少年の最期は少年にとっては願いが成就された瞬間であり、少女にとっては少年を殺してしまった瞬間だった。
少年は少女を守るために庇って死んだ。これがお伽話であるなら、『かっこいい』や『素敵~』とかになるのだろう。だが、少女がそれを聞けば憤るに違いない。自分の力を
『なんで……なんで……笑ってるのよ……?』
少女は死にかけている少年に涙を流しながら聞く。
『なんでって……嬉しいからだよ……?』
少年は泣いてる少女を見て不思議に思った。なぜ、泣くのだろうと。この少年少女が生きている時代において『魔都メルガリウス』で死ぬ者など珍しくないのだ。
『……君を救えて僕は満足してる……これ以上望む物なんてない……』
少年はどこまでも穏やかな笑みを浮かべながら少女に言う。
少女は理解できなかった。少年は何と言った?『私を救えて満足』だと言ったのか?私を救うために自分を犠牲にしたとでも言うのか?
『……理解できないかな?……ふふ、そうだろうね……多分、この世界で僕だけしか理解できないことだと思うよ』
少年は少女の考えなど分かるとでも言いたげだった。
少女は絶句せざるおえない。自分が死に瀕しているのに、今まで見てきた中で最高の笑顔をしているのだから。
『……私のために……なんで……』
少女は問う。
『……それはダメ……男のちっぽけなプライドだからね……』
少年は教えない。少女を救う理由を知っている者なんて自分だけでいいのだ。
『……悪いとは思ってるよ……』
少年は笑顔で謝罪した。
少年の顔に反省の色はない。恐らく、これと同じことが100回起こったとしても100回とも少女を救うために自分を犠牲にするだろう。
『あなたは……ッ!』
少女も我慢の限界だった。この少年は身勝手過ぎたのだ。
突然、少年は現れ『一緒に戦わせて』と言って仲間になった。一言で言うなら少年は強かった。そんな少年に少女も信頼を置いていたし、仲間以上の関係になるのも時間の問題だった。
少年の戦い方はどんな手を使ってでも敵を倒すという戦い方だが、ある強い信念の下に戦っているという気迫が伝わってきた。だが、蓋を開けてみればどうだろうか……今ならば少女でも理解できる。この少年は『少女を救う』という信念によってここまで強くなったのだ。
少女と少女の仲間は多少の差異はあれど、みんなが『世界を救う』という想いと信念を持って強くなっていった。
そんな少女の仲間になった少年は『少女を助ける』という当人である少女からしても、くだらない願いと信念でここまでの高みに達したのだ。
『人を救うなら自分の命を犠牲にしなければならない……等価交換さ』
『……バカじゃないの……?私より強いくせに……私より世界にとって必要なくせに……私を救うために自分を犠牲にするなんて……』
言葉では少年を罵倒するが、少女は内心嬉しかった。
1人の男が1人の女を救うために命をかける。そんなドラマチックな展開が少し嬉しかったのだ。
『そう、かな?……でも、勝ったよ……
少年は失われていく意識の中でその言葉を呟いた。
少女を守るために、戦いに負けた少年の勝利宣告。だが、戦いには負けても『少女を守る』という目的は果たし、紛れもない勝利を得た。
その言葉は善悪を超越した『たった1つ』を貫き続けた『男』が得た『勝利』の言葉であり、少女だけが聞いた少年の遺言であった。
◆
グレン達は金色のドラゴンに乗り遥か上空にある《炎の船》へと向かっていた。
だが、当然《炎の船》にも対空砲火があり
「先生ッ!来ますッ!」
システィーナの視線の先を見ると、熱線砲撃が来ておりドラゴンの回避も防御も間に合わない。
本来ならここで落とされていただろう。だが、熱線砲撃とグレンの隙間に花弁のような盾がぎりぎり防いでいた。
「セリカッ!」
このチャンスを逃せないグレンはセリカに呼びかける。
『ああ!』
セリカが避けると同時に盾は消滅した。
『ちっ……思ったより威力あるぞ、アレ……まるで小規模な【メギドの火】だな……一撃でも貰ったら落とされるぞ』
グレンの脳内にセリカの声が入ってくる。
「な、なんですとぉ!?」
グレンはセリカのテレパシーに素っ頓狂な声を上げる。
「グレン、うるさい。システィーナを見習って。すごく静か」
「う、うーん……大きな星が……見える……むにゃ……」
「そいつ気絶してるだけだろ!?っていうか、起きろ、白猫ォオオオオオオ───ッ!?」
「し、システィ、しっかり!?」
セリカドラゴンの上がてんやわんやしていると《炎の船》から対空ゴーレムが姿を現した。
「くそっ……囲まれた……ッ!やるしかねえか……ッ!」
『カ──────ッ!』
セリカドラゴンは炎の
「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て》───ッ!」
目を覚ましたシスティーナが黒魔【ライトニング・ピアス】を放ち
「《白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・
グレンの黒魔【アイス・ブリザード】を放つ。
リィエルは雲から錬成した大剣をゴーレムに投げつけるが、それでも限界がある。
リィエルとシスティーナはいざとなれば、なんとかなるが、魔術師として三流なグレン全ての魔術が三節詠唱なのだ。つまり、穴はグレンから広がる。
そもそも、グレンの戦闘は魔術を封じて近接格闘による戦闘を得意としているため遠距離戦は苦手なのだ。
だが、ここでも予想外の事態が起こった。下から放たれた赤いナニかがグレンの穴を確実に埋めていった。
落ちていくゴーレムを見ると、そこには赤い矢が刺さっていた。
「矢だとッ!?」
◆
アルスは《炎の船》の戦力の25%を削った後、地上は生徒達だけでもなんとかなると理解し剣を捨て魔眼を起動した。
アルスの魔眼が写した光景は熱線砲撃にグレンが撃ち落とされそうになる未来。
「《
敵の熱線砲撃は威力が未知数なので全力で展開する。防げたことを確認すると同時に対空用のゴーレムが出ていたのを確認したので弓を投影した。
「《
同時に8本の矢を番え、あの場で一番不利なグレンの相手をしているゴーレムに向かって矢を放つ。そんなアルスの隣には黒魔【アキュレイト・スコープ】で上空を見ているイヴが居た。
「……貴方……アルベルトじゃないの……?」
イヴのその発言にアルスは苦笑しながら
「アルベルトさんは弓なんて使わないでしょ」
「それもそうね」
と軽い冗談を言い合っていた。逆に言えば、今はこんな冗談を言い合えるだけの余裕があるということだ。アルスが25%を削ったとはいえ、今持ち堪えているのは生徒と教師陣の頑張りのおかげである。
アルスが《炎の船》を視ていると熱線砲撃がグレン達を襲っていた。当たりはしないが、威力故に強引に突破することも出来ないようだった。
「イヴさん、通信魔導器借りていい?」
「?構わないけど……」
アルスの突然の発言に首を傾げながらイヴはアルスに通信魔導器を渡す。
「……アルベルトさん、《炎の船》の脇にある砲門潰しますよ」
アルスが魔導器に向かって言うと
『……出来るのか?』
アルベルトは『お前にそれだけの技量があるのか?』という意味で聞いたのだろう。
「その言葉そっくり返してもいいですか?」
『ふん!誰に言っている』
そんな軽口を叩きながらアルスは剣を投影する。
「《
投影されたのは剣だが、すぐに形を変え矢のような形となった。
「《
アルスの放った矢は《炎の船》の脇の砲門が開いたタイミングで突き刺り、爆発した。
アルベルトは学院で最も高い建造物である転送塔の屋上にとある集団の指揮官としてそこにいた。
その集団にはグレンのクラスの男子生徒であるセシルや、2年次生ではシスティーナに並ぶ成績を誇る1組のハインケルを始めとする、厳しい選抜で選ばれた十数名──援護狙撃部隊がいた。
アルベルトは奇妙な杖を構えながら通信魔導器の声に反応する。
『……アルベルトさん、《炎の船》の脇にある砲門潰しますよ』
これは、イヴの部隊にいるアルスからの通信だ。イヴはアルスのことを信用しているがアルベルトはあまり信用していない。強さではなく、何故か信用できないのだ。アルスからは
「……出来るのか?」
アルベルトは『この男なら出来る』という直感があったが聞いてみた。
『その言葉そっくり返してもいいですか?』
アルスはアルベルトを煽るように言ってくる。
帝国一の狙撃手であるアルベルトにそのようなことを聞くのは
「ふん!誰に言っている」
アルベルトは通信魔導器を切ると杖を小銃のように構え、黒魔【ライトニング・ピアス】を起動した。
「報告。……早くしろ」
「あ、は、はいっ!」
アルベルトの淡々とした促しにセシルは慌てて遠見の魔術に意識を戻し
「め、命中。左端の砲……と、右隣の砲も大破してます!」
セシルの報告にアルベルトは誰にも気付かれないくらいの微小な笑みを浮かべていた。
「口先だけではないか……」
◆
イヴは驚愕を越えて呆れていた。遠見の魔術で《炎の船》を見ているが、アルスの矢もアルベルトの魔術も着弾している。
これはイヴの予想だが、アルスの弓術はアルベルトの狙撃魔術より上だった。アルベルトの人間離れした魔術制御は理解できないほどに卓越している。だが、アルスの弓矢はアルベルト以上に理解できない。矢は魔術と違い重力の影響を受けるのだ。そんな影響力を受けながら遥か上空に存在する《炎の船》の砲門へ当てるなど、その弓を放てるだけの筋力といい命中精度といい、理解不能なのでもう考えるのをやめた。
「……あなた……本当に人間……?どうやったら、あんな上空にある《炎の船》の砲門に当てられるのよ……」
イヴは呆れながらアルスに問う。
「然るべき時、然るべき座標、然るべき速度、必要なのはただそれだけ」
アルスは淡々と答えるが、悲しいかな……普通の人間にはアルスの答えを実行できない。
そんなことをイヴが思っていることを知らずに、アルスはアルベルト共に次々と砲門を壊していった。
そして何より、アルベルトもアルスも互いのレベルが高くお互いに意識し合うことでより精度が高まっているのだ。
◆
「何、あれ……?」
セリカドラゴンの背で風に嬲られながら、システィーナは呆然としていた。
地上から、昇ってくる蒼い雷閃と蒼い一矢が《炎の船》の砲門の悉くが片端から潰されていく。
このような芸当が出来るのはアルベルトと誰なのだろうか。それも、魔術ではなく弓矢で砲門を潰していく辺り異質な人間だとシスティーナが思っていると。
「アルス……すごい……」
リィエルの呟きにシスティーナとグレンは驚く。
「えっ!?これやってるのアルスなの!?」
「ま、まじかよ……」
「ん。多分そう……勘だけど」
リィエルの勘は基本的に当たっているので間違いないだろう。
ルミアだけは、黙って自分の胸元にあるロケットを握り締めていた。
「……あとは全部任せたいんだけどなぁ……」
アルスの呟きをイヴは聞いていたが、いつも通りの教えてくれないやつだと分かったのか生徒達への指示出しを続行した。
やばいね。課題終わらないね