廃棄王女と天才従者   作:藹華

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世界に愛された少年

『魔眼』とあの人(・・・)について少しだけ語ろうと思う。

 

 アルスの『魔眼』の未来視にアルスが載らない理由について

 

 それは、その『魔眼』を使う者の使命に反するからだ。”世界を視る者”とは、世界がどれほど危機に陥っても介入することは許されない。アルスの視ていたモノは並行世界(パラレルワールド)の未来だったのだ。世界がアルスを介入させないために。

 

 監視者(オブサーバー)とは、世界の危機を視認し世界に教えるだけなので戦闘能力など無い。そして、『魔眼』を持った者が文字通り世界の全てを見通せるので1世代に1人いれば十分なのである。

 

 守護者(ガーディアン)とは、これからも世界を存続させるためにその原因を排除できるだけの力を持つ者のことであり、人の身でありながら神すら倒せる者だっている。200年前ならともかく、現代では世界の脅威もないので1世代に1人である。

 

 つまり、アルス=フィデスという少年は監視者(オブサーバー)でありながら守護者(ガーディアン)でもあるという、ある一種の異常(イレギュラー)である。世界に干渉することは許されないが世界を守らなければならないという矛盾をその身に宿した異常(イレギュラー)中の異常(イレギュラー)

 

 

 

 ここからは、名無し(ナムルス)という少女があの人(・・・)と呼ぶ人物しか知らない話……

 

 少年は夢を見る……それは、『魔都メルガリウス』で『正義の魔法使い』と『魔将星』の一大決戦が行われる5年前。

 

 その夢では、どんな攻撃も効かない鎧の男と白髪の少女が戦っていた。だが、白髪の少女は自分の力をあまり使いたくないようで段々と劣勢になっていき、ついには殺されてしまった。

 

 今まで、このような夢はたくさん視た。命なぞどうでもよくなるくらい視て、視つくした。少年が生まれて15年経つがほとんど毎日のように人が殺される夢を視ている。最近では、その夢も割り切り視ては忘れるを繰り返していた。だとというのに、その少女のことだけはどうしても忘れることが出来なかった。

 

 それから毎日、その少女が殺される夢を視た。少年は初めて殺させたくないと思った。だが、無力な自分に何ができるのだろうか……

 

 少年は知っている。この眼を持つ者は如何なる理由があろうとも世界に干渉することは許されず『眼』以外の力を持つこと自体が世界からの『修正力』により消し去られる……それでも、止めたかった。今にも泣きそうな顔で力を使おうか迷って、その迷いで殺される少女を……助けたかった……救いたかった……

 

 少年は自分にはただ”視届ける”ことしかできないことを理解している。自分が行ったところで殺されることは目に見えて明らかだったからだ。

 

 少年は願った……この少女を救えるだけの力が欲しいと……この鎧の男を倒せるだけの力が欲しいと……

 

 その願いが叶えられないことを知っていても願わずにはいられなかった。それは一切の穢れ無き純粋な願いだった。1人の少年が1人の少女に『生きていて欲しい』という願いに何の穢れがあるというのか。

 

 世界は少年の眼を通して全ての事情を知っていた。今までは少年も先代も今までの監視者(オブサーバー)も世界に介入することはなかった。正確に言うならこの未来を視て、それを考えられないほどの絶望を知っただけ。

 

 だが、少年はどうだろう。全てを知って、この絶望を知って、少女に『生きていて欲しい』という、世界から見ればちっぽけで人から見れば最も尊い願いを世界に願った。それでも、世界は力を与えない。代わりに少年に世界からの『修正力』という枷を無くした。これは魔術ではなく魔法(・・)。世界が少年の純粋な願いを叶えた結果だった。

 

 これは、世界の気まぐれなどではなく対価(・・)だった。何代も契約を守ってくれた監視者(オブサーバー)に対する対価が少年の力を縛っていた枷を解き放つモノ。これを聞けば先代達は激怒するかもしれない、けれど、世界はその少年の絶望の中にある希望を見たのだ。

 

 そうして少年が得た力は魔術。少年の魔術特性は【世界の構築・分解】というアルス達が生きている時代では有り得ないような魔術特性であり、世界に愛され唯一世界から願いを叶えられた少年にピッタリの魔術特性だった。

 

 全てを知り、絶望を知っても尚、希望を失わない少年……そんな少年の根底にあったモノはたった1人の儚い少女を助けたいという純粋な願いだった……

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 翌日、東西南北の魔術学院校舎の屋上や中庭、その周辺に。

 

 今日のフェジテ防衛線に参加する大勢の生徒達と学院教師陣が整然と整列している。

 

 生徒達は全員、学院の倉庫から蔵出しされたマントコート状の『魔導士のローブ』と細剣(レイピア)のような『魔導士の杖』を装備している。

 

 魔術学院の北館では 

 

 教師陣の中にアルザーノ帝国魔術学院きっての変態マスター、オーウェル=シュウザー魔導工学教授がおり、その後ろには魔導人形である『グレンロボ』がいた。

 

『馬鹿騒ギハ、終イニシヨーゼ』

 

「うわぁ……しゃべったぁ……」

 

『俺ノ生徒ニ手ェ出シテンジャネーヨ』

 

「グレン先生、怒るぞ、これ……」

 

 カッシュやギイブルを筆頭に、その場にいた者達全てがドン引きであった。

 

 オーウェル=シュウザー。若手ではハーレイに匹敵する天才だが、どうにもその才能を費やす方向が間違っているのだ。その証拠に自動永久機関なども作成しているが、『このようなもの、本当の研究の片手間に作った試作品だ』などと言い自分ではその凄さをまるで理解していないのだ。

 

 

 

 

 

 西館では珍しい生徒がいた。

 

 ジャイル=ウルファートである。

 

 生徒会長であるリゼも少し驚いているのか

 

「……貴方まで参戦してくれるとは思いませんでした。ジャイル君」

 

「二組のルミア=ティンジェルには魔術競技祭での借りがあるからな。返すだけだ」

 

 ぶっきらぼうにリゼへ返す。

 

「ジャイルさん……やはり、噂ほど悪い人物ではなさそうですね」

 

「ったく、女ってのは、いちいちピーチクパーチクうるせぇ……少し黙ってろ」

 

「ふふ……ここの担当は、皆、くせが強いですね」

 

 リゼの視線の先にはハーレイがいる。しかし、リゼは知らない。貴女もくせが強いことにね!!!

 

 

 

 

 学院校舎南館では

 

「う、うぅ……緊張……してきましたわ……や、やっぱり止めた方が良かったのかも」

 

「大丈夫よ、ウェンディ」

 

 震えるウェンディを支えるテレサ。

 

「システィーナやギイブルの陰に隠れてますけど、本当は貴女だって強いんですよ?この屋上迎撃組に選ばれているのがその証拠です」

 

 今回の作戦において、屋上の迎撃組は、アルスやアルベルトが実際に実力を確認して、『実戦で使い物になる』と判断された生徒達のみなのだ。

 

「貴女は要所でドジさえしなければ、いつでも主席を狙える実力なんですよ?ドジさえしなければ」

 

「う、うるさいですわねっ!ドジを強調しないでくださいまし!」

 

「私がウェンディの傍にずっとついていますから。だから……この戦いを一緒に生き残りしょう?ね?」

 

「……当然……ですわ」

 

 微笑むテレサに、ウェンディは力強く頷いた。

 

「……それにしても……」

 

 ウェンディの視線の先にはイヴが居た。

 

 イヴは休む間もなく生徒や教師陣に指示を出し続けている。

 

「……特務分室の方々はすごいですわ……」

 

「流石、特務分室の室長……でしょうか……」

 

「ええっ!?あの方が室長ですって!?室長って、バーナードさんかアルベルトさんじゃありませんでしたの!?」

 

 ウェンディが驚いた理由はイヴが若すぎたことにある。帝国宮廷魔導師団の右翼とも言える特務分室の室長がグレンと同い年くらいの女性だとは思っていなかったのだろう。

 

 

 

 そして、学院中庭では

 

「総員、配置はどうじゃ?……うむ、そうか……引き続き頼むぞい」

 

 通信の魔導器を使って東西南北各校舎の前線指揮官達に指示を飛ばすバーナード。

 

 今回のフェジテ防衛線では、バーナードが総指揮官を務めろとイヴが直接命令したのだ。

 

 そして、バーナードのすぐ近くにはクリストフが片膝を地につけて瞑想していた。

 

 中庭の中心に広がるのは、青い光線が複雑に絡み合って構築された魔術法陣だった。アリシア三世が学院に敷設した『マナ堰堤式(ダム)』をベースに、学院の講師や教授、博士生達が突貫工事で改造して作り上げたのが、この青い結界魔術法陣────【ルシエルの聖域】。

 

「東西南北の校舎を破壊されるほど、供給魔力量は減る……維持役の生徒達が持ちこたえきれず、地下の避難区画へ退避してしまっても同じ……そうじゃったな?」

 

「ええ。僕はこの校舎の破壊状況と生徒さん達の撤退状況を合わせて、これを『結界維持率』と暫定的に呼ぶことにしました。この『結界維持率』が40%を切ったら……もう【メギドの火】を防ぐことは叶わないでしょう」

 

「それまでに、突入組が件の魔人を撃破しなければならない……じゃな?はぁ~、へヴィじゃのう、まったく……グレ坊、マジで頼むぞ、おい……」

 

「大丈夫ですよ。……先輩は土壇場の勝負にすごく強いんです。……というか、土壇場にならないとあまり強くないんですけどね」

 

 バーナードはため息交じりに言って、クリストフは信頼に満ちた表情で言った。

 

 

 

 アルスはイヴと同じ南館で弓に矢を番えながら【メギドの火】を待っていた。

 

 アルスが弓を撃たない理由は、【ルシエルの聖域】を破壊しにくる敵戦力が《炎の船》から出てきた直後に削るためだ。

 

 アルスが待っていると、《炎の船》から光が溢れ出てきた。

 

 

 

 《炎の船》内部ではアセロ=イエロが【メギドの火】を起動し

 

『……終わったな。……やはり、人間とは呆気ないものだ』

 

 【メギドの火】の圧倒的な火力が上空にある《炎の船》を上下に揺らす。

 

「……さぁこれが始まりの狼煙だ。我らが偉大なる大導師様のため……私の真なる主のため。これから新たな戦いが幕を開けるのだ……この無敵の《炎の船》を存分に使用した、一方的な蹂躙だがな……』

 

 煙が晴れ、空間に投射されている映像を見ると

 

「……なん……だと……?』

 

 魔人は、その映像が写す予想だにしなかった光景に、忘我するしかない。

 

 フェジテがあった筈の場所には、焼け焦げた無限の焦土が広がっている筈なのに。

 

 映像の中のフェジテは────健在。

 

 無傷。

 

 

 

 

「ほっ……」

 

 結界のメイン制御担当のクリストフは安堵の息を漏らす。

 

「ふん……当然の結果だ」

 

 ハーレイは自信満々にそう言った。

 

 

 

 

『馬鹿な……ッ!?』

 

 魔人は驚愕と驚嘆に身を震わせながら続ける。

 

『【メギドの火】なのだぞ!?全てを滅ぼす悪夢の火なのだぞ!?なぜだ!?なぜ、無事でいられる!?そんな筈は……ッ!?くっ……ッ!?」

 

 魔人はぎょうくざにあるモノリスを操作して、解析魔術を眼下のフェジテへ飛ばす。

 

『こ、これは《力天使の盾》と同じ……アレス=クレーゼ……ッ!?貴様はまた邪魔をするか……ッ!?』

 

 解析結果をよく見ると

 

『だ、だが……ふむ……成る程……やはり、所詮は劣化レプリカか……』

 

 徐々に落ち着きを取り戻す魔人。

 

『あの学院の4つの校舎に張り巡らせた術式で結界を維持しているのか……そして、この劣化力場に物理干渉作用はない……つまり、実体物は通り抜けられるということ……』

 

『……ならば、あの4つの校舎を打ちこわし、魔力場を無効化してから再び【メギドの火】を落とす────それまでだ』

 

 そう言って、魔人はモノリスを操作し《炎の船》内部にある戦力が投下された瞬間に《炎の船》は攻撃を受けた。

 

『おのれぇ……アレス=クレーゼェエエエエエエエエエッ!?」

 

 魔人の見ている映像には、弓を直し剣を構えているアルスがいた。

 

 アルスの弓によって《炎の船》に搭載されている戦力の約25%が空間ごと削り取られたのだ。

 

 

 

 

「……きた……」

 

「?」

 

 アルスの突然の言葉にイヴが首を傾げていると

 

「《偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)》」

 

 その言葉と同時に《炎の船》に向けて弓を放つ。すると、【メギドの火】ほどではないが、それなりの爆風がイヴ達を襲った。

 

 

 

 

 

「……始まったな」

 

 そう言うグレンの視線の先には空間が削り取られた《炎の船》だった。

 

「……本当に大丈夫なのか?生徒達(あいつら)で持ちこたえられるのか?」

 

『大丈夫よ。何度も言ったでしょう?元々《炎の船》は、愚者の国……魔術を知らない普通の人間の国々を、制圧するための兵器なの。対地攻撃は【メギドの火】が全てと言ってもいいくらいよ。申し訳程度に搭載している地上制圧兵力なんて数こそあれど、質は大したものじゃないわ。貴方達が地下迷宮と呼ぶ《嘆きの塔》に配備されている守護者(ガーディアン)の方が、よっぽど危険よ』

 

「な、なら、いいんだがよ……」

 

「それよりも集中しなさい。……貴方達の出番よ』

 

 グレンが振り返ると、セリカが山の斜面に描いた魔術法陣の中で印を結んで座禅をし、静かに瞑想していた。

 

「おい、セリカ。準備は良いのか?」

 

「……ああ、ぎりぎりだったが……なんとかいける」

 

「始めてくれ」

 

「いいだろう……」

 

 そう呟いて、セリカは呪文を唱え始める。

 

 セリカの身体が輝き、グレン達が目を開けるとそこにはセリカではなく竜がいた。

 

(これが、これこそが────ドラゴン。森羅万象の頂点に極まった王者。神話が、伝説が、今、此処に、自分たちの前に顕現したのだ────)

 

 グレンが頭の中で詩的(ポエミー)になっていると、グレンの頭の中を覗いたセリカが

 

『────って、そんな大したもんじゃないぞ?私』

 

 テレパシーでセリカの声がグレンの頭の中を走る。

 

「うっせ、人の脳内を覗くな、少しは浸らせろ。ドラゴンだぞ、ドラゴン。わくわくしねえ男の子はいねーよ」

 

 グレンが金色のドラゴンを見上げると、不思議と愛嬌のある深紅の目でグレンを見つめ返した。

 

 そして、グレン達がドラゴンに乗ると名無し(ナムルス)

 

『グレン!』

 

 グレンを呼び止めて言った。

 

『……ルミアをお願いね』

 

「……なんだか、よくわからんけど……任せとけ」

 

 そう言って、グレン達は《炎の船》へと飛んでいった。


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