グレンはアレスをルミアの元まで運び魔人と対峙していた。
「よし、行くぞッ!リィエルッ!システィーナッ!ルミアッ!」
「ん。任せて」
「援護するわよ!」
「うん!」
グレンの掛け声でルミアとシスティーナは左手を構える。
『来い…』
魔人はそう応じ剣を構え腰を低くした。
「うおおおおおおおおおおおおお──────ッ!」
「いいいいいいやあああああああ──────ッ!」
そんな魔人にグレンは右側からリィエルが左側から攻めていた。理由はグレンは近接武器を持っておらず、ルミアの『感応増幅能力』によって予め拳を強化しておいたのだが魔人の左手にある
それでよかったのだが、グレンに蹴りを入れリィエルを刀の柄で殴り飛ばしていた。
そう。グレンとリィエルは魔人の魔刀を意識し過ぎていたせいで、それ以外がノーマークだったのである。
システィーナはグレン達の援護の為にルミアの『感応増幅能力』を受けた【フィジカル・ブースト】改変させ筋力や体力を切り捨てその分を動体視力と反射速度のみを高めている。
「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て》───《
このように、システィーナはルミアの『感応増幅能力』を受け威力が格段に向上した魔術を用いてグレン達の援護をしていた。
『いと。小賢し!』
魔人は黒魔【ライトニング・ピアス】の一発目を躱し、二、三発目を左手の刀で打ち消す。
「先生ッ!リィエルッ!《慈悲の天使よ・遠き彼の地に・汝の威光を》」
そして、グレンとリィエルから離れたタイミングでルミアが白魔【ライフ・ウェイブ】を起動して傷を癒すという戦法だ。
白魔【ライフ・ウェイブ】とは遠近両用の治癒魔術で、高等
「……悪ぃ、助かった」
「ん、いける」
そう言ってグレンとリィエルが立ち上がる。
だが、グレンの中には焦りが出ていた。グレンとリィエルの猛攻を受けて軽くあしらわれる程には身体能力などの差があるのだ。アレスが4回も殺してくれているのであと2回殺すだけで良い筈なのだが、いかんせんそれが難しすぎるのだ。
そんなことを思っていたグレンにシスティーナが
「先生ッ!」
と呼び、グレンが意識を戻すと右手の魔刀がグレンの目の前にまで来ており
「《大いなる風よ・散弾となりて・打ち据えよ》」
即興改変された黒魔【ゲイル・ブロウ】は魔人ではなく魔人の周りを激しく撃つが
それで、グレンは思いついたのだろう。
「やれ!リィエル!」
そう叫ぶと、リィエルが
「んっ!」
一瞬でグレンのやりたいことを理解したリィエルが、グレンと残像ができる勢いで場所をスイッチする。
そして、グレンはリィエルがいた場所に着くと銃を抜き
「……まずは1つ」
そう言って、トリプルショットを披露して見せた。トリプルショット───右手の親指、左手の親指、左手の小指によって瞬時に3回弾かれた撃鉄が、ほぼ同時のタイミングで銃口から弾を吐き出させるという技巧である。
『な、に……』
その銃弾は魔人に向けてではなく、魔人の持つ魔刀に正確無比に放たれる。すると、普通の三倍の物理衝撃によって右手の刀が飛んでいった。
当然、魔人は拾いに行く──だが、そこにはリィエルがおり
「いいいいいやああああああああ──────ッ!」
そして、残りの魔人の命は1つとなるがグレンは心底憎たらしい顔になり
「どうした?あと1つだぜ?」
『……良かろう、汝等を我が障害と認める』
そう言ってアレスと戦っていた時の様な殺気と敵意に変わる
この時、グレン達は忘れていた。『魔煌刃将アール=カーン』とは、窮地に立たされれば立たされる程強くなる。
伝承に曰く『彼の者に、夜天の乙女の加護あり』『彼の者の窮地に、運命の御手が彼の者を護るだろう』
だが、『魔煌刃将アール=カーン』とは不死身でもなければ無敵でもない。事実、『魔煌刃将アール=カーン』を倒した者は2人存在する。
1人は当然『魔煌刃将アール=カーン』の主である魔王。もう1人は『メルガリウスの魔法使い』に出てくる主人公である。だが、逆を言えば主人公や魔王の様に『魔煌刃将アール=カーン』を超える運命の持ち主でなければ打倒できないという事でもある。
そして、本気を出した『魔煌刃将アール=カーン』を相手にグレン達が拮抗できるはずもなく──────
グレンとリィエルは倒されており、システィーナはマナ欠乏症で顔色が優れない、ルミアはマナ欠乏症だけでなく異能を行使し続けるという無茶をしたのもありシスティーナ以上に顔色が悪い
『我をここまで追い詰めた褒美だ……受け取れ■■■■ッ!」
魔人が理解不能な言葉らしきものを言うと頭上に太陽の如き炎が現れ、システィーナやルミアを燃やし尽くそうとしていた。
グレン達は倒れてはいるが気は失っていない。だから
「くっ逃げろ!」
「ルミア!システィーナ!」
グレンとリィエルはそう言うが、マナ欠乏症であるルミアとシスティーナに逃げる余裕も避ける余裕も無い。
グレンとリィエルはルミアとシスティーナが焼き尽くされる瞬間を見たく無かった為目を閉じていた。
熱風が来た。
『な────────ッ!?』
グレンとリィエルが目を開け魔人を見ると魔人は驚愕しており、魔人の視線の先を見ると──────
アレスがルミアとシスティーナを守るように剣を構えていたのだ。
アレスは気を失い、気付くと自身の心象世界にいた。だが、以前ジャティスに使った時のような『無数の剣の突き立った、月も星も見えない吹雪の舞う闇夜の雪原』ではなく『無数の剣が突き刺さった、何も遮るものが無い果てなき荒野』だった。
「ここは……」
アレスは、何度か固有結界を使ったことはあるが『荒野』になることは無かった。
『ここは、今の貴方の心の中よ』
「今の……僕の……」
その声を聞いたアレスは声の主の方へ向くと、そこには黒いナニかに覆われている人がいる。
「君は……一体……」
そう聞くが黒い人物は
『そんな事を聞いてる場合じゃないでしょ?』
と言って自身の後ろを指さす。そこに映っていたのは魔人がルミア達に向かって魔術を放とうとしているところだった。
「ここから出してくれ、ルミアを助けに行かないと……ッ!」
アレスは言うが黒い人物は
『貴方の心が壊れるとしても?』
黒い人物はアレスの事を見透かしているかのように淡々と告げる。
『貴方自身気付いていた筈……ジャティスを逃したのも心を護るためだったでしょ?』
アレスの心は【
『貴方が魔人を4回殺せたことだって、ルミアが少し癒してくれたからに他ならない』
ルミアが温泉に突撃し、アレスは少しだけ自分の気持ちを吐露した。それによって、少しだけ癒されたのだ。
『でも、その行為だって所詮焼け石に水。根本的な解決になってない以上、こうなる事は分かっていた筈よ』
黒い人物が言っていることは全てが真実で、全てが正論だ。
『もうやめよう……貴方は自分を犠牲にし過ぎた』
黒い人物はアレスの人間性を知っている。自分を常に律してきたこと。自分を殺し続けていたこと。
アレスは少し笑いながら。
「ごめん……それでも行かなきゃ」
『……どうして……そこまで……』
「失いたくないんだよ……ルミアとルミアを笑顔にしてくれたあの場所を」
アレスは覚悟を決め、黒い人物と目を合わせる。
『……止まらないのね?』
「うん」
『……この世界でもっとも異端な存在である貴方に、この世界でもっとも穢れた存在たる私から、祝福を』
そう言って虚空に何かを描き、アレスの左手に持っている黄金の剣に触れる──────すると、黄金の剣はルミアの異能を受けた時のような輝きを持ち始める。
それと同時にアレスはその黒い人物が誰なのか分かった。
「ありがとう……僕の偽物を演じてくれた
『……ルミアを頼むわ……』
「任せてよ」
そう言って世界が真っ白に染まっていき──────
アレスは現実で目覚め、すぐに起き上がり走りながら剣を抜く。そしてルミア達の前にまで迫っている太陽の如き炎を切り払う。
『な────────ッ!?』
魔人の驚愕を無視し、アレスはルミアを見て
「ごめん……遅くなった」
と言うと、ルミアは
「アレス……君」
と言い、システィーナが
「嘘……」
と呟いていた。システィーナが驚くのも無理はない。それは、魔人の魔術を切り払ったことだ。
魔人の魔術とは当然【トライ・バニッシュ】など出来ないし、切り払えるほど小さな炎でも無かったのだ。それを切り払ったという事は、拡散する筈の炎を切り刻んだということだ。
『貴様……何をしたッ!」
「炎を斬っただけさ……」
そう言ってアレスの姿が霞む。
『くっ!……』
魔人の正面に一瞬で来たアレスは剣を振るうと魔人を遥か後方へ吹き飛ばす。
アレスと魔人は互角ではない。先程は魔人が驚愕している際に吹き飛ばしたので不意打ちのようなものだ。当然アレス対魔人の1vs1であるなら、アレスに勝ち目はない。それを拮抗にできている理由は
「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て》」
グレンが援護に回ったことで、システィーナよりも正確な援護射撃を貰えるからである。
『……まさか……愚者の牙がこれほどのことを為せるとはな……』
だが、グレンの
アレスの狙いとは魔人を殺すことじゃない。
「……きた」
そう言ってアレスは凄い速さで後ろへ下がる。
『なに?……ッ!?』
魔人の心臓にはリィエルの傍らに落ちていた筈の
セリカはアレスが魔人を吹き飛ばした直後に目覚めていた。
「私も……やるべきことをやらねば……」
そう言って、セリカは時計を取り出すが止めたのは
『待ちなさい、セリカ』
「グレン達がピンチの真っ最中なんだ……心穏やかにはいられないんだが?」
『今は待ちなさい。すぐにチャンスが来るわ』
『それと、世界でもっとも呪われし存在たる貴女に、世界でもっとも穢れた存在たる私から、祝福を』
その言葉を紡ぎ、セリカの胸に手を当てる。
「ありがとう……私はお前と初対面の筈なのに、初めての感じがしない。どこかで会ったことがあるか?」
『いずれ分かるわ……今よ!』
「─────
そう言うと魔人含めたセリカ以外の人物の時間が静止した。まるで、世界が石化したかのように
「……
セリカはテラスから飛び降りる
「……
セリカはシスティーナとルミアの横を駆け抜ける
「……
セリカはリィエルの傍らに落ちている
「……
セリカはグレンの横を通り過ぎ
「……
セリカは魔人の前に剣を向けて
「……
セリカは
魔人を刺したセリカはとても辛そうで、でもとても嬉しそうな顔だった。
『……まさか、我が下されるとは……』
魔人は黒い煙を出しながら告げる
『この身は本体の影に過ぎぬとはいえ……愚者の牙に掛かることになろうとは……』
そう言いながらも魔人は嬉しそうで
『見事だったぞ、愚者の民草よ!よくぞ我を殺しきった……ッ!我は汝等に最大限の敬意を送ろうッ!』
消滅しかかっている魔人は
『いずれ、また剣を交えようぞ!強き愚者の子らよ!貴き《門》の向こうにて、我は汝等を待つ……さらばッ!』
そう言って魔人は消えた。魔人の象徴の魔刀と共に。
「……終わった……のか……?」
「……っぽいな……」
グレンの呟きにセリカが弱々しく応え、倒れる
倒れたセリカをグレンが支え
「セリカッ!?」
「はは……大丈夫……死にはしないさ……」
グレンの声にセリカは答え、そして続ける
「……ただ……なんだ……少し疲れた……」
そうして幼い子供のように、幸せそうな顔で寝息を立てるのであった。
アレスは、魔人が話し終わった直後に壁を背に座り込んだ。
「……終わったか……」
誰にも聞こえない程の声で呟くアレスを他所にルミアは走ってくる。マナ欠乏症と異能を行使したことにより、自分も辛い筈なのに走ってアレスの方へ向かってきた。
「アレス君ッ!大丈夫なの?」
慌ててそう聞いてくるルミアにアレスは
「ああ、大丈夫だよ……」
微笑みながらルミアへ顔を向けるアレスにルミアは泣きながら抱き着き
「無事でよかったよぉ……」
そう言ってアレスはルミアに胸を貸し、ルミアの背中に手を当て
「うん、そうだね……」
と囁くのであった。
すいません。自分の納得できるような物にならず二回ほど書き直した結果こんなに遅れてしまいました。