ただ、すまないとは思っている……
12巻を書くためには8巻を書かなきゃならんのだよ!
聖リリィ魔術女学院
それは───まさに、青天の霹靂であった。
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~緊急通知~ アルザーノ帝国魔術学院 学院教育委員会
以下、一に該当する者を、二の通りの処分とすることを決定し、ここに通知する。
一.対象者:リィエル=レイフォード
二.処分内容:
三.処分理由:生徒に要求する一定水準の学力非保持、故の在籍資格失効
以上
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「ど、ど、ど、どぉいうことっすか、学院長ぉおおおおおお────ッ!?」
掲示板でそんな通達を発見するや否や、グレンは猛烈な勢いで学院長室に駆け込み、執務室のリック学院長へ、机越しに身を乗り出すように詰め寄っていた。
「まぁ、そろそろ君が来る頃じゃとは思っていたよ……」
慌てふためくグレンを、学院長は落ち着いた物腰で迎える。
「確かに、こいつはマジモンのバカですよ!?今のところ、成績、ボロクソですし!」
「むぅ……バカって言うほうがバカ」
リィエルはグレンに後ろ襟首を摑まれぶら下げられながら、不服そうに言う。
帝国政府によって公的に運営される魔術学院は富国強兵、基本的に実力至上主義だ。能力と意欲ある者は優遇するが、無能者、意欲なき者には厳しい。
よって、学業成績が著しく悪い生徒に対しては、学院教育委員会が『落第退学』という強制的に学院在籍資格を剥奪し、退学させる処分を下すことがあるのだが……
「一番成績に響く前期期末試験がまだだったんっすよ!?その結果すら待たず、指導も補習も追試も留年もすっ飛ばして、いきなり退学なんて、絶対おかしいっすよ!?」
グレンの言う通り、このタイミングでリィエルが落第退学させられるなんて、本来ありえないことなのである。
「そうですよっ!絶対に何かの間違いに決まっていますっ!」
「お願いします、学院長……どうか、もう一度よく確認してください」
グレンについてきたシスティーナとルミアは頭を下げながら嘆願し、ルミアに強制連行されたアレスも何故か頭を下げさせられる。
そして、学院長は真実を話し始めた。
・リィエルがルミアの護衛につく際、国軍省の強引なやり方を面白く思わない連中がいること。
・その連中が学院内から国軍省の息がかかっているリィエルの排除に動いたこと。
そして、最大の原因はリィエルの普段の行動だ。
リィエルは様々な要因から精神的に幼いせいで、一見、素行不良と見て取られる行動も多いのだ。そこに加えて平時の成績不振……リィエルの行動は反国軍省派連中に攻撃の口実を与えてしまったのだ。
「くそ……そういうことか……」
グレンは悔しげに歯がみする。
「……学院長……なんとかならないんですか?」
真剣な表情で、学院長へと迫るグレン。
そんなグレンのただならない様子を、ぼ~っと見ていたリィエルが、ようやく自分が何かとんでもないことに巻き込まれた……ということに薄々気付き始める。
「……ねぇ、ルミア。システィーナ。アレス。ラクダイタイガクって何?……おいしいの?」
「それは……その……」
「……えっと……」
「簡単に言えば、リィエルさんはこれからグレン先生達と一緒に学院で生活できないってことだよ」
「ちょっと、アレス!」
「……え?」
アレスの言葉に、リィエルは眠たげな無表情を、はっきりと動揺の色に染める。システィーナは、馬鹿正直に言ったアレスを咎めるように言う。
「それって……グレンやルミアやシスティーナ……アレス達と……わたし、もう一緒にいられないってこと……?なんで……?そんなのやだ……」
あの感情の起伏に乏しいリィエルが、この時ばかりは……今にも泣きだしそうであった。
「さっきからそう言ってる。今回の一件は自分の行動が悪かったって反省できるいい機会じゃないか?」
「アレス君!」
黙ってられずルミアもアレスを咎めるように呼ぶが、アレスは微動だにしない。
アレス自身、リィエルに対しての言い方が悪いことを自覚している。だが、散々甘やかした結果がこれだ。
「……お願いします、学院長ッ!」
アレスのそんな心を知っているのか、グレンが頭を下げる。
だが、学院長はそんな鬼気迫るようなグレンを前に……にやりと笑っていた。
「しかし、毎回つくづく思うのじゃが……君は本当に悪運が強いのう、グレン君」
「えっ!?」
「実はな……ちょうど、リィエルちゃんに、名指しで短期留学のオファーが来ているのじゃよ……聖リリィ魔術女学院からのう」
「……なんでンなとこから、いきなり短期留学のオファーが……?いや!今はンなことどうでもいい!リィエルに短期留学のオファーが来たってのは間違いないんすか!?」
「うむ。今回、反国軍省派のリィエルちゃんに対する攻撃点は、成績不振による学院在籍資格への疑問、その一点じゃ。つまり、それを覆してやればいい」
「そうっすね!他校への留学ってのは、総合成績評価に大きく加点される立派な『実績』だ!リィエルが短期留学を無事に成功させれば……誰も文句は言えねえ!」
そして、グレンは顔をほころばせて、リィエルに振り返る。
「よかったな、リィエル!希望が見えて来たぜ!?お前、聖リリィ魔術女学院も、短期留学しろっ!いいなっ!?」
すると、リィエルはきょとんとした表情で……
「……ねぇ、ルミア。システィーナ。アレス。タンキリューガクって何?……おいしいの?」
「まぁ……美味い話なのは間違いないんじゃない?……裏がありそうだけど……」
「おいしいなら欲しい」
「アレス、茶化さないで!」
「……落ち着いて聞いてね?リィエル。短期留学っていうのは……簡単に言うと、一時的に余所の学校に通うことなの……」
「……え?」
ルミアの言葉に、リィエルは眠たげな無表情を、はっきりと動揺の色に染める。
「……別の……学校……?この学院じゃなくて……?」
「あっ!でも大丈夫よ、リィエル!ずっと余所の学校に行きっぱなしっていうわけじゃないわ!多分……2週間か3週間くらい?ちゃんと帰ってこれるから!リィエルが留学先で、きちんとお勉強すれば……」
狼狽えの色を見せるリィエルに、システィーナが慌てて弁解するが……
「やだ」
リィエルの口をついて出た言葉は、強い拒絶であった。
「……わたし、リューガク?……したくない」
リィエルの表情は無表情だが、その眉間には微かにしわが寄っている。常に能面なリィエルから察するに……相当、嫌なようだ。
「あ、あのなぁ、リィエル……お前、状況わかってんのか!?」
グレンが呆れたように、リィエルに問い詰める。
「このままじゃ、お前、この学院を辞めさせられるんだぞ!?ルミア達と一緒にいられなくなるんだぞ!?そんなの嫌だろ?」
「ん。やだ」
「だったら、ここは大人しく、短期留学をだな……」
「……それも、やだ……」
リィエルは拳を握り固め、微かに震わせながら、暗く俯いてしまう。
「おい、お前、いい加減にしろよ?あれもやだ、これもやだは通らねえんだよ!」
駄々っ子なリィエルに、グレンが微かに苛立ったように叱責する。
「……うるさい……いやだ……いや……いや……ッ!」
リィエルが全身をぶるぶると震わせって言って……
「お、おい……リィエル……?」
「タイガク?も……リューガク?も……わたし、どっちもいやだ……いやなの……」
そして───
「絶対、やだ!グレンのバカ!大嫌い!」
癇癪を起したリィエルが、そう叫んで、学院長室から飛び出しっていってしまう。
「お、おい!?リィエル!待て!」
追いかけようとするグレンの肩をアレスが叩いた。
「なんだよ?早く追いかけねえとリィエルが───」
「校内のチャペルにいるはずなので迎えに行ってあげてください」
アレスはそれだけ言って、校長室から出て行った。
「……チャペル……?なんでンなとこにリィエルが……?あ、学院長!短期留学の件は前向きに検討させていただきますっ!白猫!ルミア!リィエルを追うぞッ!」
◆
グレンはアレスの言葉に従い、チャペルへと来ていた。
「……リィエルは……いないっぽいか……って、なんでお前が!?」
驚愕するグレンの視線には司祭がいる。
「久しぶり……という程でもないな。先の社交舞踏会以来か。さて……」
アルベルトが咎めるような視線でグレンを見据える。
「事情は聞いている。少し待ってろ」
アルベルトがチャペルの奥へ向かい、講壇の裏側から何かを引っ張り出す。
「「えええええ───っ!?」」
途端、目を丸くして驚くシスティーナとルミア。
「ん───っ!んん~~っ!」
その正体はリィエルだった。
アルベルトの黒魔儀【リストリクション】に、完全に捕まったようだ。
「それでは、皆で話をしよう。無論、リィエルの今後について、だ」
「……リィエルが落第退学を回避するには、聖リリィ魔術女学院のオファーを受けて、短期留学で実績を上げるしかなんだよな……やっぱ……」
「そういうことになるな」
「……おい、話は聞いたか?リィエル。覚悟を決めろ」
「……やっぱり、いやだ……行きたくない」
リィエルは、ルミアとシスティーナの後ろに隠れながら泣きそうな表情で言う。
「わからんやつだなぁー……何度も言ってるだろ?このままじゃお前……」
「少しは察してやれ、グレン」
意外にも、このタイミングでリィエルの肩を持ったのはアルベルトであった。
「はぁ?何言ってんだ、お前」
「リィエルに短期留学させるのは、確かに酷な話だと言っている……お前だって知っているはずだ、リィエルは……見た目以上に”幼い”のだぞ?」
「ッ!?」
「リィエル。お前が短期留学を拒む理由をきちんと言え。……皆に分かるようにな」
「……わ、わたし……は……グレンや、ルミアや、システィーナと離れたくない……1人になるのが……怖い……だ、だから……」
ここでグレンはアルベルトの言わんとしていることを理解した。
かつて、自分の拠り所を、亡き兄に重ねたグレンに『依存』していたリィエル。『遠征学修』の一件で、リィエルは確かに精神的な成長を果たし、自分の生きるべき道を探そうと決意し、おっかなびっくり前に一歩踏み出した。
だが────それだけで、どうして『もう、リィエルは大丈夫』……などと勘違いしてしまったのか。そんな決意をしたところで、依存心や精神的幼さは急に消えたりしないというのに……
「……悪かったな、リィエル。お前の意見も聞かずに、無理強いしようとして」
「ん……」
「だが、どうする……?実際問題として、短期留学をしねーと、本当に落第退学になっちまうぞ……?うーん……」
「あの、先生……私に考えがあるんですけど……」
ルミアがおずおずと進言する。
「なんだ?」
「その……私とシスティも、リィエルと一緒に、聖リリィ魔術女学院へ短期留学する……というのはどうでしょうか?」
「あっ!それはいい考えね!それならリィエルも安心できるんじゃない?」
「リィエルは私の護衛なんだし……だったら、私も一緒に行った方がいいかなって」
「……可能なのか?そんなことが……」
「可能だ」
グレンの疑問にアルベルトが即答する。
「良かったな!ルミアとシスティーナも一緒だぞ?これなら大丈夫だろ?」
だが……
「……グレンは?グレンは来ないの?」
リィエルの表情はまだどこか暗い。
「わたし……グレンも一緒じゃないとやだ……」
「……俺?……いや、流石に、俺は無理だろ……」
縋るような上目遣いのリィエルに、グレンが渋い顔をする。
「だって……聖リリィ魔術女学院って、男子禁制の女子校だぞ?男は敷地内にすら入れないってわけ。こればっかりは工作とかで、どうこうなるもんじゃねぇし……」
「いや。グレン、お前もアルザーノ帝国魔術学院から派遣された臨時講師として、リィエルに同行して貰う」
不意に、アルベルトが訳のわからないことを言い始めた。
「はぁ!?お前、何言ってんだ!?無理に決まってんだろ!?俺、男だぞ!?」
「案ずるな、既に手は打ってある───」
アルベルトがそんなことを言った───その時である。
ちゅどぉおおおおおおおおんっ!
チャペルの壁が突如、外側から魔術によって爆破され───
「や!呼ばれて、飛び出てジャジャジャジャーンッ!」
壁に開いた大穴の向こう側に、真夏の太陽のような笑みを浮かべた女がいた。
「セリカッ!?」
最近学院に復帰した魔術教授───セリカ=アルフォネアがそこにいた。
「お前、復帰早々何やってんだよ!?」
「話は聞いたぞ!まぁ、私に任せな!」
セリカは大股でグレンへ向かって歩いていく。
そして、セリカは豊満なる胸の谷間から取り出した小瓶に口をつけ、その中身を口内に含み───いきなりグレンを両手で抱きしめて拘束し───
少し踵を浮かせて背伸びをして、グレンへと顔を近づけ───
ずっきゅうううううううんっ!
そんな空耳と共に、セリカはグレンへ何の躊躇いもなく、接吻していた。
「な、な、な、な、なぁああああああ───ッ!?」
途端、システィーナが顔を真っ赤に火照らせて、素っ頓狂な声を上げる。
「き、き、キス!?キスだなんて!?ずる───不潔ですッ!いきなり何やってるんですか、アルフォネア教授~~ッ!あわ、あわわわわわわわわ───」
「~~~~~~~ッ!?(うわぁ……)」
ルミアも顔を真っ赤にして、両の掌で顔を覆い、その指の隙間から濃厚に唇を重ね合う2人を、穴が開くほどしっかりと凝視していた。
「て、テメェ、いきなり何しやがる!?今、俺に一体、何を飲ませた!?」
「大丈夫、大丈夫!痛くないからな~?《陰陽の理は我に在り・万物の創造主に弓引きて・其の躰を造り替えん》───ッ!」
セリカがその呪文を唱えた途端、グレンの全身から煙が立ち上がり始め……その身体のあちこちからメキメキと妙な音が響き始める。
グレンの姿は立ち上る煙にすっかり覆われて見えなくなった。
少しして煙も晴れて、現れたグレンの姿にシスティーナとルミアもリィエルでさえも目を瞬かせて唖然としていた。
そう、グレンが女体化していたのである。
「なんじゃこりゃあああああああああああああああああああ───っ!?オパーイッ!?」
グレンの胸にある2つの丘陵はルミアに負けず劣らずの大きさである。
その胸を揉みながらグレンは叫んでいた。
「協力、感謝する。元特務分室の執行官ナンバー21《世界》のアルフォネア女史」
「テメェの差し金かッ!?」
「吠えるな。元より、上の作戦通りだ。……それと、例のアレスとやらはどこにいる?」
「なんでアレスが……?」
「忘れたのか?社交舞踏会のときの奴の魔弾を……上はあれを脅威と認識し、その監督を元・王女であるルミア=ティンジェルに一任した。よって、今回の短期留学にはアレス=クレーゼにも同行させる」
「なんでルミアに一任すんだよ!?」
「奴の狙いは分からんが、目的ははっきりしている。ルミア=ティンジェルの護衛……ならば、護衛対象に手綱を握らせた方がいいという上の判断だ」
アレスに関して言えばすれ違いなのだが、今のグレンやアルベルト達は知る由もない。
アレスが特務分室に入っていることを知っているのはイヴだけだ。だが、イヴはその多忙さ故にまだ報告ができていない。
そんな些細なすれ違いで、またアレスは事件に巻き込まれていくのだった……
途中からアレス君が空気だった件に付いて……