廃棄王女と天才従者   作:藹華

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狂気と正気

メイベルの右手を犠牲にして作られた結界が、グレン達を追ってきた本の怪物達の進行を阻まれる。

 

「おい、メイベル!?お前、なんてことを────ッ!?」

 

「心配しないでください、グレン先生。私は人の姿を取っているけど、所詮”本”です。この程度では死にません」

 

 その証拠に、メイベルの千切れた右手からは出血していない。ただ、解けた頁んお断片がピラピラと覗いているだけだ。

 

 それは、とても痛ましい姿だった。

 

「それより……いよいよです」

 

 メイベルは、自身の右手を意にも介さず、前を見据える。

 

「!」

 

 周囲360度を、見上げる程に高い書架で囲まれた、本で形作られた大部屋。

 

 そんな空間の最奥には、無数の本が積まれた古机が1つ。その机に向かう1人の女が、ランプの光だけを頼りに黙々と羽根ペンで書き物を行っている。

 

 その作業に一段落ついたのか、その女は羽根ペンをインク壺に置き、眼鏡を外し……席を立ってグレン達を見つめ、穏やかに笑った。

 

「ようこそ、我がアルザーノ帝国魔術学院の皆様」

 

 その女の姿は、ホールでマキシムを襲った、あの手記から出現した女に似ている。

 

 つまり、生前の崩御寸前のアリシア三世の姿形を取った、その女こそが────

 

「お前が……『Aの奥義書』とやらの……本体か?」

 

「ええ、そうですわ。私こそが、アリシア三世の意思を継ぐ者……アリシア三世そのものと言ってもいい存在ですわ」

 

「ふん、冗談じゃないです」

 

 メイベルは鼻を鳴らして言い捨てる。

 

「彼女は……アリシア三世はもうとっくに死んだんです。貴女も、私も、狂った哀れな女の残骸にしか過ぎません。人ですらない私達本の断片に、今を生きる人達を脅かす権利なんてどこにもありません。地に帰る時が来たんです。そう、貴女も……私も」

 

「いいえ、貴女は間違っていますわ。私を……『Aの奥義書』を完成させることこそ、アリシア三世……私の本願。その証拠に私は、こうして今、ここに在るではないですか」

 

「そんなこと……彼女は望んでいません。他人を犠牲にしてまで完成させる禁断の力なんて、彼女は望んでいなかった」

 

「いいえ、彼女は望んだのです。やがて空より来る脅威に備え、彼女は力を欲したのです。焚書されずに、私がここに”在る”ことこそ、その証左」

 

「違います。狂気に陥っていた彼女は、すでに人格が2つに割れていて……ッ!自分達の生徒を犠牲になんて、彼女に……本来のアリシア三世にできるわけが……ッ!」

 

「だとしたら。……狂っているのは貴女よ……くすくすくす……」

 

 闇だ。特濃の闇が、狂気が、直視する者の魂を吸い込もうとする。

 

「私の邪魔をしないで、もう1人の私。……私は、私自身を至高の存在(アカシックレコード)へと近づけなければならない……それだけが……それだけが、私の存在意義なのだから……ッ!」

 

 彼女を護るように、無数の本がその周囲に出現する。

 

「心配しないで!貴女達を殺したりはしないわ!皆、私の資料にしてあげるっ!私を完成させるための参考文献になるのッ!目録を付けて、大切に保管してあげる……わ……」

 

 彼女は言葉を止める。

 

「……貴方は……」

 

 そう言って、アルスを見る。

 

「ああっ!……今は貴方がその眼の持ち主なのねっ!」

 

 彼女はアルスの虹色の眼を見て嬉しそうに言う。

 

「その眼よッ!……その眼があればっ!私はより確実に至高の存在(アカシックレコード)に近づけるッ!」

 

「────ッ!?」

 

 生前のアリシア三世は、アルスの持つ魔眼についても知っていたようだ。

 

「その眼……くださらない?」

 

「……あげたら、皆を見逃してくれますか?」

 

「それは、無理な相談ですわ」

 

「じゃあ、交渉決裂ですね」

 

 『Aの奥義書』とアルスの交渉の決裂が、戦闘の始まりであった。

 

 

 

「いいいいいいやぁああああああああああ────ッ!」

 

 通路を埋め尽くす本の怪物達を、リィエルが薙ぎ払う。

 

「《集え暴風・戦槌となりて・撃ち据えよ》────ッ!」

 

 システィーナの唱えた【ブラスト・ブロウ】がアリシア三世をの前に壁を作っている本の怪物達を、まとめて吹き飛ばす。

 

「《蒼銀の氷精よ・冬の円舞曲(ロンド)を奏で・静寂を捧げよ》」

 

 イヴの唱えた【アイシクル・コフィン】が浮遊する本の怪物達を氷漬けにする。

 

 アルスはここに着くまでに膨大な量の剣を投影し続けたせいでマナ欠乏症寸前で、ルミアの処置を受けている。

 

「グレンッ!」

 

 アリシア三世の足元まで凍らせたイヴがグレンへ呼びかける。

 

「わかってらぁ!」

 

 そう言って、バーナード仕込みのグレンの射撃は決まった……はずだ。

 

 本来ならばこれで決まる。

 

 だが────

 

 とある書架から、本が身を挺してアリシア三世を護った。

 

「あらあら……また、大切な本をこんなに汚して……マナーがなってない子達」

 

「く────ッ!?」

 

 何度やっても、何度連携しても────これだ。

 

 守りを全てはがしてからの、射撃。

 

 とんでもない。

 

 彼女の守りを全て剥がしたいなら、ここにある本を全て倒さなければならない。

 

「くっそ、どうしろと!?」

 

「ッ!グレン先生ッ!」()

 

 アルスの叫びでグレンは我に返る。

 

 辺りの本棚から大量の本が抜け出し、グレン目がけて凄い速度で放たれる。

 

「う、ぉ────ッ!?」

 

 グレンは腕を交差させて、防御態勢を取る。

 

「ッ!《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスは急いで、剣をグレンの前に投影する。

 

 剣が盾となり、本の怪物達は剣にぶつかる。

 

 ガガガガガガンッっと、もの凄い衝撃音を立てる。

 

 もし、これをまともに受けていたら、全身の骨が折れていただろう。

 

「ぉおおおおおおおおおおおおおお────ッ!」

 

 そこで、グレンが思いついたように【グラビティ・コントロール】を使って跳躍し。

 

「《大いなる風よ》────ッ!」

 

 システィーナの【ゲイル・ブロウ】がそんなグレンを更に高く飛ばす。

 

 一瞬でアリシア三世の頭上を取った。

 

 今までで最高の好機。グレンは上下逆さまの視界の中、拳銃を構え────

 

「決まれぇえええええええええええ────ッ!」

 

 ────引き金を絞る。

 

 銃口から吐き出される、インク弾。

 

「……残念」

 

 その弾は、アリシア三世ではなく、机の上の本を盛大に汚していた。

 

「う、嘘!?先生が────外した!?」

 

 システィーナが信じられない光景を見て、目を見開く。

 

「違うわ、外されたのよ!」

 

 イヴは舌打ちしながら、グレンを見上げる。

 

 よくよく見れば、グレンの脇腹に本がめり込んで、その横に剣が投影されている。

 

 アルスは本の存在にいち早く気づいたが、魔力の回復が追い付かず、剣を投影するのが遅れてしまったのだ。

 

 そして、落ちてくるグレンに追い打ちをかけるように────

 

 無数の本が、流星群のようにグレンへ殺到している。

 

「《我・秘めたる力を・解放せん》」

 

 なけなしの魔力を使って、身体強化を施したアルスがグレンを引き戻す。

 

「スマン!助かった!」

 

 グレンはアルスに感謝するが、アルスに返答する余裕はない。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 今のが決定打となったのだ。ルミアの異能と処置を受け雀の涙ほどに回復した魔力を使って何とかやりくりしていたが、限界が来た。

 

「アルス君!?大丈夫!?」

 

 前に倒れ込むアルスにルミアが駆け寄って再度異能を行使する。

 

「くっそ!アレも駄目、コレも駄目……もう、どうすりゃあいいんだよッ!?」

 

 グレンが悔しげに床を叩く。

 

「……グれン先生。私、そろソロ……限界デス……早ク勝負……決メ……ないト……」 

 

 メイベルは既に見るも無残な姿に成り果てていた。

 

 全身を千切って結界を張り続けたせいで、ボロボロだ。

 

 絶望的な状況で、グレンが必死に頭を回転させていると────

 

「……もう、大切な本を、こんなにインクで汚して……」

 

 アリシア三世がため息をついた直後、ひらめいたとばかりに笑顔になる。

 

「そうだわ!本をインクで汚した人も、”裁断の刑”に処すことにしましょう!」

 

「────ッ!?」

 

 その言葉で一同が凍り付く。

 

「そうだわ、そうしましょう!大切な本を汚す人なんて、そのくらいのお仕置きがあって然るべきなのですわ。早速、そういうルールを作りましょう……」

 

 そう言って、アリシア三世が机につき、羽根ペンで何かを書き始めた。

 

「彼女……コの裏学院のるーる……新シク作る気……このママじゃ……イずれ、いんくも……使エナくなる……」

 

「マジ……かよ……ッ!?」

 

 そうなれば終わりだ。

 

 メイベルの言葉で、全員が絶望した。

 

「せ、先生……どうしよう……?どうすればいいの……?」

 

 【ストーム・ウォール】で、怪物達の進行を阻むシスティーナが、震える声で言った。

 

「それは……ッ!」

 

 ……実は。

 

……実を言うと。

 

 ただ1つだけ────攻略法はあった。

 

 最初からわかっていた。

 

 敵がそれをわざわざ禁止するくらいなのだから、とてつもなく有効な手段であることは確実だ。

 

「……先生。それ、僕がやりますよ」

 

 ルミアに支えられながら立ち上がるアルスは言う。

 

「な……ッ!?そんな身体じゃ、起動すらできねぇだろッ!?」

 

「あと、1回だけなら……いけます」

 

 アルスの決意に満ちた言葉にグレンは黙る。

 

 この状況で、一番”それ(・・)”に適してる人物はアルスだ。

 

 1番ボロボロで、あと1回魔術を使えばマナ欠乏症となるアルスが最適なのは目に見えて明らかだ。

 

 だが、それではいけないのだ。グレンは教師で、アルスは生徒────教師が生徒を犠牲にしていいわけがないのだ。

 

「な、何の話……?」

 

「……さぁ……?」

 

「「……………」」

 

 システィーナとルミアは首を傾げ、イヴとリィエルはアルスとグレンの会話をただ見ている。

 

「……やっぱり、ダメ────」

 

 そう言って、グレンは懐から起動触媒である虚量石(ホローツ)を取り出そうとするが……ない。

 

 すると────

 

「《我は神を斬獲せし者・────」

 

 グレンの後ろから【イクスティンクション・レイ】の詠唱が聞こえてきた。

 

「《我は始原の祖と終を知る者・────」

 

 グレン達は、詠唱の声がする方を向くと。

 

「《其は摂理の円環へと帰還せよ・────」

 

 アルスがグレンの虚量石(ホローツ)を使って、【イクスティンクション・レイ】の詠唱を開始していた。

 

「《五素より成りし物は五素に・────」

 

 ルミアの異能を行使して貰ってるからこそ撃てる、正真正銘、最後の一撃。

 

「《象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・────」

 

 もう誰も止められない。止めようとすれば、その膨大な魔力の塊がアルスとルミアを傷つける。

 

「《いざ森羅の万象は須く此処に散滅せよ・────」

 

 グレンの【愚者の世界】を使えば止められるが、その場合、誰も炎熱系の魔術が使えなくなってしまうから事実上誰にも止められない。

 

────有罪(ギルティ)

 

 女性の声が聞こえ、アルスの両足から本化が始まった。

 

「《遥かな虚無の果てに》」

 

 アルスの起動した魔術はまだ発動されずに残っている。

 

「アルス君ッ!」

 

「……グレン先生……イヴさん……ルミアを、頼みます……」

 

 アルスは笑顔でそれだけ言って、起動した魔術法陣から巨大な光の衝撃波が放たれた。

 

 自身の身体から頁をぽろぽろ零しながら、魔術を維持し続ける。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおお────ッ!」

 

 アルスは最後の力を振り絞って、この場にある書架や本の怪物達を消滅させる。

 

「な────そ、そんな……わ、私の本がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ────ッ!?」

 

 信じられない光景に、アリシア三世は、魂も割れよと悲鳴を上げて────

 

「おのれ……よくも……おのれぇええええええええええええ────っ!」

 

 それが報復だとばかりに。

 

 現在進行形で本と化しているアルスへ。

 

 どこからともなく無数のハサミが飛んできて、殺到し────

 

 アルスだった頁を、バラバラに切り刻んでいく。

 

「い、嫌……嫌ぁああああああああああああああああああ────っ!やめてぇええええええええええええ────ッ!?」

 

 そんな光景にルミアは泣き叫ぶ。

 

「アル……ス……う、嘘……でしょ……?」

 

 イヴは絶望した表情で呟き。

 

「アルス……嘘……?」

 

 呆けたように立ち尽くすリィエルとシスティーナ。

 

 アルスは薄れゆく意識の中で、最愛の人物に思いを馳せる。

 

(さよなら、ルミア。もう2度と……君に会えない。また同じ悲しみを味あわせてしまうかもしれないけど……でも、大丈夫。ルミアは2組の皆とあんなに笑い合えるようになったんだから……)

 

 アルスは、自分の担任教師に遺言らしきものを心の中で言う。

 

(グレン先生……これからも、ルミアを……皆を、指導してあげてくださいね……)

 

 アルスは、それなりに犬猿の仲である人物への本音を心の中で言う。

 

(……イヴさん……こう見えて、僕……貴女のこと……嫌いじゃなかったですよ……)

 

 そして、アルスの意識は完全に闇の中に消えた。

 

 ────そこには、無残な紙くずの小山が出来上がっていた────

 

 

 

 そして、全てが消滅していく破滅的な光景の中で。

 

 だんっ!

 

 誰かが猛然と机の上に飛び乗った、鈍い音が響き渡っていた。

 

「アルス。悪いな……こんな状況で言うのもなんだが、お前────」

 

 机に片足乗り出したグレンが、硬直するアリシア三世の額へ銃口を押し当てている。

 

「────やっぱりバカだよ(・・・・・・・・)

 

「ひっ!や、やめ────」

 

 無慈悲に絞られる引き金。

 

 1発の銃声が────

 

 ────全てを灰燼に帰した煙の中で、空しく木霊するのであった────




 僕……こういう展開……好きなんだ……

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