二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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宣戦布告

まさか本当にさっさといなくなるとは思わなかった。

 

こうなるとやはりデートは中止かと落胆した一輝とステラだが、遅れてやってきた東堂刀華と貴徳原カナタが全てを察して事後処理の全てを引き受けてくれたため無事にデートは続行の運びとなった。

軽食をとったり本屋にも立ち寄ったり、ふと見かけたゲームセンターにも入ってみたりと、行き当たりばったり上等で思いつく限り色んな場所で遊んだと思う。

そして日が傾いた頃、ステラが一番楽しみにしていたショッピングのその途中。

 

「………何かと被るな、七星剣王」

 

「ははは………」

 

見事に仁狼の一行に()(くわ)した。

二人が並んで座っているのはランジェリーショップの近くにあるベンチだ。

一緒に選ぼうと言うステラと問答を繰り返した後何とか『()()()()()()()』という形に落ち着かせ、座って一息ついていた所にトイレから戻ってきたらしい仁狼に遭遇したのだ。

 

「その分だと、デートは続けられてるみたいだな……。ルナが若干気にしてたから、よかった」

 

「後から来た先輩たちに気遣ってもらえたからね。詠塚さんも店の中に?」

 

「ああ。……一緒に選ぶか、とか抜かすから断固拒否したよ。……その分だと、そっちも似たようなもんか」

 

「まあね。流石に身の置き所が無さすぎてさ……ステラはもちろんだけど、今は僕自身も思った以上に目立っちゃうみたいだし」

 

「全国的にツラ割れてるしな……。下世話な噂を立てられたくなきゃ、それが賢明だろ。

……とはいえ、その分だと『《紅蓮の皇女》と《七星剣王》は毎晩が七星(しちせい)(けん)()(さい)決勝戦』って噂は本当らしいな」

 

「言葉の前後が驚くほど噛み合ってないんだけど!?」

 

「有名になれば、そういう噂はいつか立つもんだ……。面白おかしく囃し立てる奴が出てくるのはしょうがない……。

だから、俺は悪くない……」

 

「しかも出所(でどころ)君なの!? なに居直ってるのさ、どこまで広めたのそれ!!」

 

「……股間の淫鉄(いんてつ)も絶技なのか?」

 

(とど)まる所を知らない……っ!?」

 

打楽器の達人を目指すゲームの譜面みたいな勢いで迫るツッコミ所に追いつけなくなってきた一輝。

それを見ている仁狼の顔───幼いころ絵本の中であんな顔を見た。

鋭い目を細めてニタニタと笑う顔は獲物を弄ぶ悪役のそれだ。

これ以上乗せられたらもっとボロが出る。

そう判断した一輝は、鼻を鳴らして乱暴に座り直す事で『これ以上とり合う気はない』と意思表示した。

そもそも自分と大切な人との関係をこんな風に弄られれば気分がいいはずもない。

 

「そう言うそっちはどうなのさ。詠塚さんとは、その……シてたりはしないのかい」

 

「慣れてないならその手の意趣返しはやめとけ」

 

芽生えた反抗心をサクッと殺された。

正面から事実を諭されると流石に返す言葉がない。さっきまでメチャクチャ言っていたのは向こうのはずなのに。この手の言い合いは仁狼の方がずっと手慣れているようだった。

しかし好き勝手に弄った分の責任でもあるのだろうか、仁狼はぼやくように一輝の仕返しに答えた。

 

「……まぁ、昼に聞いた通り、無防備な奴だ……。

そこで買ったやつも、今夜にも御披露目してくるだろうしな……。

そりゃ正直に言えば、思わないでもなかったが……けど、あいつとそういう関係になる気は、俺には無いよ」

 

「……どうして?」

 

 

 

「俺にその資格がない」

 

 

 

───そうキッパリと言い切った。

その目を見ればその言葉が偽りのない胸の内であることはわかる。

しかし一輝は、だからといって納得できはしなかった。

意趣返しの続きなどではない。義憤にも似た感情を抱きつつ、静かに仁狼に詰め寄る。

 

「……彼女は君の為にとても大きな役割を担っているし、それに君に対して随分と大胆だ。

君がどうして自分をそう評価しているのかも、資格が何を指しているのかもわからないけれど………少なくとも資格が無い人に、あそこまでの献身はしないんじゃないかな。

……彼女にもそう言ってはぐらかしてるの?」

 

詠塚琉奈が去原仁狼に大きな好意を抱いていることはレストランでのやり取りを見れば誰にでも察しがつく。

それこそベッタベタのハーレム物の主人公レベルの鈍感さでもなければ、仁狼とて気付いているはずだろう。

それを『資格がない』などという言葉で逃げるのは誠意の欠片もない行いだと一輝は思う。

逃げるな。応えろ、と。

最愛の人と共に歩めるようになるまで並々ならぬ苦難を味わった彼だからこそ、仁狼の態度を看過できなかったのかもしれない。

詰め寄られた仁狼は、暗い顔をして目を伏せた。

 

「はぐらかしちゃいない。言ってる事はわかるがな……。どうしてあいつがここまでするのか、俺も未だに納得できてないんだよ。

 

……だって、俺がした事を考えれば……そんな事絶対に有り得ないんだから」

 

思いもよらない告白だった。

彼は一体何をしたのか。そこまで言う程の事をしたのなら、何故彼女はああまで彼に尽くしているのか。そもそもこれは自分が踏み込んでいいものなのか?

あれこれと逡巡する一輝だが、彼が結論を出す前に仁狼が口を開いた。

 

「父親と、仲は良い方か?」

 

「っ?」

 

急な質問に戸惑う一輝。

踏み込んできたのは仁狼の方からだった。

何の脈絡もない問だ。だが、仁狼にとっては何かしらの関係があるのだろう。

……自分は今、彼の奥深い場所に指を届かせようとしているのかもしれない。

 

「……昔から色々あったから、正直、仲が良いとは言えないかな。……でも最近になって、ようやく折り合いを付けられたと思う」

 

幼少期から続く家との確執は流石にこの場所で話そうとは思わない。しかしこの思いに嘘偽りはない。

───そうか、何よりだ、と。

仁狼は静かに答え、少し間を開けてゆっくりと語る。

 

 

「俺にはな。肉親という意味での親がいないんだ」

 

彼の話は、そんな身の上から始まった。

 

「正確には、どこかにいるらしいが……どういう事情があったのかは、知らない。気付いた時には孤児院暮らしだった。

けど、この目付きとこの体質で、見た通りあんな能力だ………話した通りにやらかしまくって、色々とお察しの事情を抱えた奴らの中でも……俺はずっと独りぼっちだった。

いじめられなくなった代わりに、陰口は増えたがな……。

とはいえ、このまま順当にいけばどこかの《騎士学校》に入学するまで孤児院にいたはずだった」

 

「だった?」

 

()()()()()()()()()。どこかで聞き付けたのか、偶然かは判らないが……そんな俺を見つけて、引き取ったのが俺の親父───

 

────ルナの父親だ」

 

あっ、と一輝は思わず声を上げる。

二人が一緒に住んでいるらしい発言の根拠はこれだった。

去原仁狼は、詠塚の家の養子だったのだ。

 

「俺の体質が才能に思えたのかな。剣の修行は、俺が親父とルナの家に入って……そこが道場だとわかった、その日から始まった。

……ただ、最初の身体を動かす訓練ですら、何て言えばいいのか……全身骨折した人間に、リュック背負ってハイキングさせるレベルだったというか………。

日常生活を送れるようにしてもらった、今でこそ感謝しかないが……あの時は新しい地獄が始まったとしか……」

 

「へ、へえぇ……」

 

何やらトラウマが蘇ってきたらしい仁狼にかける言葉が見つからない一輝。

およそポジティブな目的を持った行動に使われる例えではない。

しかし彼の《白色総身(ホワイトカラー)》が、訓練なしではそのレベルで制御のきかないものだったとは思わなかった。

 

 

「それじゃあ、それからはずっとそこで修行を?」

 

「ああ。地獄みたいな訓練の日々だったけど………親父がいて、ルナがいて、会話があって、気にかけてくれる人がそばにいて……本当に幸せだったよ。

………幸せな事だって、わかってたはずなんだよ」

 

そう。彼は確かに、失っていたものを埋め合わせていた。

……なのに。

 

 

「────なのに、俺は、逃げた」

 

 

握り締めた仁狼の拳が、軋む。

潰れるように絞り出された声は、深い悔恨に染まっていた。

 

「毎日毎日辛くて、しんどくて、何で剣の修行してるのかわからなくなったんだよ。

それで終いに、逃げ出した。

『二度と帰らない』って、啖呵切ってな……。

そっからはもう、好き勝手やったよ。

能力を見せれば全員俺に従ったし、取り巻きからは誉めそやされて………下らねえ、馬鹿な事だ。

そこが自分の居場所だと思っちまった。

家にも帰らず、ずっとそこで腐り続けて……

 

 

───親父が死んだ、って知らせをそこで聞いた」

 

 

「───……亡くなった、んだ……」

 

「ルナが言うには、家出する大分前から不味い状態だったらしくてな……。

ほとんど気力で剣振ってたみたいで、俺がいなくなってから、一気に進行したとか……。

……一言も聞いてねえよ、親父がそんな重い病気だったとか」

 

後悔の傷はまだ塞がっていない。

彼の告白は、傷口から流れ出す血そのものだった。

 

「『父は最後まであなたが帰ってこない事を嘆いていた』『あなたは私たちの信頼の全てを裏切った』……ルナからはそう罵られた。

……な? わかんねえだろ。

どこにも無いぞ。俺を好きになる理由なんて」

 

琉奈の心情はわからないが、仁狼の話を聞く限りだと、確かにその通りだとは思う。

だが、それだとなおの事わからないことがある。

 

「……じゃあ、どうして君はまだ剣を続けているの?

続ける意義を見出だせないものをあそこまで極めるのは不可能だ」

 

「………償いだ。『強くなれ』と、親父は俺にいつもそう言っていた。

………親父の願いは、俺が剣で天下を獲る事だった」

 

伏せられていた双眸が言葉と共に起き上がっていく。その瞳が動いた先に写るのは、最も近くにある頂点。

狂獣の如き眼光をもって、仁狼は一輝を真っ直ぐに射抜く。

 

 

「………だから俺は、強くなった。名のある奴を全部斬り倒して、世界の頂点に立つ為に。

破軍という絶好の狩場……まずはお前だ、七星剣王。七星剣武祭を征したお前を倒して、俺はここから名を上げる。

 

俺が裏切った親父の無念に───俺は、必ず報いてやる」

 

込められた意思は雑じり気の無い殺意。

並み居る強者を獲物と言い切る不遜を受け止め、黒鉄一輝は獣の眼を正面から睨み返す。

 

 

「ああ、来るなら受けて立とう。僕もちょうど今───君が気に食わなくなった所だ」

 

 

そのニュースは瞬く間に学園を駆け巡る。

既に話題となっていた他校の生徒が、我らが王に挑戦する。その一大イベントに、生徒たちは大いに沸いた。

───その水面下で渦巻き絡む、彼らの意思と意地など知るよしも無く。

《七星剣王》VS《学園破り》。

己の生を剣に捧げた者同士が、今、紫電を散らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……無様なものだ』

 

布団の上に、一人の壮年が上体を起こしていた。

薄い着物をはだけて晒したその身体は骨が浮き上がっており、怒鳴りながら剣を振っていた数週間前がまるで信じられない有様だった。

歳以上に老いさらばえてしまったその背中を濡れたタオルで拭いている少女は、ひどく沈痛な面持ちをしていた。

 

『全く……なぜこうも(おれ)は学ばない?

食らい付く姿勢を、熱意と思い込み……結果、全てを誤った。向き合う努力を怠った……否、誤ったのは方向か?

何度も門下生を失って、なぜ(おれ)は同じ事を繰り返すのだ……?』

 

これと同じ内容の独り言を、壮年はここしばらく毎日のように呟いている。

そんな彼の苛立ちは、ただひたすらに自分に向けたものだった。

それに対して少女は何も言うことができない。

何故なら、今自分に背中を拭かれている父と、去っていった()の心情を理解していたからで……理解していながら、自分も何も変えることが出来なかったからだ。

───やっぱり、探したりはしないのか。

少女は父に問う。

 

『否。あいつにも、一人で考える時間が必要なのだ。

娘であるお前には、わからんだろうが………男はああやって、親から巣立つ訓練をするのだ。

親しい者への不信を糧に、自分の力を磨こうとする……。

一人前になる上で………必要な過程だ』

 

───自立の為じゃない。ただ辛かっただけじゃないのか。流派の継承以外に何も求められない自分が、余りにも惨めだったからじゃないのか。

少女の言葉に、壮年は瞑目する。追想するのは、一家に決定的な亀裂を走らせたあの日の事だ。

 

『あの叫びほど、胸に突き刺さったものはないな……。

この現状は……我が子の悲鳴も聞き取れなかった、その報いだろう。

……紙と筆を……書くものを持ってきてくれ。

あいつが帰って来た時の用意をせねばならない。

……父親として出来る、恐らくは最期の思い遣りだ』

 

───最期だなんて言うな。それに、なぜ帰って来ると言い切れるのか。

 

『お前がいるからだ』

 

彼は、そうはっきりと言い切った。

口元に浮かんでいるのは、純粋な笑み。

不安も悲観も一切存在していないそれは、明るい未来を確信している者の顔だった。

 

『案ずるな、仁狼は必ず帰ってくる。

その頃には私はいないだろうが、その後に必要な全てを遺そう。

………二人で、強く生きるのだ。琉奈』

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