二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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暴く照魔鏡

敵を知り、己を知る。

気配の何たるかを知る事は、敵の動きを読むだけでなく己の気配を消す事にも通じる。

読めない気配や前兆は能楽のように無駄を削ぎ落とされた動きでより一層読みにくく。

そしてそこから飛んでくるのは、特級の剣速と力を内包した剣閃だ。

 

「くあぁ……っ!!」

 

仁狼と一輝の刀が、一つ目瞬(まばた)きする内に4つ5つと紫電を散らす。

全身の筋肉を一斉稼働する一輝と全身が白筋である仁狼の剣速は互角。故に一度後手に回るとそれを引っくり返すのは難しく、さらに仁狼の読みにくさも相まって主導権を握られたまま膠着状態に陥っていた。

同じ条件で蔵人は仁狼が最も嫌がる乱激戦に持っていっていたがあれは《神速反射(マージナルカウンター)》という天性が反則じみているのであって、純粋な剣技のみで敵の封殺に長けた仁狼の剣を正面突破するのは至難の技だ。

 

「《徹虎(てっこ)》ッッ!!」

 

「ぐぅっ!!??」

 

叫びと共に弧を描いた鏡月(きょうげつ)の片割れ。

凄まじい戟音が響き、一輝の膝が圧に負けてガクンと沈む。

今までとは比べ物にならない、まるで使い手の質量がそのまま込められているような重さ。

 

「《剛体術》か……!」

 

攻撃とは、四肢あるいはその延長である武器の末端を相手にぶつける行為だ。

だが、どんなに全力でぶつけたとしてもその威力は本来の威力ではない。

四肢にある関節のせいだ。

可動性を持つ複数のそれらが緩衝材になってしまい、どうしても相手に伝えるべき力が減衰してしまう。

そんな不可抗力な原則を否定するのが、衝突の瞬間四肢の筋肉を硬直させる《剛体術》だ。

 

二刀を使う《双の型》に並ぶ、一刀を使う《(ひとつ)の型》の内の一振りである《徹虎(てっこ)》。

全力の踏み込みにより生じた下半身と腰の力を全て一刀に乗せ、衝突の瞬間に《剛体術》により全身を一塊の鋼と化す───関節により分散されるはずの力や自身の質量の全てを刀に乗せ、威力を数倍に引き上げる剛の太刀。

さらにこの技は『前に出て斬る』という基本的な動きをベースにしているため、連打が利くのだ。

 

『一撃、二擊、三擊!!《紅蓮の皇女》の剛剣を正面から受け流せるはずの黒鉄選手が、どんどん力で押し込まれていきます!!』

 

『や、流せてねー訳じゃねーよ。黒坊はまだ相手の動きを見てから動くっきゃねーし、加えてイヌっちの剣速だ。対応が遅れて流しきれてねーのさ』

 

だが反撃の芽はある。

仁狼は今、刀を両手で持って戦っている。一輝と同じ一刀流の状態なのだ。

ならばその刀を弾き姿勢を崩してしまえば流れを引き戻せる。

そういう搦め手は《落第騎士》の十八番だ。

剛剣を陰鉄(いんてつ)に叩き付けた仁狼の腕に───その力がそのまま跳ね返る。

黒鉄一輝の七つの秘剣が一つ、第三秘剣《(まどか)》。

刀で受け腕から入った力を背中を通して循環させてそのまま相手に丸ごと返すカウンター技。

使い手の十数倍ではきかないレベルの膂力さえ弾き飛ばすその技は、同様に仁狼の剣も弾く……はずだった。

 

仁狼にとって、その技は初見ではない。

七星剣武祭(しちせいけんぶさい)決勝の映像を、彼は分析を繰り返しながら網膜に擦り切れるまで見返している。

 

返された力に押し返されるより早く、仁狼は両手で握っていた柄から片手を離した。

そして柄に残った片腕も完全に脱力し、刀の握りすら極限まで弛める。中指から小指はもはや柄から離れ、変わらずに柄を把持しているのは人差し指と親指だけだ。

脱力した腕に、人差し指と親指の一点のみで固定された刀。

そこに力をぶつけられればどうなるか。

 

陰鉄(いんてつ)を受けた鏡月(きょうげつ)が、水流を受けた鹿威(ししおど)しのようにガクンと傾く。

返すはずだった力をいなされた陰鉄(いんてつ)が、鏡月(きょうげつ)の刀身に沿って宙に流された。

 

「─────」

 

ぞわり、と最大の悪寒が這い上る。

一輝が返そうとした仁狼の力は、一輝が発揮しうる力を大きく上回っていた。

自分自身のスペックを上回る力が乗った刀をいなされれば、自分の力で制御がきかなくなり身体もそれに引っ張られて流れてしまう。

とはいえ力を技術で埋めるのが一輝のスタイル、決してリカバリーできない隙ではないが、二の太刀がそれを許さない。

姿勢を直そうとするその時を、鞘に納められた脇差が狙っている。

 

双の型三番、《(やなぎ)(おろ)し》。

相手の一撃を片手の脱力で流し、同時にもう片方で斬る。

最小限の動きで攻防を両立させる技。

逆手に握った脇差による居合い抜きが、一輝の上半身に垂直の線を引いた。

 

「ぐうっ……!」

 

『ああーっ! 黒鉄選手、今度こそ完全にもらってしまいました!!』

 

『いや、バックステップがギリで間に合ってる。内臓(モツ)にゃ届いちゃいねーけど、こいつはかなーり痛いねぇ……肉体だけじゃなく、精神的にも』

 

斬られた一輝の上体から赤黒い色が制服に滲み出ていく。

二度目の出血だ、しかも傷は頬のそれよりずっと深い。

ここからの展開に少なからず影響するだろう事は素人にも察しがつく。

対して未だに無傷の仁狼を見た観衆の間に、(にわか)にざわめきが生まれつつあった。

 

「お、おい……黒鉄の奴、もしかしてピンチなんじゃねえのか……?」

 

「けど、いつもボロボロな所から勝ってきたよね?」

 

「でも剣と剣でこうなってんだぞ? 黒鉄の得意分野で」

 

困惑は波及し、やがて1つへと収束していく。

見せ付けてきた実力と積み上げてきた実績が生みだし、そして疑われることの無かった信頼が、ここにきて揺らぎ始めている。

去原仁狼の実力よりも、それは大きな衝撃の予感となって会場を包んでいた。

 

「これ、もしかして………」

 

 

………黒鉄一輝が、剣で負けるのか?

 

「確かに、去原からも尋常ではない技の冴えを感じます……。だけど、伐刀絶技(ノウブルアーツ)も無しにここまでお兄様が何もできないのは……!」

 

「クロガネの野郎、なに受けに徹してやがる……!

力を技で引っくり返すにしたって、攻めるなりカウンターなりのきっかけを自分で作らなきゃ話にならねえ!

速度が互角で力じゃ負けてんのに、んな事してたらどっかでどん詰まるだけだろうが!!」

 

「イヌハラの能力よ。アイツには暴走する大型車両すら真っ向から、指一本動かさずバラバラに斬り刻む伐刀絶技(ノウブルアーツ)がある……それを知っていて、そして()()()()()()()()()

 

「あぁ? ……!!」

 

「そうか……!」

 

蔵人と同時に、絢瀬もステラと同じ所に思い至る。

 

「私達もだけど、イッキはアイツの能力を詳しく知らない。ただわかっているのは、近接戦闘における圧倒的な制圧力。

下手に近付いたら即座にブツ切り……それを半端に知っているからこそ踏み込めないのよ。さっきのカウンターも、使ってくる()()()()()()伐刀絶技(ノウブルアーツ)を探る以上に危険な賭けだったはず。

………イヌハラがこれを狙っているのだとしたら……」

 

一輝は踏み込めない。だが仁狼は踏み込める。手の内を知っていれば縮こまる事などない。

《七星剣武祭》に出た一輝の伐刀絶技(ノウブルアーツ)がどんなものなのかは、プロの解説付きで周知の事実になっているからだ。

 

「能力を()()()使()()()()事で、逆にイッキを縛り付けてる事になる。お互いの条件と力量を正確に把握できてたとしても、そう思い付かないわよ………アイツ、かなり戦術に長けてるわ」

 

戦うのが上手い、と言ってもいい───

それでもその戦術は仁狼に“自分の剣は黒鉄一輝に負けない“という絶対の自負と実力があるのが前提条件。彼の中には、冷静さと闘志が高いレベルで両立されている。

ステラの見解に息を呑む周囲とは別に琉奈が何かを言いたげに口を開きかけ、そして閉じた。

 

 

そして十数合の打ち合いを経た頃。

それは明確な変化となって現れた。

 

「せあっ!!」

 

「!」

 

右の刀を陰鉄(いんてつ)の柄尻で受け止め、左の脇差を刃で弾きながら一輝は自ら前に出る。

短めの刀身を乗り越えたそこはもう刀の間合いではない。

自分の攻撃手段も潰してしまったかに思われるが、 違う。

一輝の全身の筋肉がギシリと軋む音を立て、

 

「かァっ!!」

 

全力で退いた。

仁狼の一喝と共に鏡月(きょうげつ)の刃が、触れそうなほど近くにいた一輝と仁狼の間にギロチンのように()()()きた。

腕を限界まで折り畳んだ極限までコンパクトなスイングだ。

数メートルほど距離をとった一輝を睨む仁狼。

追撃を控えたのは、今感じた悪寒に従った為だ。

───今、奴の筋肉が不自然すぎる動きをした。

 

「……凄いな。この至近距離で斬ってくるなんて」

 

「………、」

 

お互い様だと仁狼は思う。

やはりあの()()は攻撃の予備動作だったのだ。

当然と言えば当然だが、《七星剣武祭》以降も研鑽を積んでいたようだ……自分の知っている領域から外れたデータがある。

それに今、さっきまで受けに回るしかなかった自分の二刀をこの上なく綺麗に攻略された。

理由? 考えずともわかる。

 

「うん。段々わかってきた」

 

呟くようなその言葉に、仁狼は内心で唾を吐き捨てた。

もはや一刻の猶予もないだろう。

完全に対応される前にカタを付けねばと仁狼はさらに攻勢に出ようとして、

 

 

「勿論、剣だけじゃなくて、君の事も。……君、伐刀絶技(ノウブルアーツ)を使う気無いだろ」

 

 

───ぴたりとその動きが止まった。

その言葉が聞こえていたステラ達も目を見開いていた。

琉奈を除いて。

 

「僕の《完全掌握(パーフェクトヴィジョン)》は知ってるよね。

相手の絶対的価値観(アイデンティティ)を暴くための要素は戦闘中に得られる情報に大きく依存してるんだけど、今回は戦う前に君の話が聞けたから、そこからも考えてみたんだ。

 

『父親が遺した剣のみで勝たなきゃ、父の剣が最強である証明にならない』。

 

………大方、こんな感じじゃないかな」

 

一輝も最初はステラと同じ予想をしており、そしてその通りの展開になっていた。

だが、何かしら伐刀絶技(ノウブルアーツ)を撃ち込めそうな隙を作ってみても見向きもしない───それだけならまだしも、伐刀者(ブレイザー)なら当たり前の魔力による身体強化もしてこないとなれば流石に不自然。そこで一輝が至った結論がそれだった。

肯定か否定か、どちらが自分に有利になるか少し考える仁狼だが、こうして動きを止めて黙った時点で肯定したのと同じだ。

 

「……だから何だ」

 

「ふざけるな、って話さ」

 

一輝は明確な苛立ちを込めて切っ先を向ける。

 

「確かに君は強い。だけど、僕も胸を張れる位には強い。全力を出そうともしない奴に遅れを取るほど、僕は甘くないぞ」

 

「受けてばっかの奴がどの口で?」

 

「そうだね。だから僕も全力でいくつもりだったけど」

 

すぅ、と一輝の姿勢が低くなる。

仁狼も全身の力を抜き、あらゆる攻撃とその応手を脳内で無数に導き出す。

 

 

「………今の君に勝つのなら、この程度で良さそうだ」

 

 

瞬間。

一輝の姿が霞んだ。

 

 

ガギャンッッッ!!!と鋼が悲鳴を上げる。

想定を大きく超える速度で吶喊(とっかん)してきた一輝の一太刀を、辛うじて仁狼が受け止めた音だった。

到底片腕では抑えきれない力に、仁狼は鏡月(きょうげつ)を交差させて抗う。

 

(使ってきた………っ!!)

 

想定外の展開に両の刃で挟み横に押し退けるように力を流す仁狼。

だが力を流された次の刹那には、一輝はもう斬りかかっている。

驟雨のような陰鉄(いんてつ)のつるべ打ちを打ち落とす両刀から伝わる速度と力は、数秒前の比ではない。

使われる前に倒すのが理想だったが、こうなっては仕方が───

 

(違う)

 

仁狼の思考が違和感の正体を弾き出す。

確かに、さっきまでよりも遥かに疾く、強い。

だがこれがあの伐刀絶技(ノウブルアーツ)なら───数十倍まで引き上げられた身体能力なら、この程度では済まないはずだ。

それに一輝はこう言っていたではないか。

“この程度で良さそうだ“、と。

 

(これは……《一刀修羅(いっとうしゅら)》じゃねえ!!)

 

『出たぁあああ!! 黒鉄選手、満を持して《一刀修羅(いっとうしゅら)》を発動!!

追い詰められてからが彼の本領、限界を超えて目の前の敵を斬り伏せる!!

七星剣王、反撃の狼煙だぁああっ!!』

 

『や、(ちげ)ーよ。ありゃ《一刀修羅(いっとうしゅら)》じゃない。』

 

『……えっ!?』

 

ヒートアップする実況に寧音が水を差した。

まさかの指摘に口が固まってしまった月夜見。

 

『黒坊の《一刀修羅(いっとうしゅら)》もすっかり有名になったけどさ。

「自分の全てを使いきって1分間だけ身体能力を数十倍まで引き上げる」って事は知ってても、()()()()()()()()()()()()()()()ってのは知らないってヤツ多いんじゃないかね?』

 

『し、知りませんでした……! も、元になった伐刀絶技(ノウブルアーツ)ですか?』

 

『そーそー。黒坊の元々の伐刀絶技(ノウブルアーツ)は、「自分の身体能力を倍にする」っつーハズレ能力でねぇ。

それをアタマの限界(リミッター)ブッ壊して使うことで、手を付けちゃダメな力を引き出すのが《一刀修羅(いっとうしゅら)》なんさ。

正しい使い方じゃあ無えのよ、アレ』

 

『! と、いう事はあれは……!!』

 

『ご想像通り。ありゃ自分の伐刀絶技(ノウブルアーツ)()()()使()()()()()()さね』

 

眼下の光景に、寧音は面白そうに口角を歪める。

 

 

『もっとも、今の黒坊の魔力コントロールは《七星剣武祭》の時を遥かに上回ってんだ……見たところ、普通よりもずっと少ない魔力で、4・5倍はパワーアップしてるみたいだけどねぇ』

 

正しく扱っているが故に使用後に動けなくなるという事もない。

本来の魔術の式に基づく故に魔力を律するのも容易。

自身のピーキーな戦いに大きな柔軟性をもたらす自分の原点となったその技を、

一輝は、《(まとい)薬叉(やくしゃ)》と名付けていた。

 

「はぁぁあああああっ!」

 

「~~~~~~~っっ!!」

 

攻守は完全に逆転した。

圧倒され後ろに下がる仁狼を、一輝は猛然と攻め立てる。


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