二天の孤狼 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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力と速度

───恐ろしく(はや)い。

目の前の男には技術以外にも、自分と同じように特別な『何か』があると蔵人は確信した。

誰にも真似のできない無二の牙を、あの男も持っている。

 

「ハハッ、面白え……面白えなぁオイ!!!」

 

獰猛に歯を剥き出し、蔵人は猛然と駆け出した。

一直線に突撃してくる獣を前に、仁狼はさらに神経を研ぎ澄ます。

───さらに脱力を。もっと速度を。

意を殺した精神の奥底から光る眼が、蔵人の動きのさらにその先を見抜こうと光る。

そして。

仁狼は、恐ろしいものを()の当たりにした。

 

脳が情報を知覚し、決断した行動を身体が出力することを『反射』という。

そのプロセスにかかる時間は明確な数値の上限があるパラメータであり、どんな人間がどんなに鍛えても0,1秒が限界値。

しかしただ一人、その上限をあっさりと踏み越えてくる男がいる。

その反射速度、実に0.05秒未満。

人が一回行動を起こす間に()()()()()()()()()()()()()デタラメのような特性は、守れば鉄壁、攻めれば何人(なんぴと)も抗えぬ嵐となる。

────《神速反射(マージナルカウンター)》。

神の住まう速度域を与えられた倉敷蔵人の、瞬間同時攻撃が立て続けに仁狼に喰いかかる。

 

「オラオラオラァァァアアアアアアッ!!」

 

「────────っっっ!!!」

 

一振りの間に二撃。三、四撃。

腕が増えたと見紛うその姿は阿修羅のようにも見えた。

映像で見て蔵人の同時攻撃、というか特性を解明していた仁狼ではあるが、何度も言うように見るのと体験するのとでは雲泥の差がある。

面食らって反撃の入り口をのっけから潰された仁狼はただ回避に回るしかなく、後ろに向けた《無拍子(むびょうし)》でまた大きく距離を取った。

 

「逃げてんじゃねえぞぉあ!!」

 

間合いを自在に操り、時に追尾してくる蔵人と大蛇丸(おろちまる)を相手にそれは無意味な悪足掻きだと思えるかもしれない。事実大蛇丸(おろちまる)はその刀身をくねらせ、遠間にいる仁狼に襲いかかったのだから。

しかし観衆の評価はまったく違った。

 

「上手い、近距離と遠距離で避けやすい方を選んだんだ。鞭のような構造で刃先と手元の動きが合わない伸展状態なら、同時攻撃はできないからね」

 

「一息にあの距離を動けるからこそ可能なのね。

けどどうするのかしら?また接近されて振り出しに戻るだけよ」

 

「そうですね。実際に見て驚いてしまったようですが……仕切り直しが出来た以上、もう好きにはできませんよ」

 

そして再び二人は接触。

突撃する蔵人を仁狼が迎え撃つ形となり、そこは蔵人の同時攻撃が再び猛威を振るう距離。咄嗟の仁狼が逃げの一手を選ぶしかなかった距離だ。

しかしもう動じない仁狼を見て、蔵人は口角を吊り上げた。

 

(クロガネは傷を負いながらも避けきった。テメェはどうすんだイヌハラぁ!!)

 

蔵人の右腕が振り下ろされ、四点同時攻撃が仁狼を襲う。

仁狼の刀は二本、しかも片方はそう長さのない脇差。どうあっても全て防ぐのは不可能だ。

そのはずだった。

 

鋼同士がぶつかる音。

特別太くもない彼の腕のどこにこんな力があるのか───木剣を握り砕く握力がありながらも、得物が手から吹き飛ばされそうになるような甚大な衝撃。

振り抜かれた鏡月(きょうげつ)の片割れが、大蛇丸(おろちまる)を大きく弾いたのだ。

 

「─────腕が増えた訳じゃないだろう」

 

目を見開いた蔵人に仁狼が静かに告げる。

間髪入れずに左で放たれた四点攻撃も同様に弾かれた。

 

小細工も何もなく、ただ純粋に防がれたのだ。

剣速が速すぎて、複数の攻撃がほぼ同時に振るわれたように見える蔵人の剣術。

その最初の太刀を見切り、叩き落とすことで。

 

「…………!?」

 

それに何よりも驚愕したのは、それをそうだと看破した一輝だった。

道場の床を割り砕く腕力と、何よりも同時攻撃を可能とするまでの速度を生み出す瞬発力。

神速反射(マージナルカウンター)》を活かしているのは、蔵人自身の暴力的なフィジカルだ───防御に回した刀を支える両腕ごと潰されそうな膂力を、一輝は身をもって知っている。

ただの腕力のみでそれだ。

剣の技術を修めた今の蔵人の斬撃は、受けることすら困難なはず。

 

(それを……あの速度と力に、片腕で対抗したのか───!?)

 

「ジンロウの剣の(かなめ)は『脱力』にあります」

 

思わず身を乗り出していた一輝を横目に、琉奈の解説が始まる。

 

「寝ている時に、急に全身がビクッとなって目を覚ますなんて経験をしたことはありませんか?

ジャーキングという現象なのですが、意識の覚醒と共に、身体の全ての筋肉が同時に収縮するあの感覚は思い出せるはずです」

 

「ああ、それはわかるけれど……?」

 

「その時の筋肉の収縮速度を、意識のある時に再現しようとしてもどうしても不可能なんです」

 

とんとん、と可能は人差し指で灰青の髪が流れる自分の頭を指し示した。

 

「睡眠時の脱力(リラックス)は、脳にある身体能力の抑制機構を緩ませる。そしてジャーキングは思考の介在しない反射運動なので、考えて行動するよりも格段に動きの出が早い。

あの筋肉が爆発するような瞬間的な痙攣には、そういうカラクリがあるんです。

そのジャーキングを覚醒状態で意図的に、望む形で発生させることは出来ないか、というのが発想の起源ですね。

……そしてジンロウは、それを見事に昇華させ剣術に落とし込んだ」

 

速度も力も、充分以上に持っている。

くすりと笑うその顔は、仁狼の勝利を欠片も疑っていなかった。

 

「脳のリミッターが外れた斬撃が、前兆も加速時間もゼロで飛んでくる。

……シンプルながら、厄介この上ないでしょう?」

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