マキシム=ティラーノ
フェジテ最悪の3日間───後にそう呼ばれる大事変が幕を下ろしてから、1週間が過ぎた。
今、アルス達は緊急全校集会の会場である学院アリーナで整列していた。
「でも、このタイミングで集会だなんて……本当に唐突よね?」
「そうだよね。今、前期末試験中なのに……何をやるんだろうね?……アルス君はどう思う?」
「さぁ?」
「ねぇ、ルミア、システィーナ。……まだじっとしてなきゃいけないの?」
不満そうなリィエルは呟く。
「ここ、つまんない。わたし……もう戻りたい」
「あ、あはは……頑張って、リィエル。後で苺タルト買ってあげるから」
ぶーたれるリィエルを宥めるルミア。
アルスが周りを見てみれば、カッシュ達もこの集会に疑問を抱いている。
「マジで今日の集会、何やるんだろうな!?」
「う、うん……何か重大な発表があるって……気になるよね……」
「ひょっとして、前期末試験中止とか!?あんな事件もあったばっかだしな!?」
「ふん、そんなわけないだろ」
「まったくもう……カッシュさんたら、嘆かわしい限りですわ」
アルスも真剣に考え始めようしたときに、ルミアがアルスの横腹を突いてきた。
「どうしたの?」
「うーん、気にし過ぎなのかもしれないけど……その……ちょっと見て?」
ルミアが指をさしたところを見ると、他の講師と一緒に並んでいるグレンだった。
「グレン先生のことだけど……なんか、先生の様子……おかしくない……かな?」
ルミアの言葉に返事は無い。ルミアは不思議なってアルスを見ると、肩を震わせながら笑っていた。
「アルス君、どうしたの?」
「いや……別に……」
肩を震わせながら答えるアルスにルミアは
「?」
首を傾げるしかなかった。
「それより、そろそろ始まるみたいだよ」
アルスの言葉でルミアの視線は講壇へと向けられた。
そして、講壇に立った人物を見て生徒達は騒ぎ始める。
このような集会で最初に挨拶をするのは学院長───つまり、リック=ウォーケンだ。
だが、今講壇に立っているのは生徒だけではなく講師すら知らない人物だった。
「諸君、静粛にしたまえ」
壇上に立った男は口を開く。
「唐突だが───諸君の学院長リック=ウォーケンは昨日、更送処分となった」
一瞬で静寂が訪れた。
「本日から、このマキシム=ティラーノがこの学院の学院長である。皆、心するように」
どれほどの時間、静寂が会場を包んだだろう。正気に戻った生徒達は
「はぁああああああああああああ───ッ!?なんだそれ!?聞いてないぞ!?」
「う、嘘だろ!?どうして、いきなりリック学院長が───っ!?」
そんな大騒ぎする生徒達を、新学院長であるマキシムは鬱陶しそうに眺めて口を開く。
「黙りたまえッッッ!」
たった一喝で会場を黙らせる。
「君達に一言、言おう。よいかね?先の騒動で、かつてアリシア三世王女殿下が創立したこの誇り高き学院を、これほどまでに損壊させてしまったのは……ひとえに、諸君が根本的に無能なせいなのだ。今のこの有様は、諸君の怠惰と惰弱さが招いたのだよ」
マキシムの言葉にアルスは拳を握り締める。
フェジテ最悪の3日間の被害は確かに大きかった。アリシア三世が創立した誇り高きアルザーノ帝国魔術学院に甚大な被害をもたらしたことも事実だ。だが、アルスも生徒達も講師達も宮廷魔導士団も自分達にできる精一杯のことをした。見もしなかったマキシムが言っていい言葉ではないのだ。
「この私が学院長を務めていれば、あんな下賤なテロリスト共に、こうもいいようにやられることなどなかっただろうに……まぁ、過ぎたことを言っても仕方ないがね」
マキシムは蔑むように一瞥する。
「さて、繰り返すが、この度、私が新たな学院長に就任する運びとなった。はっきり言って、この学院は旧態依然とし、今の時代のニーズに沿っていない。この私が学院長に就任したからには、この化石のような学院体制を徹底的に改革するつもりである」
マキシムの顔には絶対の自信がある。何が起きても自分なら大丈夫だと思っている。
「諸君のごとき未熟者に、自主性も魔術師としての知恵も必要ない。諸君らに必要なのは、有事の際、国に貢献できる確かな”戦う力”……魔術師の本質なのだよ。たかが学生の分際で、それ以外を追究するなど無駄で無意味。ゆえに、効率良く確実に魔術師としての力を育める……そんな理想の学院へと改革することを、私は諸君に約束しよう。まずは───」
自然理学、魔術史学、魔導地質学、占星術学、数秘術、魔術法学、魔導考古学……等々、魔術師としての武力に直結しない、多くの授業や研究が『仕分け対象』となった。
逆に、武力に直結する魔導戦術論や魔術戦教練などは、そのカリキュラムを大幅強化。
そして、極めつけは、マキシムの私塾の教え子達を『模範クラス』として、編入させ特権身分とし、学院の生徒達は、この『模範クラス』を目指すべき目標かつ規範とし、全面的に服従することが強要された。
当然、そんなことに従いたくない生徒達は叫び、生徒会長であるリゼ=フィルマーも抗議をしたが理事会が全面的にマキシムの味方ということを理解して引き下がった。
アルスは抗議するわけでも叫ぶわけでもなく、ただ壇上に向かっていた。
「む?君が音に聞くアルス=フィデスだな?」
壇上に上がったアルスにマキシムは聞く。
「……………」
「これでも、私は君のことを買っているんだよ……フェジテ最悪の3日間において、君は他の誰よりも貢献した」
マキシムが言っていることは事実だ。アルスがいなければフェジテは無くなっていたし、アルスがいなければ魔人を倒すことも叶わなかった。
「だからこそ、君ならば私の改革に賛成してくれると確信している……それだけでなく、君を『模範クラス』に加えよう」
マキシムは果実で誘惑しようとしている。これには生徒達も苦い顔をする。
誰だって、自分が一番だ。自分が生徒達を服従する側でなく、させる側になるということは、それだけで大きなアドバンテージだ。
だが、この生徒達の中に全く心配していないクラスが1つだけある。2組のクラスは、アルスがそんな裏切りをしないと知っているからだ。
アルスにとって『模範クラス』への加入は果実などではなく、ただの毒物だ。
「いらないよ、そんなの。それに、僕が一番の貢献人?それは違う。この学院にいる全員が自分にできる精一杯をやったから、フェジテ最悪の3日間で僕達は生き残れたんだ」
「ふん!いくら未熟者とはいえ、魔術師であるなば己の出来る精一杯などやって当然だ!」
ここで、いくらアルスが言ったところでマキシムは退かないだろう。だが、アルスにも退けないことがある。
「貴様も私の改革に反対するとはな……ならば、貴様は退学だ」
マキシム直々の退学宣言。これには、この場にいる全ての人物が息を飲んだ。
「誰がアンタみたいなやつの言うことを聞くかよ」
アルスは、マキシムの言うことなど聞く必要もないと一瞥する。
「な……」
マキシムは絶句せざるおえない。生徒達から認められないとはいえ、仮にも学院長だ。
だが、アルスは左手にある手袋をマキシムに投げつける。
「「「!?」」」
生徒も講師も生徒会長であるリゼでさえも目を見張った。
左手の手袋を投げつける。つまり、魔術決闘の申し込みだ。
「くっ……決闘だとぉ……ッ!?」
「……受けろよ、ハゲ……アンタが信じている、その改革とやらを全部叩き折ってやる」
「わ、分かっているのかね!?いくら君が1人で反発したところで無駄なのだぞ……ッ!?」
マキシム対学院関係者全員という状況にマキシムといえども怯む。
「言っておくが、私の後ろ盾がこの学院の理事会を完全に牛耳っているのだ!私がこの学院の全権を握っているのだよ!?いくら君が……」
マキシムがごちゃごちゃ言ってくるが、アルスはキレて、マキシムのかつらを取った。
「……アンタが学院の全権を握っているのは分かった……だが、そんなことはどうでもいい」
マキシムのかつらをポイっと捨ててアルスは言う。
「なん……だと……!?」
アルスの発言に流石のマキシムも怯える。
「皆が命をかけて守ったこの場所を、余所者であるアンタに好き勝手させる訳にはいかない」
アルスの発言をマキシムはあまり聞いていない。
今、マキシムの頭にあるのは決闘だ。
マキシムが見た中でアルスとシスティーナはずば抜けている。マキシムとアルスの1対1なら勝てないだろうが、マキシムが育てた『模範クラス』のメンバーならば叩き潰せる。
マキシムはそう結論付けて
「いいだろう……そこまで言うのなら学院の行く末、決闘で決めようではないかッ!」
「……それで?」
「学院の行く末を決めるのであれば……私の『模範クラス』と君を含めた2組で『生存戦』の決闘勝負だッ!」
「……………」
「日時は、後から文句を言われても面倒だ。今、行われている前期末試験が終わる2週間後としよう。万が一にもありえないが、もし、その生存戦で、2組が勝てば、君の無礼も私の改革も取り下げよう」
「場所は?」
「ここで少々話は変わるが、まぁ聞きたまえ。実は……この私は、今回の改革の一環として、この魔術学院に存在する『裏学院』を開放するつもりなのだよ」
「……………」
「裏学院さえ開放すれば、この学院はさらなる莫大な区画を拡張することが可能。生徒数や講師の増員・増強、新たなる研究室や実験施設の増設……裏学院の開放が、この学院にもたらす利益と発展は計り知れないのだよ」
無言のアルスにマキシムはニヤリと笑った。
「君も信じられんかね?裏学院の鍵があるはずがないと……だが、見つかったのだよ、その『鍵』が」
マキシムは懐から、一冊の古ぼけた手記を取り出して、胸を張った。
「これは私が先日入手した『アリシア三世の手記』……そう、アリシア三世の失われた24冊目の手記なのだッ!この手記こそが裏学院への『鍵』だったのだよ!」
アルスは相変わらずの無表情でマキシムを見ている。
「驚いただろう?帝国大図書館が莫大な賞金すらかけている稀覯本を私が持っていることにッ!」
「別に……場所は裏学院でいいんだな?」
マキシムの持っている『アリシア三世の手記』に目もくれず、話を戻したアルス。
「くっ……そうだ……しかし、君達が負けるのであれば……それは私の教育方針と指導が”正しい”ことの証明に他ならない。その時には当然、私の学院改革は推進……そして、そんな私を侮辱した君には、その責任を取って退学届と土下座をしてもらおうか」
マキシムの発言に今まで浮ついていた会場の雰囲気が一気に凍る。
「いいですよ……ね、先生?」
アルスが後ろを向くと、グレン(人形)をこそっと持って行こうとしたグレンがいた。
グレンはアルスに呼ばれた瞬間グレン(人形)を捨てて
「おう!」
と言ったのである。
「「「ぉおおおおおおおおおおおおお───ッ!?」」」
全ての生徒達がアルスとグレンに歓声を送る。
「アルス達……マジかよ?本当にいいのか?俺達に任せてくれるのか……?」
「僕達のために……?」
カッシュもセシルも。
「ええ、なんとなく……そんな気はしてたんですの……」
「そうですね。私達がやめてくいださいと言っても、あの方々はきっと私達のために……」
「くそっ……あのバカ講師とアホはまた格好つけて……ッ!」
ウェンディも、テレサも、ギイブルも。
学院を守るために、自分のプライドと学院生活をかけたアルスとそれを援護したグレンを神妙に見つめていた。
「あの2人……また私達のために、自分の身を切って……本当にバカなんだから……どうしてなのよ……?どうして、あの2人はいつも……」
「駄目だよ、システィ……アルス君と先生は、私達のために立ってくれたの……もう、私達にできることはアルス君達を信じて、この戦いに勝つことしかないんだよ……」
「ん、私達……負けない。わたしにはよくわからないけど」
システィーナはグレンを、ルミアはアルスを見ながら感極まったように、それぞれの後ろ姿を見つめ……決意を新たにするしかなかった。
そんな風に沸き立つ会場の一角、壇上の反対側の壁付近に。
「……ふん。相変わらずバカな男」
1人の娘が腕組をして壁に背を預け、ぼそりと呟いた。
学院の女性用講師服を身に纏った、二十歳前後の娘だ。燃える紅炎のような髪と凍り付くような美貌を持つその娘は、呆れたような、だが同時に期待するような目で、アルスを眺めていた。
「さて……この学院で、貴方は私に何を見せてくれるのかしら?アルス」
そう言い残して。
その娘は、くるりと踵を返し、沸き立つ会場を後にした。
ほら、皆大好きイヴさん講師の巻だぞ