誤字報告をしてくださった、ゆっくり龍神様ありがとうございます。
では、どうぞ。
アルスとグレン、ルミア、イヴ、システィ―ナ、リィエルで夜食会をしていると。
「……ん?なんだこれ?」
グレンはそれに気づいた。足元に散らばっている様々な書類や資料の中……奇妙なメモ書きが1枚紛れ込んでいたのだ。
拾い上げ、ランプの火にかざして見る。
非常に読みづらい文章だ。
半分くらい判別不能な文章から、辛うじて読める部分を拾うと────
────『裏学院』は罠。×××××××だ。足を踏み入れ××××××。
────火を使うな。×にされて、××にされる。絶対に、火を使うな。
────アリシア三世に、気を付けろ。彼女の正体は×××××。
「ッ!?」
「……なんだこりゃ?」
アルスはグレンの持つ紙を見て絶句し、グレンは背筋がぞくりと冷えるのを感じた。
誰かの悪戯にしては、何かがおかしい。
紙はどこにでもあるものだし、インクも市販のものだろう。言葉も一般的な共通語だ。だが、このメモには……ただの悪戯にしては決して感じられない、何か真に迫った必死さが血のように滲んでいる。
このメモで気になる単語と言えば……やはり『裏学院』、そして『アリシア三世』の2つだ。
『裏学院』は、学院が打ち立てた正式なプロジェクトだ。安心していい……はずだ。
問題なのは『アリシア三世』の方だ。才媛揃いの王女の中でも最も優れた王女と言われている。だが、同時に曰くの多い人物なのだ。『何かとてつもない脅威が空からやってくる』『遥か遠き後世、聖なる王の血より生まれ落ちる悪魔の化身が国に災いをもたらす』などの予言をしている。
『アリシア三世』は【メギドの火】の劣化魔術である【
グレンはそれを知ってるからこそ、このメモを無視できなかった。
『アリシア三世』が関わっているからこそ、『裏学院』も怪しくなってしまう。
「……おい、イヴ」
グレンは、システィーナ達と談笑していたイヴの鼻先に件のメモを突きつけた。
「……何それ?」
「お前に、1つ相談があるんだが……」
グレンはイヴへ相談を持ち掛け、その日の夜食会はお開きとなった。
風呂へと向かうアルス。
「ねぇアルス君」
アルスを止めたのはルミアだ。
「……顔色が悪いけど……大丈夫?」
「……あぁ、うん。何でもない……」
ルミアの心配にアルスは煮え切らない答えで応じる。
「何かあったの?」
「……何かあったっていうか……何かが起こりそうというか……」
ルミアは首を傾げるしかない。
「……とりあえず、裏学院で炎熱系の魔術は使わないで欲しい」
アルスの唐突の言葉にルミアは一瞬戸惑うが、アルスを信頼しているのだろう。すぐに頷いた。
その後、アルスはルミアと別れ1人で大浴場へと向かう。
「……Aの奥義書……裁断の刑……裏学院に足を踏み入れてはならない……か」
アルスは湯船に浸かりながら呟く。
アルスの魔眼はグレン達のような普通の人間には解析できないような文字ですら解析した。
アルスの頭に残るのは『Aの奥義書』と『裁断の刑』だ。アリシア三世の正体がAの奥義書とはどういうことなのか。
「……Aの奥義書がアリシア三世なら、裁断の刑とやらに処して自分を復活させようとしてるのか?」
アルスは思考を巡らせるが、情報が足りなさすぎる。せめて、Aの奥義書についてが分かれば可能性は出てくる。
「……もし……もしも、マキシムの持ってる手記がAの奥義書だったら……?いや、ないな」
アルスは否定する。マキシムは馬鹿だが、それでも学院を卒業したほどの魔術師だ。ちゃんとした証拠があるからアリシア三世の24番目の手記と言ったのだろう。
「考えても仕方ないし……もう上がろ」
この時のアルスは知らない。アルスの呟いた案が正解の一端だったことに……
◆
強化合宿の日々は、瞬く間に過ぎ去った。
────ついに、生存戦の日だ。
2年次生の2組と模範クラスの計80名が中庭に集まっていた。
生存戦の審判を務めるイヴも当然いる。
「やるだけのことはやったぜ……」
「ええ、後は全力を尽くすだけですわ」
2組の生徒は緊張と闘志を胸に秘め。
「あー、面倒臭ぇえな。マジでやんのか?勝負見えてるだろ、こんなの……」
「いいよいいよ、適当に遊んでやろうぜ?」
模範クラスの連中はアルスにボコボコにされたというのに慢心と怠惰に浸かりきっている。
「さて、土下座と退学届の覚悟は決まったかね?アルス君」
「……………」
マキシムの嫌みに、アルスは無言を貫く。
「……何も言えないのかね?ふん!これだから腰抜けは困るよ」
「……………」
イヴはアルスの顔を見るが、無視しているという顔ではなかった。ただ、マキシムの言葉が耳に入ってないような顔だった。
「チッ……まぁいい。それにしても……イヴ君。まさか、君がアルス君側についていたとはね」
アルスの顔を窺っているイヴにマキシムは言葉をかける。
「君は非常に若く美しい。力も才能もある。実は、私は君のことをいたく気に入っていたのだよ。そんな三流魔術師達などに与せず、これからは私の力にならぬかね?」
紳士然を取り繕いながら、そんなことを言うマキシム。
「私なら、この学院で君に様々な便宜を取り計らってやれる。それに君の事情は知っているよ。私なら後々、君のお父上に口を利いてあげることもできよう。……どうかね?」
マキシムは堂々と告げるが無理だ。イグナイト家はもう存在しない。正確には存在はしているが失脚した。
アルスがイグナイト家の秘密を全て暴露したことで、イグナイト家は失脚したのだ。
「別に?私はアルスに与したとかそんなんじゃないわ。ただ、父上に仰せつかった仕事をこなしただけ。教えを請われたから、務め通り教えただけ」
露骨に色目を使ってくるマキシムにイヴは冷ややかに鼻を鳴らす。
「そもそも、貴方みたいな小物が、私の父上に口利きなんてできるわけないでしょう?帝国に名高き三大公爵家の現当主よ?身の程を知りなさい」
「ぐっ……」
「早く生存戦を始めませんか?おじさんとお姉さんのナンパとか興味ないんで」
アルスの言葉に、マキシムが舌打ちした。
「ふん。いいだろう。生存戦……ルールは以前、君に通達した通りだよ」
マキシムがニヤリと笑う。
「それと、肝心の脱落基準なのだが……サブストによる致死判定など温いと思わぬか?」
「ああ、その辺りはどうでもいいから任せる」
マキシムの発言にアルスは即答。
「なに?」
アルスの発言にマキシムは眉を上げる。
マキシムの発言とは、つまり護身用の初等呪文のみでの気絶、戦闘不能を致死判定とすることだ。それをどうでもいいと言うことは絶対の自信があるのか、ただの虚勢なのか。マキシムはアルスの真意が計れない。
「ただし、アンタがルールを変更するならこっちも変更させてもらう」
「何かね?」
「炎熱系の魔術は全面使用禁止だ。この条件が呑めないと言うのなら、そちらの条件もなしだ」
アルスの目的はこちらだ。サブストによる致死判定などどうでもいい。何故なら、2組は負けないからだ。問題は裁断の刑の方だった。裁断の刑が何なのかは与り知らぬが、用心しておくに越したことはない。
「ぷっ……炎熱系禁止だってよ?だっせぇ」
「ぬりぃ連中だなぁ……そんなに怪我が怖ぇのか?」
炎熱呪文は、護身用の初等呪文でも特に怪我しやすい危険な魔術だ。だからこそ模範クラスの連中はアルスが泡を食ったと判断したのだ。
「炎熱系の禁止……?……ほう、そうか、そういうことか……?」
マキシムはそんなことを言いながらアルスを睨みつける。
「あのくだらんメモ書きの悪戯は、やはり君の仕業だったか、アルス=フィデス」
「……………」
「ふん。あんなものを送りつけて、一体、なんの揺さぶり作戦かは知らぬが……聞けんな。そもそも、君にルール決定権はない」
アルスはため息をつく。それなりに巧みな話術によってルールを改変しようとしたアルスにマキシムは気付いたのだ。
決闘のルール決定権は受け手側……つまり、マキシムにあるのだ。
「……こうするしかないか……」
アルスの言葉にマキシムは眉を上げると。
「炎熱系を使わずに勝てばイヴさんを差し上げます。秘書でも愛人でもご自由に」
「はぁっ!?」
「ぬ……」
イヴは驚愕し、マキシムは優美なラインを描き誇るイヴの肢体を天辺からつま先まで舐めるように眺める。
「ちょっと、どういうつもりよ!?あんな奴の愛人なんて死んでもごめんなんだけど!?」
「どうです?」
「……ふ、ふん。いいだろう。気に食わないが……それで手を打ってやる」
イヴの言葉を無視して確認するアルスと見事なまでに釣られるマキシム。
「……何か策があるんでしょうね?」
少し冷静になったイヴがアルスに問う。
「イヴさん、皆を信じてください……皆、ずっと頑張ったんです。マキシム魔導塾の連中になんて負けませんよ」
「……負けたら、責任……取ってもらうからね」
「ま、最悪失脚させるだけのネタはありますし……大丈夫ですよ」
アルスとイヴは地味に怖いことを言っていた。
「さて。準備はいいかな?各々方。早速、始めよう……」
マキシムが『アリシア三世の手記』のとある頁を開き。
「……《開門》」
とある一文を左手の人差し指でなぞる。その途端、魔力が手記を走って、一文が光り輝き始め……すると、それに応じるかのように……
「────ッ!?」
東西南北の校舎が時計回りに回転し始める。
人間たちはそのままに、世界だけが回転していく。
何分経ったのだろうか。いつの間にか、そこにはどこかの建物のエントランスホールだった。
「ま、マジかよ、これ……?」
「パねぇ……こんなもんが俺達の学院の裏側に……?」
その場に会した生徒達は、模範クラスも含めて、皆一様に唖然としている。
「こ、これが、別次元の異界に作られたっていう『裏学院』だってのか……?」
「大規模とは聞いていたけど……限度ってものがあるでしょう?」
グレンも。イヴも。
「り、理解したかね?この『裏学院』の校舎を有効活用することが、どれだけの利益をもたらすかということを……」
張本人のマキシムですら圧倒され、戦いている。
「……………」
「……………」
ただ、メイベルとアルスだけが、その圧倒的な偉容を前にしても、なぜかいつもの冷静さを崩さなかった。
メイベルは周りを見渡し、アルスはメイベルとマキシムの持つ『アリシア三世の手記』を見比べていた。
少しすると、生徒達の前に『門』が出現した。
「さて。その『門』は、くぐる者を『裏学院』の校舎内のいずこかへ、ランダムワープさせるように設定されておる。生徒達の初期配置はこの『門』で決まるのだよ」
「アンタの生徒が、勝負に有効な初期配置になる仕込みがないっていう保証は?」
「生徒達の初期配置は、私が審判として広域索敵結界で確認するわ。不正は不可能よ」
最後にイヴとグレン、そしてマキシムで確認し合った。
グレンは裏学院の規模に圧倒されている生徒達に振り返る。
「ようし、お前ら!」
呆気に取られていた生徒達が我に返り、グレンへと視線を集める。
「この学院の未来とか、アルスの退学とか、今は気にすんな!とにかく全力でやれ!この2週間で培ったこと、全部出してくりゃそれでいいっ!」
力強く笑うグレンに勇気を貰ったのか……
「もちろんよっ!?先生!私達に任せてくださいっ!」
「はい!頑張りますね!」
「ん」
システィーナ、ルミア、リィエルが力強く応じて。
「よっしゃ!皆、気合入れて行こうぜッ!」
「ええ、特訓の成果……見せてあげますわっ!」
「ふん……やられっぱなしは趣味じゃないんでね」
カッシュ、ウェンディ、ギイブルを筆頭に、2組の生徒達が沸き立つ。
そんな2組の生徒達を見て、模範クラスの連中が嘲笑を浴びせるが、最早誰も気にしない。
「よっしゃあ!いざ、出陣じゃあああああああああ────っ!」
グレンの上げた鬨の声と共に。
2組の生徒達は、意気揚々と『扉』へ向かうのであった────
────たんっ。
足音軽く着地する音が、辺りに響き渡った。
「……ここは?」
『門』をくぐり抜けたルミアが、周りを見渡す。
窓はない。そのため、酷く暗く、視界が悪く、息が詰まるような閉塞感がある。
壁に灯るランタンの火は頼りなく、まるでどこかの牢獄のような雰囲気だ。
「これが『裏学院』……ん?」
ルミアはふとそれに気づく。
教室の壁の掲示板のようなものがあり……そこに羊皮紙が張ってある。
その羊皮紙には、こう書かれている。
────校舎内の火遊び禁止
────これを犯した者は『裁断の刑』に処す
学院長・アリシア三世
「……火遊び禁止……アルス君が言ってた通り、ここでは炎熱系魔術は使っちゃ駄目なのかな……?」
ルミアはこんな気味の悪い場所でも可愛く小首を傾げるのだった。
◆
「はぁ……はぁ……はぁ……」
アルスは全力で走っていた。
アルスの目指す場所はルミアのいる教室────ではなく、学院長室だ。
アルスは2組の生徒の心配など微塵もしていない。イヴの特訓を一生懸命受けた2組の生徒達が負けることなどありはしないから。
魔眼を起動して、最短のルートで向かう。話を聞かなければならないのだ。今、この世界において最も秘密に近づいた少女から『メルガリウスの天空城』と『王家の血の秘密』そして『
もしかしすれば、その少女はアルスの持つ魔眼についても知っているかもしれない。
「……
アルスのそんな呟きは『裏学院』の不気味な闇へと吸い込まれていった。
アルスは時々夢を視る。それは真実なのか、はたまた夢なのかは分からない。
少年が世界の全てを敵に回しても少女を守る……そんな物語。
少年は強かった。誰よりも……文字通り、誰よりも。その強さが慢心だったのかもしれない。少年がいない間に少女は殺されてしまった。
少年は嘆き悲しんだ。どれだけ強くても、その場に自分がいなければ意味がないのだ。
少年は言った。
『この力があれば
少年は力を捨てた。何百年に1人の確率で得られるような、そんな力を捨てた。戦闘において天賦の才を発揮した少年がその才能をすべて捨てて、全てを知るための力を欲した。
少年は、全てを視抜き、全てを視透かし、全てを知るための力を欲した。
これから先、自分の愛した少女と同じ結末を辿らせることがないようにと……
少年の願ったモノは、シンプルで圧倒的な力ではなく、過ちを繰り返さない為に全てを知り、その結末を回避する力だった。