廃棄王女と天才従者   作:藹華

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   お ま た せ


スノリアへの道

次の日、帰還以来、やたらハイテンションなセリカに引きずられるような勢いで、グレンとアルスと3人娘達は、慌ただしくフェジテを発った。

 

 セリカ曰く、目的地はルミア達が行こうと予定していた場所の1つであるスノリアだという。

 

 スノリアとは、アルザーノ帝国に存在する辺境小地方の1つであり、北方山岳地方とも呼ばれている場所だ。

 

 学究都市フェジテがヨクシャー地方。その北に帝都オルランドを擁するイテリア地方が隣接しており、そのイテリアの北西に、以前、リィエル達が短期留学を行った聖リリィ魔術女学院を擁する湖水地方リリタニアがある。

 

 件のスノリアがあるのは、イテリア地方の北東、リリタニアの東。その敷地の8割以上が氷久雪山と呼ばれるシルヴァスノ山脈と盆地で占められる高山帯なのだ。

 

 そんなスノリアの北方は、北海と呼ばれる広大な氷海に面している。さらにその北に、世界地図における北の最果て『白の大氷原』と呼ばれる前人未到の領域があり、霊脈(レイ・ライン)の関係でそこから押し寄せる極寒の気団を、シルヴァスノ山脈が一身に受け止めている。

 

 よって、スノリアから南は、過ごし易い『海洋性温暖気候区』だが、スノリア地方そのものは年中が雪と氷に覆われた『山岳性氷雪寒帯気候区』に属しているのだ。

 

 まぁ、要するに、だ。

 

「……寒いんだよな。絶望的に」

 

 列車の窓から外の景色をぼんやり眺めながら、グレンが嫌そうにぼやいていた。

 

 今、グレンがいるここは、帝都からスノリアへ向かう鉄道列車の個室席の中だ。

 

 その個室席の中には2つの長座席が向かい合うように配置されている。列車の進行方向に向かって右の窓際の席に座るグレンから見れば、正面にアルス、その隣にルミア、斜向かいにリィエルが座っている、といった位置関係であった。

 

「絶対、寒いわ。なんでンな寒い場所にわざわざ行かにゃならんのだ」

 

「もう、さっきからぶつぶつうるさいですね」

 

 先程から愚痴ばかりのグレンへ、システィーナが口を尖らせながら抗議する。

 

「アルフォネア教授が決めたことでしょう? いい加減、覚悟決めてくださいってば」

 

「嫌だぁ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ~~っ! 寒いの嫌い! 暑いのも嫌いだけど!」

 

「はぁ~、もう、子供なんだから……」

 

 頭を抱えてダダをこねるグレンに、システィーナは呆れたように溜息を吐いた。

 

「あはは……でも、こうして列車に揺られていると、思い出しますね。以前、皆で一緒に聖リリィ魔術女学院へ短期留学に行った時のこと」

 

 ルミアがくすりと思い出し笑いをしながら、そんなことを言う。

 

「そうね……フランシーヌやコレット達と出会ったのは、ちょうどこんな列車の中だったわね……」

 

 あの子達、今頃、どうしているのかしら?

 

 システィーナがそんなことをぼんやり考え、遠くを見る。

 

「ところで、システィーナやアルフォネア教授はどうしてこの時期にスノリアに旅行に行こうと思ったんだ?」

 

「あれ? アルス、知らないの? スノリア地方の……えーと、今回の目的地のホワイトタウンは、近年、帝国では有名な観光地なのよ?」

 

「そうなの?」

 

「そうよ、確かにほんの一昔前は、とても観光どころじゃない、閉鎖的な辺境の田舎町だったらしいんだけどね」

 

 珍しく質問に徹するアルスにシスティーナは得意げに説明を始める。

 

「でも、最近は鉄道を敷いて、地元伝統の『銀竜祭』を中心に、雪山景勝地巡りや雪像コンテスト、スキーやスケート場などの各種イベントや設備を整えて、近隣諸国でも話題に上る、ちょっとした帝国の名所になりつつあるわ」

 

「へぇ……そうなんだ」

 

「ええ。それに今はちょうど、その『銀竜祭』が行われる時期ね。だから、秋休みの旅行にスノリアに行くってのは、むしろ良い選択だと思うわ」

 

「『銀竜祭』か……」

 

 アルスは少し笑いながら、祭りの名前を呟く。

 

「アルス君、もしかして……『銀竜祭』って聞いてワクワクしてる?」

 

 ルミアのその言葉にアルスは少し固まる。

 

 実を言うとアルスは祭りというものに参加したことがない、だが、祭りが楽しいものであるとは知っているので楽しみなのだ。

 

「………………」

 

 アルスの沈黙に、システィーナが驚いた顔をする。

 

「……え、本当に?」

 

 アルスはシスティーナの質問に黙って俯くだけだ。

 

「……なんか意外ね、アルスはこういうものには興味ないと思ってた」

 

「僕って、そんな感じに見える?」

 

「そんな感じっていうか……大人びてるから、お祭りとかそういう遊びには興味が薄いって思ってた」

 

「大人びてるって……これでも、僕ってルミアやシスティーナよりも年下なんだけどなあ」

 

 アルスは独り言のように呟く。

 

「え!?」

 

 その呟きを聞いたシスティーナが驚愕を露わにする。

 

「アルス君は、今年で14歳だよ?」

 

 少し笑いながらルミアがシスティーナにアルスの年齢を教える。

 

「その歳で、私より魔術が……」

 

 システィーナが軽く絶望していると……

 

「ああああああああああ~~ッ! 嫌だ、嫌だ、帰りたいぃいいいいいい~~ッ!」

 

「もう! 相変わらずうるさい人ですね! これで私達、結構、今回の旅行、楽しみにしてるんですからね!? 先生がそんな様子じゃ興ざめじゃない!」

 

「だ、だってよぉ……スノリア、めっちゃ寒そうだぞ? そりゃ、魔力容量(キャパシティ)に恵まれたお前らは空調魔術、使い放題だろうけど、俺はなぁ……」

 

 なんだかんだで、浮き足立っているシスティーナ達とは裏腹に、グレンのテンションはだだ下がりであった。

 

「はぁ……だったら、防寒対策、アルフォネア教授に相談してみたらどうです?」

 

 システィーナは呆れたように肩を落とし、ジト目でそう提案する。

 

「お、そりゃ確かに名案だな! ここはボクが生涯をかけて尊敬すべき大師匠、世界に名高き第七階梯(セプテンデ)にご助力願おうッ! ふはははっ! スノリア最高だなーーっ! すげぇいい思い出になりそうだぜーーっ!」

 

 途端、現金に目を輝かせ、グレンが立ち上がる。

 

 システィーナが深い溜息を吐き、ルミアとアルスが苦笑した。

 

「ところで、セリカのやつ、どこへ行った? さっきから姿が見えないんだが?」

 

「えーと、教授ならサロン車両に行くって言ってましたよ? 紅茶が飲みたいって」

 

「サロン車両? ったく、相変わらず気取り屋だな……まぁいい」

 

 グレンは個室席の引き戸を開き、そとの通路へと出る。

 

「俺、ちょっと、セリカんとこ行ってくるわ。白猫、後は頼んだぞ」

 

 そう言って、揺れる車両の通路を、グレンはゆっくりと歩いて行くのだった。

 

 

 ◆

 

 

 グレンがセリカのところへ行って数分後……アルスは、深い、とても深い溜息を吐いた。

 

「どうかした?」

 

 その珍しい光景にルミアも少し驚きながら問う。

 

「いや、今回の旅行、面倒事がなければいいなと……」

 

 アルスは顔を少し曇らせながら答える。

 

「それだけじゃないよね?」

 

「…………………」

 

 何故バレたと一瞬思うが、すぐに自分が顔を曇らせていたことを自覚する。

 

「……実を言うと今回の旅行、少しだけ気が乗らないんだ」

 

「え? どういうこと?」

 

「『銀竜祭』……確かに祭りは楽しみだし行ってみたいとも思う……でも、『銀竜祭』は白銀竜信仰に基づく祭りだ」

 

「それがどうかしたの?」

 

「白銀竜はメルガリウスの魔法使い第7章に出てくる魔将星だし……心配もするよ」

 

 それから、グレン達が戻ってくるまで誰も口を開かなかった。

 

 

 ◆

 

 

 グレン達を乗せた列車は、淡々と地を走ってゆく。

 

 草原を横切り、丘を越え、峠を乗り越えて。

 

 窓の外の風を千変万化させながら、北東に向かって、昼も夜も淡々と走っていく。

 

 やがて、列車の前に大きな山々が連なって立ちはだかり、列車はその麓に掘られた鉄道トンネル内へと吸い込まれていった。

 

 暗いトンネルに突入した列車内は、弱々しいランプの光だけがぼんやりと闇を払う心細い空間へと変貌した。

 

 窓の外は、暗黒一色に塗りつぶされていた。そのあまりにも濃厚な闇は、この列車が深淵の底へどこまでも落ちてゆくかのように、覗き込む者を錯覚させる。

 

 等間隔ごとに過ぎるトンネル灯の火が、時折、真っ暗な窓のキャンバスに、一条の線を描いては消えていき、不安と錯覚を微かに払拭していく。

 

 ゴトン、ゴトン。車輪が線路の継ぎ目を踏む重低音だけが耳朶を打ち続ける。

 

 時折、鳴り響く汽笛が、山彦のように反響し、方向感覚を狂わせていく。

 

 ………………どのくらいの時間を、列車は闇の中を進んでいっただろうか。

 

 それは────本当に唐突の出来事だった。

 

 暗黒一色に塗りつぶされていた窓が、不意に純白一色に反転した。

 

 ようやく列車がトンネルを抜けたのだ。

 

 窓から爆発的に溢れる白銀の奔流。一気に塗り替えられる世界。

 

 闇に慣れた目が眩き白に眩み、思わず目を細めさせる。

 

 やがて、徐々に慣れた目が窓の外に結像した世界は────

 

 ────辺り一面、白く輝く銀世界であった。

 

 雄大に広がる草原が、遥か遠き丘が、遠方に連なる山々が、茂る林が、森が。

 

 世界の全てが、真っ白にピュアな雪で化粧されている。

 

 清らかな処女を思わせる、足跡1つ無い、穢れ無き白亜の雪景色。

 

 そして、今も尚、花弁の如き雪が、はらはらと舞い散るように静かに降りしきり、純白の光彩を世界へと敷き詰めていく。

 

 仰ぐ天空に厚き雲、その微かな切れ目から奇跡のように差し込む鮮烈な一条の陽光

 

 それを降りしきる雪の結晶が跳ね散らし、冷たく燃えるように輝かせる。

 

 一言で言えば、絶景。この世の光景とは思えない。

 

 凍てつく白銀の芸術が、列車の窓のキャンバス一杯に広がっているのであった────

 

「わぁ! 凄い、凄い!」

 

 目を輝かせたシスティーナが座席を立って身を乗り出し、窓際に座るグレンの膝越しに窓へ張り付き、頬を上気させた。

 

 窓に吹きかけられた吐息が、窓をさらに白く染めた。

 

 それは、システィーナに限った事ではなくルミアも同じことをしている。

 

「雪ってこんなに積もるものなんだね……」

 

「真っ白、砂糖みたい」

 

 リィエルすらも目をぱちくりさせて、圧倒されている。

 

「くっそ、お日様、もっとやる気出せよ……熱くなれよ……雪ごと溶かせよ……」

 

 グレンだけがひたすら嫌そうに外を流し見ている。自分の顔に垂れてくるシスティーナの銀髪を、それこそ窓の外の雪のように鬱陶しそうに払っていた。

 

 ちなみに、アルスはというと────

 

「…………………」

 

 ただ、なんとも言い表せない表情で窓の外の雪景色を眺めている。

 




 待たせたなぁ!(殴)

 すいません許してくださいお願いします何でもしますから!(何でもするとは言ってない)
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