廃棄王女と天才従者   作:藹華

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 次が後日談になると思うので、それを書いてからイヴのヒロインルートいきます。


メルガリウスの天空城と禁忌教典

アルスは今、愚者の民が『メルガリウスの天空城』と呼ぶ場所にいる。

 

 タウム天文神殿からアルザーノ帝国地下迷宮へと向かい、そこで100階層へと着けばここに転移できる仕組みだったのだ。

 

『キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア────ッ!」

 

「は……ッ!」

 

 メルガリウスの天空城に着いてから、アルスは戦い続けている。この地には死人が警備兵のように巡回しているのだ。

 

「……ふぅ……『魔都メルガリウス』にある残留思念なだけある……地下迷宮の奴らとは違って、完全な物理攻撃しか受け付けない」

 

 物理攻撃しか受け付けない理由は、死者達が身に纏っているマントにある。それらは、古代魔術(エインシェント)によって作られたものなので近代魔術(モダン)程度の魔術なら完全に無効化できるのだ。

 

「………………」

 

 アルスが少し歩くと、異変に気付いた。

 

 死者達がいなくなっている。それも、この区域だけが。

 

 すると、そこには1人の死体があった。男か女かの判別もつかないほど酷い死体だが、その隣には錆1つ無い黄金の鞘がある。

 

「……そうか……貴方が……」

 

 アルスは、その死体の横にある鞘にアリシア七世から貰った黄金の剣をしまう。

 

「……剣、お返しします。今まで、ありがとうございました」

 

 アルスがそう言うと、その死体はどこか嬉しそうに笑った……ような気がした。顔も骨なので分からないが。

 

「……あれ?鞘がここにあって、剣は帝国内の遺跡に在った……誰が動かしたんだ……?」

 

 過去の全てを視たアルスだが、その剣が動かされた場面は知らない。

 

「……誰も知らない魔法だったりして……?」

 

 そんな呟きは遥か上空に吸い込まれていった。

 

 

 ◆

 

 

 場所は変わって、アルザーノ帝国魔術学院の中庭。

 

 アルスの突然の退学に身が入らないだろうというグレンの言葉で一同は静かに自由時間を過ごしていた。

 

 中庭のベンチにはルミア、イヴ、リィエル、システィーナで座っている。

 

「……………」

 

 ルミアは黙って、メルガリウスの天空城を見て。

 

「……………」

 

 イヴも静かに、左手を開いたり閉じたりしている。

 

「……ねぇ、システィーナ。ルミアとイヴ……なんか変」

 

 リィエルは、システィーナに小声で呟き。

 

「今はそっとしてあげましょう?ね?」

 

 システィーナは、そんなリィエルの相手を続けている。

 

 

 ◆

 

 

「……マジで、帰って来いよ……お前が来ねえなら、俺達が行くからな……」

 

 グレンは左手に手記を持ちながら、確たる意思を秘めた目で天空城に向かって呟く。

 

「安心しろ、グレン」

 

 すると、グレンの背後からセリカの声がする。

 

「……学院長から聞いたぞ。セリカ……お前、アルスの退学を止めなかったんだってな」

 

「……ああ、まぁ、今なら言っても問題ないだろう」

 

「……………?」

 

「私はな、あいつが……アルスがどうも信用できなかったんだ」

 

 セリカは語りだした。

 

「は?」

 

「……あいつは、歳不相応なほど達観していた。私はな、あいつと初めて話したとき……正直怖かったよ」

 

「怖い……?」

 

「ああ、私よりも遥かに長生きをしているんじゃないかって錯覚するほどには怖かった」

 

「………………」

 

「だから、フェジテ最悪3日間が起こる前まで私はあいつのことが苦手だった……でもな、あいつとラザールの闘いを見て嫌でも理解したよ」

 

「………………」

 

「あいつは……ルミア=ティンジェルを常に1番にしているあいつが、あの場の誰よりも……魔術師(・・・)だった」

 

 魔術師は魔術を間違った道で使うことなどない。魔術師であるならば、それは基本であり……それを破った者が外道魔術師と呼ばれるようになる。

 

 だが、グレンが1番恐れているのは、ルミアが殺害・略奪された場合だ。そのとき、アルスがどんな化け物に……外道魔術師になるか……考えただけでも汗が止まらなくなる。

 

 アルスは確かに、この学院の2組を大切に思ってくれているだろう。だが、それでも大切度の序列はルミアがぶっちぎりで1位だ。

 

 アルスが2組をどんなに大切に思っているかは分からないが、少なくともルミア以上ということは有り得ない。絶対に。天変地異が起こったところで、ルミアの順位が変わることなどありはしない。

 

「グレン……私が言えたことじゃないが、あいつを信じてやってくれ……」

 

「……ったく、分かったよ。あいつには借りがあるからな……3日間だけ待ってやる……それを過ぎたらもう待てん」

 

「ああ、それで十分だ」

 

 そう言って、グレンは足早に去って行った。

 

「……子供だよ……お前も……あいつも……」

 

 セリカはグレンの遠ざかる背中を見ながら呟いた。

 

 

 ◆

 

 

「《投影開始(トレース・オン)》」

 

 アルスの投影した剣が死者達を壁に縫い付けていく。

 

「……多過ぎだろ……」

 

 これがアルスの素直な感想だった。

 

 いくら、『魔都メルガリウス』とはいえ、亡霊が多すぎる。死体が残っていることはまだいいとして、悪霊がいすぎなのだ。

 

「……ルミアに会いたい……」

 

 アルスは、死者達に囲まれたこの状況で呟く。

 

 ルミアがいれば、アルスは100万人力だ。

 

「……まぁ、でも……これも必要なことだし……《仕方ないか》」

 

 アルスの即興改変によって作られた剣が無数に現れる。

 

 アルスはなぜ、自分で剣を取って戦わないのか……その理由は、アルスの背負っているバックパックにある。

 

 これには食料などは一切入っていない。入っているのは全て、アルスの魔力を溜め込んだ魔石だ。

 

 念には念を入れて、剣で戦えと言われるかもしれないが、アルスはこの先に強大な敵がいないことを知っている。

 

 あるのは1冊の教典。全ての叡智を司り、創造し、掌握する教典。そして、人類を破滅に導く教典でもある。

 

「……と、言うわけで……《死んでくれ》」

 

 この場にアルスを止められる者などいない。ここにいる亡霊は全てが有象無象であり、アルスの敵ではない。

 

 多勢に無勢という言葉がこれほど似合わない瞬間は、そうそう無いだろう。

 

「……ナムルスには、悪いことをしたな……」

 

 今、アルスがやっている行為はあまりに逸脱した行為だ。

 

 この世界の未来にある物語を、全て別のものに書き換えているのだから。

 

 アルスがいなければ、この先グレンやルミア達は更なる敵と戦わなければならない。

 

 アルスがいなければ、アゼル=ル=イグナイトは”赤い鍵”を持ったまま、円卓会にいた。

 

 アルスがいなければ、グレン達が全ての真実を知らなければならなくなる。

 

 アルスは、本来グレン達がやることを肩代わりし、更に大幅な編集を加えるという無茶な行為をしているのだ。

 

 1歩間違えれば、世界を壊すかもしれない。1歩間違えれば、ルミアを更に不幸にしてしまうかもしれない。

 

 だが、正解すれば、ルミアが泣く必要も悲しむ必要もない平和な未来にできるはずだ。

 

 ならば、アルスは迷わない。ルミアを救うことが、結果的に2組の生徒達を救うことにも繋がるから。

 

 

 ◆

 

 

 アルスも目指した。ルミアがなろうとして断念した聖女の考え方を……

 

 だが、アルスも無理だった。『自分を犠牲にしてルミアを助けること』ここまではできる。だが、『自分を犠牲にして学院の全員を守ること』はできない。

 

 アルスは、ルミアのことになれば自身の命を投げ出すことも厭わない。だが、皆を守ることは出来ない。

 

 『ルミアを助ける』『皆を助ける』この2つは似ているようで似ていない。

 

 アルスはグレンのように理想を追い求める者ではなく現実主義者だから、1人の命で助けられる者には限りがあると知っている。

 

 それに気づいたところでどうしようもない。これは理屈ではなく、感情だ。理屈ではわかっていても、どこか冷めている自分が『そんなことできるわけがない』と告げてくるのだ。

 

 だから、アルスは妥協点を探した。『ルミアを助けること』『皆を助けること』……そして、アルスが見つけた妥協点は『ルミアを救った結果、皆も救われる』というものだ。

 

 言い方は悪いが、彼らはあくまでついで(・・・)だ。ルミアを助ける上で、結果的に得た副産物。

 

 この思想をルミアやグレンが知れば怒ること間違いなしだろう。でも、アルスは反省をしない。後悔もしない。

 

 グレンは『正義の魔法使いのように苦しむ人々を助ける』

 

 ジャティスは『正義の魔法使いのように悪を根絶やしにする』

 

 この2つは、言うなれば正義の表と裏だ。正義の魔法使いは、確かに人々を魔王から救った。だが、魔王やその配下の魔将星達を殺したから、人々を救えたのも事実だ。

 

 グレンのように正義の表だけを見るのではなく、ジャティスのように正義の裏だけを見るわけでもない。その2つを割り切っている、それがアルスという人間だ。

 

 

 ◆

 

 

 グレンの捜索活動開始まであと2日

 

「……イヴさんとアルス君の出会いってどうだったんですか?」

 

 ルミアは純粋な疑問をぶつけた。ルミアと同じように授業や他のことに身が入らないイヴが少し知りたかったのだ。

 

「……気になるの?」

 

「はい……今思えば、私はアルス君のことをあまり知らないなって……」

 

「……そう……確か、あいつがまだ《無銘》だった頃に1度だけ特務分室に勧誘したわ……結果は断られたけど……」

 

「……断られたんですか……?じゃあ、アルス君はいつ特務分室に……?」

 

「社交舞踏会のときよ。あいつが私を助けたとき、ボロを出した……だから、私はその弱みを使って強引に特務分室に入れたの」

 

「……そうなんですね」

 

「……それで……貴女は?」

 

「え?」

 

「貴女とアルスの出会いはどうなのよ?……私だけ話すのも……その……不公平じゃない」

 

「ふふっ」

 

「な、なによ……」

 

 イヴも自分らしくない発言だとは理解しているが笑われるとは思っていなかった。

 

「ごめんなさい。私とアルス君の出会いは、まだ私が王女だった頃に側近として初めてお母さんに紹介してしてもらったときです」

 

「へぇ……」

 

「でも、その時のアルス君って今のように明るくなかったんですよ?」

 

「え!?」

 

「私がアルス君に何を言っても無表情で、怖いってお母さんに相談したこともあります」

 

「……あいつの無表情ってそんなに怖いの……?」

 

「少なくとも、あの時の私は怖かったです……話しかければ、返してくれるけど『はい』とか『そうですね』ばっかりで……」

 

「……機械的ね……」

 

「お母さんに相談したら、アルス君って丁度その時期にご両親を亡くしていたんです」

 

「……フィデスって家名に聞き覚えがあると思ったら、王宮にいたのね……」

 

「はい、アルス君のご両親は宮廷専属の鍛冶師でした。今は滅多にいない真銀(ミスリル)の鍛冶師で……とても、凄い鍛冶師だったんです」

 

「……それを、天の智慧研究会が疎ましく思ったわけね……」

 

「はい、それを聞いた私は絶対にアルス君の笑顔を取り戻すって決めたんです」

 

「難しかったでしょうね……」

 

「はい、本当にイヴさんの言う通りで……でも、1ヶ月も話しかけ続けていたら、少し微笑んでくれたんです」

 

「………………」

 

「2ヶ月もすれば、お母さんがいつも通りに戻ったっていうくらいには笑ってくれて……それから、今のアルス君みたいに明るくなったんです」

 

「……アルスの過去も過去だけど、貴女の根気もすごいわ」

 

「根気……ですか……?」

 

「ええ、その時は好きなんて感情は分からなかったでしょう?そんな相手に1ヶ月も話しかけ続けるなんて、相当な根気がないと無理よ」

 

「……ありがとうございます」

 

「別に……感謝されるようなことは……」

 

「……それでも、感謝させてくださいイヴさん。アルス君の話を聞けて良かったです」

 

「これくらいでいいのなら、いつでも話してあげるわ」

 

 ルミアはベンチから立ち上がって言う。

 

 イヴは、素直に返した。

 

 

 

 

 アルスがいるのは、メルガリウスの天空城の最奥。そこには鍵のかかった扉があって入ることは叶わない。

 

 この先には、ルミアの《銀の鍵》が必要になってくる。

 

「《我は世界()に願う・我が信念・我が想い・其れが誠であるならば応えよ・我が全てを以て世界()の威光を示し賜え》───ッ!」

 

 それ(・・)が唱えられた途端、アルスの左手に眩い光を放つ”《黄金の鍵(・・・・)》”が握られていた。

 

 アルスはルミアの《銀の鍵》を魔眼を通して視たことはない。だが、ナムルスの持っていた《黄金の鍵》は視た。

 

「───《黄金の鍵》……ごめんね、僕は本当の持ち主じゃない。僕は君を投影しただけ……そんな偽物の僕だけど……願いを叶えて欲しい」

 

 1節詠唱で済むはずの投影魔術。だが、ナムルスの持っていた《黄金の鍵》は選ばれた2人しか持っていないものだ。

 

 アルスといえど、そんなものは投影できない。それは魔術ではなく魔法だから。だからこそ、アルスは人の操る魔術に必要不可欠なルーン語を使って世界……すなわち大宇宙に直接語りかけることで、《黄金の鍵》を手にしたのだ。

 

 こんなことができるのは、世界広しといえどもアルスだけだろう。今のアルスの魔術に似たことをするのはドラゴンだ。

 

 ドラゴンは自然へと直接語りかけ、自然現象を意のままに操ることができる。

 

 アルスは純粋な願いと魔術を併用することで、本来の魔法ですらできないことをやったのだ。

 

「……頼むッ!《黄金の鍵》……」

 

 アルスがそう言うと、鍵が消滅し扉が開かれた。

 

 そして、扉を開けたのが代償だと言うように《黄金の鍵》が砕け散った。

 

 開かれた扉の奥には祭壇があり、祭壇に捧げられるように1冊の教典があった。

 

「……これが……禁忌教典(アカシックレコード)……」

 

 そう言って、アルスはその教典を手に取る。

 

 アルスは、教典を開くことなくただ撫でる。

 

 禁忌教典(アカシックレコード)───それ自体に力の善悪はない。禁忌教典(アカシックレコード)は武器や魔術と同じだ。使い手、担い手がいなければ真価が発揮されることはなく、その人次第で正義にも悪にもなる。

 

「……禁忌教典(アカシックレコード)だけを地球の裏側へ転送させることはできないのか……」

 

 そう言って、アルスはその場から幻のように消えていった。

 

 

 ◆

 

 

 アルスが考えたルミアを幸せにする方法は、ルミアが襲撃される原因の禁忌教典(アカシックレコード)を世界の裏側へと送る……つまり、万物の叡智を司る教典を永遠に人の手の届かない場所に置くということだ。

 

 これには2つ問題があって、1つはルミアに《銀の鍵》を使ってもらわなければならないのだ。もう1つは、禁忌教典(アカシックレコード)の存在が大きすぎて送れない場合だ。その場合はアルスが禁忌教典(アカシックレコード)ごと固有結界で覆い、固有結界内の副産物として世界の裏側へと送る。

 

 そこで、アルスは《銀の鍵》の効果が発揮されるまで禁忌教典(アカシックレコード)の存在を押し留めておく必要がある。つまり、アルスも一緒に世界の裏側へいかなければならないのだ。

 

 世界の裏側へと追放されれば、アルスは自我の消失を待つだけだ。ルミア達のいる表の世界へと帰ることはできない。

 

 世界の裏側とは、表の世界とは物理法則や世界の理などが全く違うため、《銀の鍵》を投影することも叶わない。仮に《銀の鍵》を作れたとしても、表の世界に帰ることはできない。《銀の鍵》は、あくまで追放するだけ……元に戻す力などないのだ。

 

 

 ◆

 

 

 アルスは禁忌教典(アカシックレコード)の力を使って、フェジテへと転移した。

 

 アルザーノ帝国魔術学院に直接転移しなかったのは、最後にフェジテの景色を見たかったのかもしれない。

 

 結局、アルザーノ帝国魔術学院から10分も掛からない裏路地から40分ほどかけて学院へと着いた。

 

 真っ直ぐに2組の教室へと向かう。

 

 1人の少女を求めて……

 

 

 ◆

 

 

「よし、じゃあ授業を始め───」

 

 グレンが授業開始の合図を出したタイミングで、教室の扉が開いた。

 

「アルス……」

 

 入ってきた人物を見てグレンは名前を呼ぶ。

 

「先生……ルミアを借りてもいいですか?」

 

「……………」

 

 アルスの質問にグレンは答えず、ルミアを見る。

 

 ルミアが頷き、システィーナとリィエルがグレンへ懇願の視線を向ける。

 

「条件がある。……俺と白猫、リィエル、イヴも一緒についていっていいのなら───」

 

「構いませんよ……早く行きましょう」

 

 グレンが言い終わる前にアルスは答え、教室から出ていく。

 

 グレンは生徒達に自習と言って、ルミア、イヴ、システィーナ、リィエルと共に教室を出て行った。

 

 

 ◆

 

 

「……んで、ルミアを使って何をする気だ……?」

 

「《銀の鍵》を使ってほしいだけです」

 

「理由は?」

 

 アルスはグレンの疑問に答えず、先程から手に持っていた本を抱きかかえる。

 

「これは、禁忌教典(アカシックレコード)です」

 

「「「───ッ!?」」」

 

「僕は禁忌教典(アカシックレコード)を手に入れるために、メルガリウスの天空城に行っていたんです」

 

「それと、《銀の鍵》に何の関係が……?」

 

「ルミアには、これを世界の裏側へ追放して欲しいんですよ」

 

 アルスは淡々と事実を告げる。

 

「ジャティスは言っていた……禁忌教典(アカシックレコード)は、”世界の全ての理を支配する力”だと……それを使って追放とやらをすればいいじゃねえか」

 

「世界の裏側と表側では、物理法則も何もかもが違うんです。世界の裏側には魔術も魔法も何もない、ただの虚無が広がっているだけ……世界の裏側とは唯一禁忌教典(アカシックレコード)の影響を受けない場所なんです」

 

「……なるほど……それで、そこにその本を封じ込めようってか」

 

「はい……それができれば、(こちら)側からも(あちら)側からも干渉することはできません」

 

「……でも、それだとおかしくない?その本でも無理なら《銀の鍵》でも無理なんじゃないの?」

 

「いいえ、《銀の鍵》なら、禁忌教典(アカシックレコード)と世界の表の面だけの縁を切り離せれば、その転送先は世界の裏側しかないので固定されます。あとは、強制転送すれば終わりです」

 

 アルスの説明は、難しいようで簡単だ。要は、縁を切って転送させれば、世界の裏側以外に転送できる場所がないので、仕方なく転送されるのだ。

 

「……本当に、それだけで終わるのか?」

 

 グレンはアルスの話を聞いたときから、おかしいと思っていた。あまりにも簡単すぎるのだ。

 

「……本当に、それ以外は……何もしなくていいのか?」

 

「……先生達がすることは、何もありませんよ」

 

「俺達がってことは、お前はあるんだな……?」

 

 グレンの予感は的中した。

 

「ルミアの《銀の鍵》だけでは、存在が大きい禁忌教典(アカシックレコード)を強制転送させることはできないでしょう。そこで、僕が禁忌教典(アカシックレコード)を固有結界内に閉じ込めます。そのまま、僕を転送させれば───」

 

「固有結界に内包されている禁忌教典(アカシックレコード)も世界の裏側に持って行けるわけだ……」

 

 アルスの言葉をグレンが続ける。

 

「……って、ふざけんな馬鹿野郎ッッッ!」

 

 そう言って、グレンはアルスを殴る。

 

「いっててて……」

 

 アルスはグレンに殴られた頬を撫でながら起き上がる。

 

「裏学院のときも言ったけどな……生徒が死のうとしているのに見過ごす教師がいるかッ!?」

 

 グレンは起き上がったアルスの胸ぐらを掴みながら怒鳴る。

 

「ルミアやイヴ……それだけじゃねえ、白猫やリィエル、2組の生徒達全員がお前を心配してたんだぞ!?そんな奴らに謝罪をするでもなく、自殺に付き合えってか!?ふざけるのも大概にやがれッ!」

 

 この場にアルスの味方はいなく、グレンの敵はアルスだけだ。

 

「テメェが世にも珍しい魔眼で、俺達とは違うことが視えていたとしてもだッ!何で相談の1つもなく、勝手に決めるんだよ!それで、どれだけルミアが傷ついたか分かってんのかッ!?」

 

 アルスだって知っている。グレンがここまで怒るのは、アルスを心配してくれていたからだ。

 

 グレンは自分のためでなく、人のために怒れる人だから……

 

「それだけじゃねえ……よりにもよって、また自己犠牲だと……ッ!?お前がいなくなったら誰がルミアを幸せにできるってんだよッ!?」

 

 アルスがルミアをちらっと見ると、泣いていた。イヴに胸を貸してもらって泣きついていた。

 

 それを見て、アルスが胸ぐらを掴んでいるグレンの腕を掴む。

 

「僕だって……やりたくて、やってるんじゃないッ!」

 

 そう言って、グレンの腕を引きはがす。

 

「僕だって、ルミアや皆と一緒にいたいさッ!いたいに決まっているだろう!?こんな僕を受け入れてくれた皆を……ルミアを守りたいから!だから、これしかないってやろうとしてるんじゃないかッ!」

 

「───ッ!?」

 

「僕が過程や結末……詳細を言ったら、教えたら、誰かがやってくれるのかッ!?」

 

「それは……」

 

 誰だって、自分が1番だ。命の危険があるのを分かっていながら、向かうのは愚か者だ。

 

「誰もやらないのなら、僕がやるしかないじゃないかッ!」

 

「………………」

 

 激情の駆られるままに発言していたアルスは落ち着きを取り戻す。

 

「……それに、今回は僕じゃなきゃダメなんだ」

 

 それは、グレンも知っていた。明らかに、グレン達の知らない単語が混じっていたから。

 

「固有結界を展開できるのは、僕だけだから」

 

「……他に方法はなかったのか……?」

 

「……これしかないんです」

 

「……そうか……」

 

 グレンはそう言って、ルミア達を見る。

 

 いつの間にか、落ち着いていたルミアはアルスの前に来て、大きく息を吸って言った。

 

「……私は絶対に《銀の鍵》を使わないッッッ!」


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