アレs……アナスタシアが自己紹介した後すぐに、グレンも合流した。
「なんか……どうやら、うちのリィエルが随分と世話になっちまったみてぇだな」
歩きながら、グレン達とエルザは互いの自己紹介や身の上話などで盛り上がっている。
「あんがとな、エルザ」
「いえいえ、困ったときはお互い様です。ええと……レーン先生でしたよね?リィエルさん、落第退学を回避するために、遠路はるばる留学だなんて大変ですね……」
「ほぼ自業自得だがな」
エルザがグレンを『レーン』と呼ぶ。女となったグレンの対外的な名前は、グレンが1秒で考えた『レーン=グレダス』なのだ。無論、グレンが提案した瞬間、それでいいのかと、その場の誰もが総ツッコミしたのは言うまでもない。
「あれ?……でも、リィエルさん、先ほどまで貴女のことを『グレン』と……」
「え!? あ、それ、ただのニックネームだから、気にスンナ!(このアホ!)」
ぐりぐりぐり……
「……痛い」
そんな温い談笑を交わしつつ、グレン達は列車内をさまよう。
車両は基本的に、コンパートメントタイプ……1つの車両が複数の個室に区切られており、列車の進行方向に向かって左側に個室が並び、右側に通路がある……そんな構造である。
流石にこれから到着までの数時間、揃って立ちっぱなしはきつい。
グレン達は席を探して、さらに、前方車両へ……
すると。
「お、……おお!これは……ッ!?」
やがて、これまでのコンパートメントタイプ車両から一変して、車両全体が1つの空間となっている開放的なオープンサロンタイプ車両に遭遇した。
特筆すべきは、通常、オープンサロンタイプ車両は、中央の通路を挟んで左右に座席が配置されるものだが……
「座席が車両の左側にしかないとか、初めて見たぜ……これがブルジョワ……」
車両の右側は完全にがら空きであり、客車内はとても広々としている。そして、広く開いた右側の空間は、カフェテーブルや調度品などがあり、行き交うお嬢様達のちょっとした社交場と化しているのであった。
「さっすが、お嬢様の列車だな……こんな贅沢な車両の使い方してんの他にねーよ」
広い上に、幸い席にも十分な余裕があるようだ。
というか、どうしてこんな車両がありながら、どうして皆、あの狭苦しいコンパートメントタイプの車両にすし詰めになっていたのか、理解に苦しむ。
「まぁ、いいや! よっし、お前ら!どっかそこら辺の一角に、適当に座ろうぜ」
グレンが喜々として、一同をそう促す。
アレスは肉体的疲労なのか、精神的疲労なのかグレンが言った途端近場の席に座って寝てしまった。
「あ……その、グレ……ええと……レーン先生……」
エルザが申し訳なさそうに、おずおずとグレンへ話しかけていた。
「この車両はその……私達は使えないんです……すみません……」
「……へ?そりゃ一体、どういう……?」
エルザの妙な台詞に、グレンが間抜けな声を上げた……その時である。
「お待ちなさい、そこの方々!」
「ん?」
グレン達の周囲を、少女達の集団が取り囲んでいた。
全員、聖リリィ魔術女学院の制服に折り目正しくきっちりと身を包んでおり、良家出身者特有の堅苦しく居丈高なオーラを全身から放っている。
その集団の先頭には、一際高貴なお嬢様オーラを放つ美少女が佇んでいた。豪奢な金髪を縦ロールにし、いかにも高級品っぽい煌びやかな
そんなやけに目立つ縦ロールお嬢様が、取り巻きの女子生徒集団を引き連れながら、しずしずとグレン達の前に歩み寄ってきた。。
「な、なんだぁ……?」
「見かけない顔ですわね、貴女達。黒百合会の方々……でもなさそうですが」
縦ロールお嬢様が、値踏みするようにグレン達を流し見る。
「なんだか、立ち振る舞いに、うちの学院に相応しくない田舎臭さが滲み出ていますが……まぁ、今は不問ににして差し上げましょう」
髪をふわさと掻き上げる縦ロールお嬢様。
仄かに漂う香水の香りは、無粋なグレンでも1嗅ぎでわかる高級品だ。
「それよりも、貴女達……今、そこの席に入ろうとしていたみたいですが……この車両がわたくし達、白百合会のものだと知ってのことでしょうか?」
「……はい? 白百合?」
思わず間の抜けた声を上げてしまうグレン。
「いや……この車両って自由席じゃなかったっけ? 指定席だったか……?」
グレンは手元の切符で、自由席車両を確認する。だが、間違いは見当たらない。
「うーん……やっぱ、俺達、別に間違っちゃいねえぞ?」
「……『俺』……?貴女、なんだか殿方みたいな言葉遣いですのね……下品な」
表情に微かな嫌悪を滲ませ、縦ロールお嬢様が言葉を続け……
「それはともかく。自由席だろうが、指定席だろうが、そんなものは関係ありませんわ」
胸を反らして高圧的にそう宣言していた。
「ここの車両は、わたくし達のものです。勝手に居座ろうなどとはこのわたくしが許しませんわ。即刻、この車両から立ち去りなさい。ルールは守るべきものです」
「いーやいやいや、待て待て待て!ルール破ってんのはどっちだ!?」
流石にぎょっとして、グレンが反論する。
「いっくらお嬢様っつっても、この鉄道車両は一応、公共機関だろ!?だったら切符さえ買えば、自由席は誰だって自由に座っていいに決まってんだろ!?」
「はぁ……居るんですのよね……伝統と規律を蔑ろにし、自分だけのルールを押し通そうとする無粋で下劣な輩が……」
「どっちが自分ルールだ!?いい加減にしろや、てめぇ!?」
呆れたようにため息を吐く縦ロールお嬢様に、グレンが至極真っ当に突っ込むと。
「貴女ッ!どこの馬の骨か知りませんけど、フランシーヌ様になんて言葉遣いを!?」
「お下がりくださいませ、フランシーヌ様!私達がこの不埒な輩を、しっかりと教育しておきますがゆえに!」
取り巻きの少女達が、グレン達を取り押さえようと、じりじりと動き始める。まるでフランシーヌという少女のためならば、命をも投げださんばかりの鬼気迫る表情だ。
「な……なあにこれ……?」
少女達の、なんとも形容しがたい異様な雰囲気にグレンが気圧されていると……
「はっ! 相変わらずダセェことしてんなぁ! 白百合会の連中はよぉ!」
そこに新たな少女達の集団が現れた。
いかにも高貴で折り目正しい縦ロールお嬢様の集団とは違い、新たな集団を構成する少女達は、何というか……微妙に制服を着崩し、流行のアクセサリーなどで身を飾り、髪などを染め、どこか垢抜けた……というか、チャラい雰囲気が漂っている。
その新たな集団のリーダー格らしい先頭の少女は、腰まで届く黒髪と、鋭い切れ長の瞳が特徴的な、随分と男前な美少女だ。鋲付き手袋を嵌めた両手を腰に当て、皮肉で不敵な笑いを浮かべ、縦ロールお嬢様の集団を睥睨していた。
「コレット! 黒百合会の貴女達がどうしてここに!? この車両はわたくし達の───」
「はっ! 知らねえな、フランシーヌ! てめぇらが勝手に決めたルールなんざな!」
フランシーヌと呼ばれた縦ロールお嬢様と、コレットと呼ばれた黒髪不良娘お嬢様が、まるで親の仇でもみつけたかのような形相で、にらみ合い、火花を散らし合う。
「それによぉ、アタシ達が言わなくてもそこにいる奴はお前達の車両でぐっすりと寝てるしな」
「なっ───」
コレットの一言により、フランシーヌはコレットの視線の先にある座席を確認する。
そこには、2人の少女がいた。
水色の髪の少女は寝ており、もう1人の金髪少女は寝ている少女を起こそうか迷っていた。
「「……………」」
ルミアとフランシーヌの間に沈黙が走る。
「……な……な……」
「あ、えっと……ごめんなさい、すぐ起こしますから───」
「可愛いぃいいいい!」
フランシーヌはそう言うと、寝ているアレスを引っ張って抱きしめる。
「なんて可愛らしい御人なの!?」
そして、突然抱きしめられたりしたらアレスも当然起きるわけで……
「……え……なに、これ……」
「しゃ、喋ったぁああああああっ!」
そう言って、抱きしめる力を強くする。
「い、痛い……」
「あ、ごめんなさいですわ。それよりも、貴女お名前は?」
「えっと、アナスタシアですけど……」
「アナスタシアさんというのね? わたくしとお友達にならない?」
「はあ……別に構いませんけど……」
フランシーヌの興奮具合に困惑しながらアレスは承諾する。
「おい! フランシーヌ! お前、随分とそいつを気に入ったみたいだな!」
コレットはフランシーヌに対して嫌味を言うが……
「ねえ、アナスタシアさん、紅茶はお好き? 実は先日良いのが手に入りましたの」
「………………」
「それとも、こちらの菓子の方がお好みかしら?」
「おい! 無視するな、フランシーヌ!」
「悪いですけど、わたくしはアナスタシアさんとお話を楽しんでいますの、邪魔をしないでいただけます?」
「なっ!?」
フランシーヌがそう言うと、今度はコレットがアレスを見る。
「……確かに可愛いとは思うけどよ、そんなに気に入ったのか?」
「ふん! 所詮黒百合会の方々にはこの子の魅力はわかりませんわ!」
「確かにアタシ等にはわかんねぇけどよ……フランシーヌが気に入ったからには奪いたくなってくるよな」
「……今までわたくし達は貴女達黒百合会の行動を大目に見てきたつもりです。ですが、流石にアナスタシアさんを奪うことだけは容赦しません! 今、この場で、このわたくし自ら貴女を処断いたします!」
「ほう? やんのか? こら。……いいぜ? ここで決着つけるかぁ……?」
この2人の言葉にそれぞれの派閥のメンバーが戦闘態勢へと移行する。
「……え、ここでやるんですか……?」
「アナスタシアさんは下がっていてください、粗相で野蛮な黒百合会の者達には指一本ふれさせませんので」
「アナスタシアとか言ったか? お前、うちに来ないか? そこにいるフランシーヌは規律と伝統を守ることしか頭にない女だぜ?」
「……えっと……」
2大派閥のリーダー2人から迫られ、決断を渋っていると、他のメンバーが戦い始めた。
それからリーダー2人も戦い始め、白百合会vs黒百合会の戦いが今、始まった。
「……どうしてこうなった……」
アレスはこの戦いの中心となっていることに頭を痛めた。
すると。
「どうも」
どこか、気の抜けた声が、アレス達に投げかけられる。
いつの間にか、アレスの傍らに少女が立っていた。長い灰色の髪をお下げにした、無表情の美少女だ。やはり、聖リリィ魔術所が学院の制服に身を包んでいる。
「ど、どうも」
「いや、私、不本意ながら、あの縦ロールなフランシーヌお嬢様付きの侍女をやっております、ジニーとお申します。以後お見知りおきを」
無表情なその顔はリィエルを彷彿とさせる。しかし、雰囲気はリィエルとはまるっきり違う。
リィエルとはまた違ったタイプの不思議ちゃんだ。
「えーと、貴女達、留学生と臨時講師の方でしたっけ?」
「そ、そうですけど……」
「いや、すみませんね。初めての方はさぞかし面食らったでしょう」
やれやれ、とばかりに肩を竦めるジニー(無表情)。
「はぁ……うちのガッコの世間知らずなバカお嬢と、なんちゃってファッション不良娘はとんだご迷惑をおかけしました。実はですね……ああやって、白百合会(笑)とか、黒百合会(笑)とか、女子グループ同士で、ずぅ~~っとアホな小競り合いやってるのが、うちの学校の伝統でして……派閥抗争(爆笑)っていう構造に酔っ払ってるっていうか」
「は、はぁ……?」
「……笑えますよね? 所詮、大人達に守られたあんな狭っ苦しいコミュニティの中で、何を支配者気取りで偉そうに粋がっちゃってんだか……ぷっ、思春期乙」
淡々とした毒舌とは裏腹に、ジニーの言葉にはまったく感情が乗っていなかった。
「さて……私達、これから黒百合会の連中と一悶着ありそうですが……貴女達、巻き込まれたくなかったら、後方車両の方に行くといいですよ。そこなら派閥フリーですから」
「そ、そうなんですね……ご丁寧にありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそうちのバカお嬢が───」
「ちょっと、ジニーッ! 何やっているのです!?いつものようにわたくしのフォローを頼みますわッ!」
フランシーヌがそんなキンキンな声を、ジニーに投げかけた瞬間。
「はっ! 只今、参りますっ! お嬢様!」
唐突に別人のように豹変したジニーがフランシーヌの側に一瞬で駆け寄る。
それを見ていた、グレン達は───
「「早く逃げよう(ましょう)」」
と言って、後方車両に向かって行ったのであった。
改めて見ると、ジニーちゃん可愛い