アルスは【メギドの火】を防いだ後、ルミアの元へと向かった。
それは魔術ではなく魔法。アルスには不思議と予感があった。別に未来視で視えたわけでも、ナムルスに教えて貰っていたわけでもない。ただこの1回だけなら、片道だけなら転移魔法を使える。そんな予感があった。
結果からすれば、それは合っていた。だが、そこにいたのはルミアではなかった……いや、正確に言うならルミアではある。だが、ルミアにはナムルスにあったような異形の翼と虚ろな瞳をしていた。ルミアに付いている異形の翼は闇の刃によって磔にされ、碌に動くことも出来ない。
ルミアが磔にされているのに、アルスは怒れなかった。不思議な感情。強いて言うなら、それは感謝だった。『ルミアに本当の望みを気付かせてくれてありがとう』そんな感謝の言葉がアルスの頭にはある。
そして、ルミアをこんな姿にするまで戦わせてしまった自分に吐き気がする。
アルスの心には自分に対する嫌悪と魔人への感謝のみであり、敵意はあれど殺意はなかった。だが、魔人はルミアへの殺意を抑えない。それどころか、さっきより強烈な殺気が襲っている。
魔人は殺気を、アルスは殺気とは真逆である和気を放っている。
「《御霊の恵みたる蒼き乙女・汝の黒き楔を裂き・あるべき場所へ帰れ》」
ルミアの身体が光始める。
『……逃がしたか……』
「……ルミアを殺させるわけにはいかない……だからまぁ悪人同士、一緒に地獄に落ちてくれ」
ルミアを転移させたあと、程なくしてアルスと魔人の戦いが始まった。
ルミアは驚愕した。自分の願いにこたえてくれた《銀の鍵》を振るおうとして、その場にいないはずのアルスに止められたから。
だが、ルミアのそんな疑問も知らずにアルスは呪文を唱え始める。
「《御霊の恵みたる蒼き乙女・汝の黒き楔を裂き・あるべき場所へ帰れ》」
その呪文を唱えた途端、アルスではなくルミアの身体が光始め、すぐに消えた。
転移されたルミアは知らない通路に座り込んでいた。
「……ここ、は……」
「ルミア……なの?」
突然、システィーナの声が聞こえてルミアは振り返ると、そこにはグレン達がいた。
少しの間、唖然としていると『バキン』と何かが壊れる音がルミアの胸元からした。
ルミアが胸元から何かを出すと、そこにはひび割れたロケットがあった。ルミアですら、何故ひび割れたのか分からなかった。
「……条件起動式の魔術だな」
グレンがそう言った。そして、ルミアの脳裏に浮かぶのは魔術競技祭のときにアリシア七世にかけられた呪殺具。ならば、ひび割れたロケットがどうなるか……答えはもちろん、砕け散る。
ルミアは砕け散ったロケットを見て、気付けた。ルミアが禁忌の力を使っても、ルミアの中にいた人物に飲まれなかったのはこのロケットがルミアを支えてくれていたからだ。
それに気付いたルミアは目頭が熱くなる。だが、ルミアは涙を零す前に泣き止んだ。ロケットを見て理解できたのだ、今、ルミアの為すべき……ルミアしかできない事が。
ルミアにしかできない事、それはグレン達を自分がさっきまでいた場所に案内することだ。それは、《銀の鍵》に目覚めたルミアにしかできない。アルスのいる次元に行くためには、ルミアの《銀の鍵》が無ければ行けない。
疑問はある、アルスがこのロケットにいつ条件起動式の魔術を組み込んだのか、どうやってルミアの元まで来たのか……だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
人の規格を大きく超えた《銀の鍵》を使って、少しの間しか接戦を演じれなかったのだ。いくらアルスといえども、そう長くは持たないだろう。
「……先生、急ぎましょう」
ルミアは覚悟を決め、グレンにそう言った。
「おう!」
いつも通りに戻ったルミアにグレン達は内心喜んでいた。
アルスと魔人の戦いは、開始からずっとアルスが押されていた。
『どうした!この程度かッ!』
魔人はそう言うと同時に手を振るう。
「…………」
対するアルスは無言で剣を爆破させ魔人を吹き飛ばす。今のアルスに言葉を返すだけの余裕は無く、ただ魔人の動きに全神経を注ぎ込んでいた。魔人の攻撃が当たればアルスは死ぬか、戦闘不能にまで陥るだろう。対して、アルスの攻撃は魔人の身体に傷一つ付けられず、逆に剣が折れてしまう。
アルスがここまで粘れた理由は、魔人の身体は確かに硬い
アルスと魔人の1vs1になった時点で、アルスの魔眼はほとんどが意味を為さなくなっている。アルスの魔眼は他の魔眼に比べたら強力だろう。だが、それでも所詮は魔眼。解析系のモノがほとんどである魔眼は基本的に攻撃に転用することは出来ない。
「……ッ!いいのがあるじゃん」
剣を捨て、魔力を高めるアルス。
「《
アルスが投影したのは
『ッ!?我の左手を複製しただとッ!?』
投影した魔人の左手を変形させ、剣の形にする。
この剣ならば、魔人の振るう手刀にも耐えられる。
だが、魔人の攻撃手段は
「《
アルスの投影した剣と魔人の闇の刃がぶつかり、剣が爆発して闇の刃も巻き込まれる形で消え去る。
『くぅッ!小癪なッ!』
そう言って、魔人は突貫してくる。だが、先程とは違いアルスの手には
「どうだい?……ご自慢の
アルスは憎たらしい笑みを浮かべながら魔人に問う。
『貴様ァアアアアアアアアアアアアアア───ッ!』
魔人の手刀が怒りに任せて振るわれ始める。
ただ、怒りに任せて振るわれた手刀に当たるほどアルスは弱くない。避けて、受け止めて、あるいは魔人の目の前に剣を投影し、すぐさま爆発させて吹き飛ばす。
アルスは微笑みながら天井を見る。魔人はつられてそこを見ると、空間が歪んでいた。
『なんだッ!?』
警戒の表れなのか闇の刃を、歪んだ空間に射出するが、アルスの投影された剣によって防がれる。
やがて、その歪んだ空間から現れたのは
「アルスぅうううううううううう───ッ!?」
グレンの声が聞こえ、アルスは安堵の息を漏らす。
グレンの後ろに続くように、ルミア、システィーナ、リィエルが来る。
「……遅れて、ごめん」
「本当に、無茶ばかりするんだから!」
「ん!後は、わたし達に任せてッ!」
ルミアがアルスのいる空間に来たことで、ルミアの異能がアルスにも恩恵を与える。
ルミアの異能を受け取ったアルスはルミアと一緒に後方でサポートをしている。アルスの残り魔力的にも戦法的にも前衛が適任なのだが、アルスにはアルスのやるべきことがある。
「《
まず、最初に1つの槍を投影する。素材は
槍を投影したアルスは、その槍を地面に置き別の魔術を起動する。
「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て》───《踊れ》」
アルスが黒魔【ライトニング・ピアス】の呪文を唱えた。その後、《踊れ》と1つの詠唱を追加しただけで合計5つの【ライトニング・ピアス】が起動された。
『無駄だァ!』
魔人は【ライトニング・ピアス】を
「《
アルスが投影した剣が闇の刃を相殺する。
それを合図にグレンが銃を頭上に掲げ、とある呪文を唱えながら、親指でかちりと撃鉄を引いた。
「《
グレンは魔力を高めながら魔人へ告げる。
「テメェはさぞかし、自分の思惑を外されまくって、憤ってるみてーだが……ふざけんなよ?怒ってるのは、俺の方なんだぜ?」
グレンの威圧感がこの空間を支配する。それと同時にアルスはこの空間に大量の剣を生成する。
『無駄だッ!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄───ッ!?』
魔人はグレンを先に倒そうとして突撃する。だが、アルスの持つ
「終わりだ───
それを見ていた者たちは気付いた。それは、童話『メルガリウスの魔法使い』の1シーン───
───ああ、もう誰も、かの神鉄の魔人を止められない。
───誰もが絶望した時、彼の者に立ち向かったのは、正義の魔法使いの弟子でした。
───彼は、
───すると、不思議なことに……魔人は倒れて死んでしまいました。
───魔人の遺言は『……これを狙ったな……
「──────
グレンの【
【
つまり、魔人の鎧がいくら強固で無敵だろうが、この弾丸には関係ない。
これで、魔人は倒した──────はずだった。
『……貴様の攻撃は予想外だった……まさか、霊体だけを攻撃できる者がこの愚者の国にいようとは……』
魔人の霊体は確かに引き裂いたはずだ。だが、何故生きているのか。
『我が生きているのが不思議か?なに……簡単なことだ、我自身の霊魂の大部分をえぐり取り、《炎の船》に送っていたマナを回収し、霊魂を補填しただけのこと』
簡単なことなはずがない。自分の霊魂の大部分をえぐり取るなんて、到底出来ることではない。
『……だが、貴様は誇っていい。もし、我の判断があと数秒でも遅れていたら我は滅びていただろう』
魔人は素直に称賛しながら言う。
だが、グレン達は絶望している。もう『イヴ・カイズルの玉薬』は無く、魔人を倒す手段が完全に失われたのだから。
「……僕達の勝ちですよ……」
空間に剣を投影し続けているアルスが告げる。
『なに?』
アルスの発言に魔人も疑問を隠せない。
だが、魔人はアルスの
『貴様が先程の弾を使っても変わらぬよ、至近距離でしか効果を発揮できないのなら近寄らなければいいだけのことなのだから』
魔人はアルスが『イヴ・カイズルの玉薬』を複製すると思ったのだ。
そんな魔人にアルスは勝ち誇った笑みを浮かべながら、最初に投影した槍を持つ。
「……ここからは真剣勝負だ。ルミアの異能も僕の魔術も、アンタの
そう言ってアルスは槍を宙に投げ槍の先端が地面に着いた瞬間、槍を基点として空間そのものを切り取る形で、特殊な空間が形成された。
周りを見れば、グレンも、システィーナも、ルミアも、リィエルも静止している。
「この空間では、幸運が介入する余地は無く、時間も静止している。万が一の『まぐれ』すらも起こり得ない。無論、この空間では武器の使用はありだが、アンタに武器はねえ。唯一あった、その
魔人は理解した。ここは正真正銘、己の培った武技と実力のみで相手を打ち倒す『公平無私の一騎打ち』だ。
そして、アルスが言った通り、魔人の鎧は鎧として機能していない。
対して、アルスには
「……今回のこと、少なからず感謝しているよ。ルミアが自分の本当の気持ちに気付けるきっかけになったからね……でも、アンタは決して越えてはならない一線を越えた」
アルスは怒気を含ませて言ってるわけでは無い。だが、魔人は背筋を凍らされた。
「剣を取れよ……アセロ=イエロ」
剣を取る時間くらい待つとアルスは告げる。
『……馬鹿な……魔将星たる我が……このような愚者の民に脅かされるだとッ!?』
魔人は自我崩壊を始めた。人を捨て強大な力を手に入れたのに、人の身でありながら、その自分を越えていく者を許せなかったのだろう。
「ルミアの……みんなの為に……もう……終わらせよう……」
アルスはそう言って、剣を持って神速で突貫する。
『舐めるなッ!矮小なる人間風情がァッ!』
魔人もアルスの速度を捉えて突貫する。
だが、武器も取らず鎧も無くなった魔人はアルスに心臓を貫かれていた。
「……さよなら……アセロ=イエロ……」
アルスのその言葉で特殊な空間も解除され、アセロ=イエロは黒い粒子となって消えた。
評価してくださるのは大変嬉しいのですが、低評価してくださっている方々は全員理由が書かれてないんですよね……一体どうすればいいのやら……