上昇させ突っ込んでくる所を見ると、どうやらそのまま轢き殺すつもりらしい。
バレたか、と仁狼は内心で唇を尖らせる。
あのスピードで迫る大質量を止めるのは、いかに
下手なパワーではあっさり力負けするし、能力で止めようにも余程物体への干渉に優れた能力か魔力量が多いかでないと、受け止める以前に自分がタダでは済まなくなる。
ではどうするか。
結論から言えば、仁狼は受け止めたりはしなかった。
猛然と迫る大質量を相手に刀すら抜かないまま、爆進する車両に向けてゆらりと前に出る。
彼の能力の発現は、幼い頃、手に持ったコップが不意に二つに割れた所から始まった。
それ以前から体質のせいで物を壊し続けていた彼だが、その時を境に無意識の破壊はさらにエスカレートしていった。
触れた机が、踏んだ床が、時にはうっかりぶつかった人が。
訓練を受けて制御ができるようになるまで、彼の身体と能力は一昔前の歌のように触れるもの全てを傷付けた。
その能力の本質は《切断》。
突き進む鋼鉄が無数の破片に変わる。
轢き殺そうとタイヤを回す大型トラックが、仁狼に触れたそばからバラバラに切り裂かれていった。
技の名は《
切断の概念を身に纏う、攻防一体の
痛みも衝撃も抵抗もなく、相手の勢いのまま仁狼は霧の中を進むように不動のまま鋼を掻き分ける。
そして目の前に現れたのは、中に盗品が満載された、車両部分を失ったコンテナ部分。
変わらない速度で迫るそれに、仁狼は後ろに引いた右手で掌打を見舞う。
────《
鞭で空を打ったような音と共に『切断』がコンテナの表面を駆け巡った。
切り分けられた鋼の箱がバラバラになり、中にあった紙に包まれたレンガ状のブロックの山が慣性で雪崩のように押し寄せる。
仁狼は大きく後ろに跳んでそれを回避。
着地と同時に、無数の屑鉄と化した元トラックがアスファルトに落下して大音量を奏でた。
あとに残ったのは、車両の残骸と紙に包まれた
これだけでいくらになるのだろう、と仁狼は状況にそぐわないことを考えてしまった。
刃引きしてあった《
ふと空を見れば、紅蓮の翼を生やしたステラ・ヴァーミリオンとそれに掴まりぶら下がっている黒鉄一輝が目を丸くしてこちらを見下ろしていた。
仁狼の能力を見るのはこれが初めてだったのだ。
援護に入ろうとしていた中途半端な姿勢で固まっている二人を見上げながら、仁狼はニタリと歯を見せて笑う。
「………よう。遅かったな」
サイレンの音が徐々に数を増しつつ接近してくる。
ここから先は自分達の役目ではない。
後はしかるべき機関がしかるべき結果に落とし込むだろう。
事前の宣言通りに、仁狼はさっさとその場から退散。
迎えに行った琉奈には、少しくらい頼る
日本国内においては最大規模のテロ及び略奪事件は、四人の学生騎士の活躍によって幕を下ろしたのである。