機関車のすぐ後ろにつくオープンサロン車両の、第一号車内にて。
「くっ……使えない子達……流石は所詮、世間知らずのお嬢様ね!」
マリアンヌが、遠見の魔術で観察する後方車両の戦況に歯がみする。
その千里眼が見る敵は、フランシーヌとコレットの2人。たった2人に、マリアンヌが選りすぐりで選んだ将来有望だったはずの生徒達が、片端から倒されていっている。
「何よ、この子達……明らかに今までと違う……」
フランシーヌとコレットの戦い方は、単純な技量そのものは以前と変わっていない。
だが、その力の振るい方に明らかな変化がある。以前のように、ただ闇雲に、己を誇るように力を振るうのではない。目的を達成するため、己が切るべき手持ちのカードの内容を吟味し、的確に行使・通用する確かな知恵が根底にある。
記憶によれば、聖リリィ魔術女学院では、貴族の教養としての『力』を教授できる教師は多くいるが、その『使い方』と『知恵』を教授できる教師はいなかったはずなのに。
「それに、リィエル=レイフォード……一体、どこへ消えたの?」
嫌な予感を覚えて、リィエルを押し込めた車両を遠見の魔術で覗けば、なんとリィエルの姿がない。魔術で牢獄と化したはずの個室席内に、もの凄い力で引きちぎられた縄と、もの凄い力で蹴破られた扉があるだけだ。
こんなアホみたいな真似が出来るのは……リィエル=レイフォードしかいない。
もともとあの個室席は、最初から魔術的な牢獄として作られてたわけではないので、魔術でかけた鍵や強化した扉には、その強度に限度があるのは分かっていたが……まさか、こうもあっさり破るとは……リィエルという少女の底力を見誤っていた。
「くっ……リィエル=レイフォードが車内のどこかに隠れているのは間違いないはず……探して、この私が取り押さえれば……」
だが、列車内のどこにもリィエルの姿はない。
遠見の魔術でいくら探しても見つからない。一体、どこへ消えたというのか。
そうしている間にも、後方の戦いの喧噪は、徐々にこの場所へ近付いているようだ。
「なぜ……どうして何もかも上手くいかないの!? どこで狂った……ッ!? 一体、誰のせいでこうなった? 一体、誰の───ッ!?」
と、マリアンヌが苛立ち交じりに歯がみしていた……その時である。
ガッシャアアアアンッ!
突然、車両後方の窓ガラスが外からぶち破られ、車両内に何者かが飛び込んでくる。
その何者かを目の当たりにして───マリアンヌが唇を震わせ、叫んだ。
「そうよ、わかった……ッ! 貴方よ……ッ! きっと貴方がいたから……ッ!」
実は、マリアンヌは───その人物の正体を知っていた。
アルザーノ帝国魔術学院から軍の手引きで、明らかにリィエルのお目付け役として赴任してくることになった臨時講師の正体を。その調べはついていたのだ。
だが、所詮三流魔術師、ロクでなし魔術講師───自分の計画に支障なし。
あまり強引に突っぱねても怪しまれるし、上層部の軋轢を煽る結果になる───そう判断し、ゆえに黙認。
今、思えば───あの男がやってくることこそを、全力で阻止すべきだったのだ。
それが、今回の計画でマリアンヌが犯した最大のミスであった。
「全部、貴方のせいよッ! グレン=レーダスぅうううううううううう───ッ!」
「はははっ! 馬鹿騒ぎは仕舞にしようぜッ! ババア───ッ!?」
車両内に降り立ち、対峙したグレンへ───マリアンヌが絶叫するのであった。
───この学院に新しい風を吹き込んでくれること、期待しますわ───
過去の自分の台詞が、この現状の自分に対する強烈な皮肉だった。
「まったく! フランシーヌとコレットをおとりに、自分達は列車の屋根伝いに移動して、黒幕を叩く……相変わらず無茶苦茶なんだからッ!」
ひゅごおっ! 風を纏い、エルザを抱きかかえたまま割れた窓から車両内に飛び込んできたシスティーナ。
グレンの背後に降り立ち、呆れたように叫ぶ。
「別にいいだろ? おかげで、同じく屋根伝いに移動していたリィエル達とも合流できたんだし……」
「……ん」
さらに2つの影が、巧みな体術を駆使し、窓から車両内に飛び込んでくる。
リィエルとアナスタシアだ。システィーナの
リィエルは大剣を錬成し、アレスは剣を鞘から抜いていた。
合流後、ここまでの道中の情報交換で、すでにエルザとグレン達は和解済みだ。
後は協力して、黒幕を打倒するだけ───
1つの目的の下、、5人が、憤怒と驚愕に震えるマリアンヌへと身構えるのであった。
「……4対1だぜ? 流石に勝てると思わねえだろ? さっさと投降しろよ」
グレンが勝ち誇ったようにそう宣言する。
だが……
「ふ、ふふふ……」
観念するでもなく、マリアンヌは不気味な笑いを零すだけだ。
「何がおかしいんだよ?」
「いえ……まさか、やれやれ……本当に、こういう事態になるなんてね……」
すると、マリアンヌは腰に吊ってあった剣を、そっと抜いた。
古風な意匠の長剣であった。
「いざという時、エルザへの牽制になるかと思って、持ってきたんだけど……本当に大正解だったわねッ!」
その剣を頭に掲げた───その瞬間。
轟ッ! 剣から炎が噴き上がり、マリアンヌの周囲を渦巻いた。
明らかに只の炎ではない。圧倒的な火勢が放つ強烈な熱風が、十数メトラほどの距離を開けてなお、グレン達の肌を熱く痺れさせる───
「熱ッ!? な、なんだそりゃ!?」
グレンが驚愕に目を見開く。
「今の炎、魔術を起動している気配がなかったぞ……ッ!? 元々そういう機能を有している魔導器───いや、違ぇ! どっちみち魔導器を起動させた気配もなかった!」
そもそも、そんなものの起動を、この近接格闘戦力がヤケクソ気味に充実した状況で、
グレンがマリアンヌの操る謎の炎に、戸惑っていると……
「まさか、その剣は……
その造形と特徴から、それに思い至ったシスティーナが驚愕する。
「『メルガリウスの魔法使い』に登場する魔将星が一翼、炎魔帝将ヴィーア=ドォル……彼が振るったという『百の炎』の1つ、
「あらあら……どうやら古代文明マニアの方がいてくれたようで説明が省けたわねぇ……まぁ、大体、その通りよ。この剣は炎を操る
マリアンヌが嗤う。
「私ね、
「まさか───白魔儀【ロード・エクスペリエンス】の応用かッ!?」
この世界には物品に眠る、記憶情報を再現・憑依させる儀式魔術がある。
「ええ、そうよ? 確かにセリカ=アルフォネアのように、過去の英雄の戦闘技術を、ほぼ完璧に再現する……なんてことは出来ないし。アルス=フィデスとかいうエルミアナ王女の側近だった人物は
「な……ッ!?」
「この
不意に、マリアンヌの姿が霞み消え───
「───ッ!? 危ない、皆、下がって!」
リィエルが反応、前に飛び出して───
がぎぃいいいいんっ! 刹那、響き合う壮絶なる金属音、噛み合った刃と刃。
グレン達の目前で、リィエルとマリアンヌが剣と剣を交差させて、組み合って───
次の瞬間、マリアンヌの剣から炎が噴き出した。
「───ッ!?」
至近距離で噴き出した炎が、圧倒的火勢でリィエルを飲み込まんと───
「リィエル、前に出過ぎ」
アナスタシアがリィエルの手を引いて、リィエルを飲み込まんとしていた炎を紙一重で回避する。
「野郎ッ!?」
グレンが背中に隠していた拳銃を抜いた。
抜き手も霞む早撃ち───3度のファニングで3発発砲。
だが、マリアンヌは神速で跳び下がりながら、飛来する弾丸を華麗に剣で回し受け───
「ふふ、どうかし───っ!?」
マリアンヌが嘲笑おうとしたときには、目の前にアナスタシアがいるのだ。
マリアンヌの着地の瞬間を狙って、アナスタシアは剣を振るう───
だが、アナスタシアの剣は簡単に防がれた。
「残念……少しヒヤっとしたけれど、それでも私が憑依させてるのは古代の戦士よ? その程度の奇襲で倒せるなんて……随分と甘く見られたものね」
その言葉と同時に、マリアンヌの全身が激しい炎を纏い───炎を弧状に放つ。
その炎は生き物のように、たちまち天井を、壁を燃え広がり───
グレン達の退路を完全に断っていた。
「……もう逃がさないわよぉ……? 貴方達、全員、程良くトーストして、実験サンプルにしてあげるんだから……」
全てが燃え盛る炎の世界の中で、グレンが戦慄と共に全身冷や汗をかく。
そして───
「はぁ……はぁ……はっ、あ……ッ!? うっ……あぁ……」
「エルザ!?」
酷い脂汗を浮かべて青ざめたエルザが、その場で力なく蹲っていた。
マリアンヌの行使した炎の力に、
「おいおい……さっき、ちらっと話には聞いてたけど、ここまで酷いのか……?」
豹変したエルザの様子に、システィーナとグレンはただ驚愕するしかない。
「となると、俺達4人でやるしかねえか……行くぞ、お前ら!」
「は、はいっ!」
「ん」
「わかりました」
そして、グレン達がマリアンヌに立ち向かうために、1歩前に出る。
「り、リィエル……アナスタシアさんまで……」
床で過呼吸にあえぐエルザが、戦いに向かうリィエルとアナスタシアの背中に言葉をかける。
「……その……ごめん……ね……私……やっぱり、足手まといで……」
「大丈夫。問題ない」
素っ気ないが、力強い返答が返ってくる。
「エルザは私達が守るから」
「……り、リィエル……」
そして───震えるエルザが見守る中、最後の戦いが始まった。
◆
「あっははははははははははっ! あっはははははははははは───ッ!」
列車内に響き渡るマリアンヌの哄笑。
狂気のままに剣を振るえば、その剣先から超高熱の紅蓮の炎が噴き出し、うねりを上げて周囲をのたうち回る───
「《光り輝く護りの障壁よ》───ッ!」
システィーナが黒魔【フォース・シールド】を、一行の眼前に展開する。
光の魔力障壁は、グレン達に迫る炎を遮断するが───
「あちちちちち!? あちちちち!? 熱い!? 熱いって!?」
遮断して尚、その熱気はグレン達を焦がす。
「おい、白猫!? 熱、遮断しきれてねえぞ、もっと出力を上げろっての! サボんな!」
「これが限界よッ!」
グレンの避難に、システィーナが悲鳴を上げる。
「あの
「ちぃッ!? しぁねえなぁ!?」
グレンが拳を握り固めて、矢継ぎ早に呪文を唱えた。
「《守人よ・遍く弎の災禍より・我を護り給え》ッ!」
黒魔【トライ・レジスト】。対象に、炎熱、冷気、電撃の三属性エネルギーへの耐性を
グレンはそれを自らにかけ───
「白猫、援護しろッ!」
「《大気の壁よ・二重となりて・我らを守れ》───ッ!」
さらに、システィーナが唱えた、黒魔改【ダブル・スクリーン】───二重の空気障壁を纏って、マリアンヌへと一気に突進する。
座標指定魔術である【フォース・シールド】と違い、【エア・スクリーン】やその改変である【ダブル・スクリーン】は対象指定魔術だ。
呪文の効力を身に纏ったまま、移動することが可能。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおお───ッ!」
渦巻く炎の海を左右にかき分け、グレンがマリアンヌの懐へと飛び込み───
走力を乗せ、鋭い右ストレートを繰り出す。
が。
「あはははははっ!?」
「な───」
マリアンヌに体を捌かれ、あっさりと躱される。
泳いだグレンの無防備な身体へ───マリアンヌが返し刀、一閃───
その壮絶な焔刃は、【ダブル・スクリーン】の空気障壁すら切り裂いて───
「グレンッ!」
───間一髪。グレンが両断されようとしていたまさにその時、同じく飛び込んできたリィエルが間に合い、大剣でマリアンヌの剣を受け止める。
「いいいいいいいやぁあああああああああ───」
そのまま、強引にマリアンヌを押し返そうとするが───
轟ッ! マリアンヌの剣から再び紅蓮の炎が噴き出し、のたうち暴れ始める。
「くぅ───ッ!?」
一応、リィエルも自前の黒魔【トライ・レジスト】で炎熱耐性を得てはいるが、こうも至近距離で灼熱炎に炙られては流石にきついだろう。
「た、《大気の壁よ》───」
システィーナが咄嗟に、リィエルへ【エア・スクリーン】を張らなかったら、重度の熱傷に陥っていただろう。
だが、その空気障壁も───
「しぃ───ッ!」
マリアンヌの壮絶な斬撃が、即座に切り裂いて、霧散させてしまう。
「あっはははははぁ……燃えろぉ……ッ!? 燃えてしまえぇえええええ……ッ!」
後衛であるシスティーナ達の下まで下がったグレン達にマリアンヌは更なる追い打ちをかける。
それだけでなく、燃え広がる炎が先頭の機関車両に引火したせいで、機関部が暴走を始め、先ほどから列車の速度がどんどん上がり始めている。
このまま、列車の速度が上がり続ければ、いずれ最悪の事故が発生してしまうことは想像に難くない。
そうなれば、この列車に乗っている全員が───死ぬ。
◆
(熱い……怖い……怖いよ……お父さん……助け……て……)
エルザは、車両の隅で、刀を抱きながら、ぶるぶると震えていた。
(私にだって……戦う力はある……だから、今はみんなと一緒に戦わないと……)
理屈では、理性ではわかる。わかっているのだ。
だが───駄目だった。『炎の記憶』がエルザを嘲笑い続ける。
こうも、炎が燃え上がっている状況では、どうしても恐怖で身体が動かない。
手足が震え、力が抜け、目眩と吐き気と動悸と過呼吸が収まらない───
世界がぐにゃぐにゃと赤く歪み、最早、まともに立ち上がることすら出来ない───
そんな時だった。
度重なるマリアンヌの炎の猛撃に、ついにシスティーナの張る【フォース・シールド】の一部が破壊され、穴が開いた。
隙間から、圧倒的な炎の奔流が【フォース・シールド】内部になだれ込み───
───その炎の向かう先に、エルザがいた。
「あ……、……あ、ああ……ぁあああ……ッ!?」
炎がエルザを飲み込まんとした───まさにその時。
自分の身体を盾にして、エルザを守ろうとした者がいた。
アナスタシアだ。
燃えたぎる炎は、一瞬でアナスタシアを包み込む。
「《光輝く護りの障壁よ》───ッ!」
その刹那、システィーナが障壁を張り直す。
炎が遮断され、発生源を断たれた炎は霧散する。
「……あ、アナスタシア……さん……?」
「……大丈夫? エルザさん」
心配そうな声を上げるエルザに、アナスタシアは逆に声をかける。
【トライ・レジスト】を
綺麗なスカイブルーの髪は少し燃え尽き、身体もかなりの熱傷に陥っている。
どう見ても、エルザより重傷だ。
だというのに───
「無事でよかった」
アナスタシアはそれを全く意に介さず、マリアンヌの方へ向き直る。
見れば、グレン達は既にマリアンヌと近接戦をしていた。
「ど、どうして……こんな、役立たずの私なんかのために……」
「リィエルが守るって言っちゃったから……」
エルザは思う。本当に、何から何まで
もし……もし本当に、この場にあの少年がいたら……きっと、同じことを言う気がする。
そんな事を考えていると、不意にアナスタシアはエルザの前からすっとよける。
そして、エルザの視界に映ったのは、迫り来る炎の激流を、グレンは眼前で両腕を交差させ、ひたすらに耐えて。システィーナが何度も何度も【フォース・シールド】や【ダブル・スクリーン】を張り直して、必死に耐えている姿。
エルザはそんな紅蓮の光景を、恐怖に震えながら、呆然と眺めている。
その光景は、まさしくエルザの中にある『炎の記憶』の焼き直しであった。
何を思って、アナスタシアがこの光景を見せたのかエルザには分からない。
「アナスタシアさん……もしかして貴女は、あの時……私を助けてくれた
エルザは辿り着いた1つの仮定をアナスタシアに問う。
「…………………」
アナスタシアは答えない。ただ、エルザに微笑むだけだ。だが、エルザは確信した。この人は、『炎の記憶』の中で唯一の救いだった人だと。
「……貴女は酷い人です……私に、そんな酷なことをさせるのですね……」
今すぐにでも解決できる力を持っているのに、わざわざ『炎の記憶』の
「イルシアが君に
「……私はそんな強い人間じゃない……私に、
エルザは否定する、自分は一生『炎の記憶』を克服できないと。それほど強い人間じゃないと。
「別に強くなくたっていい」
「え……?」
「君のお父さんは君に、強い人間であれと教えたかい?」
エルザはその質問に首を横に振って否定する。
「どんなに弱くても、人を守るために……人を活かすために剣を振るえって、そう言うと思います」
「じゃあ、今の君は君のお父さんにどう映る?」
「……ッ!」
「その言葉を直接受けた君より、先生達の方がその言葉を行動に移してると思うけどな」
エルザは、グレン達を見る。そこには、エルザを守ろうとする意志が見える。エルザにだけは炎を近づけさせないと、その想いが伝わってくる。
その光景を見て、エルザは───
「私は───ッ!」
震える身体を堪え、ぎゅうと刀の鞘を強く握りしめる。
燃え上がる炎の恐怖に焦げる思考の中───エルザは必死に考える。
己の為すべきことを───
………………。
………………………。
……そうだ。このままでいいはずがない。
(……私はただでさえ、復讐に身を焦がし───私利私欲のために父の技を振るい───父の顔に……誇り高き剣に……泥を塗ったというのに───ッ!?)
これ以上、何もせずに、怯えて、震えて、泣いて───
「これ以上……ッ! 父の名を……技を……穢して……たまるかぁあああああ───ッ!」
エルザは吠える。
炎の記憶に抗い、涙を流しながら、吠えて、立ち上がった。
「「エルザ!?」」
気付いたリィエルやグレンが叫ぶが、知らない。
未だ震えが止まらない膝も、手も、全身も知らない。
立ち向かうことを決意した反動で、かつてない恐怖が心臓を握りつぶすが、知らない。
それに───
自分の
「この……ッ!」
エルザは震える右手で刀を抜き……その抜けば珠散る氷の刃を……
左手で強く握りしめていた。
「みなさん……後、一手が足りないんですよね……?」
「ああ……そうだが……?」
「なら……私が、活路を……切り開きます……」
エルザは過呼吸にこそなっていないが、戦えるほど顔色がいいわけでもない。
そんなエルザを見てグレンも、システィーナも、リィエルも、目を丸くする。
「……自分の状態は……自分が一番わかってます……だけど……っ!」
絶句しているグレン達が何を考えてるのかわかったのだろう、エルザが先回りで言う。
「……それでも……ッ! わ、私が……やらなくちゃ、いけないんです……ッ!」
「…………………ッ!?」
「お願い……しますッ! 信じてください……ッ!」
エルザが頼み込んでいる間にも、マリアンヌの操る炎は迫る。
それを間一髪で防いでるのはシスティーナだ。だが、限界は近い。
暴走する列車も、今にも脱線しそうな勢い。
ゆえに───悩んでる時間は……ない。
「……やれるのか? エルザ」
「……やります……絶対に……」
真っ青に青ざめながら、滝のように脂汗を流しながら。
それでも、エルザは、はっきりそう告げた。
「どうか……先生達は、今までのように……戦ってください……『機』さえあれば……足りない最後の一手を……私が、必ず……埋めますから……」
「グレン……エルザを信じてあげて。わたしはエルザを信じる」
ほんの僅かの一時、グレンがエルザの目を見つめて逡巡し───
「……オッケー。わかったぜ」
「せ、先生……」
「さぁ、行くぜ! 最後の一合いだッ! これで決めるぞッ!」
グレンとリィエルは、最後の突撃を、敢行するのであった───
◆
エルザの眼前では、先程までと同じような戦いが繰り広げられていた。
グレンとリィエルが押し寄せるマリアンヌの炎に立ち向かっている。
そんな光景を前に、エルザが最初に感じたのは、やはり、ただただ後悔であった。
「あ……ぁ……ああぁ……ッ!?」
ああ、赤い。全てが赤い。全てが赤く、熱く燃え上がる炎の世界。
ずっと自分を苛み続けた『炎の記憶』と、全てが重なる。
ただ1つ違うとすれば───震える手を支えてくれる人がいること。
「アナスタシア……さん……」
「大丈夫、君は1人じゃない」
手を支えてくれる、ただそれだけ。それだけなのに……自然と、震えが収まっていく。
「……ありがとう……
『炎の記憶』の中で、イルシアが青髪の少年を呼びかけた名前だ。
ようやく思い出した名前を告げると、アナスタシアはエルザの前に立ち───
「《光輝く護りの障壁よ》」
エルザが精神統一するための時間を稼ぐ。
一方、エルザは目を閉じ、この精神的、肉体的極限状態で、1つ1つ思い出していく。
父の技を。
(……春風一刀流……奥義……)
今はそれだけを実践する、機械となる───
(……直立不動から、左足を半歩退くべし───腰を柔らかく落とし、身体は脱力───刀の鞘は左手の小指と薬指で軽く握り、他は添えるだけにすべし───)
ゆっくりと……ゆっくりと……思い出しながら……
(鍔が額に来るよう、刀を掲げよ。刀の重みと重の引理さえ、我が友とせよ……)
ここまで、慎重に、念入りに構えを作り……
エルザはその動きを止めた。
そして、静かに……再び、目を開ける───
途端、エルザの網膜を強烈に焦がす、赤色の世界───
エルザの恐怖の具現。
「あっはははははははは───ッ! 死ねぇえええええええええ───ッ!?」
そして、仇敵マリアンヌの姿がそこにはある。
準備は整った。
◆
「ええいッ! くそ───」
「ぐぅううううううう───ッ!?」
あと少し。
あと少しで───マリアンヌに届く。届くというのに───
「あっひゃはははははははははっ! ひゃははははっははははは───ッ!」
【トライ・レジスト】や【ダブル・スクリーン】を起動してなんとか、グレンとリィエルはその圧倒的な炎に抗えているが、それでも猛烈な火勢の熱波により物理的に前に進めないのだ。
これでは、魔力を無理に消費するだけ。
「くぅ……ダメだ、リィエル……下がれ……ッ!」
グレンがリィエルに撤退を指示する。
しかし───
「やだ! 下がらないっ!」
リィエルはグレンの指示を突っぱねた。
「エルザがなんとかしてくれるって言った! わたしはエルザを信じる!」
「へっ……ったく……白猫! きついのはわかってるが───俺達への防御、もっと出力を上げてくれッ!頼むッ!」
「今だって限界だけど───わかったわッ! 残りの魔力を全部───」
システィーナが限界を超えて、魔力を開放する。
そして───
(……信じてくれて……ありがとう、リィエル……みなさん……)
機は熟した。
その瞬間。
エルザは呼吸を───
───一息に、吐いた。
「はぁああああああああああああああ───ッ!」
刹那、裂帛の気合と共に、エルザの四肢が爆ぜるように動いた。
左足で一歩踏み込む神速の推進力、腰骨の超速横回転、それらのベクトルの違う力をまとめ上げ、右腕へと伝える背骨のしなり。
頭上に掲げる刀の鯉口を切る。刃を鞘に滑らせる。
抜きざまに、右腕に伝えた力を使い、重力に従って、刀を真っ直ぐ、撃ち下ろす───
それはまさに絶技だった。
『打刀』と呼ばれる、剃刀のように薄く鋭い刀剣だからこそ為せる剣技。
様々な体術・術理を尽くして、全身を余すことなく利用してひねり出した、常軌を逸した『力』と『速度』。それらを物理的に全く減衰させることなく刀に乗せ、魔力で
剣の間合いを超える斬撃。通常の剣理にあり得ぬ、絶技。
東方剣術が一派、春風一刀流奥義───『神風』。ここに開帳す。
エルザが、刀を振り下ろしたその刹那───
ひゅぱッ!
空気が───鳴った。
不意に、グレン達を飲み込まんとしていた炎の津波が左右に、ばっ! と割れ───
「あ、がぁあああああああ───ッ!?」
風の刃が、遥か遠い間合いにあるマリアンヌの半身を斬り裂いていた。
巻き起こる血風。
一目見ただけでわかる。マリアンヌは……絶命した。
エルザの一太刀が、マリアンヌに届いた証であった。
ブラダマンテ欲しいのォオオオオオオオオ