期待していた方、誠に申し訳ない。
期待していなかった方、後日談にはオリジナル要素は少なめ?だと思うから見て行ってください。
暗い静寂が包む図書館の通路に、2冊の本が無造作に落ちていた。
その本は、突然開きだし頁が宙を漂い始める。
やがて、頁は人の形になって紙だったそれは、徐々にその質感を変えていき……人間となっていった。
「……ぅ……?」
「……こ、ここは……」
先程まで本だった2人────ギイブルとセシルが頭を振りながら身を起こす。
「……元に……戻ったのか……?」
そんな、目を瞬かせている彼らの下へ、複数の駆け足の音が近づいてくる。
「ぉおおおおおおおいっ!ギイブル────ッ!セシルぅうううう────ッ!」
「あれは……カッシュ達?」
手を振りながら走ってきたのは……カッシュやウェンディ、テレサらを筆頭とした、2組の生徒達だ。皆、グレン達を前に進ませるために本になった者達だ。
「良かった!お前らも無事だったんだな!?」
「……ああ、おかげさまでね」
「本になった生徒達は皆、元の姿に戻れたみたいですわ!」
「と、いうことは……?」
「ああ!やっぱ、グレン先生とイヴ先生がやってくれたんだよ!」
勝利に沸き立つ生徒達。
「で?グレン先生達は、どこなんだ?」
「ああ、先生達なら、この先だよ」
「そっか!ようし!皆で、先生を迎えに行こうぜ!」
そう言って、頷き合って。
生徒達は、図書室の奥へ向かって走って行った。
◆
全てが灰燼に帰し、消滅し、煙が立ち込める中で────
「……お、終わったの……?」
システィーナの呟きを受けるように。
グレンは、ゆっくり銃を下ろした。
机の上に残されていたのは……どの頁もインクでベタベタに汚された1冊の本だ。
これは、狂ったアリシア三世の作った『Aの奥義書』……だが、グレンのインク弾を受けて永遠に失われてしまった。
だが、グレンはそんな本に見向きもせず。
「………………」
グレンは無言で振り返る。
呆然と立ち尽くすシスティーナとリィエルの下へと戻ってくる。
そして、グレンが見たのは────
ルミアが紙くずに向かって泣き崩れ、イヴが涙を流しながらルミアの背中をさすっている。
その紙くずは、つい先刻まで、アルスだったものだ。
グレンはその紙くずの山を、どこか複雑な表情で見下ろし────
「……バカ野郎」
ただ一言。小さく、絞り出すように呟く。
その背中はいつもと比べて、とても小さい。
そんな背中をシスティーナとリィエルはただ見つめるしかなかった。
ルミア以外の全員がアルスと過ごした期間はお世辞にも長いとは言えない。だが、アルスは不思議な魅力に満ちておりルミアのようにいつもクラスの中心にいた。そんなアルスが”裁断の刑”に処されてしまったという事実にこの場の全員が歯を食いしばっているだろう。
もっと、グレンがもっと正確な指示をしていれば……システィーナの使える
だが、それらは所詮、結果論。言ったところで無駄であり、考えたところで無駄だ。
それでも、そう思わざるを得ない。ルミアとイヴは特にそうだろう。
グレンがそんなことを思っていると。
「ぉおおおおおおおおいっ!先生ぇえええええええええ────ッ!」
そこへ、カッシュ達が歓喜の表情で駆け寄ってくる。
「やったなぁ、先生!また、学院を救ったぜ!?」
「やれやれ、本当に定期的に危機に陥る学院だよ……もう勘弁して欲しいね」
「ふふっ!でも、先生ならわたくし達を助けてくれる……と……」
カッシュやギイブルとは裏腹にウェンディは言葉に詰まる。
カッシュ達のはしゃぎ声で聞こえなかったが、誰かの泣きが聞こえたのだ。
その声はグレンの後ろからしている。
ウェンディが覗いて見れば、そこには泣いているルミアとルミアの背中をさすりながら自身も泣いているイヴがいた。
すると────
「えーと、ところで、グレン先生……あの、アルス君はどこに?」
セシルは問いかける。
本来、ここにいるはずの生徒がいないのだ。
「あ、あれ……そういやそうだよ。アルス、どこ行ったんだよ?先生……」
「先ほどから姿も見えませんし……ここに来るまでにもいなかったですし……」
カッシュとテレサが言葉にする。
そして。
「先生。火遊び厳禁のルールがあったのに、【イクスティンクション・レイ】を撃ったのは誰です?」
フェジテ最悪の3日間でグレンの【イクスティンクション・レイ】を見たことのあるギイブルは問う……脂汗を浮かべながら。
「そ、そうだよ、先生!?【イクスティンクション・レイ】は炎熱と冷気と電撃の複合呪文なんだろ!?火はやべぇんじゃなかったのかよ!?」
生存戦の決闘がなされる前日にグレンから習った【イクスティンクション・レイ】を思い出しながら、カッシュが言う。
「確か、”裁断の刑”が……」
「……………」
生徒達の質問にグレンは無言。
無言で、後ろで泣いているルミアとイヴを見ている。
「おい……先生……まさか……嘘だろ……?」
勝利に沸き立っていたはずの空気が一瞬にして鉛のように重くなる。
「おい、先生……冗談だろ?いつものアンタの悪ふざけだろ?あー、面白ぇ……だから、もういいよ……アルスを出せよ……なぁ……?」
「……………」
だが……無言。グレンは無言を、貫き続ける。
「アルスは……ルミアを……私達を守るために、【イクスティンクション・レイ】を……」
グレンの代わりにシスティーナが震える声で絞り出すように言った。
……やがて。
ある者は、がくりと膝を折り。
ある者は、肩を震わせ。
ある者は、頭を抱えて。
「……ちくしょう……マジ……かよ……なんでだよ……」
「そ、そんなことって……ぐすっ……」
生徒達の誰もが……さめざめと涙を流し始めた。
「……くそ」
そんな悲しみに暮れる生徒達を、グレンは歯を食いしばりながら見る。だが、そんなグレンの頭ではどこまでも笑顔で、どこまでも穏やかな笑顔で【イクスティンクション・レイ】を放ったアルスの姿が浮かぶ。
「グレン先生……」
すると、グレンの隣にメイベルがやってきた。
千切った頁を回収したのか、ほぼ元の姿に戻っていた。
そして、その腕には、最早使い物にならない『Aの奥義書』は抱かれている。
「すみません……貴方達には、大変ご迷惑をおかけしてしまいました」
メイベルの雰囲気は、今までより少し大人びていた。
「……メイベル?」
「いえ。『Aの奥義書』をこうして回収し……その狂気の部分を全て塗りつぶされた今の私は……メイベルというより、アリシア三世なのでしょう。狂気の私も、正気の私も、表裏一体、等しく私。なればこそ、今、こうして1つになった今の私は……もちろん、本質的には別人ですが……限りなくアリシア三世その人なのです」
静かに黙禱するようにするように目を閉じ、メイベルが息を吐いた。
「バラバラになり、様々なノイズが交わっていた私達ですが……今ようやく、こうして面と向かって、アリシア三世として、貴方とお話ができるのです……グレン先生」
「残念だが……お前と話すことなんざ、何もねえよ」
グレンは冷めたように言った。
「本質的に、アンタがこのふざけた裏学院と奥義書を作ったアリシア三世とは違う存在って理屈はわかる。だが、理屈じゃねぇんだ……この感情は」
「そうですね……貴方のお怒りは当然ですね」
メイベルは神妙にグレンへと告げる。
「だから……これは、私のせめてもの罪滅ぼしです」
「……は?」
メイベルは、今もなお泣いているルミアとイヴの正面へ来る。
「私は……生前の私は……教育者として完全に失格だと思っていました。なにせ生徒達を犠牲にし、殺すような恐ろしいルールを作ってしまったのです……狂気に囚われていたとはいえ、最早、私は教育者を名乗るのもおこがましい、ただの怪物でした」
「お、おい……?」
「ですが……いくら正気を失い、狂気に陥ったこんな私でも……最後の最後の一線で教育者としての矜持だけは捨てきれなかったのかもしれません。……今、私は、生前の私自身のことを全て思い出したのです。きっと、今なら……」
メイベルの挙動を見守る生徒達。
メイベルはそっと跪いて……紙くずの小山に手を乗せて。
「この学院の学院長、アリシア三世の権能をもって、ここに宣言します。”私は、貴方達の火遊びの違反行為を……不問に致し、
メイベルが宣言した……その瞬間。
紙くずの小山が、優しい金色の光に包まれた。
「な────ッ!?」
無残に切り刻まれたはずの頁が再び元通りにくっついて、次々と修復されていき……人の形を作っていく。
そして────
「……ここ……は……?」
元通りになったアルスが、目を開いたり閉じたりしながら呟いた。
「……あれ……?僕……裁断の刑に処されて……」
「アル……ス……君……」
「……ん?」
名前を呼ばれて、振り向いて見れば泣いているルミアとイヴがいた。
「よ……」
「よ……?」
「!」
「良かったよぉおおおおおおおおおおおおおお────ッ!」
「ぐすっ、アルス~~~ッ!」
「うわぁ!?」
ルミアとイヴに飛びつかれ、更にその上から生徒達に飛びつかれる。
「…良かった……本当に……」
「ん」
システィーナもリィエルも涙ぐんでいる。
アルスはルミアとイヴの胸を感じることすらできないほどの驚愕と質量にみまわれているのであった。
「これで……この学院内での、”裁断の刑”の犠牲者は、全て元の姿に戻るでしょう」
「ちっ……随分とまぁ、粋な計らいしてくれんじゃねーか……別に礼は言わねえけどな」
アリシア三世自身による『恩赦』だけが、ルール違反の犠牲者を救う唯一の手段だったのだ。
「そうかよ。くるってても……結局、性根の所では生徒達を愛していたんだな、お前」
「それは……私にはわかりません。生前の私がこの学院の『特異法則結界』にこのような抜け道を用意したのは、果たしてそれが理由なのか、あるいはただの気まぐれなのか……」
「もういーよ。どうせ故人だ……そういう美談にしとこうぜ。絶対、許さねえけど」
グレンの言葉にメイベルは苦笑いする。
「グレン先生……そして、アルス……貴方達を見込んで……頼みがあります」
生徒にもみくちゃにされていたアルスも、メイベルとグレンの下に向かう。
「……
「ああ、最近、とみによく聞く名だ」
「そう……ですか……ならば、
「……何を……知っている?」
「グレン先生。この世界には……この国には、やがて破滅が訪れます。思えば、あの狂った『Aの奥義書』も、かの破滅に対抗するための力を作る……当初は、それが目的でした……結局は、間違った方法へと歪んでしまいましたが」
「……ッ!?」
「もし、貴方達がやがて来る破滅の時に抗おうとするなら……貴方達は、真実に近づかなければなりません……」
「真実?」
「はい。アルスは知っているでしょうが……この国の成り立ちと、王家の血の秘密について。そして、フェジテの空に浮かぶ『メルガリウスの天空城』と
「……
「駄目です。すでに検閲され、私には記述がありません。ただ……それについてはアルスが教えてくれるはずです」
「え……?」
「こいつ、知らなそうじゃねえか……」
「……貴方の眼について、私に記述されていることがあります……『曰く、その眼を持つ者は禁忌へと至る道を示す者』『曰く、その眼は全てを見透かし裁定する者』『曰く、その眼は王を選定する者』……グレン先生……アルス……どうか、この国を……世界を……よろしく……お願いしま……」
そう言って、メイベルは────アリシア三世の姿は、跡形もなく消えていた。
その場に残されたのは本物の『アリシア三世の手記』。
◆
『……ようやく……ようやく、オレの願いが叶う……頼んだぜ……少年……その娘を……少女を救ってあげてくれ……」
誰か……この世にいない誰かが言葉を発した気がした。
誰かが願う。
『願わくば……その少年と少女に、僥倖があることを……そして、呪縛を解いてくれ……
書いてから思った。オリジナル要素強いかもしれない。