二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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二刀の極み

音は失せる。色は消える。

闘争に不要な一切は削ぎ落とされ、剥き出しにされた肉と刃が火花を上げて鎬を削る。

そんな中で黒鉄一輝は、戦火に負けない輝きを瞳に灯していた。

剣を通してみてわかる。

一太刀ごとに驚愕する。

鋼を介して伝わる力と重さ、全てが去原仁狼の何たるかをうるさいほどに物語る。

 

(本当に凄い剣技だ。……果たして僕は、ここまでの域に至っているんだろうか)

 

力の抜き方が極まっている。

緩急自在に所を得たそれが振るう剣に更なる速度と重さを生み出し、体力(エネルギー)の効率を最大まで高めているのだ。

それは何ら特別な事ではない、言ってみれば心得ていてしかるべき技術。だがそれをここまで研ぎ上げるのに、どれだけの鍛練を修めたのだろう。

霞むほど高く積み上げられた、剣士としての基礎。

奇策や妙策、しがらみを脱ぎ捨てて現れたのは、自分のように技術で出し抜く『弱者の剣』などではなく、技術と膂力の『豪傑の剣』。

 

───ああ、凄い。

学ぶべき事がたくさんある。

 

技術の体得が模倣から始まり、模倣の原動力が敬意であるとするならば。

黒鉄一輝という男はきっと、どこの誰よりも最強だ。

 

『!? もはや剣も姿も目に見えませんが、これは……音が、段々と速くなっているような……!?

まだ、まだまだ上昇していく!! ここに来て両者、さらにギアを上げてきたとでも言うのかぁっ!?』

 

『はっはぁ……黒坊のヤツ、イヌッちから盗みやがったね!

イヌッちの剣の要である脱力を我が物にしつつあるんさ!

まだ体力で勝るこの状況でこいつぁデケェ、立ち回り次第じゃ一気に圧しきれる線もある!!』

 

高揚する会場とは裏腹に、仁狼はくそったれと舌打ちでもしたい気分だった。

ここまで慎重に有利を積み重ね、不安要素の全てを遠ざけ、針の上に石を重ねるような駆け引きの果てに行き着いたのは結局ここ。

いや、それはまだいい。

苛つくのは今こうして自分の剣を盗みつつあるこいつだ。

 

(………《剣技模倣(ブレイドスティール)》。いざやられると本当にムカッ腹が立つ技だ。積み上げた結果を掠め取ってるのはどっちだよ)

 

そんな毒が出る位には圧され始めていた。

白色総身(ホワイトカラー)》と二刀のおかげで競り合ってはいるが、元よりスピードという土俵では《一刀修羅(いっとうしゅら)》の方が格上。上昇していく剣速に《(たまき)》のループが間に合わなくなりつつある。

断鎧(だんがい)》で押し返す常套手段も脱力が挟めなければ不可能だ。

なら他の伐刀絶技を使えばいいだと?

とうに試して失敗している。

完全掌握(パーフェクトビジョン)》相手に長引きすぎた。全てが躱されるか出鼻を潰されている。

ままならない状況に眉間に皺を寄せる仁狼だが、それとは別に浮かび上がってくる感情があった。

 

(いやしかし、これは……)

 

己に課した制約を離れていざ冷静に見てみると、この男の剣技がどれだけ人外の領域に踏み込んでいるのかがよくわかる。

決して自分が引けを取っているとは思わない。

だが太刀筋一つ取ってみても、ここまで不純物を削ぎ落とすのに自分はどれ程の時を要しただろうか?

一つの動きを完成させるのに要した時間に、どれだけ膨大な密度が詰まっているのだろうか?

いや、疑問に思うまでもない。

それは地獄で踊るように苛烈なものだったはず。

 

甘かった───今更ながらそう思う。

これほどの男を前に安全策がそのまま通るはずもなかった。

命を刃として臨む者に命を差し出さずして勝とうなど虫の良すぎる話だった。

しかしこちらも教えてやろう。

剣での戦いは自分の土俵だと。

自分を相手に『体力が少ないから乱激戦に持ち込めばいい』など、虫の良すぎる話であると。

 

───それがさっきまでの自分では有り得ない感情だとはまだ気付かないまま。

ふつふつと沸き上がりつつある未知の感覚に衝き動かされるように、仁狼は強く斬り込んだ。

 

「かぁッッ!!」

 

「……っ!」

 

技と体に相応しい心で振るわれた剣は今までよりもずっと重く、強い。

突然増した力を逃がすのが一瞬遅れた一輝の膝が沈み、そのコンマの空白に捩じ込まれた二の太刀を何とか弾く。

立て直す暇など与えぬとばかりにさらに苛烈に攻め立てる仁狼に一輝も呼応するが、ここで仁狼の動きが変わった。

 

切っ先を一輝にピタリと向けたまま刀を振って攻撃を防ぎ、それはそのまま連続の刺突へと繋がる。

攻撃の合間を縫う厭らしい攻撃だが、後ろに下がればそれは勝ちを争う土俵から降りるも同じ。

押し返そうと前に出した足に、脛がへし折れるような一撃が入った。

仁狼が自分の足をぶち当てたのだ。

予期せず出鼻を潰された一輝はその場での対処を余儀なくされ、状況は仁狼の攻勢で固められた。

 

「今の型、細剣のAの防御………!?」

 

(それに足運びと一体化した今の蹴りは八卦掌の(こう)()! どれだけ引き出しが多いんだこの人は!?)

 

細剣使いに師事していたステラと武芸百般の一輝がその正体を瞬時に看破する。

仁狼は自分の剣を構成している無数の、それぞれ全く系統の異なる武術の中から最も状況に適したものを抽出。それぞれの武術独自の秩序(リズム)が仁狼の行動パターンに変化をもたらし、一輝の読みから外れた攻撃を可能としたのだ。

元々ギリギリで釣り合ってた拮抗だ。たとえ小さな要素でも天秤は簡単に傾く。

そしてそれは、一輝の側も同じ。

()(くう)鏡月(きょうげつ)》を陰鉄(いんてつ)にぶつけた仁狼の両腕を、不自然な力の流れが駆け巡る。

 

(形を崩して受けられた……《(ねじ)(みず)》を受けに転用したか!!)

 

即座に両腕を脱力して力を逃がす。

力の流れを曲げて相手の身体を自壊させる事が本質の技、防御にも応用が利くようだ。

 

───ならばすり抜けよう。

 

見えざる刃を受けようとした一輝が、咄嗟に首を仰け反らせる。

刹那、喉笛の皮膚が浅く切り裂かれた。

 

「っ逆手……!」

 

()(くう)鏡月(きょうげつ)》は透明な魔力の刃。

仁狼は一輝に斬りかかる際、刃を出力する方向を逆にした………つまり「逆手に持ち変えた」のだ。

不可視の特性のまま形状を変えた斬撃は刀の防御をすり抜けて鎌のように一輝の首を狙う。

 

ならば技術で迎え撃ってみせよう。

 

ぐにゃり、と陰鉄(いんてつ)が曲がったとすら思った。

両の手首の柔軟性をフル稼働させ、順手と逆手を無秩序に切り替えて迫る変幻自在な仁狼の斬撃を、技術をもって正面から相手取る。

 

(よくもここまで巧みに刀を操る……!)

 

ならばこうしよう。

膝からも魔力の刃を伸ばし両手も合わせて四刀で襲う。

 

(器用な事を……! 足運びの技術と相俟って防御が間に合わない!)

 

ならばこうしよう。

膝の刀の攻撃は、被弾する箇所のみに範囲を絞った極小の魔力防御で対応する。

 

(攻撃する場所を完全に読んでいるな……!)

 

ならば。

 

(刃の形状を変えてきたっ!)

 

ならば。

 

(元を押さえれば関係ないってか……!?)

 

ならば。

 

(そんな手が!?)

 

だったら。

 

(クソッ、そう来るか!)

 

それなら!

 

(こんな事まで!)

 

 

これなら─────!!

 

 

「「───負けてたまるかァっ!!」」

 

 

二人が吼えたのは同時だった。

さらなる進歩と進化を求めて持ちうる全てを叩き付け、時についさっきまでには無かったものまで作り上げて引っ張り出し、勝利に向けてひた走る。

すぐそこに迫るゴールを目掛けて、爪先一つの距離を争うように。

いつしか仁狼の顔からは、鉄仮面のような冷徹さは剥がれ落ちていた。

 

 

「……少し、妬いてしまいますね」

 

観ていた琉奈が寂しそうに笑う。

 

「小さい頃の経験のせいか、心に高い壁のある(ひと)でした。

三言以上話してくれるまで仲良くなるのも大変でしたが、あの事件があってからは尚更で……せめて思った事を表情に出してくれるようになるまで、私は凄く努力したというのに」

 

「ヨミツカさん……」

 

何をしてみても表情をまともに動かさず、色仕掛けしても大した反応を示さない。

そんな彼が感情を剥き出しにしている。

戦いの中でさえロクに心を動かさない男が、()()()()()()()()()()()

 

「つい最近会ったばかりなのに、まるで、友達と遊んでいるみたいです」

 

 

何時間とも思える密度の一瞬がいくらか過ぎた頃、唐突にそれは起こった。

仁狼の剣の速度と威力が、何の前触れもなくいきなり跳ね上がったのだ。

予期せぬ現象に形を崩して受けようとした陰鉄(いんてつ)が大きく弾かれそうになり、一輝は慌てて体勢をリカバリーする。

 

(脳のリミッターを外してきたか……っ!?)

 

最も可能性の高い理由を推定する一輝。

仁狼はいくつかの手順を踏まねば脳のリミッターを外せなかった筈だが今は共に進化の最中、彼がこの域に進化しても不思議ではない………

 

いや、それにしてはおかしい。

何かが違う。

たった今、何か大きな存在感がこの戦いの中から消えた。

 

少しの戸惑いの後、一輝は恐ろしい答えを見つけた。

 

仁狼の剣や体捌き。

それら全てから、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……嘘でしょ?」

 

その事実に気付いたステラが愕然とする。

音の無い斬撃。

それは世界最強と称される女性───《比翼》の扱う剣の道の最果てに他ならず、それ故に目の前の現象をすぐに受け入れる事はできなかった。

 

「戦いの中でどんどん進化していってるのはわかるわ。 けど、この短時間でエーデルワイスさんの域にまで至ったっていうの!?

型の正確さだけじゃなくて微風程度の外的要素の変化にも気を配らないとならない、イッキですらまだ到達できてない極致なのに!!

どれだけ才能があったとしても流石におかしいわよ。一体イヌハラに何が起こってるっていうの……!?」

 

「ステラさん。《七星剣武祭》でも軽く解説されていましたが、……《比翼の剣》とは、具体的にどういったものなのでしょうか?」

 

「……簡単に言えば、自分の行動により生じるエネルギーを完全に制御し、一切の無駄なく行動のみに消費する体捌きよ。

音っていうのは空気の振動による衝撃の波、言い換えれば行動に使う力の分散(ロス)

それが聞こえなくなるって事は力が全く分散していない、つまり速度も攻撃力も限りなく百パーセントに近いポテンシャルを発揮できるってこと。

正直、人間業じゃないけれど───」

 

「………あっ……!!」

 

息を呑むような声が出た。

思わず口に手を当て驚愕に瞳を震わせる琉奈に、ステラ達は彼女が正解に思い当たったのだと知る。

 

「ヨミツカさん。何かわかったの?」

 

「ええ。あくまでも推測ですが……」

 

問いかけてきたステラの知識と一つづつ照らし合わせるように答えを紡いでいく琉奈。

 

「その話から考えるに、《比翼の剣》を扱う最大の壁は空気そのもの。

物体の速度が上がれば上がるほど強く干渉してくるそれを、毫の乱れもない体捌きですり抜ける技。

さらに無数の外的要素の変化にも注意せねばならない。

確かに私などでは想像すら出来ない武の極みですが、この認識で正しければ………ジンロウにとってそれらをクリアすることは、障子紙を破るように容易いかと」

 

「………ああ、なるほど。それで理解したわ」

 

同じく答えに行き着いたステラが苦い顔をする。

力の一片だけで有象無象を消し飛ばす彼女にすら苦味を覚えさせる程に、仁狼が行動に対して生み出した結果は釣り合いが取れていなかった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()

空気の抵抗や外的要素、そういうの全部を能力で無視してる。やってる事は単純なのに、その結果が頂点だなんて笑えないわよ。

『斬る』事の完成形と《切断》の能力、考えてみれば相性は抜群………風を切るとはよく言ったものだわ」

 

 

全てを悟った時、一輝の心臓は一瞬、拍動を止めた。

それはまるでいつか味わった、圧倒的な力に対する誤魔化しようのない恐怖。

───《比翼(エーデルワイス)》の再現。

恵まれた才覚で磨き抜かれた仁狼の技術と能力が、最高の形で結晶化する。

 

 

 

「お前を()()学んでみたよ。………《風斬翼(かざきりばね)》、とでも名付けようか?」

 

 

 

 

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