フェジテから北へ、駅馬車で4日、早馬で2日ほどの距離にアルザーノ帝国の首都である帝都オルランドはある。
その帝都の中央には、王女の居城であり、アルスとルミアが住んでいた、フェルドラド宮殿が存在する。
今、その宮殿の一室で、帝国の事実上の最高決定機関たる『円卓会』の会議が行われていた。
その『円卓会』は事実上、イグナイト家現当主である、アゼル=ル=イグナイトの独壇場となっている。
『円卓会』の半数はアゼル率いる『武闘派』に与している、これが平時であればアリシア七世の卓越した手腕で押さえ込むことが出来る。だが、今の王女はレザリア王国との外交調整と根回しに忙殺されているのだ。
「あっははははははははは────っ!いやぁ、流石だなぁ、イグナイト卿!見事な手腕だ。そりゃこの状況じゃ、アリシアちゃんも、お前さんの案を無視できんだろうさ」
「ルチアーノ卿。女王陛下の御前ぞ。口を慎め」
「おっと、失敬失敬。何せ、一応貴族の肩書を貰っちゃいるが、基本ウチはヤクザもんでねぇ、育ちが悪い。多少の無礼は許してくれや、エドワルド卿よ」
ルチアーノ卿は続ける。
「さて、イグナイト卿よ。お前さん、最近、随分とお手柄続きよなぁ?先のフェジテ最悪の3日間……その時、お前さんはフェジテそっちのけで自ら軍を動かし、天の智慧研究会『急進派』に繋がっていた円卓会メンバー……三大公爵家の一角、アンドリュー=ル=バートレイ公爵を、その証拠引っつかんで捕らえたよなぁ?」
イグナイト卿は押し黙る。
「勢い余ってバートレイ卿はブッ殺しちまったが、さすが、前《
「……………」
「どーも都合、良すぎねえか?お爺ちゃん、そう思うんだが?」
「なぜだ?なぜ、お前さんはバートレイ卿と天の智慧研究会の繋がりを看破できた?しかもフェジテ最悪の3日間……帝国政府としても、先の事件に不安を抱く国民の士気高揚のため、お前さんの英雄的功績を大がかりに公表せざるおえない、あまりにも最高すぎる、デキすぎたタイミングで、バートレイ卿を捉えることができた?」
会場が静まり返った。
「なぁ、イグナイト卿よ……おいちゃんさぁ、ボケかけた足りない頭で必死に考えたんだけどよぉ?……もし、万が一、
「……………」
「あーらあら一見、誰も得しなさそうだが……そういえば、イグナイト公爵家ってよぉ……帝国王家の遠縁……いわば、分家筋ってやつだよなぁ?」
会場にいる王女とイグナイト卿以外に困惑が走る。
「なぁ、イグナイト卿……お前さん、何か妙な野心を抱いちゃ……」
「お止めなさい、ルチアーノ卿」
「やめなさいよ、ルチアーノ卿」
2人の待ったがかかった。1人はアリシア七世。1人はこの円卓会に似合わない若い男の声。
その声は、この場の誰もが聞いたことのある声で……
「ルチアーノ卿、敵を追い詰める時はじっくりじゃなくて、一気に畳みかけるんですよ」
「お?こりゃ、おいちゃんも一杯食わされたわぁ」
アリシア七世を含めて、ルチアーノ卿以外はその声の主を探している。
すると、円卓会のド真中に、1人の少年が現れた。
「「「アルス!?」」」
「陛下お久しぶりでございます。相も変わらず、美しいことで……」
「そのようなお世辞はいりません。早く要件をいいなさい、アルス。このような場に無断で来るなど、言語道断です」
アルスに対しても厳しく言うアリシア。
「これは、手厳しい……んじゃ、まぁ要件を言いましょう。イグナイト卿……貴方、イヴさんを恐怖で支配しているでしょ?
「……………」
「無視ですか?……うーん、なら
その話題を出した途端、円卓会全員の顔が強張る。
「どういうことだ、イグナイト卿!?
アリシアですら驚愕の表情をしている。
「……そのようなデマを言って、私を蹴落とそうとしているのか?アルス……貴様は
「御自分のなさったことを振り返ってみてはどうでしょうか?」
厳格な顔をしているイグナイト卿と反対にアルスは笑いながら言う。
「ならば、証拠があるのか?私が
「その手に握ってる鍵を出せよ」
アルスの口調と雰囲気がガラリと変わった。嫌な相手でも敬語を使うアルスが初めて命令口調で話したのだ。
「出せよ、イグナイト。その手に握られている
「……………」
「出せないのか?そりゃそうだろうな、その鍵は天の智慧研究会
アルスの核心を突いた言葉に円卓会の全員が絶句した。
「……………」
イグナイト卿が口を開いたタイミングで、アルスはイグナイト卿が
「……これは……」
「言い逃れもできんのう……」
「あっははははははははは────っ!アルスは流石じゃなあ、おいちゃんじゃ真似できんよ」
「イグナイト卿……これは、どういうことでしょうか?」
全ての人物が一斉にイグナイト卿に目を向ける。
「……致し方ない……」
イグナイト卿がそう言った途端、円卓会の会場を炎が包んだ。
「……事実を知ってしまった貴様らを生かす訳にはいかん」
イグナイトは【第七圏】を使っていたのだ。
死ぬ。誰もがそう思った。近距離戦においてイグナイト家は最強と呼ばれる所以は、そのイグナイト家が代々継承してきた
だが、炎はすぐに消えた。よく見れば、地面に歪な短剣が刺さっている。
「なにッ!?」
「ほら、
「なにをしたッ!?」
「ま、大人しくお縄についてくれ」
その言葉と同時にアゼルは気絶した。
「……アルス……これは一体……?」
「イヴ=イグナ……ディストーレさんを助けるついでにイグナイト家を失脚させようと思いまして」
「……なるほどのぉ、イヴちゃんをイグナイト家に戻すではなく、助けるために失脚させたわけか」
「まぁ個人的な恨みも無くはないですけど……取り敢えず、僕はもう行きます」
アリシア達にいい情報を送るでもなく、ただイヴを助けるために来たアルスに質問できる者などこの場にはいなかった。
◆
そんなことを思い出しながらアルスは中庭を歩く。
あの時のことはやり過ぎたと思わないでもないが、幼少期の頃の鬱憤も晴らさせてもらった。
イグナイト家の失脚についてはまだ知らされていない。バートレイ家とイグナイト家の2つの公爵家がこの短期間で潰されたなど、報道してしまえば帝国は混乱するだろう。
「……いや、やっぱりやり過ぎたかもしれない……」
この男、ウジウジするタイプである。
「何をやりすぎたのよ……?」
悩んでいるアルスに声をかけたのはイヴだ。
「うわっ!?」
突然のイヴにアルスは驚く。
「な、なんでいるんですか……?」
イヴはイグナイト家から勘当されただけであり、別に軍から抜けたわけではない。そんなイヴがなぜ、講師の制服を着ているのか。
「私は特務分室の室長を解任され、ナンバーを剥奪されたわ。先の事件で、1人で独断専行した責任を取ってね」
「……………」
「ついでに、イグナイト家からも勘当されたわ。今の私は……講師のイヴよ」
「マキシムが言ってた、帝国軍からの戦術訓練教官って……」
「私よ」
「えぇええええええええええええ────っ!?」
「……本当に……馬鹿みたい……」
「……やっぱり、僕のせいだよね」
「それは違うわ……どうせ、結末は同じだっただろうし……」
「……………」
「……覚悟は……してたのよ……でも……でもね……こんなにあっさり……」
「……イヴさん?」
「……私……父上に認めてもらいたくて……一族に認めてもらいたくて……そのために……ずっと……ずっと……イグナイトのために……」
イヴの表情は誰かに似ていた。この世界から消えてしまいそうな、そんな顔をアルスは知っている。
「そのために……セラも……たった1人の友達すらも……犠牲にして……それなのに……それなのにぃ……ッ!それ……な……のに……ッ!」
イヴは顔を手で覆って俯く。
「わ、私は……今まで……本当に、一体……なんの……ために……ッ!?」
アルスはイヴを抱き寄せる。アルスは自分が不器用と知っている。アルスは人を慰める方法をあまり知らないのだ。
だから、抱き寄せた。安心させるために。
「……………」
アルスは何も言わない。今のイヴに必要なのは言葉ではなく、感情をぶつける相手だからだ。
「~~~~~~~~~~~~~ッ!」
イヴは1人で強くあることに慣れすぎて、誰かを頼るのが途轍もなく下手なのだ。
だから、その感情を発露できる相手が自分の感情を誰よりも知っているアルスだっただけ。
イヴはアルスの胸の中で泣いた。子供のように、涙を流し続けていた。
アルスは自分の胸で泣いているイヴの頭を撫で続けるのであった。
◆
ルミアとシスティーナ、リィエル、グレンは茂みの中からアルスとイヴを見ていた。
「……面倒臭ぇ女」
「あれ、イヴ……?」
「……る、ルミア……?」
「……………」
グレンとリィエルは率直な感想を言って、システィーナは隣のルミアを心配そうに見て、ルミアはアルスとイヴの姿を見て瞳から光が消えていた。
◆
イヴは泣き止み、アルスはイヴの涙によって濡れた制服を見ていた。
「……イヴさん……涙はともかく、化粧までつけるのはやめて……」
「な、泣いてないわよっ!」
そんな会話をしていると……
「お前は誰だ!?絶対にイヴじゃねえ!?」
茂みの中からグレンはが飛び出してきた。
「……どういう意味よ」
イヴはグレンに見られて顔を赤くしながら問う。
「俺の知ってるお前は、そんな風に誰かを頼ったりなんかしねえ!テメェ、さてはイヴの偽物だなっ!」
「……貴方、この私をなんだと思ってるの?」
「血も涙もない、ドS丸出し冷血行き遅れヒス女」
「こ、この……ッ!」
「グレン先生、ドSと行き遅れは合ってるかもしれませんけど、ヒス女は流石に……」
「《死ね》!!!」
「「ぎゃあああああああああああああああ────ッ!?」」
アルスとグレンはイヴの魔術によって吹き飛ばされるのであった。
イヴを救うにはイグナイトを蹴落とすかアゼルを個人的に脅して、イヴとの関係を断つか迷ったんですけど、個人的にあまり好きじゃないので蹴落としました。