そんなこんなで。
開始当初こそ波乱万丈で、暗雲立ちこめていているように思われた留学生活。
クラスの派閥抗争が落ち着いてからは、何もかもが順調であった。
……とある休み時間の中庭。
周囲を植林に囲まれた、芝生の真ん中にて。
「ふ───ッ!」
ジニーが霞むように振るった、2刀の高速斬撃を───
「いいいやぁああああ───ッ!」
リィエルの振り上げた大剣が、真っ向から弾き返す。
「う、く───ッ!?」
その重く鋭い衝撃に、ジニーの身体が泳ぎ、その手から短剣がはじき飛ばされ───
刹那、跳ね返る雷火のように旋回する大剣。
その刃を、喉元にぴたりと突きつけられ、堪らずジニーが両手を上げる。
「参りました。……流石、リィエル。強いですね」
「ん」
リィエルが大剣を引くと、その大剣は魔力の粒子となって解け、虚空に霧散した。
「なるほど……アナスタシアさんがリィエルと戦った方がいいと言ってた理由が分かった気がします。そのおかげで大分、課題が見えてきました。私は、私が思っていた以上に、変な所で意地を張って引かないから、貴女にはわかりやすいのですね?」
「ん。ジニーの次の一手、なんとなく、わかる」
「ふふ……貴女はお爺様と同じ事を言うのですね。それはともかく、今日もお手合わせありがとうございました」
「……ん。いつでも相手になる」
リィエルは、どこか満足そうに去って行くジニーを見送る。
「うん、やっぱり何度見ても、リィエルって、凄いなあ」
リィエルとジニーの手合わせを、はらはらしながら見守っていたエルザが、熱っぽい尊敬の眼差しを、眼鏡越しにリィエルへと向けていた。
「憧れちゃうな……ねぇ、どうして、そんなに強いの?」
「よくわからない。わたしの技は……わたしのものじゃないから」
「……それってどういう……?」
リィエルの不思議な言い回しに、小首を傾げるエルザ。
「言えない……というより、なんて言ったらいいのか、よくわからない」
微かに困ったように俯くリィエル。
「でも……この技は、わたしにとって大事なもの……この技を振るっている時は、死んだシオン兄さんとイルシアの存在を近くに感じていられるし……何より……グレンやルミア、システィーナ……わたしの大好きな人達を守れる」
「イルシア……? ん……そう、なんだ……大切な技なんだね……」
深くは踏み込まず、エルザが穏やかに微笑む。
「守るために剣を振るう……か。それが貴女の強さの秘密なのかもね。いいな……私も貴女のように強かったら……」
「大丈夫。エルザもわたしが……」
と、リィエルが何かを言いかけた、その時だ。
「「「先生ぇええええええええ───っ♥」」」
「ぎゃ──────ッ!?」
また、学院のどこかで、グレン達の悲鳴が聞こえてくる……
「……ん。そろそろ、戻ろう、エルザ。……また、勉強教えて?」
「うん」
そうして、2人は寄り添って歩き出した。
◆
「……今回の短期留学は中々いいのかな?」
アレスは屋上で、リィエルとエルザが寄り添って歩く光景を見ながら呟いた。
因みに、ルミアはグレンを追いかけるフランシーヌとコレット達を追いかけるシスティーナを援護している。
「……今回の短期留学、狙いはリィエルだとして……理由は、やっぱり……
アレスは警戒を怠らない。だが、それにだって限度はある。
最近は本当に油断ならないことが起き過ぎて疲れている。本音を言えば休みたい、だが何が起こるか分からないこの状況で警戒を怠るというのは悪手だ。
「って、なんで僕がリィエルのことまで心配しきゃいけないんだ……子守はグレン先生の仕事だろ……でも、イルシアとの約束も……」
アレスの睡眠時間は、この短期留学が決まってから驚く程減った。
今までは、普通の人と同じくらい寝れていたのに、最近では3時間ほどとなっている。
思考能力は最低と言っても過言ではない。
「……とりあえず、一回寝よう。寝てから考えればいいや、お相手側もそう簡単にリィエルに手は出せないはずだし」
今日の夜はしっかりと眠ろうと誓ったアレスであった。
◆
聖リリィ魔術女学院で過ごす日々は、まるで激流のように流れていった。
グレンは連日のように、フランシーヌとコレットを中心とした、担当クラスの女子生徒達が巻き起こす衝動に振り回されている。そこになぜかシスティーナまで加わるものだから、始末に負えない。
そんな騒ぎを余所に、リィエルはエルザと交流を深めていった。
きっと波長が合ったのだろう。色んな意味で、リィエルに構う暇のないグレンを、システィーナ、ルミアの代わりに、リィエルとエルザが共に過ごす時間は増えていく。
「……みんな、頑張ってるから、わたしも勉強、頑張る」
リィエルはリィエルで留学を成功させようと、いつになく熱心に勉強に励み、エルザに教えを請い……そして、エルザは常に穏やかな表情でそれに応えた。
そんな日々が、続いていく……
◆
そして、すっかり日も沈み、冷たい冷気と静寂が外の世界を支配する真夜中。
聖リリィ魔術女学院の敷地内にある、貴族屋敷のような生徒・教職員共同寮の1つ。
高級な大理石をふんだんに使った、広々とした空間にて───
「はぁ~~この身体はどうにも肩がこってあかんな……」
視界を真っ白に覆う湯煙の中、グレンはその女の身体を、熱い湯が張られた泳げそうなほど広い湯船に沈め、ぐったりとだらけていた。
「ふっ……説明しよう! 今の時間帯は教職員の使用時間! そして、俺が仮住まいしているこの共同寮には、俺以外の教職員はいねえ……つまり、この浴場でのこの時間は、俺が唯一、1人自由になれるプライベートタイムなわけで……」
グレンが誰へともなく独り言を言っていた……その時である。
浴場の外の脱衣所に、ぞろぞろと大勢の人の気配がやってくる。
「先生~~ッ! 今、お風呂に入ってらっしゃると聞きましたわっ! わたくし達もご一緒させてくださいなっ!」
「先生っ! アタシ達が背中流してやるぜっ!」
フランシーヌやコレット……月組の女子生徒達の声や喧噪が聞こえてくる。
「ですよねー? ……まぁ、わかってた。もう好きにしろよ……」
読めていた展開に、グレンが諦めていたようにため息を吐く。
そんないつも通りの光景とは別にアルスは───
割り振られた個室のお風呂に浸かっていた。
グレンの使う大浴場のように広くはないが、誰かが邪魔する可能性がないので考え事をするには一番適した場所とも言える。
「時間を気にせず、ゆっくり入れる風呂は久しぶりな気がする」
湯船に浸かりながら、アルスはそんなことを呟く。
今までのアルスは風呂も睡眠も必要最低限しかしなかった。しかし、偶にはこういうのもいいかもなと思った。
そして、アルスがお風呂に入ってるのと同時刻───
リィエルはテーブルの上に教科書やノートを広げ、1人黙々と勉強していた。
羽根ペンのインクが紙の上を滑る音だけが、この静寂の空間に響いている。
やがて一段落ついたのか、リィエルが羽根ペンを、ふと、ペン置きに刺して。
ん~~っと、可愛く伸びをすると。
がちゃり……控えめに談話室の扉が開かれる。
「リィエル……まだ起きていたんだ。頑張ってるね」
ひょこ、と。開いた扉の隙間から顔を出したのは、眼鏡の少女エルザであった。
「ん。エルザのおかげで、大分、わかるようになってきた」
「それはよかった……でも、もう夜も遅いよ? 早く寝ないと明日に響いちゃうよ?」
「……ん。でも……もう少し、頑張らないと……」
そう言って、リィエルは再び羽根ペンを手に取り、勉強を再開する。
「ふふ……リィエルは最近、ずっとそうやって、夜遅くまで頑張ってるね」
エルザは軽く微笑むと、リィエルの側に歩み寄り、持ってきたタオルケットを、リィエルの肩にかけてあげる。
特殊な
「どうして、そこまで頑張れるの?」
「わたし……グレン達と一緒にいたい……だから、頑張る」
教科書の文面から目を離さず、リィエルが応じる。
その目は相変わらずいつものように眠たげではあるが……今は教科書の知識を、自分なりに咀嚼して理解しよう、という明確な意思の光だけが存在した。
「グレン達は優しいから……多分、わたしが立ち止まってても……多分、わたしと一緒に居てくれる……今までずっとそうだった……でも、このままじゃ駄目な気がする」
「…………………」
「グレン達は……うん、うまく言えないけど……ずっと、前に向かって歩いてるんだと思う……だから、わたしがグレンと一緒にいたいなら……その……わたしも一緒に歩いていかないと……ぶら下がるだけじゃだめ……そんな感じ……?」
しばらくの間……そのまま2人の間に沈黙が流れる。
リィエルはじっくりと教科書に目を通しながら、時折、ノートに文字を書き連ね……エルザはそんなリィエルの様子を見守っている。
やがて。
「そう……リィエル……貴女も前に……未来に向かっているんだね……私と違って」
「……エルザ?」
小首を傾げるリィエルに、エルザが不思議な微笑みを返し、言った。
「ねぇ、リィエル。私も貴女に付き合わせてくれないかな? もし、貴女さえいいのなら……私も貴女の勉強を手伝ってあげたい……」
「いいの……? なんで……?」
「なんだか……貴女を応援してあげたいの……ダメ?」
「全然、だめじゃない。ありがと」
リィエルもエルザに振り向き、微かに口元を笑みの形に緩めていた。
「ん。さっそく、ここ教えて。……ここ、よくわかんない……」
「ええと……どれかな……?」
2つ同時に章を進めるって結構大変ですね、これからも息抜き程度にやっていくのでよろしくお願いします