二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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冷や水

「……止まってください」

 

全速力で駆けつけてきた刀華が、心無しかげんなり顔で蔵人を制止する。

 

「《雷切》ィ……!」

 

「あなたの探し人は解放されるまでまだ時間がかかります。大切な要件があるなら私に言伝(ことづ)てるか、学園の敷地外のどこかでお待ち下さい。

これ以上面倒事を増やすんじゃなかっ!!」

 

蔵人は唸り声をピタリと止めた。

立て続けに現れる問題児たちにキレて突然訛った刀華に驚いたわけではない。

その刀華の後ろに出現した男を見つけたのだ。

好戦的な眼差しで己を見詰めている、まさに己の探し人とわかる獣の目をしたその男を。

 

「っっっ!?」

 

蔵人の視線でやっと()()()()()()()と気付いた刀華が、固有霊装(デバイス)鳴神(なるかみ)》を顕現させ全力でそこから飛び退いた。

 

──いつから後ろにいた!?

いつの間に追い付いた!?

皆の見張りを、こうも容易く振り切って!

 

許可のない固有霊装(デバイス)の顕現は校則違反だが、防衛本能による反射だった。

仁狼と蔵人は刀華と一輝の横を強引に通り抜け、他の何も見えぬと言わんばかりに大股で互いの距離を詰めていく。

 

「『学園破り』だな?」

 

「そういうお前は……《剣士殺し(ソードイーター)》だな」

 

「目的は」

 

「目移りしてるよ……食いでがあるのが多すぎる」

 

「貪狼のオレは眼中に無ェと?」

 

「それに腹が立ってここまで来たと?……剣士冥利に尽きるなぁ」

 

抱き合うような距離になり、やっと二人は歩みを止める。

その顔はまるで、獲物を前に涎を垂らすような。

“笑顔は元々、牙を剥き出し威嚇する表情“。

そんな知識を想い起こさせる、原初の表情だった。

 

 

「「───ここで喰ってやろうか?」」

 

 

ゴン!!と二人の額が激突する。

ゴリゴリと額を押し付けながら至近距離で睨み合う二人を止めるのに、言葉はあまりにも無力だった。

逆に下手に話しかけたら邪魔者と見なされ、一気に矛先がそちらに向く恐れもある。

今の彼らを止めたいのなら、それこそ腕が確かな者が武器を抜いて斬りかかるか、あるいは……

 

「おい。その位にしておけ」

 

……隔絶した力を持つ者が仲裁に入るか、だ。

 

伐刀者(ブレイザー)》にはランクがある。

Fを最低としてアルファベットを遡り、Aを最上級とするその序列。

学園の新入生を基準に言えば、Cランクは250人中5人いれば多い方。

Bランクは一校に1人いれば幸運。

Aランクに至っては、それこそ10年に1人という稀少性。

現れたのは、そんな稀少性の中でもさらに上位に位置する者。

過去に世界で3番目に強いと認められた女性。

世界時計(ワールドクロック)》の名を持つAランク伐刀者(ブレイザー)である、この学園の主だった。

 

「理事長!」

 

「いい加減やかましくて敵わん。なぜ二度も同じ相手を仲裁せねばならんのだ」

 

仁狼と蔵人、流石の二人も争いを中断した。

破軍学園理事長、神宮寺黒乃。

生徒だけの問題に収めるには、彼らはあまりにも()()だった訳だ。

ここにいるのは強者に名を連ねる面々だ、流石に全員がその顔を知っている。

 

「理性ある種族(にんげん)なら力を振り回すな。あまり吠え立てるようなら相応の手段を取るぞ、()()

 

力の差は嫌というほどよくわかる。

向けられたのは聞き分けのない子供に対する程度の苛立ちだったが、二人が感じているそれは互いに引き下がるには充分な圧力だった。

冷や汗を流しながら互いに一歩距離をとる。

 

「……ああ、別に目障りだという訳じゃない。騒がずに他所でやるか、ルールに(のっと)ってやれという話だ。お前らが今どうしてもやりたいというのなら……」

 

黒乃が刀華に目線を送る。

 

「東堂。審判(ジャッジ)を務めてやれ」

 

「………えっ?」

 

ぱちくり、と。

頓狂な声を上げて、刀華は戸惑うように瞬きをした。

 

『学園破り』去原仁狼と《剣士殺し(ソードイーター)》倉敷蔵人。

禄存の生徒と貪狼の生徒が破軍学園で場外試合を行うという、ひどくこんがらがった決定がされた時。

生徒会のメンバーと共に詠塚琉奈が、乙女にあるまじき憤怒の相で全速力でこちらに駆けてきた。

 

 

 

「申し訳ありません、私の認識が甘かったです!

ある程度好きにさせる方針でいましたが、まさかここまで事が大きくなるとは……!

その、彼もちょっとはしゃいじゃっただけで悪気はないんです!

犬が雪を見てはしゃぐのと同じなんです!普段と違うものばかりで舞い上がっちゃってて!

私の躾が足りませんでした!

ほらっジンロウ、何を逃げようとしてるんです!

あなたも見てないで謝りなさい!」

 

「………すまない……」

 

「ま、まあ落ち着いたならそれで……」

 

歩きながらメタクソに言われつつ、頭を掴まれ強引に頭を下げさせられている仁狼。

日頃精神年齢をどれだけ引き下げられた扱いを受けているのだろうか、目元から漂う哀愁がハンパない。

なし崩しで巻き込まれた刀華にバッタのように頭を下げている様を見て、蔵人がいくらか気勢を削がれていた。

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