嬉しいっちゃ嬉しいんですが、スカサハかイシュタルが欲しかった……
やがて、列車は観光目的地であるホワイトタウンへと辿り着き、停車する
ホワイトタウンとは、現在、スノリアでもっとも発展した地方都市だ。
四方を渓谷と山岳、氷湖に囲まれた盆地に存在する街であり、スノリアで唯一、鉄道列車駅が据えられた、スノリアの中心地でもある街であった。
一同は列車から降りると、駅の改札口から駅前広場へ出る。
途端、一同をホワイトタウンの街並みと、肌を刺すような寒気が出迎えていた。
「うわぁ! ここがホワイトタウンなのね!? 素敵!」
厚手の毛皮コートに、スノーブーツ、手袋にマフラー、ばっちり防寒具に身を包んだシスティーナ。身を芯から切るように澄んだ寒さをものともせず、両手を広げてくるりと踊るように回り、白い息を吐いた。
立ち並ぶ煉瓦造りの建物だ。帝都のものより鋭角的な三角屋根と、大きな煙突、アーチ型の格子窓が特徴的で、そのどれもに満遍なく雪化粧が施されている。
ここが山間の盆地であるためか、起伏に沿って建物は並び、街は上下に立体的だ。
白い綿毛に飾られたような三角錐型の針葉樹が、広場や街路など街の各所に群生し、それがやはりフェジテや帝都とはまったく異なる景観を演出している。
遠くを見渡せば、街を囲むように連なる雪山。その偉容は見る者を押し潰さんばかりに威圧的で圧倒的だが、凍てつく純白の連峰はそれでも尚、畏怖を超えて美しい。
軒先、看板、店頭、街の
そして、人、人、人……街は大勢の観光客で賑わい、活況に溢れていた。明日からの楽しい一時を予感させ、否応なく心を躍らせてくれる───そんな街並みであった。
「あっ! 見て見て、あそこで大道芸やっている人がいるよ! 面白そう!」
「むぅ……苺タルトの屋台は……どこ?」
「この時期、スノリアには見所が多いぞ? きっと楽しい旅行になるさ」
ルミアも、リィエルも、セリカも、システィーナ同様、きちんと防寒具に身を固めており、空調魔術も
一行は、ただ街を包む楽し気な雰囲気を堪能し、それに身を任せている───
「さっぶぅううううううううううううーーッ!?」
───唯一、グレンを除いて。
「寒ッ!? なんだこれ、バカじゃねーの!? 寒すぎるだろッ!?」
システィーナ達が、くるりとグレンを振り返る。
そこには、普段のワイシャツとスラックスの上から、魔術学院の講師ローブを纏っただけ……という、あまりにも寒冷地を舐め切った格好のグレンが、自分の身体を抱いて、ガタガタと震えていた。もうすでに唇も顔色も真っ青である。
「クッソ、スノリアの寒さを舐めてた! 死ぬ! 余裕で死ねる! おい、セリカ、効いてねえぞ!? 貫通してる! 冷気がお前の空調魔術すら貫通してるって!?」
グレンは周囲の観光客達の注目を集めながら、みっともなく叫き散らしている。
「……先生。はっきり言いますけど。バカじゃないんですか? その恰好」
そんなグレンへ、システィーナは呆れたように、冷ややかに言った。
「先生なら、自分の周囲の気温・湿度を調整する【エア・コンディショニング】の術にだって調節限界があるって、ご存知ですよね? なのになんで、そんな薄着を……」
「ぅるっさいわい! 家、吹っ飛んだんだぞ!? 今の俺が上等な防寒具を持っているわけも、買う金もあるわけもねーだろ!?」
グレンは早くも涙目だった。
「ぷっ……あははは、悪い悪い。流石にそんな薄着じゃ効果は薄かったか」
そんなグレンを宥めるように、セリカは楽し気に言った。
「まぁいい、後で防寒具、買ってやるよ。それでもっと強力なやつを
「そんなことより、お師匠様。ボクもう帰りたいんですけど……」
「ほら、行くぞ。とりあえず、予約したホテルへチェックインだ!」
すると、グレンの愚痴などまるで聞かず、セリカはグレンの腕に自分の腕を絡めて身を寄せ、そのまま引っ張っていく。
その様は、まるで夫婦か恋人であるかのようだ。
「お、おい!? こら、くっつくなって!?」
そのまま為す術無く引っ張られていくグレン。
「な……」
そんな2人の姿を、呆気にとられた表情で見送るシスティーナとルミア。
「……なんか、今回のアルフォネア教授……」
「みょ、妙に、積極的っていうか……いつにも増して先生にベタベタしてるっていうか……どうしたんだろうね、あはは……」
得体の知れないセリカの攻勢に、どうにも一抹の不安が拭えないシスティーナとそれを心配するルミアであった。
そんな風に、グレン達は連れ立ってスノリアの大通りを歩いて行く。
すると、やがて幾つかの建物の向こう側に、1つの大きなホテルが見えてくる。
そのホテル───シャトースノリアは、高台に設営された最高級ホテルだ。
その名の通り、城のような偉容を誇るそれは、スノリアを訪れる観光客達の中でも特に富裕層向けに用意されたホテルであり、要するに、グレンのような薄給零細魔術講師が泊まるなど、ひっくり返ってもおこがましい高貴な施設である。
煉瓦積みで作られた重厚な宮殿作り、空に向かって突き立つ無数の尖塔……それらが雪化粧で美しく飾られているその様は、まさに雪の城と形容するに相応しかった。
「……え? マジ? 俺達、マジでアレに泊まるの? 嘘でしょ? そ、その……ボクのような下賤な平民ごときが、かように高貴なる方々御用達の寝所に?」
あまりにも格違いなホテルを前に、すっかり萎縮してしまっている小市民なグレン。
「す、凄い……流石にあんなに凄い宿泊施設は、私も初めてかも……」
グレンより遥かに格式高い施設に慣れ親しんでいるものの、システィーナも緊張を隠せないようだ。
「ここに泊まれるほどのお金は持ってないんだけど……どうしよ……」
「あの……アルフォネア教授? 本当に私達もご一緒してしまっていいんですか? 急に押しかけてしまった私達4人は、別の宿泊施設でも……」
流石に元・王女のルミアと従者であるアルスに動揺はなく……
「むぅ、でもルミア。わたし、皆、一緒がいい」
どこでも寝泊りできるリィエルもいつも通りであった。
「ははは、気にすんなって! 今回のお前達の旅費は全部、私が持ってやるさ」
申し訳なさそうなシスティーナとルミアに、セリカはただ豪快に笑ってみせる。
「なんだかんだ、今回の旅行を
「おまけって……もっと他に優しい言い方なかったんです?」
アルスの発言を無視し、ぐるんとグレンの首に腕を回して引き寄せ、セリカは悪戯っぽく笑った。
「こら、放せ! だから、抱きつくなって!?」
「ええと、その……」
「あ、ありがとうございます、アルフォネア教授……」
実に複雑な気分でお礼を言う、システィーナとルミアであった。
なんだか、色んな意味で、まるでセリカに勝てそうな気がしなかったのである。
一行がそんなやり取りをしているうちに、シャトースノリアが近づいてくる。
だが、ホテルが近づくにつれ、グレンは周囲の妙な雰囲気に気付いた。
「……なんだ?」
どうも、ホテルに近づけば近づくほど、先ほどまで辺りを支配していた楽し気な空気はなりを潜め、どこか緊張したような、張り詰めた空気が漂い始めたのだ。
強張った表情辺りを警邏しているスノリア警備官の姿も、目立って増えていく。
「……な、何かあったのかしら?」
その異様な雰囲気を察したシスティーナも、訝しむように周囲を見渡す。
「…………………」
いつも眠たげのリィエルも、微かに目を細め、警戒心を強めているようだ。
「おーい、お前達! 早く、早く~っ! 置いて行っちゃうぞ~っ!」
ただ1人先頭を行くセリカだけが能天気だった。
◆
そして、シャトースノリアの玄関前広場に一行が辿り着いた時だ。
街を支配していた、その妙な緊張の正体は明らかになった。
「このホテルは、我々《
何者かの大音声が辺りに鳴り響き、山彦のように反響する。
ホテル前広場は、全身を白いローブで包み、目元だけ穴が開いた三角形の白い頭巾をすっぽりと被って顔を隠した奇妙な連中が、数十人近い集団となって陣取っていたのだ。
「このスノリアの大地は、我らが白銀竜様が護る神聖なる聖域ッ!」
「それを貴様らごとき余所者が足を踏み入れ、享楽を貪るなど言語道断ッ!」
「余所者はこの地から立ち去れッ! 偽りの『銀竜祭』を即刻中止せよッ!」
「欺瞞に満ちた銀竜祭を奉る者達に、竜罰をッ!」
「「「S・D・Kッ! S・D・Kッ!」」」
「「「S・D・Kッ! S・D・Kッ!」」」
「「「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーッ!」」」
”余所者は去れ”、”白銀竜様万歳”、”不信信者に怒りの鉄槌を”……そんな旨が書かれたプラカードや看板を掲げ、一斉に盛り上がる白頭巾の変態集団。
そんな広場前にはバリケードが築かれ、ホテルをぐるりと包囲するスノリア警備官隊と白頭巾の変態集団が激しく睨み合い、まさに一触即発の状況であった。
「な、なあにこれ?」
その高級感溢れるホテル前には全く相応しくない異様な光景に、システィーナが頬を引きつらせて硬直する。
「《
グレンが呆れたようにため息を吐いていた。
「《
「
「!」
白銀竜。それはシスティーナ達にも心当たりがある言葉だった。
前書きを見てもらえれば分かる通り、これ正月近くに書いてたんですよ?……この話が完成したのは2月の初め……ははっ笑っちゃうぜ!