二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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試合開始

実況に引っ張られるように薄暗い通路を抜け、一輝は歓声の響く会場に出る。

だが全身を叩く割れんばかりの声は、彼の耳には全く聞こえてこない。

対戦相手がまだ入場してすらいない中、彼は極限まで集中力を発揮していた。

───この戦いの鍵は、自分が最初に彼をきちんと認識できるかどうかなのだから。

 

『続いて挑戦者の入場です!

血肉となり得る戦いを求め、あらゆる騎士学校に殴り込んだという戦闘狂!!

強者を求め放浪(さすら)う獣が、とうとうこの学園に目を着けた!!

素性は不明、しかし単独でテロを鎮圧するその実力に一切の偽り無し!

頂点という栄誉を狩るべく、禄存からの刺客が白銀の双牙を抜き放つ!

目にも見よ、音にも聞け、我が名を胸に刻み込め!《学園破り》去原()()、青ゲートより登場ですっ!!』

 

 

実況の口上と同時に再び歓声が上がるが、その声は次第に困惑へと変わっていく。

入場してくるはずの挑戦者が現れないからだ。

非常に気まずいのは実況の月夜見満月である。

もしやアナウンスが届いていないのかと控え室に繋げようとした時、西京寧音がマイクの前で面白そうに笑った。

 

『うーわ、すげーなコレ。初っぱなから魅せてくれるねぇ……その歳でここまで消えるのかい』

 

意味が分からず戸惑う観衆。

どうすればいいのか判断に迷っている月夜見を横目ににやにやと笑いながら、寧音は会場の中央を指差した。

 

『みんな、真ん中よーく見てみなって。……とっくにいるからさ』

 

観衆は促されるままに目を凝らし、そしてようやくその影を認識するに至る。

……一部の強者には見えていた。

案内の通りにちゃんと青のゲートから───ゆらりと姿を現して、一輝の前まで歩いてきた仁狼の姿が。

 

「え、いつの間に出てきたんだ? ……さっきまでいなかったよな!?」

 

「でもとっくにいるって言ってけど……?」

 

「ここにいる全員が気付かないなんて事あんのか? 影が薄いどころじゃねーだろ!」

 

やや騒然となる会場。

周囲の知らぬ間に位置についていた仁狼のコンディションを、一輝は一目で理解した。

───仕上げて来ている。

一部の強者を除く観衆が仁狼の姿を認識できたのは、仁狼が意識の隙間に潜り込む対象を一輝に絞っているからだろう。

こうして最大限に気を張っている一輝ですら、ふとした拍子に認識の範囲外へとこぼれ落ちてしまいそうなのだから。

静かに、しかし凛とした気迫を放つ一輝に対して、感じ取れるものを何も発しない仁狼という取り合わせはとても奇妙に映る。

自分の立ち位置から20メートル離れた開始線に立つ仁狼に、一輝は1つ問いを発した。

 

「………詠塚さんと、何か話はしたのかい?」

 

「……別に。……それがどうした」

 

いや、何でもない、と。

最後の対話の機会は二言で流れ去った。

ここから先、交わすものは言葉ではない。

磨き抜かれた、身体と技だ。

 

「……来てくれ。《陰鉄(いんてつ)》」

 

(しず)まれ、《鏡月(きょうげつ)》」

 

己の魂をその手に喚び出す。

その形は互いに日本刀。一輝の手には鴉の濡れ羽色、仁狼の両手には大小二振りの白銀が握られた。

手にした刀を正眼に構える一輝に対し、仁狼は両の刀を下段に置いた。

流れ落ちる水のような自然体で、直立させた(おもて)は真っ直ぐに一輝を射竦める。

かつて資料の画で見たそれと同じ構え。

名高き剣豪の技を継ぐ者と、今から自分は戦うのだ。

強者の背景に思いを巡らせるこの心境を、目の前の相手はきっと(いだ)きはしないのだろう。

一輝の眉間に僅かに皺が寄り、そしてその時は来る。

 

『これにて役者は出揃いました! いよいよ激突の時です!

一刀 VS 二刀流、軍配はどちらに上がるのか!!

それでは両者、構えて下さい────試合開始(LET's GO AHEAD)っ!!』

 

 

───幕は落とされた。

開始の合図と同時に一輝が取った行動は、敵への接近だった。

ただし、得意の速度による強襲・奇襲ではない。

刀は正眼に構えたまま両足を地面にべったりと着け、じりじりと摺り足で仁狼に近付いていく。

対する仁狼もまた動かない。

その場でじっと静止し、ゆっくりと迫る一輝を待っている。

 

『おっと、両者ともに静かな立ち上がりです。まずは様子見といった所でしょうか』

 

『それもあるだろーけど、黒坊は探るっつーか、全力で警戒してる動きだねぇ。

まぁ慎重にもなるだろうさ。イヌっちの気配の消し方が(うま)すぎさね……初動、マジで読めねーもん』

 

最大限に発揮している集中力を維持。

意識の網に1つの綻びもあってはならない。

それが刹那の空隙(くうげき)であろうとも、仁狼はそこに滑り込んでくる。

まだ10メートル以上も先にいる彼の刃は、今の直後には眼前に迫っているかもしれないのだ。

相手の動きが何一つ読めないというのは、無明の闇の中で戦うことに等しい。

加えて、触れるだけで鋼鉄をバラバラにするあの伐刀絶技(ノウブルアーツ)の存在だ。

久しく味わっていなかった種類の緊迫に背筋に冷たい汗を伝わせる一輝だが、向かい合っている仁狼が主導権を握っている訳でもなかった。

 

(……………、)

 

まるで入り込む隙がない。

戦場を広く捉え、敵の一挙手一投足を見逃さない───照魔鏡と謳われる《七星剣王》の観察眼、集中力を研ぎ澄ますとこれ程の代物だとは。

下手な動きは見抜かれるだろう。なかなか次の動きに移れない状況に、もはや物理的な閉塞感すら感じる。

成る程──黒鉄一輝、称号に違わず断トツだ。

 

(けど───)

 

自分が研ぎ上げてきたのは、あらゆる目を出し抜く技術。どちらかが相手を上回る。この世に矛盾は存在しない。

さあ、今こそ己の(わざ)を証明しよう。

───そして、仁狼は動いた。

 

 

 

(……あの実況、思いっきり()()()()って呼びましたね)

 

控え室から観客席へと移動する道すがら、実況の誤読に琉奈は若干半目になった。

字を見てそう読んでしまうのも分かるし、自分もずっとジンロウと呼んでいるので指摘しづらい。

だがわざわざ自己紹介でアピールしていたのだから、せめて忘れないでいてほしい。彼の名は仁狼(じろう)である。

客席に出た琉奈はキョロキョロと空いている席を探すが、あいにく席の空きはなさそうだ。

諦めて立って見るかと思った矢先、見覚えのある紅蓮の髪の少女が目に映った。

向こうも自分に気付いたらしく、手を振りながら笑顔で「ここ、ここ」と自分の隣の空席を指差してくれた。

まさか確保していてくれたのだろうか?

有り難くその好意を受け取ろうとした時、今度はおかしな事に気付いた。

 

「…………」

 

倉敷蔵人がいた。その隣には、なぜか仁狼をストーキングしていた綾辻絢瀬も座っている。

みんな蔵人に近寄りたくないのだろうか、彼の周囲の空席の数がすごい。

そんな時、絢瀬も琉奈の存在に気が付いた。

隣にいる蔵人と二言三言話したと思うと、蔵人は琉奈を睨みながら自分の近くの空席を指差した。

ここに来い、と言うのだろう。何故だ。

少し考えた後、

 

「あ……」

 

「んの野郎(ヤロ)っ」

 

琉奈はステラの隣に移動した。

妥当な判断だった。

 

「あら、あなたがヨミツカさん?可愛らしい()ね。あたしは有栖院凪よ。よろしく」

 

「ご丁寧にどうも。詠塚琉奈です」

 

「席を空けておいて良かったわ。よかったら試合を見ながら教えてくれないかしら? ヨミツカさん()の剣について」

 

「ええ。喜んで」

 

ともすれば機密の漏洩にも繋がるが、琉奈は二つ返事で快諾した。

それによって仁狼の実力、ひいては流派の名前が広まるなら断る理由はない。

そもそも、教えたところで彼の剣はまず真似など出来ないし。

自分の隣に腰かけた琉奈に、ステラはこそっと聞いた。

 

「……イヌハラとは話せた?」

 

「………」

 

無言でかぶりを振る琉奈。

やはりそうか、と思ったが口には出さない。

 

そして、いよいよその時は来た。

 

 

『───試合開始(LET's GO AHEAD)っ!!』

 

 

試合開始の号令を受け、一輝はゆっくりと仁狼に近付いていく。

初手から動いて流れを作るスタイルの一輝はこれまでになく静かな出足で、しかし片方に至っては動いてもいない。

音もなく張り詰めていく空気に、ステラ達もどんな見逃すまいと神経を尖らせる。

 

「《剣士殺し(ソードイーター)》の時以上に読めないわね……イッキも相当集中してるけど、どうなるか予想もつかないわ」

 

「諸星さんとのスパーリングの時と同じ戦法ですね。奇襲も実力で正面突破する気でしょうか」

 

(……ゾッとするわね。あそこまで消えたら、もはや人じゃないわよ)

 

それぞれが自分の考えを口にする中、アリスだけが内に留めていた。

仁狼の()の消し方の異常さを誰より理解しているのは、もしかしたら暗殺者という裏家業に身を浸し続けてきたアリスなのかもしれない。

 

「ヨミツカさんから見て、この立ち上がりはどう?」

 

「そうですね……考えうる限りでは、その後の戦いの流れに最も大きく影響する形だと思います。

観察眼と出し抜く技術、対極の性質を持っているお互いの最大の武器を最初から全力でぶつけていますからね。ここで上回れなかった側は一気に余裕が無くなるでしょう」

 

おお、と感嘆の声が漏れる。

ずっと側で一流を見続け、その技と戦いに触れてきた賜物だろうか。琉奈の見識は確かなものだった。

 

「しかし、どちらに分があるかと聞かれれば……やはりジンロウかと」

 

「どうして?」

 

一輝の観察眼の精度を誰よりも知るステラの純粋な疑問だった。

確かに一輝の目の凄まじさを実感として知らない琉奈ではあったが、彼女の言葉には確かな根拠がある。

少しずつ仁狼との距離を縮めていく一輝。

彼我の間はおよそ5メートルを切った時、

 

 

一輝の眼前に、何の前触れもなく仁狼がいた。

 

 

「動かない自分に神経を尖らせて慎重に近付く相手。この出だしは、ジンロウが最も多く体験してきたパターンですから」

 

 

恐ろしい大きさの戟音が鳴り響いた。

 

陰鉄(いんてつ)を頭上にかざし、振り下ろされた二刀をギリギリで受け止めた一輝が(ひしゃ)げるように地面に膝をつく。

そのまま縦に潰されそうなまでに凶悪な膂力。

慌てて一輝は屈んだ姿勢から海老のように後ろに跳んで離脱した。

しかし、仁狼はその意を読み取っていた。

仁狼も同時に前に跳んで距離を空けさせないまま、振り下ろした両刀を燕返しに斬り上げる。

それを防ごうと振るった陰鉄(いんてつ)は脇差しに弾かれ、一輝は身体を捻っての回避を余儀なくされた。

そこに仁狼は全力で踏み込み、またも両刀を振り下ろす。

防御してしまえば仁狼の思う壺だろう───ならば、その裏をかいて切り崩す。

一輝はまさに仁狼が描いているだろう理想の展開、防御の形で受け止めるように動き、

 

仁狼のそれもフェイントだった。

 

別々に軌道を変えて隕鉄(いんてつ)をすり抜けた刀と脇差しが、絶妙な時間差で()(たび)襲いかかる。

双の型一番────《濤切(なみきり)》だ。

 

「おおおおおおおおおっっ!!!?」

 

吼えたのは一輝だった。

全力()()で横に跳び、刃の範囲外に逃れつつ大きく回って仁狼の背中側に回る。

たっぷりと開いた距離はそのまま一輝が感じた危機感の大きさだ。

仁狼はそこで追撃を止める。

遠く離れた一輝を睨み、力を抜いてだらりと最初の構えに戻る。

そこでようやく、観衆の認識が追い付いた。

 

『きっ……強~~~烈なファーストコンタクト!

もはや何が起こっていたのか(わたくし)、恥ずかしながらまったく見えませんでした!!

しかし瞬く間の交錯、押しきったのは挑戦者!!

黒鉄選手、たまらず大きく距離を取りました!!』

 

『あっぶねぇー! あわや決まるトコだったぜ今の!

よく見切ったけど、ここで競り負けたのは黒坊にはちとキツい。仕切り直す為にも、距離をとるっつー選択は正解かね』

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