グレンの投げたチョークがアレスに直撃した直後……
「アナスタシアさん!?」
フランシーヌの声が響く。
「せ、先生! わたくしの友人に対してなんてことを!?」
「お前ら全員うるせぇええええええええええええ───っ!」
グレンはそう言って、フランシーヌ達が取り囲むティーセットや茶菓子3段トレイを派手に吹き飛ばし───
続いて、コレット達の手にある雑誌やトランプなどの遊具を、神速で駆け抜けながら、残像が踊るような挙動でひったくりまくって回収し───
水が流れるような動作で、窓の外へと放り捨てていた。
放物線を描いて飛んでいく『授業中に相応しくない物品』の数々……
「ふぅい~~、きぃ~~もてぃいいい~~~~ッ!」
グレンは額の汗を拭いながら、何かをやり遂げたような、とても良い笑顔だった。
「!?!?!?!?!?」
「……すげぇ。やりやがりました……」
目を白黒させるエルザに、唖然として呟くジニー……
「「「……………………」」」
流石に、教室中の全ての生徒が、この事態には呆然とするしかなく……
「授業中は静かにね☆」
グレンは再び教壇に立ち、笑顔で生徒達へと振り返って、サムズアップであった。
「……まぁ、分かってた。……だって、アルフォネア教授の弟子だもんね」
「あ、あはは……」
頭を抱えて突っ伏すシスティーナに、苦笑いしながら気絶しているアレスを膝枕するルミアである。
「あ、あ、貴女っ!? これは一体、どどど、どういうつもりですの!?」
「おい、てめぇ。先生よぉ……これ、どう落とし前つけるつもりだ、ああ、こらぁ?」
そして案の定、フランシーヌとコレットが肩を怒らせ、殺気立つ取り巻きを引き連れ、グレンに迫るが……
「えー、つまり、この構文を分数整理するとだな、呪文の各基礎属性値の変動は……」
それをガン無視で授業を再開しているグレンの図。
「人の話を聞きなさいぃいいいいいいいい───っ!?」
「人の話を聞けぇえええええええええええ───っ!?」
やはり、人を煽ることに関しては、世間知らずなお嬢様連中より、グレンの方が何枚も上手のようであった。
「まったく……アルザーノ帝国魔術学院からやってきた臨時講師か何か知りませんが……どうやら貴女には、教育が必要なようですわね!」
「おい、先生よぉ? 教えてやろうかぁ? 誰がこの学院の支配者なのかをなぁ? 余所モンがあんまりデカイ顔してんじゃねえぞ? ……ああ?」
世間知らずなお嬢様であるがゆえに、煽り耐性のないフランシーヌとコレット。
コレットが鋲付き手袋を嵌めた手でグレンを強引に振り向かせて、その胸倉を摑み上げ……フランシーヌが抜き放った
たちまち一触即発の緊張が、クラス中を支配していく───
……そんなクラスの雰囲気に、敏感に反応する者が2人いた。
リィエルとアレスである。
アレスはルミアの太腿を堪能する余裕もなくガバっと起きた。
そして、リィエルはというと───
「《万象に希う・我が腕に・剛毅なるやいb───》」
「ストップ!」
起きたてのアレスがリィエルの【
「……なんで?」
「皆本当はぐれn……レーン先生のこと大好きなんだ」
「ほんと……? そうは見えないけど」
「これはツンデレってやつだよ、よくフィーベルさんが使うやつ」
「……なるほど、よく分かった……私が全員倒せばいい、そういうこと?」
「……エルザさんも何か言ってあげて……」
アレスがそう言うと、エルザはリィエルの手を握って。
「もう少しレーン先生を信じてみない?」
「!」
「私はまだ、先生とほんの少ししか付き合いがないけど……なんとなく先生が凄い人だって、私にも分かるよ。きっと先生には何か考えがあるんじゃないかな……?」
「…………………」
「今、問題を起こしたら、リィエル、きっとこの学院を追い出されちゃうよ? そうなったらレーン先生はきっと悲しむだろうし、それに……」
エルザはリィエルを真っ直ぐ見つめ、微笑みながら言った。
「……せっかく、こうして貴女と出会えて、同じクラスにもなれたのに……いい友達になれるかもって思ったのに……私は、やだな、そんなの……」
「……ん。わかった。エルザの言うとおりにする。……グレンを信じる」
そう言って、エルザとリィエルは勉強に戻った。
「……嘘と方便
その姿を見て、アレスは微笑みながらグレンの方へと視線を向ける。
◆
「大体、アルザーノ帝国魔術学院ってアレだろ? 軟弱ガリ勉ヤロー共が群れ集まってるド田舎学校だろ? そんなトコの講師に教えてもらうことなんかねえんだよ!」
「同感ですわ。わたくし達は貴族、
コレットとフランシーヌが、口々に嘲弄の言葉をグレンへと投げつける。
「要はアンタら、アルザーノ帝国魔術学院でやってる『魔術』ってのは、卓上のママゴトなんだろ? 実践的じゃねーんだよ。屁の役にも立たねえ」
「わたくし達に必要なのは『力』、そして『力』ある『魔術師』になるため、より洗練された授業なのですわ。ご理解いただけたら、邪魔しないで頂きたいものですわね」
対するグレンは無言。言わせたい放題だった。
「そもそもレーン先生。貴女、なんなのですか? そのまるで殿方のような服装と言葉遣い……それだけで、この格式高い学院の講師には相応しくない証左ですわ!」
「おまけにあのイモ臭ぇ4人組……アルザーノなんちゃらってのは、あんなのしか居ないわけ? もう雰囲気がね、根暗っぽいっつーか、庶民臭ぇっつーか、イケてねえ。ド田舎でベンキョーばっかやってるとああなんのかねぇ? あー、やだやだ……」
そんなフランシーヌとコレットの言葉に同意するように、取り巻き達も、グレンやシスティーナ達を遠巻きに眺めて、くすくすと小馬鹿にするように笑い始める始末である。
「こ、この人達……ッ! いい加減に……あっ……」
我慢できなくなったシスティーナが立ち上がった……その時、見えてしまった。
圧倒的な殺意を目に込めたアレスを───
アレスはその顔を俯かせ、長い髪によって目を隠しながらフランシーヌとコレットの元へ歩いていく。
「……アナスタシア、さん……?」
フランシーヌの手がアレスの顔に届く直前
スパァン!
その音の正体は、フランシーヌの手をアレスが引っ叩いた音だ。
「え……?」
アレスは自身の持つ片手剣を抜きながら告げた。
「3対1だ……ティンジェルさんを馬鹿にした罪は重いよ? お2人さん」
「「「は?」」」
「貴女達は魔術でも格闘術でも文字通り何でもあり、対して私はこの剣1本で戦う。簡単なルールでしょ?」
「……いくら、アナスタシアさんでもこれ以上は見逃せませんわよ?」
「別にいいよ、君はそれだけのことをした」
「……わたくしとコレット、最後の1人は誰でも良いのかしら?」
「うん、ジニーさんでもいいし君達がバカにしたフィーベルさんでも構わない……誰が出てきても負けないから」
「言ってくれるなぁ? じゃあ、アンタが負けたら学院を去れよ?」
「うん、いいよ? じゃあ、君達が負けたら土下座してくれる?」
「「なっ!?」」
「『わたし達の負けです、アルザーノ帝国魔術学院を代表するルミア=ティンジェルさんに対する非礼をお詫びします』ってさ」
「嫌ですわ! 何故貴族であるわたくし達がそのようなことを!?」
「人を傷つけたら謝る。これ、世間一般の常識だよ?」
「なぜ、わたくしがそのような弱き民の常識を───」
「君達が負けなければそれでいい話だ」
アレスが言ったことは真実だ。土下座が嫌ならば、負けなければいい。要はそれだけなのだ。
「……ジニー」
「はっ!」
「もう遅ぇからなぁ? アンタが3対1でいいって言ったんだ、今から取り消しはなしだぜ?」
「御託はいい、早くやろう」
アレスがそう言うと───
「あーはいはい、ストップストップ」
「……何ですか?」
グレンの制止にアレスが苛立ったように問う。
「次の授業は丁度『魔導戦教練』だ、そこですんぞ」
「……わかりました」
渋々承諾したアレスであった。
◆
そして、『魔導戦教練』の時間。
フランシーヌ、コレット、ジニーの前に立つのはアレス唯一人。
「では、ルールの確認ですわ」
そして、フランシーヌが不敵な笑みを浮かべて、アレスに言った。
「こちら側のチームがわたくし、コレット、ジニーの3人……そして、そちら側がアナスタシアさん1人……方式は非殺傷呪文によるサブスト。模擬剣や徒手空拳による近接格闘戦もありとしますわ。降参、気絶、場外退場、もしくは致死判定をもって、その術者を脱落とする……よろしいでしょうか?」
「うん」
「あと、もう1つ。……この勝負、たとえ非殺傷の呪文でも……炎熱系の呪文だけは使用禁止でお願いしますわ」
「うん」
「先生もよろしいですね?」
「あー、まあそれでもいいんだが……このままじゃ一方的過ぎるしハンデやるよ。……おい、アナスタシア。お前剣なしな?」
「「「「は?」」」」
これにはアレスも驚いた。
「いや、だってお前が剣持つと一方的になっちゃうし……これくらいのハンデないと相手が可哀想じゃん?」
「……武術は?」
「制限なし、ただし致死性のないやつだけな」
「それなら……まぁ……」
「……アタシら、めちゃくちゃ舐められてるなぁ」
「……ええ、そのようですわね」
「って、それよりもなんで、このアタシが、白百合の連中と組まなきゃならないんだよ?」
「仕方ありませんわ。彼女の……アナスタシアさんの御指名ですもの」
「……チームワークの不和でも狙ってねえかぁ?」
「うん? いや、違うよ?」
アレスが心外とばかりに首を横に振る。
「フランシーヌさんにコレットさん、この2人がこの学院でのトップだと思ったからだよ。ちなみにあとの1人はどうでもよかったんだよね」
「「は?」」
「だって、その1人が埋まったところで学生である以上勝ちの可能性が十分にあるし……だからアルザーノ帝国魔術学院で1番強いフィーベルさんでもいいって言ったじゃん」
アレスが何気にシスティーナの心を抉る。
「……なんか、私まで侮辱されてる気分」
「大丈夫? システィ」
そして───
「んじゃ、開始!」
グレンの掛け声で決闘が始まった。
だが、両者動かない。すると……
「まずは先陣を切りなさい、ジニーッ!」
「はっ! 援護よろしくお願いします、お嬢様!」
フランシーヌの指示が飛び、ジニーが、たたっ! と疾く軽やかに地を駆ける。
ジニーとアレス。彼我の距離、約数間。3足。
「凄い! あのジニーっていう子、きっと近接格闘戦は相当な腕前だわ!」
「うん、綺麗な動きだね……」
ジニーが披露した見事な体術に、観客のシスティーナとルミアが目を丸くする。
「……でも、アレス君の方が綺麗だよ?」
ルミアの言葉でシスティーナがアレスと対面するジニーを見る。
すると、何やら話しているようだ。
「何か、色々とすみませんね、アナスタシアさん」
アレスと対峙したジニーが淡々と言った。
「すんごい気は進みませんけど……うちのバカお嬢の命令ですので、手加減しません」
「………………」
「実は私、東方の『シノビ』の技を代々伝える里の出身でして……」
ジニーは軽やかにステップを踏みながら、無機質となったアレスの表情を窺っていく……
「一族内ではまだ若輩とはいえ、技量に関しては、私もかなりの使い手だと自負……」
アレスの構えは自然体、傍から見れば隙そのものなのだが……
「……あ。無理」
それなりの使い手であるがゆえに、対峙することで彼我の隔絶した実力差を瞬時に察してしまったジニーは、額に脂汗を浮かべ、半眼で呻くこととなった。
「あの……アナスタシアさん……貴女、一体、何者なんです?」
「別に? ただの魔術学生ですが? 因みに、アルザーノ帝国魔術学院では、私より何倍も強い人がいっぱいいますよ?」
「……嘘でしょ……?」
アレスのさりげない嘘にジニーの背筋は凍る。
アレスのような化け物より強い人達がアルザーノ帝国魔術学院にいるということが信じられないのだ。
その事実に、能面のジニーが珍しく動揺を色濃く浮かべていると……
「何をやっているのです、ジニーッ!とっとと仕掛けなさいなっ!」
「……なるほど。レーン先生が貴女に剣を使うなと仰っていましたが……実にありがたいですね。それでは……少しばかり胸を貸して頂きましょうか」
「……胸はちょっと遠慮してほしいな……」
こうして、ジニー、フランシーヌ、コレットvsアナスタシアという美女対美小女の戦いが幕を開けた。
cv高橋李依の愛唄も良いですし、小さな恋のうたもいいですね。まあ、個人的に鹿乃さんのivyが1番好きなんですけどね