二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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我が身は刀

()(とう)新月(しんげつ)()(りん)()(そう)》。

それに対する《一刀(いっとう)修羅(しゅら)》。

己自身に使った何かをそう呼んだ仁狼が、自らの身体能力を百倍以上にまで高めた一輝へと一直線に突撃する。

そして霊装(デバイス)を失った徒手空拳で仕掛けるのは、目と腹に同時に迫る(ぬき)()

その一連の速度はつい十数秒前とは比べる事すら愚かしい程に跳ね上がっており、仁狼の()()が凄まじく大きな影響力を持っていることがわかる。

だがその速度は今の一輝に比べれば数枚見劣りする程度のもので、しかも一輝は既に仁狼の全てを掌握している。

故に落ち着き払っている一輝が冷静に繰り出すのは、頭部に延髄、胸に腹と上半身すべての急所に向けた斬撃四連。

一拍にも満たない間に放たれたそれらは仁狼の貫手が迫るよりも早く彼の身体に食らい付き、

 

そして金属音。

一輝の手首に、硬質な鋼の手応えが返ってくる。

 

「!!」

 

お返しのように迫る仁狼のラッシュ。

機関銃にも匹敵するその速度と回転数に土台となっている彼の上半身は幾重にも重なる残像で霞み、肩から先に至ってはその残像すら残さず完全に消えている。動体視力のみに限れば、その速度は一輝の認識を置き去りにしていた。

だがそれらの呼吸とタイミングを読み切り、さらにリーチと肝心の速度で勝っている一輝には届かない。

空間を埋め尽くすような密度の連撃をすり抜けながら、一輝はさらに陰鉄(いんてつ)を叩き込んでいく。

 

守るもののない眼球を狙った横薙ぎ。

金属音を上げて弾かれた。

筋肉の収縮力が弱く柔らかな鳩尾(みぞおち)を狙った刺突。

金属音を上げて弾かれた。

最も直接的な急所、股間。

金属音。

四肢の関節部。

金属音。

ついさっき自分が付けた刀傷の傷口。

金属音!

 

『どっ、どういう事だぁぁあ!? 防御の素振(そぶ)りもない去原選手に、黒鉄選手の刀が全く通らない!! まるで鎧に斬りつけたかのように、全ての攻撃がその身体で弾かれています!!』

 

「しぃイッ!!」

 

一輝の陰鉄(いんてつ)の力の乗りが弱い所を()()()()()仁狼が、そのまま刀を押し込みながら両腕を振るう。

重心移動の芯をズラしながらの強引な力押しに僅かに姿勢が傾いだ一輝は、押し込まれた陰鉄(いんてつ)を上にカチ上げ柄尻によるアッパーカットを繰り出した。

だがその瞬間に仁狼は全力で首を捻り()()のように陰鉄(いんてつ)を別の方向へと逸らしつつ、フックで一輝の首を狙う。

相手の得物を身体から遠ざけてガードされるのを防いだ状態での一撃だが、ここでも一輝の技量が光る。

流された力をさらに制御。陰鉄(いんてつ)を引き戻し、手首(リスト)を返して仁狼の手を刀身の腹で受けた。

仁狼は受けられた手を更に押し込み、陰鉄(いんてつ)の刀身ごと一輝の肩を掴む。

 

………危険を感じた一輝が即座に魔力を肩に集中させて防御力を上げていなければ、彼の右腕は根本から引き千切られていたかもしれない。

肉に食い込む五指の力に一輝が連想したものは、巨大な獣の(あぎと)だった。

 

「ぅらァ!!」

 

「ぐっ!?」

 

踏み込んだ足のポジションで脱出を封じつつ、仁狼はそのまま地面へと投げつけるように一輝を薙ぎ倒す。

身体が地面に接触しようとした時、仁狼は足を後ろに大きく振りかぶっていた。

明確な蹴りの構えだが、わかっていても防御は難しい。

受け身をとれば、そこでまともに喰らってしまう絶妙なタイミングだったからだ。

だから一輝は、防御も受け身もとらない。

視認すら不可能な蹴り足に、陰鉄(いんてつ)の刃を思い切り叩き付けた。

 

『ああーっと! 転ばされた所に迫った蹴りに黒鉄選手、攻撃で応じたぁ!!相手の力と反動を利用して距離をとる!

一方の去原選手、蹴り足を弾き飛ばされて追撃を断念!

そこへ黒鉄選手突っ掛けたぁ!!

し、しかしまたも金属音……!

どういう訳か霊装(デバイス)を失っているはずの去原選手の身に何が起きているのか、まったく想像がつきません!!』

 

一輝とステラ、そして珠雫は今目の前で起きている現象に目を剥いていた。

相手を完全に掌握し更に《一刀(いっとう)修羅(しゅら)》を発動した一輝が、その相手に捕まって倒されるなどまずありえないのだから。

にもかかわらず今、仁狼は一輝と渡り合っている。

速度だけではない。膂力も反応速度も、仁狼の全てのパラメーターが次元をいくつか超えている。

加えて《一刀(いっとう)修羅(しゅら)》による攻撃をものともしない身体の硬度。

三人はある恐るべき可能性に思い至っていた。

 

───彼が霊装(デバイス)を失ったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『……まさか霊装(デバイス)との同化……? だとすりゃあ、あのぼーず……いや、それにしちゃあ……』

 

寧音も解説という立場を忘れ、鋭い目で仁狼を分析している。

飛躍した想像と思うかもしれない。

しかし四人はそれぞれ話に聞き、あるいは目の当たりにし、また自らの身を持ってその存在を知っている。

自らの身体を霊装(デバイス)と融合させ、心身共にヒトを逸脱し()(がい)へと堕ちる現象と、それを可能とする者が冠する名前を───

 

「『霊装(デバイス)との同化』。今解説された通り、それがジンロウの切り札である伐刀絶技(ノウブルアーツ)、《()(りん)()(そう)》です」

 

それを裏付けるような琉奈の言葉。

 

霊装(デバイス)とは己の魂の具現であり、また超高密度の魔力。伐刀者(ブレイザー)の身体に当たり前のように宿っているもの。

形状を変えたり、ああして体内に還元して運用したりすることも、ごく自然な用法というものでしょう」

 

「口にしてみれば簡単かもしれないけれど、並大抵のイメージじゃ不可能よ……!! 霊装(デバイス)の形を変えるだけじゃなく最初の状態まで巻き戻すなんて、それこそ自分の魂を自在に造り変えるくらいじゃないと……!」

 

「じゃあ何もおかしく()ェじゃねえか。難易度はともかく、魂の変質なんて手前(テメェ)()(よう)次第で十分に有り得る事だろうがよ」

 

動揺するステラにぶっきらぼうに断言する蔵人。

魂を造り変えるなど、確かに並大抵の試練で為し得る事ではない。

だが蔵人は、去原仁狼はその位の地獄を乗り越えていると確信しているのだ。

ステラと蔵人、二人の反応はどちらも正しい。

情報収集によって彼自身の経緯を知っている琉奈が小さな笑みを浮かべた。

 

「その通り、可能です。『一理に達すれば万法に通ず』───二天一流の思想を魂に刻み込んだジンロウならば」

 

 

───そも、二天一流とは何か。

“刀を二本使って戦う流派“というのが一般的な認識だろう。

しかし、実はそれは誤りだ。

確かに二天一流には二刀を使った構えも技も存在する。

しかしそれらの本質は、重い刀を片手で自由に扱うための訓練。

二刀で培ったそれを一刀に還元すること、それこそが()()()()()()()()()()二天一流の本義。

そして一刀に通じれば、それは当然無手への応用が効く。

“一理に達すれば万法に通ず“。

宮本武蔵が著した戦いの指南書である《五輪の書》に記された一文は、戦いにおいてはあらゆる状況であらゆる手段を用いよという思想を実現するための理論を表している。

 

「だからジンロウの霊装(デバイス)は形が変わるんです。

二刀に、一刀に───そして、無刀に。

あらゆる状況であらゆる手段を取れるように」

 

近代兵器(トマホーク)の弾幕ですら傷一つ付けられない程の超高密度の魔力結晶である霊装(デバイス)()()()、魔力の状態に戻す。

そうして得られた莫大な魔力を、仁狼はただ体内に納めているのではない。

骨や筋繊維、血管や神経に至るまで、一滴の無駄も無くあらゆる細胞や組織に流し込み強化しているのだ。

こうなればこれ程最悪なものはない。

身体は霊装(デバイス)に比肩する硬度を手に入れ、身体の持つあらゆる能力は爆発的に強化。神経を走る電気信号の速度も人の身の限界を易々と突破する。

加えてもう一つ。

唯一の弱点だった体力の少なさが、完全にカバーされてしまう。

 

あらゆる状況に対応し、あらゆる手段を用いる事ができる伐刀絶技(在り方)

これまでの生涯の大半を血と痛みで塗り上げた男の、到達点の一つだった。

 

『ラッシュ! ラッシュ! ラァァッシュ!! 両者共に激しい打ち合い!! 機動力を使い四方八方から攻め立てる黒鉄選手に対して去原選手、その場に陣取るように対抗しています!!』

 

『速度で言や黒坊のが数枚(うわ)()さね。ただイヌッちの方につけ入る隙がない。あの防御力を突破しなきゃ何にも始まんないけど、さて黒坊はどうすんのかね?』

 

激突する度に黒刃と腕が奏でる戟音は、攻防が速すぎて間隔の無い一続きの音に聞こえる。

仁狼は防御に徹していた。

自分より速度が上の一輝の連撃に、極めて最小限のガードを最小の動作で最速に行うことで対応している。

一見して攻めているのは一輝だが、追い詰められているのもまた一輝。

彼は今仁狼に、第二秘剣《裂甲(れっこう)》に第六秘剣《(どく)()太刀(たち)》───刀で放つ寸勁に内部を破壊する浸透勁を重ねるという、あらゆる防御を貫通すると言っても過言ではない組み合わせを常に打ち込んでいる。

にも関わらず、仁狼の表情は小揺るぎもしない。

防御力の強化が体内にまで及んでいる証査だった。

しかも一輝は《(まとい)(やく)(しゃ)》で魔力を消費している。《一刀(いっとう)修羅(しゅら)》を維持できる時間は、発動から五十秒が限界だろう。

まさかこの短期間でこのレベルの防御力を二度も相手取ることになるのは流石に想定外だ。

しかし焦りはしない。

一輝は冷静に思考を進めていく。

 

(……彼の本来の能力は攻撃向けだ。本当に全身がこの硬度なら、防御なんてせず強引に攻め込んできてもいいはず。そうしないのは、ここまでの硬度を発揮できる部分に限りがあるからかもしれない)

 

ならばその可能性を試すのみ。

打ち込む刀の速度が上がっていく。元より目で追えなかった身のこなしが更に()(がい)の領域へと昇っていく。

これを受けて仁狼は脚の幅(スタンス)を前後に広くとり、空手の三戦(さんちん)立ちの要領で全身を内側に向けて絞り上げ、低く低く腰を落とし亀のような完全防御の姿勢となって対抗。

そこに襲い来るのは、思考を排して肉体が発揮し得る最高速で手数を繰り出す制圧剣技。

 

「《(あま)()(らい)k………っっ!!!」

 

技の名前は途中で止まった。

身体全ての部位に打ち込んでも()()()()が無かったから、ではない。

動ける隙間などない斬撃の驟雨の最中に、仁狼が反撃を捩じ込んできたからだ。

 

仁狼は完全防御の姿勢で、気を抜けば即座に吹き飛ばされる剣戟の雪崩に全力で抗っていた。

ただ己が描く反撃のプランに当てはまる太刀筋を、極限の集中を以て永遠とも思える数秒の中で待ち望んでいた。

そして、第七十六回目に己が望む通りの斬撃は来た。

身体を傾け、全身を使って速度の乗った太刀を受け止め流す形を作る。陰鉄(いんてつ)は仁狼の身体を滑るように受け流され、一輝にほんの刹那の隙を生む。

そこを刺し貫くように仁狼は力を纏わせた右手を一輝に向けて突き出した。

……確かに、一輝と仁狼には決して少なくない速度の開きがある。

だが、それだけの隙があれば覆せる。

蚕糸を意味する『(こつ)』に稲光を意味する『雲輝(うんよう)』。

数字に換算して1/200秒と1/20,000秒。

そんな時間と呼べるのかも怪しい刹那を当然のように単位として用いている世界の住人が彼らなのだ。

 

 

 

「──────《(げっ)(こう)(けん)》!!!」

 

 

 

瞬間。

音が消し飛んだ。

 

 

 

……今のは、溜め無し(ノータイム)で撃っていい威力じゃないだろう。

間一髪で飛び退いた一輝が、心の内でストレートなクレームを入れる。

新宮寺黒乃が咄嗟に避難させていなかったら、一体何人が犠牲になっていたことか。

 

仁狼の前方から斜め上方。

外からの光がスポットライトのように射し込んできている。

───まるで、月すら穿たんとする巨大な槍。

その技は観客席を放射状に大きく抉り、そのままスタジアムに外まで通じる巨大な風穴を開けていた。

 

『ごっ………豪~~~~っ快な一撃!!

先程の冴え渡る剣技体術から一転、超攻撃力の伐刀絶技(ノウブルアーツ)!!

自分の強さは身体だけではないと、伐刀者(ブレイザー)としての真の強さを見せ付けるような鮮烈な一発だぁぁああああっっ!!』

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