「聖リリィ魔術女学院への留学する期間までにアレス=クレーゼを女性にし、同行させること……これが軍から元・王女達に与えられた命令だ」
「……アレス君を……女の子に……」
「……無理よ……」
軍上層部からの命令にルミアは困惑し、システィーナは半ば絶望している。
「アルベルトさんだって知ってますよね?先生に鍛えてもらった今だからわかるんですけど、全く隙が無いんです」
「無論、知っている」
「なら、無茶ってわかりますよね!?なんで、そんな命令受けちゃったんですか!?」
「そのための王女だ。アレス=クレーゼは王女からの頼みは断れない……少なくとも俺と軍上層部はそう認識した」
「それは……」
「フィーベル、お前の言いたいことはわかる。王女を利用するという軍上層部は屑で、それに従う俺も屑だ……否定はしない。だが、今、アレス=クレーゼという男は帝国にとって最大級の危険分子だ。そんな男をおいそれと野放しにするほど、帝国に余裕があるわけじゃない」
「……………」
「疑わしきは罰せよってことか……ま、俺だけ女になるってのも不公平だし、あいつも女にするか」
憎たらしい笑みを浮かべながらグレンは言う。
「でも、ルミアがお願いしても馬鹿正直に言ったら流石にダメだろうし……どうすっかな~」
「飲み物とかに入れちゃうのはどうですか?」
「あいつが飲み物を飲んだとこ見たことあるか?」
「……ないですね」
「私が呼び出すってのはどうだ?」
「どうやって呼び出すんだ?」
「んー……タウム天文神殿のお礼ってのは?」
「おお!その手があったか!……だが、どうやって女にするんだ?」
「その辺は任せとけ」
「……なんか勝手に決まっていってるなぁ……」
こうしてアレス=クレーゼ女体化事件が幕を開けた……
◆
グレンの栄養失調(偽造)により自習となった授業終了直前、本来開かないはずの教室の扉が開いた。
「アレス=クレーゼはいるか?」
セリカである。
「はい、なんでしょうか?」
「いやなに、タウム天文神殿の件のお礼がまだだと思ってな……今日の放課後時間はあるか?」
「いえ、お礼なんてそんな……僕は足止めしかできませんでしたし……」
「その足止めのお陰で私達は救われた、フィーベル達もどうだ?」
「あ、はい、是非、お願いします」
「御迷惑でなければ……」
「ん」
システィーナ達は困惑しながらも承諾した。
「フィーベル達は行くようだが……お前はどうする?」
「……じゃあ、少しだけ……」
「なら、放課後フィーベル達と一緒に私の家まで来い」
それだけ言って、セリカは出て行った。
◆
授業も終わり、アレス達はセリカの家に向かった。
「お、来たな?遠慮せずに上がってくれ」
「「「お、お邪魔します……」」」
セリカの家はまさに大豪邸と言うに相応しいものだった。その証拠にシスティーナも1度来ているはずのルミアも圧倒されている。
「あの、グレン先生は……?」
「多分、部屋じゃないか?」
「呼んできましょうか?」
「後で私が呼んでくるさ」
そして、少し雑談していると目的の場所に着いた。
そこには、様々な料理が並べてあった。だが、どの料理も例外なく美味しそうである。
「これ全部、アルフォネア教授が……?」
「ああ、ま、お礼だしな」
「……すごいね」
「ほんとね……」
「今回はお礼兼祝賀会って感じだ、遠慮なく食べてくれ!」
セリカがそう言うので、システィーナ達の例に漏れずアレスも料理を食べようとすると───
アレスの胴と足がリング形法陣で拘束された。
「えっ……」
今のアレスの顔は困惑と驚愕に染まっている。
そして、アレスがシスティーナとルミアを見ると───
「……騙してごめんなさい……」
「その……ごめんね?」
どうやら知っていたようだ。
「……それで、僕をどうするんですか?」
「お前を女にして、聖リリィ魔術女学院の短期留学生にしたいのさ」
「……………」
セリカの言葉にアレスは絶句した。
「……嘘……だよね……?」
ルミアとシスティーナに縋るような視線を向けるが。
「「……………」」
目を逸らされた。
「今、お前には2つの選択肢がある……1つ目は自分でこの薬を飲んで、女になること。2つ目は、私に強制的に飲まされること……なんなら、接吻でもいいぞ?一応感謝はしているからな」
「マジすか?」
『接吻』という単語がセリカから出たと途端、アレスの顔が真剣そのものになった。
「「アルフォネア教授!?」」
接吻という言葉にシスティーナは困惑しルミアは焦る。
「さあ、選べ」
「選ぶまでもありません、最初から決まっています……接吻でお願いします」
「「「え!?」」」
アレスのこの返答にセリカですら驚愕の顔をしている。
アレスは別にルミア以外で性欲が湧かないとか興味がないとかではないのだ。人並みの性欲はあるし、セリカのような美人と接吻なんてご褒美なので受け取る以外の選択肢はない。
「……ま、マジで……?」
セリカはアレスなら普通に飲むと思っていたので予想が外れて慌てている。
「マジです」
「……………」
セリカは胸から出した小瓶とアレスを交互に見ている。
「アルフォネア教授……もしかして、恥ずかしいんですか?」
「ああ、いや、そういうことじゃなくてな……」
セリカがチラっと見た先にはドス黒いオーラを放ったルミアがいる。
「……………」
そのオーラに気付いたアレスは言葉を失った。
「アルフォネア教授、その小瓶くださいませんか?」
「あ、うん……」
ルミアはその小瓶を受け取り自分の口に含んだ。
「て、ティンジェル……さん……?」
アレスはもの凄い悪寒に身を震わせる。
自身の名を呼んだアレスにルミアは笑顔で応える。
胴と足を拘束されているアレスにルミアはゆっくりと近づいていく。
近づいて。近づいて。息が当たりそうな距離まで近づいて、アレスの顔を両手で包み込んで───
ずっきゅうううううううううううううううんっ!
本日2度目の空耳と共に、ルミアはアレスへ何の躊躇いもなく、接吻していた。
「な、な、な、な、なぁああああああああ───ッ!?」
本日2度目の接吻見物にシスティーナが顔を真っ赤に火照らせて、素っ頓狂な声を上げる。
「き、き、キス!?キスだなんて!?ルミア、私達まだ学生で───あわ、あわわわわわわわわわわ───」
「……私とグレンってこんな感じでキスしていたのか……」
セリカは冷静にルミアとアレスの接吻を自分とグレンの接吻と比較していた。
「───っぷはッ!?ゲホッ!?」
我に返ったアレスが首をぶんぶん回して、ルミアの拘束を振り解いた。
「アルフォネア教授」
「お、おう。《陰陽の理は我に在り・万物の創造主に弓引きて・其の躰を造り替えん》───ッ!」
セリカがその呪文を唱えると、グレンのときのように全身から煙が立ち始める。
少しして、アレスを包む煙はゆっくりと晴れていく。
「……なに、これ……」
煙が晴れると、アレスはシスティーナと同じくらい長い髪を弄っていた。
アレスの女姿は、凄かった。
身長はルミア達と大差ない、胸もルミアのように大きくはないが、それなりに大きい。だが、アレスが1番気になっているのは急激に伸びた髪だ。
腰にまで届く後ろ髪……まず男では体験しない。それに、セリカの【セルフ・ポリモルフ】のせいで【セルフ・イリュージョン】も解除されているので、髪色も透き通るような水色に戻っている。
「……綺麗……」
システィーナは思わずそう呟いていた。
女になったアレスの肌は同性のシスティーナ達からしても綺麗で、その白い柔肌を透き通るような水色の髪が際立たせ、更にシャンデリアがアレスを輝かせている。
この場の全てがアレスの味方とでもいうように、アレスの美はその場を支配していた。
「グレン、出てきていいぞ」
一足先に我に戻ったセリカが言うと、グレンがドアから出てきた。
「……え、お前、アレス……?」
「そうですよ……?」
「うっそだろ!?なんで、お前そんな綺麗なんだよ!?」
「知らないですよ、皆に騙されて勝手に女にされて……挙句の果てに女性になったこの姿に文句ですか?僕だってなりたくてなったわけじゃないんですよ!」
「お、おう……すまん」
「はぁ……」
「……ほ、本当に、ごめんね?」
アレスががっかりしているとルミアが謝ってきた。
「謝るなら最初からしないでほしかったな……」
この時ばかりは、流石のアレスといえどルミアを咎めるように言った。
「それで?これで用事は終わりですか?」
「まあ、そうだな」
「じゃあご飯食べていいですかね……?お腹減っちゃって……」
「食後にすれば良かったか……?」
「そもそも、この飲み物に入れておけば良かったと思うんですけどね」
「食事中は飲まないんじゃなかったか?」
「学院では飲み物を買わないだけです、飲み物を買うお金があるほど裕福じゃないですし……」
「そうだったのか……」
「ま、こっちはこっちで役得だったんで良いですけどね」
アレスはルミアを見て呟いた。
「まあ無事、アレスも女にできたわけだし祝杯するぞー!」
「「「おー!」」」
こうして、アレス女体化成功とタウム天文神殿攻略の祝杯が始まった。
◆
グレンとアレスが女体化するという珍事から、ややあって。
リィエル、ルミア、システィーナ、そしてアレスの聖リリィ魔術女学院への短期留学は決定した。
グレンも臨時の女性講師として、聖リリィ魔術女学院へ派遣される運びとなった。
グレンが抜けたクラスの担任講師は、一時的にセリカが代理を務めることになり……
グレン達は早速、アルザーノ帝国魔術学院のあるフェジテを発つこととなった。
馬車で揺られながら、アレスはチラっとグレンを見る。
グレンの姿はいつも通りだ。クラバットをだらしなく着崩し、講師用のローブを両肩に引っ掛ける……といったものだ。女体化の影響で長く伸びてしまった髪こそ適当なひもで、ポニーテールに括ってあるものの、服装自体はいつものグレンと変わらない。
対してアレスは、修道服にも似た華やかなワンピースに、ベレー帽……聖リリィ魔術女学院の制服姿だ。髪も元々男であるアレスからすればグレンのように括りたいのだが、ルミアに『折角、綺麗な髪なんだから結んだら勿体ないよ!』と言われ、括ることすら許されなかった。
「……お前も大変だな……」
「お互い、頑張りましょう……」
グレンとアレスは力のない声で、聖リリィ魔術女学院への留学期間を生き残ることを決意した。
◆
帝都オルランドのライツェル・クルス鉄道駅にアレス達は、鉄道列車の切符を5人分購入した。
「ふ、不思議ねえ……魔術もなしに、こんな鉄の塊が地を走るなんて……」
「うん、魔術の恩恵を受けられない人達の英知の結晶だよね……人は魔術に頼らずとも、ここまで出来るんだって……すごいね……」
「へぇー……」
「あー、うっせぇー……誰だ、ンなもん発明しくさったアホは……近所迷惑だろ……コンチクショウ……」
システィーナとルミアは感嘆し、アレスは適当に流し、グレンは不満を言っていた。
その後はリィエルが迷子になったり、エルザという聖リリィ魔術女学院の生徒に案内して貰ったりと色々あった。
列車に乗り、自己紹介が始まった。
「私、エルザと申します。見ての通り聖リリィ魔術女学院の生徒です。ええと……リィエルさん?この子が道に迷っていたみたいなので、ここへ案内したんです」
「そうなんだ……ありがとう、エルザさん」
丁寧なエルザに、システィーナが微笑んだ。
「私はシスティーナ。こちらの子がルミアよ」
「はじめまして、エルザさん」
「ええと、そちらの方は……?」
エルザの視線の先には女体化したアレスがいる。
残念ながら、アレスの女としての名前は誰も知らない。皆、いい名前が浮かばず当日列車の中で決めればいいと思っていたのだ。
「アナスタシア……アナスタシア=フォールンです。よろしく……」
こうして、アレスの女verの名前がアナスタシアと決まった瞬間であった……
名前に関してはルミアの名前の元がangel=天使なんですよ、なので、アレス君はfalln angel=堕天使の最初のfallnを使いました。
悲しいことに作者はネーミングセンスが皆無でして……誠に申し訳ない。