アレスは
「システィを見捨てるの!?」
「見捨てるわけじゃない……システィーナは別の人が助けに行くから大丈夫さ」
「……でも……」
ルミアはシスティーナのことが心配で堪らないのだろう、暗い表情をしている。
「システィーナは優秀だ、防御に徹すればそうそう負けることはない。対してグレンは?お世辞にも魔術師として優秀とは言えない。そんなグレンが相手をしているのはシスティーナの相手より数百倍は強い……」
アレスの鬼気迫った顔にルミアも黙るしかない。
それ以降、アレスとルミアに会話はなかった。
グレンが相手をしているのは、アルザーノ帝国魔術学院テロ事件の際にグレンが倒したはずのレイク=フォーエンハイムだ。
前に戦ったレイクとは何もかもが違う。前のレイクは確かに強かった──────だが、あくまで人間の領域の範疇だった。
対して今のレイクはどうだろうか、漲る異質な魔力と存在感──────明らかに人としての領分を、遥かに超えているのだ。
レイクがここまで強くなった理由はフォーエンハイム家が代々研究してきた
だが、そんな強大な力には代償が付き物だ。
勿論、【竜封鎖印式】という魔術で
「《──────■■■■》!」
人が聞いたところでこれはただの竜の雄叫びなのだが、これはれっきとした呪文である。その正体は、大自然へと直接語りかける古き竜の言葉──────
「《──────■■■》!」
嵐も風も稲妻も止んだ直後周囲の倉庫街が焔を上げて燃え盛る。
「……今度は山火事かよ、コンチクショウ!?」
そう言いながらグレンは左のポケットから愚者のアルカナを取り出す。
「……やはり、そう来るか」
レイクは忌々しそうにグレンを見る。
グレンの
そして、魔術であるならばグレンの【愚者の世界】で完全封殺できる。
「へっ!何が竜言語だ、馬鹿野郎!こっからは肉体言語で片をつけてやるよッ!」
グレンがこんなことを言っている間に、レイクは剣を抜く。
「良いだろう。……手合わせ願おうか」
レイクの剣は、
「……って、うっそぴょーん」
レイクの
グレンはそれが分かっているからこそ殴るふりをして躱し、銃を撃つ。
だが、レイクは銃を目視することなく躱す。
「今さら、そんな豆鉄砲が一体、何になる?」
「へっ……今、かわしたなぁ?見たぜ?」
ニヤケながらグレンは言う
「全身のお肌が竜麟並みに無敵なレイクさんよ?今、なんでその豆鉄砲をかわした?」
「…………」
「知ってるぜ?テメェにもあるんだろ?万物の頂点に立つ最強魔獣ドラゴンの唯一の泣き所─────『逆鱗』がよッ!死角からの攻撃に、テメェは万が一のそれを恐れた!」
アレスは
「《彼方は此方へ・怜悧なる我が眼は・万里は見晴るかす》」
「……《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》!」
アレスはアリシアに貰った黄金の剣を【グラビティ・コントロール】を使ってレイクに向かって投擲する。
グレンはレイクが【
レイク=フォーエンハイム─────彼の肉体と魂は代替品なのだ。それなのに
「来な。どちらが速ぇか……勝負だ」
グレンは銃を構え、『愚者のアルカナ』を咥えながら言う。
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおお」
全てを察したレイクは咆哮をし、神速で突進しようとするが─────
「ぐぅあああああああああッ!?」
「ッ!?」
レイクはどこからともなく現れた黄金の剣に片目を潰されたのだ。
そして、このチャンスを無駄にするほどグレンは馬鹿じゃない。
グレンは『魔銃ペネトレイター』を使い目を潰されもがいているレイクの心臓を撃ったのだ。
それも、ただの射撃ではなく
ここに勝負は決した。
「貴様の勝ちだ……グレン=レーダス……白魔【マインド・アップ】……精神力強化の術を
グレンの心臓部分には小さな穴が空いている。
「……それを撃ち込み……俺の精神強度を上げるとはな……」
「ああ……精神に根ざす呪いなら、精神力を強化すれば呪いは弱まる……てめぇ自慢の竜麟の肌も柔くなる……簡単な理屈だろ?」
「……戯けが……」
グレンは簡単と言うが、そんなことはない。
「それを為せるのは、この世界で貴様だけだ」
「どーも」
グレンに掛け値なしの称賛を送りレイクは続ける。
「……『イヴ・カイズルの玉薬』を持って来い、グレン=レーダス……」
「─────ッ!?」
「宮廷魔導師団特務分室、執行官ナンバー0《愚者》……彼の者を語るならば……
『イヴ・カイズルの玉薬』という言葉を聞いた途端、グレンの顔が険しくなる。
「……はっきり言おう……貴様は強い、グレン=レーダス」
「はっ……三流魔術師、捕まえて何言ってやがる」
「……身体能力では私が勝っていた。
「…………」
「これを……『強者』と呼ばずして何と言う?」
グレンは苦しそうな複雑な表情で無言を貫いている。
「『イヴ・カイズルの玉薬』を持って来い、グレン=レーダス。本気を出せ。」
それを言うとレイクは膝を折って倒れ絶命した。
「……白猫はッ!?」
「大丈夫ですよ、グレン
システィーナに通信をしようとしたグレンを止めたのはルミアを抱えているアレスだった。
「システィーナはマナ欠乏症で倒れたけれどイヴが助けてくれたんですよ」
「……イヴが……助けただとッ!?」
グレンは今までシスティーナを心配するあまりアレスの服を気にしていなかった。
「……なんでお前が特務分室の制服を着ていやがるッ!」
アレス着ている服、それは今グレンが着ているものと同じ特務分室の制服だった。
「……僕も特務分室の一員になったんですよ」
「ッ!?」
アレスには並外れた身体能力に判断力、反応速度など一流の剣士や魔闘術にも引けを取らない程にはある。だが、それらはあくまで魔術が介入していないただの身体機能だ。特務分室に入るには何かに特化した魔術、もしくは幅広く魔術を使えるかのどちらかでなければならない。
グレンが見たのは社交舞踏会のときにアレスが【
「……俺のクラスから就職者が出るのはもう少し先だと思ってたんだがなぁ……」
グレンは少し笑いながら言う
「……僕も就職する気はなかったんですけどねぇ……」
ルミアを降ろしながらアレスは呟く。
「……んで、なんでこんなことをしてるんだ?」
グレンは少し低くなった声でアレスに聞く
「……フェジテを救うためですよ……」
「フェジテを救うだと……?」
「……信じられないかもしれませんけど、フェジテは滅びの危機に瀕しているんですよ」
「アレスの言う通りさッ!」
ジャティスはアレスの言葉に便乗する形で現れた。
「ッ!?……ジャティスゥウウウウウウウウ─────ッ!」
ボロボロの身体に鞭を入れたグレンは殴り掛かるが、ジャティスは簡単に躱し屋上に着地する。
「せ、先生!?」
「……グレン、フェジテは今滅びの危機に瀕している……これは事実なんだ。着いて来てくれ、見せたいものがあるんだ」
ジャティスはそう言って歩き始めるが、グレンは着いて行く気は無いようだ
「ごめんなさい、先生……今はあの人の求めに応じてあげてください……今、フェジテは本当に未曽有の危機に陥っているんです……」
ルミアがグレンを説得してグレンは足を動かした。因みにアレスは、ジャティスの後ろを着いて行っている。
フェジテ南地区の地下に広がる迷路のように入り組んだ下水道路を歩いている。
「……なぁ、ルミア。アレスについてどこまで知ってる?」
ジャティス達には聞こえない程の小声でグレンはルミアに聞くが、ルミアは首を横に振る。
「……すぐに分かるということしか聞けませんでした……」
「……そうか」
こればかりは仕方ない。アレスの正体を知っている者など、この世界に3人といないのだから。
ジャティスは商館の表玄関へと向かうと
「……おい」
「ふっ……流石に血の匂いには鋭いね」
「……見るな」
グレンはルミアの視界を塞ごうとするが
「大丈夫です」
ルミアは気丈にも、グレンの隣に並ぶ。
商館の中に入ると、それは酷い有様であった。死体、死体、死体の山。
「……テメェの仕業か?」
「ああ、そうさ!……おっと勘違いしないでくれよ?こいつらは全員、天の智慧研究会……死んで当然の人間さ。まぁ、中には関係のない人もいたようだけど……大いなる『正義』の前には必要経費だ。神はきっと彼らの御霊を御傍に置いてくださるよ……」
「……ッ!」
ジャティスの冷酷で利己的な発言に息を飲むグレン。
そんなグレンを知ってか知らずかジャティスは歩くスピードを上げて、階段を下りる。
階段を下りきると扉が現れ、何の迷いもない動作でジャティスは開ける。
「……なんじゃ、こりゃ?」
床には、巨大な魔術法陣があった。
「アレス、君の出番だ。始めてくれ」
ジャティスのその言葉にアレスとルミアが前に出る。
「お、おい……?一体、何を……?」
「今から、
「
グレンは疑問を持ちつつアレスとルミアを見るとルミアの身体が、突如、眩い黄金の光に包まれた。ルミアが異能を全力で解放したのだ。そしてルミアはアレスに寄り添うように触れると、アレスの身体も黄金の光に包まれる。
「《終えよ天鎖・静寂の基底・理の頚木は此処に解放すべし》!」
グレンは
「……馬鹿な……ッ!?……これは……
「……ッ!?」
グレンの言葉にルミアは落胆する。アレスの言葉が本当だったのだ。別に疑っていたわけではない、ただ信じたくなかった、嘘であってほしかったのだ。フェジテが滅びに瀕していることが嘘であってほしかった……杞憂であってほしかったのだ。だが、このグレンの言葉で嫌でも事実だということが分かってしまった。
アレスはルミアの悲しそうな横顔を見て、拳を握り締めていたのであった。
ちゃんとレイクの目に刺さった剣は回収してますからね?