タウム天文神殿
アルスは今、タウム天文神殿の
そして、魔眼を起動しながら
なぜ、こんな所にいるかは2日前に遡る。
◆
裏学院の騒動が終わった日、マキシムはセリカによって武断派の教導省官僚数名と学院理事会の有力者との収賄があったことを暴露されて失脚した。
そして、翌日にはリックがめでたく学院長復帰になった。
リックは学院長室で椅子に座りながらセリカと話していた。
時刻は日が沈む頃で、夕日が空に浮かぶ城を美しく見せる時間帯だ。
「ありがとう、セリカ君……君のおかげで、私はまだ学院長を続けられる」
「礼には及ばないさ、学院長には借りがあるからな」
グレンを強引に講師にしたことだろう。
「それについては結構な無理をした……どうじゃ、今日の夜にでも……」
「お断りだ。いい加減枯れろよ」
「わしは、いつまでも現役じゃよ」
いつの日かやった話を続けていると。
学院長室に入ってくる者がいた。
「ん?君は……確か、アルス君……だったかな?」
「はい」
「何の用だ?」
セリカがアルスに問う。セリカは気付いていた、アルスの深刻な顔に。
「……退学届です」
アルスはポケットから丁寧に折られた紙を差し出す。
几帳面な字で書かれたそれは、退学届。アルスはアルザーノ帝国魔術学院を退学するつもりなのだ。
「……理由を聞いてもいいかな……?」
「……一身上の都合です」
「……わしらは、フェジテ最悪の3日間を生き残った仲間じゃ……今さら、隠し事など不要じゃよ?」
「ならばこそ言います。一身上の都合だと……」
「……学院長、認めてやってくれ」
突然、セリカが頭を下げながら言う。
「セリカ君……?」
「こいつは、時々意味不明で、私達には理解できないことを言うが……結果的にそれらが最悪になった事があったか?……フェジテ最悪の3日間だって、こいつがいなければアセロ=イエロは完全な形で顕現していた」
「……………」
「私は、こいつを信じる」
「……はぁ……セリカ君にそこまで言わせるとは……」
「……認めてくださるのですか……?」
「仕方あるまい……ただし、絶対に戻ってくること。君は、君が傷つくことで、誰かが悲しむことにそろそろ気付くべきじゃ」
「………………」
「君のことはある程度聞いた……だからこそ言わせてもらう。大切な人を助けるためには自分を犠牲にするしかないと君は思っているようじゃが……そんなことはない。大切な人も自分も犠牲にならないような、最高のハッピーエンドもある。君はそれに気づくべきだ」
「そんな理想を抱いて迷うくらいなら、最初から自分を犠牲にして誰かを救った方が効率的です」
「人間、全てが効率ではない。魔術であっても同じじゃ。カードの切り方をだけを追求し、効率的な者。カードを増やし続ける、非効率的な者。グレン君の授業を受けていた君なら分かるはずじゃよ……」
「……………」
アルスは完全に言い負かされた。
だが、リックもセリカも、アルスがここで引かないことくらい分かっている。だから、これは忠告だ。
「君が、そこまで自分を痛めつけるのか……それに関しては聞かぬよ……誰にでも言いたくない過去の1つや2つあるものじゃからの……じゃが、分不相応の救いはやがて身を滅ぼす……覚えておきなさい」
「これは私からだ……ある奴に言われた言葉なんだがな……無償の奇跡など、ただの幻想……追い求めるだけ無駄ってな」
「……ありがとうございます。その言葉、肝に銘じておきます」
アルスは頭を下げて、学院長室から出て行った。
「……それで、セリカ君はどうして彼を助けたのか……聞いてもいいかな……?」
「特に根拠はないよ……ただ……あいつは何か凄いことをするつもりなんだって、私の直感が言ってたのさ」
「………………」
セリカの回答にリックは無言だった。
◆
こうして、アルス=フィデスは約1ヶ月の学院生活に幕を下ろした。誰に告げるでもなく、お別れの挨拶をするでもなく……1人静かに去って行った。
なぜ何も言わずに去ったのか……理由は単純、止められるからだ。ルミアやイヴが聞けば、平手打ちの上にボコボコにされそうだけれど、アルスにも譲れないものがある。
メイベルがアルスの眼について説明したとき、欠けていたピースが埋まったのだ。そのピースが埋まった瞬間、アルスの頭に意思のようなものが流れてきた。
『オレ達の
そして、アルスは全てを視た。今まで逃げてきたのだ。真実を知るのが怖くて、全てを知ってしまったら、自分が自分でなくなる気がしたのだ。
全てを視たアルスは全ての真実を知っているのと同義だ。結論を言おう、くだらない……アルスはそう思った。誰もがルミアを求める理由……セリカの過去……そして、
ロラン=エルトリアが最後に言った『教典は万物の叡智を司り、創造し、掌握する。故に、それは人類を破滅へと向かわせることとなるだろう。』アルスはこの言葉を知って、素直に称賛した。アルスのような眼を持たずに、ここまで真理に近づいた者がいるとは思わなかった……
◆
アルスは、地下迷宮の89階───《門番の詰め所》にいた。
そこは、アルス達が《魔煌刃将》アール=カーンと戦った場所。
そこにはアール=カーンが守っていた門があり、アルスはその門をこじ開けた。
その門の先は90階層《地の民の都》だ。だが、アルスの用があるのはここではなく、100階だ。
そこへ行くことができれば、全ての真実がある場所へと繋がる回廊が現れる。
「早く行かなきゃ……」
アルスは、走って次の91階層もサクサクと進んでいった。
◆
アルスがいなくなった翌日、グレンが学校に来ると。
「さて、全員いるな?……って、ありゃ?アルスは?」
グレンが授業を始めようとして、1人生徒がいないことに気付く。
「休みか……?」
グレンがそう呟くと同時に、2組の扉が勢いよく開かれた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「イヴ……?」
「イヴ先生……?」
息を切らしているイヴに困惑するグレンと生徒達。
「……アルスはいる!?」
「いや……いねえ……けど……」
凄い剣幕で聞くイヴに、グレンは引き気味に答える。
「やっぱり……ッ!」
「やっぱり?」
アルスのことを知ってそうに言うイヴにグレン達が眉を上げる。
「アルスがどうかしたのか?」
裏学院の事件も収束し、平穏が訪れたと思っていた矢先にこれだ。
「いなくなったのよッ!この学院からッ!」
イヴの叫びに似た声より、イヴの言葉の内容に思考が追い付かなかった。
「……は?」
一足先に我に返ったグレンが疑問の声を上げる。
「……スマン、聞き間違いをしたみてえだ……もう1回言ってくれるか?」
「聞き間違いじゃないわよッ!いなくなったのッ!この学院から!」
「……はぁ!?なんでだよ!?」
「知らないわよ!私が聞きたいくらいだわッ!」
そんな会話をしていると、今度はそっと教室の扉が開かれた。
「……学院長……?」
「アルス君から、手紙を預かっておる」
そう言って、リックが懐から出したのは1枚の封筒。それは退学届の封筒に入っていたものだ。
グレンは、それを素早く奪って読み始める。
「えーと、なになに……『この手紙が読まれている頃には、僕は学院にいないと思います。どんな理由で辞めたのか、なぜ、何も言わなかったのか……皆さんは怒りに燃えていることでしょう。理由は言えませんが、いなくなった理由に関しては、皆さんを巻き込みたくなかったからです。皆さんは強く、頼りになることを理解しています。ですが、これは僕自身の問題です。皆さんを個人的なことに手伝わせるわけにはいきません。それと、何度も嘘を吐き、何度も心配させた僕の言葉ですので信用できないかもしれませんが、絶対に皆さんの元に帰りますので心配しないでください。灸を据えておきますが、僕を探そうなんて無茶なことはしないでください。なぜなら、僕はこの世で最も不思議な場所にいるからです。そんな場所へ行こうとしても、正規のルートを知らない先生方には来れない場所ですので探しても無駄ですよ』……はぁ……?」
読んだグレンは首を傾げる。
アルスの手紙にはヒントがある。
・この世で最も不思議な場所
・正規のルート
「……不思議な場所……?」
「……どこだよ……?」
この場に集う誰もが、疑問に思う。
「……まさか……メルガリウスの天空城……?」
システィーナの呟きが教室内に響く。
「……い、いやいや……流石に、あんな上空にある遺跡には行けないでしょ……」
カイが返す。
「で、でも……世界で最も不思議な場所って言ったら……メルガリウスの天空城じゃない……?」
「た、確かにそうかもしれないけど……」
「もしかしたら、メルガリウスの天空城へ行くためのルートが……?」
「……でも、なんでアルスがそれを知ってるんだ?」
グレン達以外の全員が知らない。アルスは魔眼を持っていることは知っているが、魔眼の内容を知らないのだ。
「……禁忌へと至る道を示す者……」
グレンの呟きに、全員が反応する。
「……なんです?それ」
「いや、アルスの魔眼について知っている奴がいてな……そいつ曰く、アルスの魔眼は『禁忌へと至る道を示す』らしいんだ」
「……禁忌って……メルガリウスの天空城……?」
「……なんで、メルガリウスの天空城が禁忌なんだ……?」
それが疑問なのだ。メイベルですら、メルガリウスの天空城が禁忌だとは言わなかった。
グレン達には分からない。何が禁忌で、何が禁忌ではないのか。
「……とりあえず」
「……ええ、とりあえず」
グレンとイヴは本気で怒りながら呟く。
「「帰ってきたら絞める!!」」
2人の言葉に周囲は共感した。そこにたった1人の例外がいる、その人物はロケットを見ながら
「……アルス君……どうして君は……いつも1人で勝手に決めるのかな……」
呆れたように、でも、どこか嬉しそうなルミアはそう呟くのだった。
◆
『……ああ、やっと……僕の望みが叶えられる……ようやく気付いたんだね……自分に課せられた使命と、為すべきことが……いや、違うな……君はきっと気付いていたんだ……それでも、君は少女との時間を大切にしようとした』
『……僕と
意外とオリジナルって難しいですね……書いてて思いました。やめないけどね!