二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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翳る月

それが観衆に聞こえていなかっただけまだマシだったかもしれない。

ただそれだけ仁狼は今の行動指針に忠実だっただけという事だ。

 

『……あ、それと一応、カウント的にはギリセーフな。イヌッちは気配がゼロに等しいから、外に出たのに姿が見えなくても「隠れてるだけ」とでも思わされたかねぇ……。

案外、外に漏れ聞こえたアナウンスでやっと気付いたってのも有り得るかもしんねーな』

 

『とっ……ともあれ、戦いの舞台は再びここに戻ってきました!! 思いも寄らない奇策を何とか切り抜けた黒鉄選手、ここからの試合運びはより慎重になりそうで───』

 

爆ぜた。

 

もはや策を弄する暇など与えぬと殺到する黒刀に仁狼も呼応する。

最高潮の肉体に戦闘状態の脳が狂ったようにインパルスを飛ばし、生命活動の全ては戦う為だけの為に最適化。

その様はもう人間というよりは、闘争という概念をヒトガタにしたと言う方が相応しいかもしれない。

刀や腕はもちろんの事、最も動きの少ない胴体や下半身すら網膜が正常な輪郭を結んでくれなくなるほどに壮絶な打ち合いが始まった。

 

『始まったぁあ!! まるで謀られた憤りを叩き付けるような、罠を巡らす頭脳戦から一転、真っ向からの腕比べ!! そこから動いていないはずの二人の姿がもはや見えないっ! 耳を聾するような戟音が打ち合いの苛烈さを物語っています!!』

 

「本当にすごい音、耳が痛い……!」

 

「あれ本当に人間が出せるスピードなのかよ!? もうそこにいるのかもわかんねえぞ!」

 

「スッゲェ、離れた場所にいるのにここまで届いてくるみてえだ……!!」

 

「……見た限りはそうだけど、キツいのはイヌハラのはずよ」

 

罵ったかと思えば沸き上がり、忙しそうに感情を起伏させる観衆とは裏腹に、冷静に戦況を分析している者もいた。

知らずに身を乗り出し、一合すら見落とすまいと神経を尖らせるステラ。

 

「イヌハラはスタミナが少ない。《()(りん)()(そう)》による超ブーストでカバーしているみたいだけど、身体の強化はアイツの能力とは違う。

次元は違うけど、言ってみればあれは私たちが普通に行っている、魔力による肉体強化と変わらない………『体力が少ない』という根本的な問題が解決している訳ではないのよ。

それを発動した時点でアイツはかなり消耗していたし、そこから観客席の中を全力で走り回っていた。

普通なら強化された身体能力を頼ってある程度力を抜く所だろうけど……残っているだろう体力から考えても、あの乱撃戦はかなり無理しているはず」

 

「……カウント勝ちとかいう舐めた遣り口も、『休みたかった』って面がデカかったのかもしれねぇな。クロガネの方もそれがわかってるハズだ、もうあの距離からは逃がさねぇだろうよ」

 

さんざん搦め手を使ってきたのもいい証拠。仁狼は圧倒的不利となる乱撃戦からは何としても脱したい所だろう。

しかし一輝も仁狼の取りうる行動の選択幅を改めて折り込んでおり、こうなった彼の目を出し抜くのはほぼ不可能に近い。

壮絶な打ち合いの裏では複雑怪奇な化かし合いが発生しているはず───

 

『ん。いやコレ、黒坊がガッツリ不利だわ』

 

寧音のその一言に、思わず耳を疑った。

 

『そ、それはどういう事でしょうか? 体力が少ないという点で言えば、不利なのは去原選手なのでは!?』

 

『イヌッちの身体に力が全然入ってねえ。完全に黒坊の一人相撲なんさ、削り合いが成立してねえ。()()()()()()()()()()()()()

 

「攻撃を跳ね返す? ……まさか………!!」

 

「突き詰めていけば同じ発想に至るものなのでしょうか。《詠塚派》と黒鉄さんは、同系統の技を奥義の一つとして生み出したようです」

 

相手の攻撃をそのまま返す技、それに心当たりのあるステラがいち早く現状を察する。

一見して仁狼が不利なこの状況こそ、まさに彼の術中。

───あれが仁狼の剣の、第二の奥義だ。

筋肉を液体のレベルまで弛緩させ、片方の刀で受けた力を腕から背中を通してもう片方の腕に移動。そしてその力をそのまま打ち返す。

一刀を用いる攻撃の型《流星(ながれぼし)》に並ぶ、二刀を用いる()()()()───

 

 

「秘事の型二番・《(たまき)》」

 

 

二刀を用いる故に「受けて」「返す」際のタイムラグもほとんど生じず、さらに返す形は仁狼の思うがまま。

技の名前は奇しくも「輪」を意味する一文字。

しかし一輝がステラとの戦いの中で改良する前とした後の《(まどか)》の良いとこ取りと言っていい、完全な守りの型だ。

受け止められた攻撃がより強くなって別の方向から帰ってくる。それを叩き落とせば同じことの繰り返し。

攻めていたはずなのに、いつの間にか防御に腐心させられている。

攻撃すればするだけ悪循環。自分と相手の間で延々と巡り続ける力の円環の中に、一輝は完全に囚われていた。

 

(攻める隙がない───けど)

 

一秒が極限まで過密化した時間で、唐突に仁狼の剣が止まる。

陰鉄(いんてつ)と《無空(むくう)鏡月(きょうげつ)》が激突したその瞬間、絶妙に力を抜いた一輝の全身の関節が、まるでクッションで受け止めるように伝わってきた力を減衰・吸収したのだ。

返す力を失い途切れた《(たまき)》の隙間に、一輝は自身の身体を刀の間合いのさらに内側に捩じ込むように踏み込み───同時に全く同じ行動を取っていた仁狼と、肩と肩がぶつかった。

人間性の掌握などせずとも、行動の選択幅を削り切れば、相手の動きを読む事は容易い。

仁狼は次の一輝が起こすだろう行動に合わせて、迎撃の準備を整えていた。

放たれるのは重心移動と体捌きの妙により、相手に触れた場所が胴体だろうが刃先の末端だろうが間合いを問わず最大威力の発勁(はっけい)を叩き込む()()()()()()()

だが。

この形で放つ技の種類など、読み易いのは一輝も同じだ。

 

「《白鬩(はくげき)》ッッ───」

 

「───《爆心靠(ばくしんこう)》ッッッ!!!」

 

────全身を白筋で構成された仁狼の発勁は、()の状態でも爆弾じみた破壊力を持つ。

しかし技の相性が悪かった。

自身の力だけでなく攻撃を受け止める事で生じた床反力まで押し付けられた仁狼が、(ひしゃ)げるように吹き飛ばされた。

 

「………っっ!?」

 

『っとぉ、カウンターが綺麗に決まったぁ!! 去原選手、地面を削るように弾き飛ばされる!!』

 

『ただ吹き飛ばすんじゃなくて、地面に押し付けるように力を加えたのはイイ判断さね。イヌッちを空中なんて手の届かない所に飛ばしたら何をしでかすかわかんねーし』

 

(よしっ、完全に体勢を崩した! あそこまで身体が地面に接していたら、脱力で《(ねじ)(みず)》を流すこともできないはず!!)

 

ついに訪れた千載一遇の好機にステラも思わず拳を握る。

完全に転ばされる形で打ち飛ばされた仁狼は、攻撃も防御も、まして動ける体勢でもない。

仁狼がここから体勢を立て直すまでに一輝なら十数回は打ち込める。そしてそれは仁狼の《五輪(ごりん)()(そう)》を突き崩すには充分な手数!

これを逃す手はない。

一輝は一息に仁狼との距離を詰め───

 

「《関ヶ原(せきがはら)》」

 

それを阻むは超常の技。

両者の間の地面から突き出てきた透明な刃が、槍衾のように一輝に迫る。

 

『うお、このタイミングでそれはえげつねーな! 魔力の剣でバリケード作りやがった! ああいう()()()()()()は黒坊に対しては極めて有効さね……迂回するしか(すべ)がねえ!』

 

(こんな事まで───)

 

下腹部がヒュンと抜けるような感覚。

自分と彼の間に突然、向こう岸の見えない地割れが横たわったような錯覚に陥り、一輝の足が一瞬止まりかけた。

見上げるように強大な敵は今まで何人もいた。

潰されそうなくらい圧倒的な敵は何人もいた。

しかし、この男は何かが違う。

 

遠い。───そう、遠いのだ。

 

詰めたと思えば離され続け、気付いた時には瀬戸際に立たされている。

まるで煙を斬っているように、何度挑んでも手応えがない。

一息で飛び込んで斬れるはずのこの距離が、果てしなく遠い。

 

……なら、それでいい。

そうまで逃れるというのなら、その上で断ち斬ってみせよう。

胸ぐら掴んで引き寄せて、退く場所などないとわからせてやろう。

 

『お……』

 

それを見ていた寧音が、少し驚いたように声を漏らす。

地より沸き出ずる見えざる刃に強く踏み込んで。

己の刀に、一輝はただ一つ絶対の意思を乗せて振るう。

 

斬る、と。

 

ぞわり、と仁狼の心臓を悪魔が撫でる。

幾重もの金属が破断される壊滅的な音を上げて、見えざる刃の槍衾がただ一刀の元に全て破壊された。

 

「……………ッッッ?(何だ、今のは)」

 

その僅かな隙に立ち上がった仁狼は、迎撃ではなく距離を取る事を選んだ。

関ヶ原(せきがはら)》が容易く突破された事もそうだが、何よりもその時に黒鉄一輝が見せた気迫───威圧?

否、どれも違う。

とてもそんな“個人“の枠に収まらない、何かこう───“世界が意思を持ったような“抗えないモノを向けられた感覚に、彼の本能が最大級のアラートを上げたからだ。

 

(アレはヤバい。まともに相手取るのは得策じゃない)

 

冷たい金属が結露するように、仁狼は内心で滝のような冷や汗を流す。

《七星剣武祭》からおよそ半年、データに無い要素も考慮に入れていたつもりだが、いくら何でもイレギュラー過ぎる。明らかに一輝の能力とは()()()()の存在を、仁狼は『手に余る』と即断した。

当然それを逃がそうとする一輝ではない。

番外秘剣《鐵炮(てっぽう)》。

瞬間的に身体のスペックを超えた瞬発力を生み出す技を以て、即座に仁狼を詰めにかかる。

だが───

 

『つ、捕まらない!! 残像すら残らない速度で追いかける黒鉄選手から去原選手、するすると魚のように逃げ(おお)せています!!』

 

『黒坊の《鐵炮(てっぽう)》は技の性質上、筋肉が不自然な動き方をする。そこを見られてるんさ。

いっくら人間性を読まれてても、いつ・どこで詰めてくるかが事前に理解(わか)ってりゃあ逃げんのはそう(むずか)しかねえ。

けど現状、本気で逃げに回ったイヌッちを詰めに行く手段がそれっきゃねえのがしんどい所だねぇ』

 

『なるほど、お互いに行動を読み合っているから接触自体がそうそう起こらないと!

しかしここまで攻め込んでいる黒鉄選手に対して、去原選手が反撃する様子がないというか、その……去原選手に、交戦の意思があまり見られないような気もするのですが?』

 

『そりゃそーだ。()()()()()()()()()()()()

 

 

その言葉に、全員が息を呑んだ。

相手の得意な土俵には徹底的に上らない遣り口。

終いには相手に接しようともしない常識外れの戦略。

過程はどうあれ一輝はそれらを切り抜けてきたものの、とてもじゃないが満足に攻められる状況にはなかった。

 

さて。

一刀修羅(いっとうしゅら)》は、後どれだけ保つ?

 

「やられた………っ! 今までの策がどんな形で終わろうが、全部が時間を浪費させるその一点に繋がってたってこと……!?」

 

思わず呻くステラ。

確かに……確かに周知の弱点ではあった。

だがそれを突こうとした者はかつていない。誰もがそれを前に退くことを良しとしなかったのだ。

自分の騎士としての矜持や意地、自分にとって譲れないもののために。

……翻って、仁狼。

どんな手段も使う。最適とあらば躊躇わず逃げる。

勝つこと。

それだけが至上目的であり、それ以外を二の次にした合理の塊。

 

ただ一つを突き詰めたその()(よう)に、彼の姿に研ぎ澄まされた刃を重ねた。

 

『再び両者の距離が近付き、ああっ! 《断鎧(だんがい)》が爆発、黒鉄選手たまらず距離を取る! 一切距離を詰めさせない! 追い縋る黒鉄選手を嘲笑うように去原選手、悠々と距離を保ち続けている!!』

 

全開の一輝から逃げるのは困難。

しかし全力で逃げに回った仁狼を追い詰めるのもまた至難。

速度で勝っていようと、生身で戦わねばならない一輝にとっては能力の相性もかなり悪い。

それで動きを鈍らせはしないとはいえ、一輝の焦りは並大抵のものではないだろう。

 

しかし、内心で追い詰められているのは仁狼も同じだった。

 

(……そう都合よくはいきそうに無いな)

 

関ヶ原(せきがはら)》を破られた時に一輝から感じた正体不明の何かは、刻一刻と存在感を増してきていた。

躱す度、受ける度、弾き返す度。一輝の攻勢を押し退ける度に縄で首を絞められているような、まるで自分が知らぬ間に奈落の底に向けて歩いているような予感。

かつて体験したことのない現象だが、それが一輝により齎されていることは間違いないと確信していた。

 

ここで仁狼は逃げ勝つプランを放棄した。

 

(俺を絡め取るみたいに徐々に力を増していくようなこの“何事か“が、俺が確実に勝てる舞台を整えるまでに大人しくしている訳がない)

 

あの“何事か“の正体はわからないが、少なくとも確実に自分を倒しうるものだと見るべきだ。

ならば逃げて時間を与えるのは悪手。能動的かつ速やかに倒しきらねば、自分の身に何が起こるかがわからない。

 

それに。

 

 

「逃げんなコラーーーーッッ!!」

 

「戦えーーーーっ、卑怯者ーーーーーー!!!」

 

「チキン野郎ーーーーー!!」

 

 

観衆のヤジが、そろそろ鬱陶(うざ)い。

 

 

空を割る戟音。

ネズミ花火のように駆け巡っていた二人が、リングの中央で停止する。

漆黒と透明、相反する色が両者の間でチリチリと火花のように鍔迫り合う。

 

「……どういう風の吹き回しだい?」

 

「何を白々しい」

 

冗談めかして口角を曲げる一輝に仁狼が吐き捨てる。

お互いに分かりきった事を確認しただけだ。

ここで仁狼が迎撃に転じた理由など、一輝が一番わかっている。

こうなれば正面からの腕比べしかない。

二人の業前は互角。

ならば勝敗を分けるものとは───

 

「見せてくれよ。去原仁狼(きみ)の全てを」

 

「上等」

 

あらゆる物をぶつけても、行き着く先はただ一つ。

二人の死合い(ダンス)が始まった。

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